怖がりで優しくて、とても恐ろしい人 〜ビビリヤクザに恋人になるよう攻められています〜

りりぃこ

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賢い子だ

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 ※※※※

「はぁ?逃げただと?昨日の今日でか!?」

 市原の、ドスの効いた声が事務所に響き渡る。



「どうしたの?誰が逃げたの?」

 弦人はあまり興味なさげに問いかけた。

 どうせどっかの班の下っ端が、仕事がキツくて逃げたとかそう言う話だと思っていたのだ。

 弦人の問いに、市原は気まずそうに答えた。

「昨日、社長を襲撃した、ハナとかいう女です」

「へえー。あの店長の寮から逃げたんだ!」

 少し感心したように弦人は反応した。



 マシュマロキャンディには、借金を大量に抱えた女のコ達も来るので、あそこの寮は外から鍵がかかるようになっており、簡単に逃げ出せないようになっている。

 店長もかなりキツく脅しているはずなので、あの寮から逃げた女のコなど、少なくとも弦人は聞いたことがない。



「ピッキングされたみたいです」

「まあ、そんな最新の鍵使ってるわけじゃないから、器用な人なら開けられるかもしれないけど……」

「ヘアピンかなにかでやったんでしょう」

「身体検査とかしなかったのかな?ヘアピンなんて一番に確認されると思うけど」

「しているはずなのですが……」

 苦々しげに市原は唇をかむ。

「あ、でも免許証取り上げてたんだよね?免許証取られて逃げるとか、勇気あるね」

「それが……偽造品だったみたいで……」

「わぁ!」

 弦人は感嘆の声を上げた。

「スゴイね。馬鹿みたいに無鉄砲に乗り込んで来たと思ってたら、ヤクザ相手に偽造品用意して逃げ出す準備もしてて……度胸あるし頭も悪くない娘だね」

 弦人の言葉に、市原は頭を下げた。

「申し訳ございません社長。油断しておりましたようで。店長にはちゃんと責任取らせます」

「いいよ。店長には何も責任取らせなくていいよ。大体、免許証確認したの、誰だったっけ?市原じゃなかった?」

 ニッコリと微笑んで語りかける弦人に、市原は青くなった。

「申し訳ございません。私です」

「だよね」

 弦人はそう言って椅子に座り直した。

「まあ、でも逃したままでもいいけどさ。もし暇があったらハナちゃんの事探しておいてよ。そして」

 いたずらっ子のように弦人は市原に言った。

「見つけたら、直接俺に知らせて。殺しちゃったり痛めつけたりなんかしないでさ」

「はあ」

 市原は曖昧に頷いた。

「もしかして、あの女にご興味が湧いています?」

「あーそうかも。俺、頭いい子とか度胸ある子、好きだから」

 恥ずかしそうに笑う弦人に、市原は少し顔を引きつらせた。





「ああ、脱走騒ぎ?そうね、面白かったわよ。店長あんなに慌てるとこ初めて見たぁ」


 事情聴取しに弦人と市原はすぐにマシュマロキャンディに向かった。

 市原が店長に話を聞いている間に、弦人は控室で客待ちをしているセイラというキャストに声をかけた。



「いつも冷静な店長は大騒ぎしちゃってねぇ。逃げそうな雰囲気も無かったしね」

「そうなの?俺が最後に見たときは結構抵抗してたみたいだけど」

 弦人が首をかしげてみると、セイラも首をかしげた。

「そう?なんか諦めた顔っていうのかな?話しかけてもあんまり反応もしなかったし。あたしも慰めたんだよー。ここ結構お給料いいから、思ったより悪くないよーって」

「ハナちゃんは無償労働だからね」

「えー可哀想!それは可哀想だよおー」

 セイラはプリプリと弦人に怒る。

「そりゃ逃げちゃうよぉ。逃げたの社長のせいだね」

「そっかぁ。でもハナちゃんに俺襲われて、ちょっと間違えたら死ぬとこだったんだけど」

「何よ。男なら2、3回さされても死なないでしょ」

「男でも女でも死ぬときは死ぬよ」

 弦人は苦笑した。

「ところで、身体検査とかちゃんとしてた?」

「あらー、社長エッチぃ。たしかにね、下着まで脱がせてちゃんと身体検査してたよ。刃物とか持ってたらヤバいからね。ま、ちゃんと検査したら服とか全部返したけど」

 セイラの言葉に、弦人は考え込んだ。どこにピッキングの道具を仕込んでたんた?



 少しして、市原が戻ってきたので、弦人もセイラとの話を切り上げた。

「ありがとう、話聞かせてくれて」

「いいのよぉ。ちょっと話した感じ、あの子も悪い子でもなさそうだったし、あんまりいじめないであげてね。こーいうとこ、逃げたくなっちゃう気持ちも分からないでもないから」

 セイラは別れ際に弦人に言った。

「あたしはこの職場好きだけどね」

「ありがとう。セイラちゃんいい子だね」

 弦人はそう言って、自分より背の高いセイラの頭を優しく撫でると、市原の車に乗り込んだ。



「何か、分かった?」

 車の中で弦人は市原にたずねた。

「すみません。全く」

「ふふ、そうか。あえて女のコたちとの会話も最小限にしてたみたいだしね。賢い子だ」

 弦人はそう言って、微笑んだ。






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