地球にとってのダイヤモンドの雨、なんてロマンチックすぎる例え

りりぃこ

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天王星

天王星、とってもキレイだよ

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 ガヤガヤと人のお喋りの声が途切れない。

 広い大講義室。授業開始前のこの時間が、茉莉マツリは好きだった。
 高校の時とは違い、大学は一人ぼっちで座っていても誰も何も気にしない。
 たくさんの星が周りにあるはずなのに、1人で漂っている、そんな宇宙の小惑星の1つになってるみたいだ、と茉莉は思っている。

 その日も、茉莉は1人静かに講義室の端に座り、黙って本を読んでいた。

「曲がってるよ」
 突然後ろから声をかけられた。
 一瞬自分だとは気づかずにいると、声の主は茉莉の隣の席に来て、また言った。
「曲ってるよ、その髪ゴムの飾り」
「え?私ですか?」
 思わず茉莉は顔を上げた。
 女子生徒が1人、茉莉の隣に座っている。
 入学式後のオリエンテーションで会ったことがある気がするので、多分同じ学部の人だろう、と思ったが、名前までは全く知らない。おしゃれショートカットがとても似合う、猫目のキレイな女子だ。
 女子生徒に言われたので、茉莉は、一本に結ってある髪のゴムを確認する。
「曲ってる?」
「土星の飾り、縦になっちゃってるよ」
 女子生徒は指で輪っかを作って縦にしてみせた。
 ああ、と茉莉は頷いた。
「これで合ってます。これ土星じゃなくて天王星なので」
「天王星?」
「ええ、天王星は横倒しになってるじゃないですか。だから輪っかも縦です。土星モチーフって結構売ってるんですけど、私は天王星が好きなので自分で作って……」
 そこでハッと茉莉は言葉を途切れさせた。
 女子生徒がポカンとした顔をしている。
 ヤバい、何も聞かれてないのに余計な事まで言っちゃって……。
 茉莉は真っ赤になった。
「す、すみません。せっかく教えてくれたのに」
 茉莉はいたたまれなくなった。
 席を立って消えてしまいたい衝動に駆られたが、もうすぐ授業も始まるし、違う席に移動したら感じが悪いだろう、と思って固まっていた。
「いや、こっちこそ、余計な事言っちゃってごめんね」
 思ったよりも軽い感じで、女子生徒は笑って返してくれた。
 しかし茉莉はうまく返事ができなかった。
 元々人と会話するのが苦手な茉莉だ。
 大したことじゃないのに、と自分に言い聞かせるが、自己嫌悪で呼吸すら苦しくなる。

 ああ、こんな時にまで小惑星にならなくていいのに。呼吸の出来ない宇宙を漂う小惑星に。

 茉莉が黙ったままなので、女子生徒は少し困惑したような表情になった。
 そして、何かまた声をかけてくれようとした時だった。
「おはよう天野!あれ?知り合い?」
 友人らしい生徒が1人、その女子生徒に話しかけてきた。
「いや、ちょっと」
「ふうん。ねぇ天野、あっちの席にみんな座ってるから行こうよ」
「わかった」
 友人に促されて、女子生徒は茉莉の隣の席から立ち上がった。
「ごめんね、なんか。でもその天王星、とってもキレイだよ」
 女子生徒はそれだけ言い残し、友人の後を追って後ろの席に行ってしまった。
 茉莉は真っ赤になって、「いえ、こちらこそなんかすみません」と口の中だけでモゴモゴと呟いた。
 確実に女子生徒には聞こえていない。
 講義室に教授が入ってきて授業が始まったので、必死で茉莉は頭を切り替えた。


 授業が終わり、茉莉が席を立とうとしたとき、ふと何かが足元に落ちているのに気づいた。 
 学生証だった。

天野アマノ ケイ

 顔写真はさっきの女子生徒のものだった。
 キレイな名前だな。と思ったと同時に、さっき別れ際に言われた言葉が蘇る。

『その天王星、キレイだよ』

 サッと茉莉は頬を染める。
 別に自分が褒められた訳ではないのはわかっているが、時間差で急に嬉しくなってきた。
 無意識に天王星の髪ゴムを触る。
「学生証、返さなきゃ」
 茉莉は呟いた。
 大丈夫、落ちてましたよ、って言って立ち去るだけ。
 何も難しいことはない。こんなの、会話のうちに入らないから。

 そう何度も言い聞かせて講義室の後ろの方の席を探す。

 すぐにさっきの女子生徒、天野慧は見つかった。しかし彼女の周りには何人もの友人がいて、お喋りに花を咲かせていた。
――陽キャだ。……無理だな。
 茉莉はあっさり諦めた。
 ああいう集団の中にいる人に話かけるような高度技術はない。
 茉莉は静かに席を立ち、慧の座っている場所を黙って横切って、大講義室を出た。
 そしてまっすぐに学生センターに向かい、落とし物です、と届け出たのだった。

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