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優しくて恐ろしい人

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 寂れたラブホテルについた。運転手は帰らせて、弦人はハナの手を握ってホテルの部屋へ入っていく。

 市原はどこに行ったかはわからない。



「ハナちゃん、本当に度胸あるよね。拳銃頭に突きつけられたら、男の人でも漏らしちゃう人もいるのに。平気そうだったね」

「平気なはずない」

 ハナは弱々しく弦人を睨んだ。


 もう拳銃はしまってあったが、ハナは抵抗する気力は無くなっていた。

 ドアの近くで立ち止まり、ぷるぷると震えるだけだ。


「ほら行くよハナちゃん。シャワー先に浴びておいで。俺が浴びてる間に逃げたりしないでね。俺は市原と違って一緒にお風呂入る派じゃないんだ。あ、でもさっき怖い映画見ちゃったからなあ。ハナちゃんどうする?」

 弦人は、怯えるハナをよそに、照れたように言ってくる。


「……怒らせたなら謝るから……」

 震える声でハナは言ったが、弦人は首をかしげた。

「怒ってる?誰が?怒ってないよ。シャワーは浴びないのかな?そっか」

 そう言いながら、弦人は強い力でハナの手を引いて部屋の真ん中に据え付けてあるベッドに連れていった。

「とりあえず脱ごうか?それ、借りてる服でしょ?シワになったらだめだし。あと、ブラジャーも固い針金入ってるから痛いでしょ?」

 弦人は優しく言って、ハナのジャケットに手をかけた。

 ハナはその手を思わず振り払った。


「ねえ、怖くないよ。怒ってる訳でもないし。ただ、俺がハナちゃんを本気で気に入ってる事が伝わってないみたいだったから、ちゃんと教えてあげようと思ってるだけ」

 弦人はそう言って、ハナの顔を両手で掴んでジッと目を見つめた。

「賢いハナちゃんなら、この状況わかるでしょ?」

 そう言って、ハナの耳を軽く掴み、耳元に口を寄せた。

「好きだよ、ハナちゃん。俺の彼女になる決心、つけてあげるね」

 弦人の瞳はいつもの優しくてオドオドしたものではなく、ギラギラと熱に揺れていた。


「ヤダッ」

 そのまま耳元を甘噛されたハナは、必死の力で弦人を押しのけようとしたがびくともしない。

 そのままベッドに押し倒されて、耳から首にかけて何度も口づけをされた。

「やだっ!やめて!お願いだから!」

 弦人はハナの言葉を一切無視している。

 そのうち、手がハナのスカートをゆっくりとたくし上げた。

「本当に、お願いやめて。まだ隼ともしたこと無いのに……!!!」

 悲鳴のようなその言葉を聞いて、弦人はピタリと動きを止めた。


「えっ?ハナちゃん彼氏としたことないの?付き合ったばっかりだったの?」

 ハナの身体に乗り上げたまま、弦人は首を傾げてきいた。

 ハナは震えながら、小さく横に首を振った。

「付き合ったばっかりとかじゃないけど。でも私誰ともしたこと無いから。隼と初めてしようとしたときも、痛くて痛くて途中でやめてもらって……そのままなんです」

 涙目になりながらハナは必死に言った。

「覚悟はしてたけど。ヤクザの親玉に突撃していくんだから、掴まったら殺されるかエッチな目に合うことは覚悟してたけど。だから私が悪いんだけど。でも。でも」


 弦人は身体を起こして、ハナの言葉を待つように、優しく頭を撫でた。

 ハナはその先を言うがどうか、一瞬迷った。ハナの中にある僅かな冷静さが、弦人に対しては続きの言葉を言ってはいけない、と警告している。

 しかしハナは抑えきれなかった。口からポロポロと溢れるように言葉が漏れてしまった。


「でも、やっぱり嫌。嫌なの。隼以外に抱かれたくない」


 ハナの言葉を聞いて、弦人は一瞬、明らかにショックを受けたような顔になった。

 しかしすぐに笑顔を見せて、ハナを起こして隣に座らせた。

「そんなに、彼の事が好きなの?」

「ヤクザの親玉脅して行方を聞き出そうとするくらい好き」

 ハナの言葉に、弦人は苦笑した。

「そりゃ、相当だね」

 弦人は、ハナの肩を引き寄せて言った。

「俺もね、拳銃で脅してホテルに連れ込んじゃうくらいにハナちゃんの事好きなんだけど」

「何でそんなに私の事気に入ってるんですか?弦人さんは私の事賢いとか言いますけど、私馬鹿ですよ?賢かったらこんな事しないです」

「確かにね」

 弦人は笑ってハナを見つめた。

「確かに、馬鹿な子だよ。男の為に身を滅ぼすような事してるんだから。冷静で賢いのに、そんな馬鹿な事している、そんなハナちゃんがとても可愛く思うんだ」

 何それ、意味がわからない、そう言いかけたハナを、弦人は両手で抱きしめた。

「今日、ハナちゃんの事色々知って、もっと気に入っちゃったよ。
 本当はこのまま、俺がどれくらい好きか、言葉以上に身体に刻みつけてあげたかったけど。女のコの初めては大事にしてあげたいし、もう少しだけ待ってあげる。俺の事を池田隼以上に気に入ってくれるまでね」

「そんなの」

 絶対にない。ハナはそう思ったが、弦人の気を損ねてまた襲われたりしたら嫌なので、黙って抱かれたままになっていた。



 結局、ハナはその夜は何もされなかった。

 ただ、一緒のベッドで寝ただけだった。

 シワになるよ、楽な格好で寝ないと疲れが取れないよ、何もしないからそれだけはしておいで、と散々言われて、備え付けのパジャマに着替えさせられた。


 隣に横たわる弦人に顔を撫でられながら、これは絶対に寝られない、とハナは思っていた。しかし実際は思った以上に熟睡してしまった。



「そろそろ起きるよ、ハナちゃん」

 先に起きていたらしい弦人が、ハナの耳元で囁いた。

 ハナはビクっとして起き上がった。

「ゴメンね、まだ寝せてあげたかったんだけど、俺が午前中仕事あるから帰らないと。ハナちゃんはマンションに送っていくから支度してくれる?車もすぐにつくから」

 ハナは慌てて頷いて支度を始めた。



 最低限の支度をして、ハナは弦人と一緒にホテルを出た。

 ホテルに横付けされていた黒塗りの車のドアを開ける市原をチラリと見て、ハナはふとたずねた。

「市原さんって、夜はどこにいたんですか」

「不測の事態に備えて、近くで待機してたよ」

 不測の事態……、近くで待機……。

 ハナは深くかんがえないようにした。



 車はすぐにマンションに着いた。

「えっと……昨日は色々と……ご馳走様でした……」

 言いづらそうに言うハナを見て、弦人は思わず吹き出した。

「あはは。最後にちょっと嫌な目にあったから言いたくないけど、礼儀はちゃんとしなきゃだめだし、みたいな葛藤が隠れてなくて最高だね。嫌いじゃないよ、礼儀をちゃんとする子」

 そう言って、車を降りようとするハナの頬に軽くキスをした。

「ちょっと」

「そんな嫌そうな顔しないでよ。またデートしよう。今度は何も警戒しないでおいで」

 そう言ってひらひらと手を振る弦人を後目にハナは車から降りた。

 走り去る車を見つめながら、ハナは思わずしゃがみこんだ。



 ――怖かった。

  あの人はやっぱり、怖がりで優しくて、恐ろしい人だ。

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