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※※※※
ハナは、キャバクラ『マーメイド』で正式採用の初日を迎えた。
「今日から厨房で働く三上華さん、皆よろしくね」
「三上華です」
そこまで厳密な書類を出す必要もなさそうなので、ハナは偽造免許証の名前で働くことにした。
一度働いたことがあったので、ママからの自己紹介をサラリとされただけですぐに仕事に入った。
同じ厨房で働く年配の男性は、まさかの店長だと発覚して、ハナは驚いた。
「まあ、あんまり威厳は無いからね」
店長は笑いながらフルーツを飾り付けしていく。飾り切りはすごい腕だ。
「ハナさんにも今後この飾り切り、覚えてもらうからね」
「はい、楽しみです」
ハナは心からそう言った。
酒を作ったり、チョコレートやナッツの袋を開けたりと、ほとんど皿洗いばかりやっていた前回とは違い、簡単ながら色々やることが多くなっていた。
それでも、前回よりは忙しい様子は無かった。
「昨日までは忙しかったね。他の店からのヘルプの子も結構入っていたし」
「他の店からっていうのは、セイラさんみたいな?」
「ああ、昨日までヘルプで入ってた子ね。あの子はあっちの店の方でも忙しいから滅多に入らないけどね」
店長の言葉に、ハナは少しだけホッとした。
なんとなくやっぱり顔を合わせづらい。
そんなこんなで初日をなんとか終えた。
カンナはアフターがあるようなので、一人で帰宅準備をして店を出た。
「ハナちゃんー」
声がして振り向いて、ハナはギョッとした。
市原の運転する黒塗りの車が店の前に停まっており、弦人が窓から顔を出して手を振っている。
「今帰りでしょ?送っていくよ」
「いや、大丈夫です」
ハナがそう断った時だった。
「わぁー社長だっ。何?ハナのお迎えですかぁ?」
「過保護されてる~」
後ろから、キャストの女の子二人、ミカとナツキが声をかけてきた。
「お疲れ様。君達も今帰り?」
弦人は、二人にもにこやかに声をかけた。
ミカとナツキは、ハナをひっぱって行って車に近づいた。
「社長、いくらハナの事が大好きでも、一従業員を特別扱いし過ぎじゃないですかぁ?」
「そうですよー、あんまり特別扱いしたら、女のコなんて皆嫉妬心の塊なんだから、ハナの事イジめちゃいますよ?」
ミカとナツキは、ニヤニヤとハナを見ながら言った。
「い、イジめ?」
ハナはポカンとしてしまった。
今日一日、全くいじめられた覚えはない。むしろ、ミカもナツキも、少し厳しかったものの、明るく接してくれていた。
「イジめられちゃうのは困るな」
弦人は真剣な顔で言った。
「私達も社長の事狙ってたのにー。大好きな社長を独り占めしやがってーとか言われちゃってるんですよー」
つい先日、弦人の事を「男として無いわぁ」と言っていたミカが、いけしゃあしゃあと言うので、ハナは思わず吹き出してしまった。
ハナが吹き出したのを見て、冗談だと察した弦人は、苦笑いをした。
「そっかそっか、分かった。じゃあ今度贈るお歳暮、マーメイドに一番高いお酒差し入れしてあげるから皆で飲んで。他の店には秘密だよ。だからハナちゃんをイジめないであげて、ね?」
「キャーヤッタァ!あの、うちの店ワイン好きな子多いからそれでお願いします!」
「ハナ大好きー。ほら、社長が待ってるから乗りな乗りな」
ミカとナツキが調子良くいいながら、ハナを車に押し込んだ。
「あの、ミカさんナツキさん、私は自分で歩いて帰……」
ハナは少しだけ抵抗したが、キャッキャしている二人の勢いに飲まれて、車に乗ってしまった。
「じゃあねーハナ。まあ明日ー」
二人はそういいながら、仲良く行ってしまった。
「あの、本当に別にいじめられてなんかないですよ?ミカさんもナツキさんもすごく良くしてくれましたし」
車の中で、ハナは一応弦人に言った。
「わかってるよ。本当にイジめてる人は言わないでしょ」
弦人は笑いながら言った。
「あ、でも、本当にイジめられたらすぐに俺に言ってね。イジめたやつを、この街にいられなくしてあげるから」
「弦人さんが言うと、冗談に聞こえませんね」
「冗談じゃないからね」
今度は少し真顔になって言ったので、ハナは背筋が寒くなった。
マンションに着いてから、ハナは真面目な口調で弦人に言った。
「ミカさんとナツキさんの話は冗談だったかもしれませんが、やっぱり私は一従業員なので、こうやってお迎えしてもらうのはやっぱり良くないと思うんです」
「そう?」
「はい。私は暫くは逃げたりしませんので、お迎えしなくても大丈夫です」
「暫く、か。ハナちゃんは正直者なんだから」
弦人はハナの頭を撫で、優しい目つきで言った。
「逃げないように見張ってるわけじゃないよ。ただ、一日のうち、一目でも会いたいだけだったんだけど。
でもハナちゃんが嫌ならやめようか」
あっさり聞いてくれたので、ハナはホッとした。
「じゃあ、その代わり次のデートの約束してよ」
「へ?」
弦人の突然の誘いに、ハナは変な声が出た。
「全然話が違うじゃないですか」
「俺が毎日会うのを我慢するんだから、デートくらいならしてもいいよね?今度は拳銃は持っていかないからさ」
当たり前だ!とハナはフルフルと頭を振った。
「ハナちゃんも今度は針金とか隠し持って来ないでよね。仕事の調整してハナちゃんのお休みの日に日程合わせるから」
「勝手に話を進めないで下さい」
「じゃあ毎日迎えに行くけど」
「それはやめて」
「じゃあ決定ね」
相変わらず強引に話が決まり、ハナは脱力したまま車を降りた。
「じゃあ、決まったら連絡するねー」
弦人がそう言って、黒塗りの車は立ち去っていった。
ハナは、キャバクラ『マーメイド』で正式採用の初日を迎えた。
「今日から厨房で働く三上華さん、皆よろしくね」
「三上華です」
そこまで厳密な書類を出す必要もなさそうなので、ハナは偽造免許証の名前で働くことにした。
一度働いたことがあったので、ママからの自己紹介をサラリとされただけですぐに仕事に入った。
同じ厨房で働く年配の男性は、まさかの店長だと発覚して、ハナは驚いた。
「まあ、あんまり威厳は無いからね」
店長は笑いながらフルーツを飾り付けしていく。飾り切りはすごい腕だ。
「ハナさんにも今後この飾り切り、覚えてもらうからね」
「はい、楽しみです」
ハナは心からそう言った。
酒を作ったり、チョコレートやナッツの袋を開けたりと、ほとんど皿洗いばかりやっていた前回とは違い、簡単ながら色々やることが多くなっていた。
それでも、前回よりは忙しい様子は無かった。
「昨日までは忙しかったね。他の店からのヘルプの子も結構入っていたし」
「他の店からっていうのは、セイラさんみたいな?」
「ああ、昨日までヘルプで入ってた子ね。あの子はあっちの店の方でも忙しいから滅多に入らないけどね」
店長の言葉に、ハナは少しだけホッとした。
なんとなくやっぱり顔を合わせづらい。
そんなこんなで初日をなんとか終えた。
カンナはアフターがあるようなので、一人で帰宅準備をして店を出た。
「ハナちゃんー」
声がして振り向いて、ハナはギョッとした。
市原の運転する黒塗りの車が店の前に停まっており、弦人が窓から顔を出して手を振っている。
「今帰りでしょ?送っていくよ」
「いや、大丈夫です」
ハナがそう断った時だった。
「わぁー社長だっ。何?ハナのお迎えですかぁ?」
「過保護されてる~」
後ろから、キャストの女の子二人、ミカとナツキが声をかけてきた。
「お疲れ様。君達も今帰り?」
弦人は、二人にもにこやかに声をかけた。
ミカとナツキは、ハナをひっぱって行って車に近づいた。
「社長、いくらハナの事が大好きでも、一従業員を特別扱いし過ぎじゃないですかぁ?」
「そうですよー、あんまり特別扱いしたら、女のコなんて皆嫉妬心の塊なんだから、ハナの事イジめちゃいますよ?」
ミカとナツキは、ニヤニヤとハナを見ながら言った。
「い、イジめ?」
ハナはポカンとしてしまった。
今日一日、全くいじめられた覚えはない。むしろ、ミカもナツキも、少し厳しかったものの、明るく接してくれていた。
「イジめられちゃうのは困るな」
弦人は真剣な顔で言った。
「私達も社長の事狙ってたのにー。大好きな社長を独り占めしやがってーとか言われちゃってるんですよー」
つい先日、弦人の事を「男として無いわぁ」と言っていたミカが、いけしゃあしゃあと言うので、ハナは思わず吹き出してしまった。
ハナが吹き出したのを見て、冗談だと察した弦人は、苦笑いをした。
「そっかそっか、分かった。じゃあ今度贈るお歳暮、マーメイドに一番高いお酒差し入れしてあげるから皆で飲んで。他の店には秘密だよ。だからハナちゃんをイジめないであげて、ね?」
「キャーヤッタァ!あの、うちの店ワイン好きな子多いからそれでお願いします!」
「ハナ大好きー。ほら、社長が待ってるから乗りな乗りな」
ミカとナツキが調子良くいいながら、ハナを車に押し込んだ。
「あの、ミカさんナツキさん、私は自分で歩いて帰……」
ハナは少しだけ抵抗したが、キャッキャしている二人の勢いに飲まれて、車に乗ってしまった。
「じゃあねーハナ。まあ明日ー」
二人はそういいながら、仲良く行ってしまった。
「あの、本当に別にいじめられてなんかないですよ?ミカさんもナツキさんもすごく良くしてくれましたし」
車の中で、ハナは一応弦人に言った。
「わかってるよ。本当にイジめてる人は言わないでしょ」
弦人は笑いながら言った。
「あ、でも、本当にイジめられたらすぐに俺に言ってね。イジめたやつを、この街にいられなくしてあげるから」
「弦人さんが言うと、冗談に聞こえませんね」
「冗談じゃないからね」
今度は少し真顔になって言ったので、ハナは背筋が寒くなった。
マンションに着いてから、ハナは真面目な口調で弦人に言った。
「ミカさんとナツキさんの話は冗談だったかもしれませんが、やっぱり私は一従業員なので、こうやってお迎えしてもらうのはやっぱり良くないと思うんです」
「そう?」
「はい。私は暫くは逃げたりしませんので、お迎えしなくても大丈夫です」
「暫く、か。ハナちゃんは正直者なんだから」
弦人はハナの頭を撫で、優しい目つきで言った。
「逃げないように見張ってるわけじゃないよ。ただ、一日のうち、一目でも会いたいだけだったんだけど。
でもハナちゃんが嫌ならやめようか」
あっさり聞いてくれたので、ハナはホッとした。
「じゃあ、その代わり次のデートの約束してよ」
「へ?」
弦人の突然の誘いに、ハナは変な声が出た。
「全然話が違うじゃないですか」
「俺が毎日会うのを我慢するんだから、デートくらいならしてもいいよね?今度は拳銃は持っていかないからさ」
当たり前だ!とハナはフルフルと頭を振った。
「ハナちゃんも今度は針金とか隠し持って来ないでよね。仕事の調整してハナちゃんのお休みの日に日程合わせるから」
「勝手に話を進めないで下さい」
「じゃあ毎日迎えに行くけど」
「それはやめて」
「じゃあ決定ね」
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