イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助

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群青出奔:ブルー編

ギレオの受難

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 時は遡り、石畳に舗装された常夜の街。ギレオが目を覚ましたのはどんちゃん騒ぎの後、辿り着くはずだった店の鼻先である。確か怒り狂った叔父のバルドに指示されて、年若い未婚のオーガ族を引っ掻き集めて店の前まで連れて来た。そこまでは覚えている。別嬪揃いのサキュバス嬢と飲める、そしてあわよくば深い付き合いができる……。そう息を荒げている後輩オーガを整列させ、馬鹿な真似をせぬように言い含めるのは当然ギレオの役目であった。
 「お前ら、汗は熱砂で飛ばしてきたか?本当にきちんと拭いたな?本当だな?信じていいな?」
 「勿論っす!」
 「たりまえじゃないですかッ!!」
 「……いいか。再三言ってるが俺たちは用事があってここに来ている。本来なら席料すら払えない超高級店だが……もう一回言うぞ、今日俺たちは其々個別の客だ。お前も、お前も、お前も、貯金をはたいて。極めてコジン的に飲みにきただけ。わかったか!?」
 「ゥ了解しましたッ!!」
 店の前でこんな集会ぶってる時点で馬鹿げた嘘だとわかる。20名ほど集められたオーガ族の若武者たちはワイン樽の上に立って号令を出すギレオを期待いっぱいの目で見上げている。
 「ギレオ先輩!!」
 一番手前の入隊ホヤホヤが高らかに叫んだ。
 「し、しつっ!質問が!!」
 「……なんだ」
 「あのっ!あの、あ、飲み方、じゃなくてっあ、なんだっけっ」
 「馬鹿野郎!落ち着け!!」
 開店五分前である。まだ街道沿いに魔物は殆どいないが、興奮のあまり鼻血を流す新兵オーガの姿はあまりに異様だ。練兵のために兵舎で過ごす若いうちは性への欲望が高まりやすい……のではあるけれど、これはちょっと勢いがつき過ぎている。上司の嫁探しで他所の魔族に迷惑をかけるのだけは避けたい。
 ギレオは軽く舌打ちをして息を吸い込んだ。
 「……彼女が欲しいか」
 オーガ達の喉が一斉にひゅ、と渇いた音を立てた。
 「だがな、生憎ここはそういう店じゃない。サキュバスの皆さんは仕事でお前らを迎えてくれる。俺たちは金を払うが、相手を選べるわけじゃない。あちらさんが客を選ぶんだ。初回はバーに通されて酒を酌み交わし、お前らは一人一人が見定められるだろう……関係を続けるに足る相手か、そうでないかを」
 わざと重々しい調子で言葉を続ける。まだ戦に出たこともない半世紀ポヤポヤの彼らは大はしゃぎ状態から一転、一言も聞き漏らさぬよう演説を打つ先輩オーガを凝視している。
 「ど、どうすれば……」
 「それは人による。だが俺のオーガ生200年において絶対に嫌われる条件がひとつ」
 最前列のオーガが口を抑える。憧れのオーガ軍精鋭部隊出身であるギレオ先輩の口元がいやにスロウに見えた。
 「…………がっついた男だ」
 後方でキャアと悲鳴が上がった。何名かはすぐに姿勢を正し、至極透き通った目で上官を見た。
 「戦場では!!……功を焦った馬鹿がいの一番に死ぬ。わかるな」
 「はい!!」
 「可愛い!綺麗!笑いかけてくれた……付き合ってほしい!彼女になってもらいたい……手を握りたくなるかもしれん、肩や膝に触れても許されるのではないかという気持ちに駆られるだろう、が、しかし!!初対面で馴れ馴れしい態度をとる男に惚れるお姉さんはいないッ!!!いいか、絶対にこちらから手を触れるな。理解できた奴は返事をしろ!!」
 「はいぃッ!!」
 こいつらがこんな真面目に話聞いてくれるの初めてだな、と二つある心でギレオはひとりごちる。
 「オラオラ系がモテたのは一世紀前までの話だ。お前らこれからのオーガは紳士に攻めろ!礼を失した奴から死んでいくと思え」
 「はい!はい!具体的な会話ネタを教えてください!」
 「鉄板のやつは……」
 「馬鹿野郎が!!」
 今まさにがっついた後輩二人を拳で薙ぎ払い、地面にくず折れた片方の胸ぐらを掴み上げて恫喝する。洗脳こういうのは勢いが大事だ。
 「お前!所属と名前は!!」
 「は、はい!ガッツ隊所属ゴドーと言います!!」
 「そうか。ゴドー、貴様の長所はどこだ」
 「ちょ、長所ですか……」
 「そうだ。今まで打ち込んできたもの、誇れるものはなんだ」
 ギレオは言っていて口が痒くなってきた。つい数年前まで戦時であったのに、そんな華々しいものあるわけがない。オーガの若者はおおよそが兵士としての訓練にその生を費やしてきた。ゴドーの所属部隊は名の知れた歩兵部隊だから、その岩盤のような体に育つまで眠れない夜もあったろう。
 「……き、筋肉とか……はは……」
 言葉尻の弱くなる若者、ゴドーの胸ぐらを掴んだままギレオは重々しく頷いた。
 「それでいい」
 「は?」
 「それでいいと言ったんだ。己に自信を持て。下手に話題を広げるよりもお姉さんのリードに乗っかることを意識しろ!おだてるなりイジるなりして必ず楽しませてくれる。相手は接客のプロだ!信用しろ!お前の筋肉は最高のとっかかりになってくれる!!」
 「お……ぉお……!!」
 若く純なゴドーは感涙にむせぶ。後方で数名がやはりお互いの肩を叩き合い顔を覆っていた。簡単に懐柔されるところを見るに洗脳防止の理論武装訓練は終えていないようだ。アレを乗り越えた奴らは格段に性格が歪んで目が濁る。他にも二、三人に適当な喝を入れてやりながら、昏く澱んだ目でギレオは全体を見廻した。
 「それでは糞野郎共ッ!!お行儀よく行ってらっしゃぁああッ……!?」
 後ろから一発殴打を受け、そして天地がひっくり返った。頬が冷たい。石畳だ。そしてそう、これは、圧倒的で日常的な暴力というやつ———。
 「馬鹿かてめえは。何演説垂れてんだ?お行儀よくしてどうする、店を荒らしにいくんだぞ。おいてめえら!!隊列整えろ。気合い入れていけよォ!!」
 見下ろす金眼が視界で揺れて線となる。ゆらゆらてんてんと、ギレオの意識は暗闇に呑まれていった。
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