イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助

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翡翠挽回 中:グリーン編

ニセモノヒーロー

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 ———砲弾の落下音は聞こえなかった。真白の閃光が辺りを包む。濃霧を割り、衝撃波が波間を揺さぶった。
 クラーケン社の財を惜しみなく注ぎ込んで製造された特注の魔力波動砲撃である。
 ビーチチェアとパラソルは木片に分解され宙で焼け焦げ、浜に散っていく。粉微塵と成り果てた嘉名の中央、心臓部に座す水晶体が空中に露出する。破砕された翡翠色の破片は飛散することなく球状に広がって———、一瞬引き合う力を失った。
 ヒーローという改造生物の核、翡翠の結晶が寄り合わさるのと同時に、二人と同様肉体を消し飛ばされた王の遺骸が動いた。砂地の染みに成り果てた穢れが空中の水晶片へ一斉に飛びかかり、その繋ぎとして欠片を縫い合わせた。
 汚泥で補綴された翡翠を核にして、嘉名碧の再生が始まる。

 青年の肉体が復活する速度は、赤端のそれを僅か上回っていた。互いに僅かな肉片からの再起である———赤端が自立して掌を広げる。その手元へスコップが現れるまえに、嘉名が恩師の腕を触腕で絡め潰した。果肉の潰れるような、脆い手応えがあった。
 「———痛いなァア!!一回死ぬっていうのはさァッ!!!」
 心臓どころか……身体の内から舐め炙られているようだ。嘉名の身体はかろうじて人型を保っていたけれど、それもいつ崩れるかわからない。人間界から運ばせたヘリが墜落する様が視界の端に捉えられた。鱗と水かき、背から生えた触腕の醜いこと。嘉名は不安を散らすよう声を張り上げた。
 「煩い、黙れ———お前が僕に降るんだよ!!」
 溜まりに溜まった穢れが雪崩れ込んでくる。ルブルを繋ぎに利用した死者蘇生は成功したらしいが、桁違いの魔力が出口を探して藻掻き続けていた。砂浜の層に隠されていた魔術の陣は上手く起動したらしい———魔海の王を供物として執り行われた反魂術はその最終段階にある。肉体の主導権を争って、肉の内側でルブルの残滓と嘉名の魂がせめぎ合う。
 心臓部、肉に抱かれた水晶片は翡翠の輝きを完全に失い、汚濁混じりのケミカルグリーンに汚染される。
 与えられていた加護との接続が切れた。……それは同時に、青年が水晶片のくびきから逃れたことを意味していた。
 「もっと寄越せルブル!!足りなきゃヤツらで補うぞッ!!」
 配下十三貴族をたてに脅すと四肢末端への負荷が一気に増した。
 指先が重い。顔が崩れて筋肉が膨張していく。チョーカーが外れ、隠していたエラが血の混じった泡を噴く。
 魔素が巡る。瘴気混じりの魔胞が収まりきらず辺りに撒き散らされた。吸盤のついた触手が赤端の手足と胴を絶えず圧搾し続ける。もっとだ———青年は目を血走らせながら目標を睨む。半端ではいけない。途方も無い力で、塵一つ残さず蒸発させなければ———嘉名に勝機は巡ってこない。
 「ルブルの管理を僕に任せたのは失策でしたねえッ———!!見せ物になるのはアンタだよ!!この先の支配者が誰にすげ替わるのか、魔界全土にお披露目会だ!!」
 数基残ったモノアイが上空から嘉名と赤端を捉えている。有力魔族の領地は勿論魔王城内部まで、下剋上の舞台は現在進行形で逆配信されていた。
 いとけない少女と見紛う顔面が右目から縦に裂ける。嘉名は胎内にも時限式の術符を仕込んでいた。海洋議会お墨付きの禁術だけあって、肉体の変異が著しい。人間の体が悲鳴をあげていたが———嘉名にとっては痛みなど、今更物の数ではない。
 「こっちには魔海最強の魔力タンクがついてるんだ、いくらリーダーでもかないっこありませんよ!!年貢の納め時って言葉……あんたは聞いたことあるかなァ!!」
 白磁の肌が口の端から無惨に裂ける。断面にはできたての歯茎と牙が、奥につれて収束する口径にならってまばらに頭を出していた。背骨から骨格が軋みを上げて再構築されていく……砲身と化していく肉の内で、嘉名は過る己の半生を想った。
 (わかっていた)
 初めての仕事、あれはただの人殺しだ。
 (わかっていた)
 ブルーはいつだって正しかった。眩しく遠く、なればこそ厭わしかった。
 (わかっていたさ———!!)
 海洋議会十三貴族を順に溶かした非道、魔界に来てまで赤端の言いなりにしかなれないのは己の性根が腐っているせいだ。
 利己的で卑怯者、何もかもが自業自得。過ちをずっと見ない振りし続けて、もう戻れないところまできてしまった。
 目を閉じて耳を塞いで、温かな私室で遊興に逃げる日々。ヘッドホンがあれば不快な外界を遮断できたし、血痕は風呂に入れば綺麗に落ちる。寝て起きればわざわざしでかした事を思い出しもしない、気にすることもない……僕はそういう人間だ。本物のヒーローにはなれない。なりだけ整えられた紛い物。

 銀冠都市の麓で飢饉が起きていようがそれは遠い国の話だ。上層はいつも温かい。
 世界で唯一、赤端の庭だけは満たされていた。
 もし人生をやり直せるならば。嘉名は何も知らぬまま、真白の庭で安穏と暮らすだろう。

 「それでも……」
 挿げ替えられた顔を破いて傀儡が唸る。
 「それでも僕は、まだ、終わってない———!!」
 敵わずとも挑んだ者がいた。嘉名よりずっと弱いくせに、諦めなかった馬鹿がいた。
 (そんな所にいていい人じゃないだろ、先輩は)
 納得できないままに戦争は終わった。嘉名は自分を売った人間を好かない。自分を含む人間に害をなす魔族も当然好きではなかった。彼が価値を見出すことができたのは一人だけだ。本物だと感じさせてくれたのは……ヒーローなどという御伽話を信じさせてくれたのは、嘉名の人生でたった一人だけ。
 力に媚びて阿ることなく。
 及ばず命を落とそうとも———弱い者の盾となることを選んだ、途方もない愚か者ただ一人だけだった。
 (虜囚の扱いを受けていい人ではない。こんな風にうかうかと、外に晒されて良い人物じゃあないだろう)
 酒場で働く青井を見て嘉名は内心怒り狂っていた。終戦前夜にこの人が成したことを、恐らく本人でさえも覚えていないのだ……その身を晒して働くことがどれだけ危険であるか、察知できる者は誰もいないのだ。
 嘉名は知らない。あの晩何があったか、レッドとブルーの間に何が起こったのか拘束されていた彼には知る由もないことだ。終戦協定の締結は本来あり得ない出来事だった。赤端の計画を聞かされていたのは嘉名だけだ。約束の日に、彼は何もかもご破算にして全てを作り変える心積りであった。
 ……その意に反して協定が締結されるには、締結までの数時間もの間、赤端を沈黙させうる何者かが必要不可欠なのである。

 ———空白の一夜を皆が忘れている。
 ———あの晩ただ一人、引き渡しの儀に遅参した彼自身でさえ。

 復活した赤端は当たり前の様にブルーに目をつけた。報復に青井が狙われるのは時間の問題であった。
 ……誰も彼を守れない。あのオーガにはとても無理だ。赤端という目の前の厄災は、やがて魔界全土を玩具に遊び始めるだろう。今ここで殺さねば……嘉名がやらねばならぬのだ。一番懐に入り込んでいる自分が手を下さないのなら、誰がこの怪物を止められるだろうか。

 ……魔胞の対流に大気がうねる。濃霧を蹴散らして毒々しい緑の魔素が周囲を取り囲んだ。汚濁の袋小路で、青年だったモノが叫ぶ。
 「終われるわけ無いだろうが!!こんな———こんなザマで!!やってやる……僕だってッ!!アンタを殺せば名実共に僕が魔海の王だ……!さっさと死んでくれ、後には腐れオーガも控えてんだ!!お前が生きてちゃァ……あの馬鹿がいつまで経っても靡いてくれないからなぁアッ!!」
 宙を舞う魔胞が一斉に動きを止めた。頭を割いた砲身の奥、砲弾を通す腔線を伝い薬室へと煮立った澱みが集約していく。並木の椰子が寿命をとられて腐る。暗雲低迷、黒雲渦巻く天に雷鳴が轟いた。

 地が震えて砂が踊る。波紋が三つ。勢い渦巻いて、海面から蠢く塔が現れた。
 見上げても足りないほどの巨塔である。海の底に堆積した死がぞろぞろ澱と重なり、光を求めて尖塔の先へと登っていくようだった。天へ伸ばすあらゆる者の手は、尖塔の先で祈手を象ると動きを止めた。
 ひい、ふう、みい。腐乱した肉の堆く。顔の無い尼僧三体が下界を憂う。
 組んだ指は解かれた。遙かなる高みから、へどろの弓が光の束をつがえ射る。
 ———赤端の胴が宙へ放られた。嘉名は天を仰ぎ、その集積点へと留めの光を放つ。
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