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こんな時こそ笑顔で

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 マンションに戻り、シャワーを浴びて着替えていると、カンナが訪ねてきた。

「朝帰り~やるぅ~」

 茶化すように言うカンナに、ハナは苦笑した。

「別に何も無かったよ」

「うんうん、まあそこは詳しく聞くのは野暮ってもんだから聞かないけどさ」

 カンナはニヤニヤしたままだ。



「あ、服ありがとう。クリーニング出してから返すから少し返すの待ってもらってもいい?」

「ああ、いいよ。で、貸したワンピースが役に立つようなレストランに行けた?」

「あー……行ったは行ったけど……」

 ハナは、詳しく話すのが少し憚られたので、なんとなくふんわりと説明した。

「あの、大通りのビルの近くにある、高級レストランに、入った……」

「うそ、あのレストランヤバい高級店じゃん。羨ましいー。何食べた?」

「えっ食べ?えっと、えっと。えーっと、飲み物だけで帰った……」

「……飲み物だけ?」

「……その後居酒屋に……」

「ダサい……社長ダサすぎでしょ」

 カンナはドン引きしている。

 弦人の為にも言い訳するべきかと思ったが、なんだか面倒だったのでそのままにしておいた。

「で、でも居酒屋私好きだから、そっちの方が気楽で良かったよ」

「そんなぁ、居酒屋ならうちでも連れて行ってあげるからぁ」

 カンナはハナをよしよしと撫でた。

「ハナを餌にしてうちもなんか社長のおこぼれに与ろうと思ってたのに、あてが外れそうだな、こりゃ」

「本音出てるよ」



 あ、とハナはふと思い出した。

「そう言えば、市原さんって、ボンキュッボンのグラマラスな女の人がタイプなんだって」

「な、なんだってっ」

 急にカンナの食いつきが変わった。

「グラマラスか……うちもそこそこいい感じになってると思うけど……豊胸手術した胸じゃだめかな?天然物派かな?」

「いや。それはわかんないけど。あと、彼女とは一緒にお風呂入るのが当たり前だと思ってるみたい」

「やだぁ、何それ可愛いー」

 カンナはキャッキャとはしゃいだ。



 カンナと能天気に話していると、少しだけ昨日の怖さも和らいでいくようだった。



 ※※※※

 一方弦人は、事務所に戻ってから市原にたずねられた。

「ところで社長、昨日の夜はあの女いかがでしたか」

「うーん?」

 弦人は書類を見ながら生半可な返事をした。

「いかがって?」

「ホテルで、ですよ」

「ああ。添い寝しただけだで何もしなかった」

 弦人の言葉に、市原は顔を顰めた。

「まさかあの女、社長にお預けを?」

「お預けっていうか。まあ、そうだね。池田隼以外としたくないんだってさ。優しくしたのに涙目でそんな事言われちゃったらさすがにね」

「あの女舐めやがって」

 市原は大きく舌打ちをした。

「私を呼んで頂ければ、そんな口を聞けないようにしてやったのですが」


「どうするつもりだったの?」

 思った以上に暗く重い声が耳に届き、市原はビクっとした。弦人が重い声を出すときはかなり怒っている時であることを、市原は知っている。

「いえ、その。少しだけ説得してみようかと」

「市原の説得は怖いから」

 そう言って、弦人は書類から目を離して、椅子から立ち上がった。

 背が高くない弦人は、市原を見上げるように首を上げた。

 市原は慌ててその場に膝をついてしゃがみこんだ。

「すみません。出過ぎた事を言いました」

「そうだね。他の男が忘れられない女を二人がかりで無理やり手籠めにするような、そんなダサいこと俺にさせようとするの?だめだよねそんなの」

「はい」

 この声色になった弦人に対しては肯定以外の言葉は許されない事も、市原は知っている。

「申し訳ありませんでした」


「わかってくれればいいんだ」

 市原が深く頭を下げたのをみて、弦人の声色が元の柔らかなものに戻った。

「そりゃ、俺だってさすがにショックだったけど。でもこんな時こそ笑顔でひくべきでしょ。一旦ね」

「はい、一旦、そうですね」

 市原はしゃがみこんだまま、柔らかな笑顔の弦人を見上げて頷いた。


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