イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助

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翡翠挽回 下:グリーン編

ぼうけんのしょ

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 「———ぱ……なに?」
 「んん、難しく考えるな。感じろ、これは人間のガキがよく遊ぶもんらしい。ぱそこんげーむ、てやつだ」

 バルドの商会が人間界から密輸入したものを、彼はそのまま土産に持ってきた。四角い箱にしか見えないが、ガチャガチャと工具で弄られるうち机には異様な三枚の黒板が取り憑いてしまった。
 「僕やだよ!こんな優雅じゃないの」
 「まぁ見てろ、これをこうしてだな———ほらみろ!電源入ったぞ!!」
 初めに勧められたのは、当時人間界で流行っていたらしい遊戯だった。画面を通して電子世界を探検する、誰もが勇者になれる冒険もの。魔王様が最後に倒されるシナリオらしいが検閲には引っかからなかったのだろうか。
 「密輸入品だもんよ」バルドはどこ吹く風だ。

 それは、結構、楽しいものだった。勇者は国を治めなくていい。気儘に歩き回って、出会った魔族を倒しまくり、どこをほっつき歩いていてもいい。好きに振る舞っても誰にも迷惑しないというのは、生まれて初めての経験だった。
 なかなか悪くないと思いはじめていた頃だ、ルブルはメッセージ機能というものを知った。プレイヤー同士で会話したり、アイテムを贈り合ったりできるコミュニケーション機能である。
 ルブルは———このとき猛烈に勘違いをしていた。プレイヤー名を「しんかいめいおう」と明記していようと、電子の世界ではまともに受け取られないことを———誰もが等しく平等に扱われる世界とはどういうものかを、この後仔蛸はその身をもって思い知ることになるのである。

 ある日バルドが部屋に邪魔すると、ルブルは机に突っ伏して泣いていた。正確には呪詛を撒いていた。大鬼が声をかけると小さなクラーケンは触手で画面を指さした。
 「こ———こいつ!!ぼ、ぼ……僕のことを!!このルブルをッ———!!乞食って言った!!」
 「はァ~?そりゃまあどういう経緯で……」
 メッセージ欄、相手プレイヤーとの会話を遡っていくと直ぐに事情はわかった。
 ルブルはランダムマッチで対戦した相手に話しかけ、そこまではいいものの、脈絡なく相手の装備を譲れと言い出したのだ。
 「なンでそんなこと。まんま、ク、んぶふッ———たかり屋じゃねえか」
 「僕は深海冥王だよ!?通りで会ったらその日獲れたものを寄進するのがしきたりでしょうが!!」
 「ば、ばあか!!ギャッハハハ!!相手はニンゲンだぞ、宗派が違えだろうよ!!」
 オーガは腹を抱えて笑っている。ルブルはそれでも納得がいかない。捧げ物を許してそれが喜ばれこそすれ、断られ、ましてや罵倒を浴びることなど今まで一度としてなかったからだ。
 相手の暴言は容赦がない。ルブルは電子社会における口論の激しさを、その身を以て思い知ることになる。
 「く……く、うぅっ……!!ん、ぐぅ~ッ!!」
 ある種ネット社会の洗礼を受けて小蛸が悔し泣いている。日柄もよくなかった。その日はタッグマッチイベントの最終日、公開チャットで集会所のプレイヤー全体に会話のログを晒してしまったルブル———「しんかいめいおう」と組んでくれる者がいなくなってしまった。
 少年には余りに苦々しい空白であった。ランダムマッチしても相手からペアを解消されてしまう。存在を否定されるかのような、未知の痛みがルブルを襲う。
 背後で見ていたバルドは涙を流して大笑いしている。幼い魔海の王は呆然と画面を見つめ、後ろのオーガに初めて明確に殺意を抱いた。これは———この屈辱は、あんまりだ。
 「ぎゅ、いヴゥン゛~ッ……!!」
 「ひ、ひぃイ~……!!げ、げッひゃひゃひゃ!!」
 六つの目に涙を溜めて、ルブルは指先を見つめる。このままではイベントを完走できない、絶望に似た焦りが胸を締め付けた———その時である。
 
 ポコン、と間抜けな音がして、待機画面に吹き出しがひとつ映し出された。
 「え……」
 ルブルは目を拭って液晶を見る。……それは、少年相手にペア申請が送られたことを報せる通知であった。
 「だ、誰が……」
 「へえ、よかったじゃねえの。受けろよ」
 「あっ、勝手に!!」
 バルドの太い指が勝手にマウスを押してしまう。ペア成立の知らせがすぐに届き、ルブルは見も知らぬ群青頭、ヒーローアバターの彼と拳闘場に向かうことになった。

 組んだ相手は相当な手練れである。
 試合はトーナメント形式で、ランダムに指定された二組のタッグチームが対戦し合うことで進んでいくらしかった。初参戦であるため勝手がわからなくて、仔蛸は触腕を忙しなくウニャウニャさせる。マウスが握りにくい。
 「人間って指何本だっけ……調べておけばよかった……!」
 参加者のレベルが平均値で均される拳闘場では技の構成とタッグを組んだ相手のチームワークが全てである。ルブルのように共闘が苦手なプレイヤーは初戦敗退覚悟でイベント参加賞を狙うのだが、ルブルとペアを組んだ彼はあきらかに優勝狙いの猛者であった。装備のレベルから言って桁が違う。プレイヤー歴と勲章からもそれは読み取れた。腰に刺している片手剣はシンプルながら去年の全国大会チャンプの優勝特典である。
 「す、すごい人と組んじゃった……どどどうしよう、僕この間はじめたばっかりの初心者なのに……!!」
 インカム越しに通話できるか打診されたが、生憎当時はマイクの用意がなかった。
 青髪の剣士からメッセージが送られてくる。
 『じゃあ君がアタッカーやって。合わせてあげるから自由に仕掛けていいよ』
 返事しようにも、キーボードは先ほどの癇癪の末に真っ二つ。予備のテンキー操作とマウスでかなう応答は相手の周りをくるくるとまわり、アバターの頭をエモートで縦に振らせることだけだ。
 試合開始まであと五秒。粘液で触手がマウスの表面を滑る。
 『大丈夫。呼吸、合わせて』
 幕開けと同時、コメント欄が文字列と共に消える。
 ———ルブルは一瞬、同い年ほどの男の子の気配を隣に感じたような気がした。

 初戦を突破した二人の快進撃は止まらなかった。二回戦、三回戦を乗り越える頃には攻守のタイミングも合うようになり、クラーケンの少年は体表を七色に輝かせながら興奮に身悶える。
 背後で酒瓶をあけていたバルドが感心したように呟いた。
 「お前強いじゃねえか。いいな、勝ちってのは酒の肴に丁度良い」
 「……これは、僕が強いんじゃなくて……」
 相手のサポートが完璧なのだ。技の構成が強化魔法でほぼ統一されている。恐らく攻撃枠は一つのみ。組んだ相手を最大限まで強化するサポート型として、彼は既に完成された剣士だった。攻撃力は全てのプレイヤーが同じ値に落とし込まれているため、ルブルの初心者装備でも当たればほぼ一撃で決着がつく。
 ペアの彼が強化魔法を絶やすことなく、幾重にもかけ続けてくれるからだ。
 「け、決勝……!!」
 「随分早えな。ふうん、参加プレイヤーの母数がそもそも少ねえのか……平日昼間に参加できる道楽者もそういねえわな」
 確かに小規模イベントではあるのだが、ここまで勝ち進めたのは奇跡のようなものだ。ルブル少年は軟体をせわしく伸び縮みさせながら戦いに臨み……そして開幕一分でダウンさせられた。アバターの頭上には戦闘不能状態を示すドクロの印がポップしている。
 「ワーッ!!ど、どうしよう……!」
 相手方は見るからに古参のプレイヤーである。重課金装備と一目で分かるイベント上位報酬スキン、威嚇するような厳つい武装。
 ———あと三十秒は操作不能だ。ルブルのアバターを庇うように、群青の影が前へと進み出た。
 『よくできました。———回復するまで、そこで準備してて』
 彼が放ったのは単純な斬撃である。これはプレイ最初期に誰もが習得する基本技で、公式試合では誰も技のデッキに組み入れたりはしない。理由は単純、攻撃を当てられたとして微々たるダメージしか稼げないからだ。……剣士は二人がかりで襲い来る相手の懐に入り込み、的確に斬り込んでいく。一撃必殺タイプのアタッカー二人は近接武器を振り上げて襲いくる。こんなの誰が見たって勝ち目がない状況だが……剣士は器用に技のチャージタイムを見極め攻撃をかわしていく。相手の打撃がひどく遅く感じられた。
 「そうか……チャージタイムが無いんだ」
 剣士の彼が使う基本攻撃はほぼダメージが入らない分、技の次弾装填までかかる溜めの時間が短い。相手を後退させることはできるから、時間稼ぎには都合が良い。剣士は相手二人の技を全て読み切って、剣戟を繰り出しながら呪文の詠唱を始めた。
 ———ルブルのアバターがゆっくりと起き上がった。回復魔法の効果が現れるまでの待機時間……三十秒が過ぎたのである。
 『とどめはお願い!』
 斬撃の累積ボーナスによって確率で付与される「怯み」状態にかかり、対戦相手が後方へよろめいた。

 ……報酬を手に、ルブルと剣士は集会所へ戻ってきた。
 初心者には遣いどころの無いレアアイテムでアイテムボックスはパンパンだ。ルブルは剣士の周りをくるくるとまわり、とびあがって感謝の意を示した。稀少アイテムを譲ろうとするが、剣士アバターの彼が受け取り拒否したことで煌びやかなそれらはルブルのもとへ戻された。
 剣士の彼はシークレット機能を使い、周りのプレイヤーに聞かれぬようメッセージをくれた。
 『今日はよくやったんじゃない。……どこの大教会の息子かしらないけど、神の名を騙って寄進を募るなんて、住所特定されて辺境送りになるよ』
 どうやら人間界の富裕層の子供だと勘違いしているらしい。抑も信仰神が違うのだ。誰も魔海の王、魔王軍幹部の末席に座す大魔族がゲームに興じているとは思うまい。
 『それから……見て分かったけど、まだ剣士見習いでしょ。この装備一式は使いやすいからあげる。名誉人間職、当代ブルーアレンジの剣はおすすめだよ。強化スロット不足のカス装備呼ばわりする物知らずが多いけど、これは機能が限定されてるぶん命中率が高いからゲームプレイにストレスがなくなって冒険がサクサク進む便利なもので———』
 「こいつめちゃくちゃ喋るな。長文よみづらくないか」
 「バルドおじさんはちょっと黙ってて!」
 酒臭い鬼の頭を後ろに押しやり、ルブルはもどかしそうにマウスを回す。
 『ふふん、人のまわりをそんなに回って……画面動作、カクついても知らないからね。ああ———それと、これは忠告。アイテムはね、貰うより、与えたほうが得になるよ。ゲーム世界のアイテムなんて大抵運営が枯渇さえないようにいじってくれてるんだから———誰かに繫いでるうちに、自分のとこにも返ってくる』
 だからあげる。大事に使ってよね、そう言って送られてきた群青の剣士装備をルブルは早速身につけ、相手に見せようと装備変更画面を閉じたときには……もう名も知らぬ彼はいなかった。
 少年が彼について知っているのは、そのハンドルネームのみである。

 それから。それから時の狭間で、ルブルは彼を探し続けた。数年たった頃、一度電子の世界に繋がらなくなり———バルドに弄ってもらったが、二度とあの世界を訪れることは叶わなかった。
 ルブルも政務に忙しくなり、広大な所領の管理を十全に行うため日夜帝王学の修練に励んだ。領地を見てまわり、有事に備えて糧秣を確保する。
 不足を聞き、心得て、生活資材を注ぐ。これだけのことがとても難しい。
 しかしルブルはもう一人ではなかった。十三人の臣下はいつも傍にいて、ルブルの支えとなってくれる。
 ……「子供部屋」は、寝て、考えを整えるのに役だった。
 パソコンはそのままとってある。鉄の箱はパーツの交換とメンテナンスさえ怠らなければ、いつだって元気に動いてくれた。……望む過去を映す鏡になぞらえて、ルブルはモニターに魔法をかけた。画面の向こうにはあの集会所の光景が広がっている。
 これは影だ。あの日の、素晴らしい奇跡の影。日付は留められたまま、今も変わっていない。
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