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俺の彼女にならない?

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 ※※※※

 ハナはのバイトの残り物の惣菜を片手に深夜の寂れた住宅街を歩いていた。

 雪こそ降っていないが、夜の風はとても冷たくて身に染みる。



 先日、あのトラブルのせいで1日ほど無断欠勤してしまったので、バイト先のオーナーからグダグダと嫌味を言われ、そして未だに嫌味を言われ続けている。残り物の惣菜を持っていく時も、グダグダと文句を言われたが気にしないようにしていた。



 しかし気にはしていなくても、心は擦り切れる。

 こんな時にはやっぱり優しくされたい。



「隼、どこ行っちゃったのよ……」

 何度も隼から来た最後のメッセージを見つめる。

 本当にあのヤクザ達が言っていたように、殺されちゃったんだろうか。

 隼は少し適当なところや、後先考えないところがある。だから、やばいことをしでかすことは予想できてしまう。

 それでも優しい人だ。ハナにとっては優しい恋人だ。

「連絡ほしいよ」

 ハナは大きなため息をつきながら、自宅のボロアパートの鍵をあけた。




「おかえりー」

 アパートのドアを開けてすぐに聞こえた声に、ハナは固まった。

 ――逃げなきゃっ!

 すぐに振り返って逃げようとしたが、すぐ後ろに背の高い男のが立ち塞がっていた。

「探したよー。あ、刃物とか持ってないよね?怖いからそーいうのは無しでお願いね」

 ニコニコと微笑むのは、社長と呼ばれていたナヨナヨした男だ。

 そして、後ろに逃さないとでも言うように睨みつけながら立ちはだかっているのは、確かその社長秘書の男だ。



「まあ、立ち話もなんだから座ろうよ。それ、食料?それおつまみにして飲みながらはなす?冷蔵庫覗いたけど、ビール一本もらってもいい?」

「だめっ!」

 思わずハナは叫んだ。

 ナヨナヨ社長は、ビクッとして固まった。

「それは、隼が、帰ってきたらあげようと思ってたの。いつ帰ってきてもいいように入れておいてるヤツなの」

 必死でハナは言う。

 それを聞いて、社長は静かに頷いた。

「そっか。ゴメンね。じゃあお茶でも入れようか」

 そう言って、自分の家のように冷蔵庫を開けてお茶のペットボトルとコップを出す。


「改めて自己紹介するね。俺は黒部弦人。色んな水商売のお店の社長をしてる。あと、ちょっとした組の若頭的な感じもやってます。で、君の後ろにいるのが、秘書の市原。強いよ」

 分かってる、とハナは小さく呟いた。

「えっと、君は……、三上華ちゃんは偽名だよね?免許証偽造品だったみたいだし。本当の名前何ていうの?」

 ハナは黙ったままだ。

「おい、社長が聞いてんだろ。名前くらい教えろよ」

 後ろからドスの効いた声で市原が怒鳴る。

 ハナは仕方なく呟いた。

「本名も、ハナ……」

「へえ」

 弦人がにこやかに言った。

「まあおそらく苗字とか漢字とかが違うんだろうね。ま、ちゃんとした名前は追々吐かせるよして、とりあえずハナちゃんのままでいいんだね」

 そう言いながら、勝手に惣菜を開けていく。

「美味しそう。ほら、一緒に食べようよ」

 仕方なく、ハナは弦人の前に座った。



「どうしてここが分かったの?」

「んー?まあほら、うちの系列のキャバクラ何店かに聞いて、池田隼が働いてたキャバクラ見つけて話聞いて……。ま、池田隼の住所の近くで聞き込みして、恋人、つまり君の目撃情報とか集めて……。もう高飛びとかされてたら終わってたけど、この通り以前のアパートにまだいてくれたからよかったよね」

 勝手にお茶をコップに入れながら、弦人は適当に説明した。

「ま、あんまり俺たちの情報網ナメないでね。あ、これ美味しいね。やっぱりビール欲しいな。市原買ってきてくれない?」

「ダメです。今私が出て行ったら、この女は逃げます」

「そうかな?」

「そうです。さらに、社長はちょっと刃物で脅されただけで腰を抜かしてしまうのですぐ逃してしまいます」

「う、図星かも。あーあ、飲みたかったな」

 きまりが悪そうに呻く弦人を後目に、市原はハナにお札を1枚渡した。

「な、何ですか」

「これで、その冷蔵庫の中のビールを買う、社長に出せ」

「なっ!」

 バカにするな!とハナが立ち上がりそうになった時だった。



 弦人は素早くお札を取り上げて市原に返した。

「市原、それは違うよ。だめだよ」

 はっきりと、そして強い口調だった。

 市原は、何も言い返さずに、静かに

「すみません、出過ぎた真似をしました」

 と頭を下げた。


「それで、私はどうなるんですか?またあそこに連れ戻されるんですか?それとも今度は殺さるの?隼みたいに」

 ヤケクソぎみにハナは言ったが、自分でいった言葉なのに背筋が凍ってしまった。

 やっぱり隼はもう殺されたんだろうか。そして自分もそうなるのだろうか。

 下を向いたハナに、弦人は惣菜を食べる箸を置いて、困ったような顔をして言った。

「そんな悲しい顔しないで」

 どこ口がそんなことを!とハナは弦人を睨む。

 弦人は睨まれてオドオドしながら言った。

「そんな睨まないでよ。恐いなぁ。

 とりあえず、ハナちゃんは、このままだとやっぱり、コンクリ詰めされちゃうか、エッチな無償労働になるかだけどさ。

 でもね、俺はハナちゃんの、その度胸とか機転の良さとかいいなあって思ってるんだ」

 弦人の言葉に、ハナは身体が震えだした。

 弦人はそれに気づきながらも続けた。



「だからね、ハナちゃん俺の彼女にならない?」



「はっ!?」

 ハナは思いがけない発言に、一瞬ぽかんとなった。そしてすぐさま険しく顔を歪めた。

「何言ってるの?正気?」

「もちろん正気だけど……」

「社長、この反応は照れ隠しとかではなく、本気で嫌がられております」

「うん、市原、それは言ってくれなくても、さすがの俺でもわかるよ」

 弦人は、ポリポリと頭をかいて首をかしげた。

「うーん、そんな嫌な顔されるとはなぁ」

「当たり前です。誰が自分を風俗に沈めようとした人の彼女になるのよ」

 ハナはキッパリと言った。弦人は少しだけハナに顔を寄せた。

「でも、少し考えてみてよ。俺、自分で言うのもなんだけもど、ちょっと童顔だけど顔は悪くないし、お金は持ってるし、それに優しいって言われるよ。コンクリ詰めとか無償労働よりは、ずーっといいと思うけどなぁ」

 ハナは近づいてきた弦人から、身体を離した。

「でも、私には彼氏がいる。悪いけど、私は隼が好きなんです。彼以外は好きにならない」

 ハナの言葉に、弦人は言いにくそうに口を開いた。

「その、彼氏のことなんだけどね」

 弦人はため息をつきながら言った。

「調べてみたら、どうも、お店のお金をパクって逃げてるみたいなんだよね。だから、ちょっとうちの若い衆達が行方を探してて、もし見つかったら、まあ、うん、無事ではない、かなぁ……」

「……はっ?」

 ハナは息を飲んだ。

「うそよ。そんな」

「これは本当だよ。ちゃんと確認したよ」

 気の毒そうに言う弦人の言葉は、ハナには何も入ってこなかった。


「やめてよ。そんなの聞きたくない」

 ハナは耳を塞ぐ。

 弦人は、耳を塞ぐハナの手を優しく掴んで言った。

「だからね、多分どっちにしろ、ハナちゃんのとこに隼って男は帰って来れない……」



 バシャンっ



 ふと気づくと、ハナは弦人の顔にコップのお茶をかけていた。



「貴様!!社長に何てことしやがる!」

 市原が真っ赤になってハナの胸倉を掴む。



「ふざけんじゃないわよ!そんな事信じない!本当だとしても、隼が帰ってこないって言っても、あんたの彼女なんてならないから!!」

 胸倉を掴まれながらも、ハナはまっすぐに言った。

「あんたの彼女になるくらいなら、あのお店に帰って無償労働でもなんでもしてやるわよ!!コンクリでもなんでも持ってきなさいよ!」



「思った以上に嫌われちゃったね」

 弦人は悲しそうに言った。

「市原、離してあげて。

 俺はさ、こんな世界で生きてきたから、一応優しくしてあげてるつもりなんだけど、どうしても価値観がズレてて人に嫌な思いさせちゃうこのあるみたいなんだよね。ゴメンね、ハナちゃん」

 弦人が、ハナにそっと語りかける。

 思いがけず丁寧に言われて、ハナは少し拍子抜けする。



「でもさ、今は頭に血が上ってるかもしれないから、ゆっくり考えてみてよ。ね」

 そう言って、弦人は市原から財布を受け取ると、千円札を数枚だした。

「これ、食べちゃったお惣菜とお茶のお金ね。とりあえず今日は帰るよ」

 少し寂しそうな顔をしながら弦人は立ち上がり、ハナに近寄りって体をポンポンと不自然に優しく叩いた。



「また来るよ。今度は逃げないでね」

 そう言って、市原と一緒にアパートを出ていった。



 弦人が部屋から出ていくのを確認し、ハナはヘナヘナと座り込んだ。

 しかし、すぐに立ち上がり、服を脱いだ。

「やっぱり、さっきつけられたんだわ」

 体を不自然に触られたので、何かをつけられたと思ったらやっぱり発信器らしきものが服についていた。

 ハナはすぐに握りつぶし、いつでも逃げられるように準備をするのだった。
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