怖がりで優しくて、とても恐ろしい人 〜ビビリヤクザに恋人になるよう攻められています〜

りりぃこ

文字の大きさ
6 / 68

アパートは解約しない

しおりを挟む
 オーナーは、ハナが早退したい旨を伝えると、怯えた顔で承諾した。

 まだ夜も遅くないし、電車でもバスでも逃げれるはずだ。



 急いで帰る支度をして店を出たハナの目の前に、黒く光っている車が停まった。

「早いお帰りでした。社長がお待ちでございます」

 弦人でも市原でもない、でも確実に堅気ではない人が車から現れて、悲鳴を上げる暇も与えずに、ハナを強引に車に引きずり込んだ。

「ど、どこに連れて行くのよ!」

「え?社長から聞いてませんか?マンションに帰るんですよ」

「帰るって……私のアパートは、こっち方面じゃないんだけど!」

「いや、だから新しいマンションに」

「下ろして!」

「暴れねえで下さい。姐さんに怪我されると、俺がどやされるんで」

 車を運転している男は、困ったように言った。

 別に運転手に同情した訳では無いが、うまく走っている車から脱出することは難しく、結局ハナを乗せた車は、小さいが小綺麗なマンションの前に到着してしまった。



「早かったねー!バイト早退した?」

 弦人がマンションの前で迎えに来ていた。

 ハナは車から降りようとはしなかった。

「もとの場所に返して下さい」

「何か忘れ物?なら若い衆に取りに行かせるけど」

「ちがう。私は、私のアパートに帰るんです」

 そう言って睨みつけるハナの様子を見て、弦人は自分も車に乗り込んだ。



「ハナちゃんは帰らないよ。俺はね、ハナちゃんを近くに置いておくって決めたんだから」

 弦人は真面目な顔で、狭い車内でハナに詰め寄った。

「逃さないよ。今度はね」

 ニコニコしているかビクビクしているかしか見たことの無い弦人の真面目な顔に、ハナはビクっとなった。



「ほら、怯えたりしないで。とりあえず中だけでも見てよ。豪華なマンションじゃないけど、キレイにはしてるよ」

 パッと今度はにこやかな顔になり、弦人はハナの手を優しく握ってエスコートするように車から連れ出した。

 今ごねてもどうしようもないと悟ったハナは、仕方なく弦人に連れられて、マンションに入って行った。


 ハナに割り当てられた部屋は、質素だがキレイで、今まで住んでいたボロアパートよりよっぽど広かった。

「一応家具は一式ついてるから。必要なものはあとから教えてね」

「こ、こんな良いところ、私には必要ないので、うちのアパートに帰ろうと思います」

 ハナは一応抵抗してみせる。しかし、弦人はポンポンとハナの肩を叩いて「気にしないで」と笑った。

「一応、職場の方は今探してるから。今のバイトもこっちで退職の手続きしておくね」

「いや。そんな勝手に……」

「まあ、勝手に決めちゃったのは悪いから、ここの家賃は俺が出してあげる。でも前のアパートは、解約しないでそのままにしておくから、そこの家賃だけは自分で払ってね」

「あ……」

 ハナは少し驚いて弦人をジッと見つめた。てっきりアパートも強制解約されると思っていたが。

 ハナの様子に、弦人は首を傾げた。

「えっと、アパートは解約しない方いいよね?」

「う、うん。しない方がいいです。でも何で……」



「残しておきたいんでしょ?池田隼の帰ってくる場所。冷えたビール用意して」



 弦人の言葉に、ハナは何度も頷いた。

「うん、そうなんです。そうなんです」



 この人は、優しい顔をしながらもどこか思想が身勝手で怖い人。しかし、そういう心遣いはできる人なのだ。



 ハナは一瞬心を許しそうになって、慌てて顔をそらした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

お客様はヤの付くご職業・裏

古亜
恋愛
お客様はヤの付くご職業のIf小説です。 もしヒロイン、山野楓が途中でヤンデレに屈していたら、という短編。 今後次第ではビターエンドなエンドと誰得エンドです。気が向いたらまた追加します。 分岐は 若頭の助けが間に合わなかった場合(1章34話周辺) 美香による救出が失敗した場合 ヒーロー?はただのヤンデレ。 作者による2次創作的なものです。短いです。閲覧はお好みで。

ヤクザは喋れない彼女に愛される

九竜ツバサ
恋愛
ヤクザが喋れない女と出会い、胃袋を掴まれ、恋に落ちる。

愛し愛され愛を知る。【完】

夏目萌
恋愛
訳あって住む場所も仕事も無い神宮寺 真彩に救いの手を差し伸べたのは、国内で知らない者はいない程の大企業を経営しているインテリヤクザで鬼龍組組長でもある鬼龍 理仁。 住み込み家政婦として高額な月収で雇われた真彩には四歳になる息子の悠真がいる。 悠真と二人で鬼龍組の屋敷に身を置く事になった真彩は毎日懸命に家事をこなし、理仁は勿論、組員たちとの距離を縮めていく。 特に危険もなく、落ち着いた日々を過ごしていた真彩の前に一人の男が現れた事で、真彩は勿論、理仁の生活も一変する。 そして、その男の存在があくまでも雇い主と家政婦という二人の関係を大きく変えていく――。 これは、常に危険と隣り合わせで悲しませる相手を作りたくないと人を愛する事を避けてきた男と、大切なモノを守る為に自らの幸せを後回しにしてきた女が『生涯を共にしたい』と思える相手に出逢い、恋に落ちる物語。 ※ あくまでもフィクションですので、その事を踏まえてお読みいただければと思います。設定等合わない場合はごめんなさい。また、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

堅物上司の不埒な激愛

結城由真《ガジュマル》
恋愛
望月かなめは、皆からオカンと呼ばれ慕われている人当たりが良い会社員。 恋愛は奥手で興味もなかったが、同じ部署の上司、鎌田課長のさり気ない優しさに一目ぼれ。 次第に鎌田課長に熱中するようになったかなめは、自分でも知らぬうちに小悪魔女子へと変貌していく。 しかし鎌田課長は堅物で、アプローチに全く動じなくて……

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

処理中です...