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翡翠挽回 下:グリーン編
冒険のその先へ
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ぼんやりと過去に思いを馳せていたルブルは、ふと現実に意識を浮上させた。
バナナのたたき売りが如くPCパーツの商品PRをしていたバルドは突如成体に化けた後輩幹部に怪訝な顔をする。クラーケン族は三段階に分かれて進化する魔族だ。下々の者に姿を見せなければならない式典を除けば、五歳のルブルは幼体の姿で過ごしていたはずだが……。
「あ?お前なんで突然第三形態に……」
「ちょっと!何度ノックしたと思ってんの!!」
勢いよく扉を開けて入ってきたのは翡翠の髪を片側で結い上げた青年だった。悪名高い緑の悪魔にバルドはゴキブリでも見たかのような顔をする。
———嘉名は海洋議会秘書官の制服姿だ。分厚いバインダーを何冊も脇に挟み、黙っていれば人形じみた美貌を陰険に歪ませている。……眼鏡のつるを胡乱げに一押し、青年の瞳が押し売りごっこに興ずるバルドを捉えた。
「……なんだ。客人が来てるなら一言くださいよ」
ルブルは細長い手脚を後ろ手に広げ、胴体の後ろへと三面モニターを隠しながら返事をした。
「いや、あの。幹部以外には聞かれちゃいけない話があったから。ごめんねグリーン」
「じゃあなおさらでしょ。……邪魔して悪かったね」
身を翻して嘉名が部屋を出て行くと同時、クラーケン族第三形態の畏怖を煽る異形は華奢な少年の姿へ音もなく縮んでいく。背に隠したパソコンのモニターには今もなお思い出の集会所が映し出されている。
「オマエ……」
「フー、フーッ……!!あ、危なかった!!……おじさん、設定。覚えてね。———僕、もう僕卒業するから……これから俺は大人のクラーケンだから。五歳の子供じゃなくて、成人済みのクラーケンだからね」
「……背伸びしすぎると続かねえぞ……。というかお前、油断こいた原因ってまさか———」
そのまさかである。ルブルの触腕が2本、居心地悪そうにくるくる絡まり合う。そういえば海洋議会からオーガ族に回されてきた私的な調査依頼があったような……。特別割増料金で請け負ったグリーンの身辺調査案件を、ふと大鬼は思い出した。
「———し、しかたないでしょ。戦争が終わってやっとゲーム会社の顧客データを探れるようになって……同い年くらいだと思ったのに、まさか十七歳も年上だなんて思わなかったんだもん……。子供だってバレたら馬鹿にされる。まさか外れ籤で引き取ったヒーローが、あ、あ、あの人だったなんて……」
「ああ?あの人ってェ?」
「いいの!覚えてないなら思い出さないで!!」
レッドの襲撃当日まで、グリーンは手足の拘束を解かれたまま議事堂の地下室で幽閉されていた。決して注意を怠っていたわけではない、管理だって丁寧に行なっていたが、赤端の手で彼が檻から解放されるまでルブルが手をこまねいていたこともまた事実である。グリーンに目を取られている隙に開幕一発、赤端の厄介なスコップを喰らってルブルは体勢を崩してしまったのだ。
バルドは理解できないという顔で肩をすくめて見せた。
「おいおい。なんだよ———よくわかんねえけどよ、じゃあコマしてねえのか?」
「ちょっと!これはそういう……そういうのじゃないから!!自分が上手くいったからって僕たちにそれを当てはめようとしないで!!」
バルドは己の担当ヒーローを娶ってからめっきり会いに来る機会が減った。たまにのぞきに来たと思えば祝儀と出産祝いをたかろうとするので正直困っている。……人間界の富裕層目当てに始めた動画配信業が懐を潤してくれているからまだいいが。
……ルブルは自ら組み上げたゲーミングノートを思い出三面モニターの前に出し、後ろの大鬼を振り返った。
「僕、そろそろ動画編集の副業やりたいんだ。出てってくれないかな」
「何か買ったら帰ってやるよ」
「出た、押し売り。……全部買うから半値にして。それでも相場の倍いってるでしょ」
「ヒュウ!急にどうした。気前がいいなア」
「……議会にも十分な台数揃えようと思って。いつまでも石板に鉄筆じゃ、住民管理が行き届かないし———陸住みだった魚人たちが深海に永住権を得たがってるんだ。信徒認定を書類に判子でやるのはいい加減無理があって……デジタル証明印で領民にしてあげられたら、地方の神官たちも助かるからね」
その道に明るい味方も手に入った。グリーンは深海に戻ってきて以降、執務室に缶詰状態で頑張ってくれている。小魚から復活を遂げ、初め怯えて近寄ってこなかった十三貴族代表たちも徐々に態度を軟化させ始めた。流石はヒーロー業と兼務で宗教団体の運営補佐を務めていた仕事人である。グリーンは与えられた書類仕事を鬼のように片付けている最中だ。
「へえ。それじゃ数がいるな」
「うん。これは先行投資だ。多少かかってもいいからサポートが手厚いおじさんのとこに発注したい」
バルドは思案するように顎を押さえた。ルブルは首を傾げる。経験上から言って、この流れはここからが本番だろう。……オーガの大きな口がにんまりと弧を描く。
「本来ならマージンがっぽり頂くところだが———条件がある。モノは原価ぎりぎりまで割り引いてやるよ。なあルブル。ひとつ用意してくれねえか」
大鬼が笑みを深くしたので、ルブルは首を傾げて続く要望に耳を傾けることにした。
バナナのたたき売りが如くPCパーツの商品PRをしていたバルドは突如成体に化けた後輩幹部に怪訝な顔をする。クラーケン族は三段階に分かれて進化する魔族だ。下々の者に姿を見せなければならない式典を除けば、五歳のルブルは幼体の姿で過ごしていたはずだが……。
「あ?お前なんで突然第三形態に……」
「ちょっと!何度ノックしたと思ってんの!!」
勢いよく扉を開けて入ってきたのは翡翠の髪を片側で結い上げた青年だった。悪名高い緑の悪魔にバルドはゴキブリでも見たかのような顔をする。
———嘉名は海洋議会秘書官の制服姿だ。分厚いバインダーを何冊も脇に挟み、黙っていれば人形じみた美貌を陰険に歪ませている。……眼鏡のつるを胡乱げに一押し、青年の瞳が押し売りごっこに興ずるバルドを捉えた。
「……なんだ。客人が来てるなら一言くださいよ」
ルブルは細長い手脚を後ろ手に広げ、胴体の後ろへと三面モニターを隠しながら返事をした。
「いや、あの。幹部以外には聞かれちゃいけない話があったから。ごめんねグリーン」
「じゃあなおさらでしょ。……邪魔して悪かったね」
身を翻して嘉名が部屋を出て行くと同時、クラーケン族第三形態の畏怖を煽る異形は華奢な少年の姿へ音もなく縮んでいく。背に隠したパソコンのモニターには今もなお思い出の集会所が映し出されている。
「オマエ……」
「フー、フーッ……!!あ、危なかった!!……おじさん、設定。覚えてね。———僕、もう僕卒業するから……これから俺は大人のクラーケンだから。五歳の子供じゃなくて、成人済みのクラーケンだからね」
「……背伸びしすぎると続かねえぞ……。というかお前、油断こいた原因ってまさか———」
そのまさかである。ルブルの触腕が2本、居心地悪そうにくるくる絡まり合う。そういえば海洋議会からオーガ族に回されてきた私的な調査依頼があったような……。特別割増料金で請け負ったグリーンの身辺調査案件を、ふと大鬼は思い出した。
「———し、しかたないでしょ。戦争が終わってやっとゲーム会社の顧客データを探れるようになって……同い年くらいだと思ったのに、まさか十七歳も年上だなんて思わなかったんだもん……。子供だってバレたら馬鹿にされる。まさか外れ籤で引き取ったヒーローが、あ、あ、あの人だったなんて……」
「ああ?あの人ってェ?」
「いいの!覚えてないなら思い出さないで!!」
レッドの襲撃当日まで、グリーンは手足の拘束を解かれたまま議事堂の地下室で幽閉されていた。決して注意を怠っていたわけではない、管理だって丁寧に行なっていたが、赤端の手で彼が檻から解放されるまでルブルが手をこまねいていたこともまた事実である。グリーンに目を取られている隙に開幕一発、赤端の厄介なスコップを喰らってルブルは体勢を崩してしまったのだ。
バルドは理解できないという顔で肩をすくめて見せた。
「おいおい。なんだよ———よくわかんねえけどよ、じゃあコマしてねえのか?」
「ちょっと!これはそういう……そういうのじゃないから!!自分が上手くいったからって僕たちにそれを当てはめようとしないで!!」
バルドは己の担当ヒーローを娶ってからめっきり会いに来る機会が減った。たまにのぞきに来たと思えば祝儀と出産祝いをたかろうとするので正直困っている。……人間界の富裕層目当てに始めた動画配信業が懐を潤してくれているからまだいいが。
……ルブルは自ら組み上げたゲーミングノートを思い出三面モニターの前に出し、後ろの大鬼を振り返った。
「僕、そろそろ動画編集の副業やりたいんだ。出てってくれないかな」
「何か買ったら帰ってやるよ」
「出た、押し売り。……全部買うから半値にして。それでも相場の倍いってるでしょ」
「ヒュウ!急にどうした。気前がいいなア」
「……議会にも十分な台数揃えようと思って。いつまでも石板に鉄筆じゃ、住民管理が行き届かないし———陸住みだった魚人たちが深海に永住権を得たがってるんだ。信徒認定を書類に判子でやるのはいい加減無理があって……デジタル証明印で領民にしてあげられたら、地方の神官たちも助かるからね」
その道に明るい味方も手に入った。グリーンは深海に戻ってきて以降、執務室に缶詰状態で頑張ってくれている。小魚から復活を遂げ、初め怯えて近寄ってこなかった十三貴族代表たちも徐々に態度を軟化させ始めた。流石はヒーロー業と兼務で宗教団体の運営補佐を務めていた仕事人である。グリーンは与えられた書類仕事を鬼のように片付けている最中だ。
「へえ。それじゃ数がいるな」
「うん。これは先行投資だ。多少かかってもいいからサポートが手厚いおじさんのとこに発注したい」
バルドは思案するように顎を押さえた。ルブルは首を傾げる。経験上から言って、この流れはここからが本番だろう。……オーガの大きな口がにんまりと弧を描く。
「本来ならマージンがっぽり頂くところだが———条件がある。モノは原価ぎりぎりまで割り引いてやるよ。なあルブル。ひとつ用意してくれねえか」
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