怖がりで優しくて、とても恐ろしい人 〜ビビリヤクザに恋人になるよう攻められています〜

りりぃこ

文字の大きさ
17 / 68

特別扱い

しおりを挟む
 ※※※※

 ハナは、キャバクラ『マーメイド』で正式採用の初日を迎えた。

「今日から厨房で働く三上華さん、皆よろしくね」

「三上華です」

 そこまで厳密な書類を出す必要もなさそうなので、ハナは偽造免許証の名前で働くことにした。

 一度働いたことがあったので、ママからの自己紹介をサラリとされただけですぐに仕事に入った。



 同じ厨房で働く年配の男性は、まさかの店長だと発覚して、ハナは驚いた。

「まあ、あんまり威厳は無いからね」

 店長は笑いながらフルーツを飾り付けしていく。飾り切りはすごい腕だ。

「ハナさんにも今後この飾り切り、覚えてもらうからね」

「はい、楽しみです」

 ハナは心からそう言った。



 酒を作ったり、チョコレートやナッツの袋を開けたりと、ほとんど皿洗いばかりやっていた前回とは違い、簡単ながら色々やることが多くなっていた。

 それでも、前回よりは忙しい様子は無かった。

「昨日までは忙しかったね。他の店からのヘルプの子も結構入っていたし」

「他の店からっていうのは、セイラさんみたいな?」

「ああ、昨日までヘルプで入ってた子ね。あの子はあっちの店の方でも忙しいから滅多に入らないけどね」

 店長の言葉に、ハナは少しだけホッとした。

 なんとなくやっぱり顔を合わせづらい。



 そんなこんなで初日をなんとか終えた。



 カンナはアフターがあるようなので、一人で帰宅準備をして店を出た。



「ハナちゃんー」

 声がして振り向いて、ハナはギョッとした。

 市原の運転する黒塗りの車が店の前に停まっており、弦人が窓から顔を出して手を振っている。

「今帰りでしょ?送っていくよ」

「いや、大丈夫です」

 ハナがそう断った時だった。


「わぁー社長だっ。何?ハナのお迎えですかぁ?」

「過保護されてる~」

 後ろから、キャストの女の子二人、ミカとナツキが声をかけてきた。


「お疲れ様。君達も今帰り?」

 弦人は、二人にもにこやかに声をかけた。

 ミカとナツキは、ハナをひっぱって行って車に近づいた。

「社長、いくらハナの事が大好きでも、一従業員を特別扱いし過ぎじゃないですかぁ?」

「そうですよー、あんまり特別扱いしたら、女のコなんて皆嫉妬心の塊なんだから、ハナの事イジめちゃいますよ?」

 ミカとナツキは、ニヤニヤとハナを見ながら言った。

「い、イジめ?」

 ハナはポカンとしてしまった。

 今日一日、全くいじめられた覚えはない。むしろ、ミカもナツキも、少し厳しかったものの、明るく接してくれていた。


「イジめられちゃうのは困るな」

 弦人は真剣な顔で言った。


「私達も社長の事狙ってたのにー。大好きな社長を独り占めしやがってーとか言われちゃってるんですよー」

 つい先日、弦人の事を「男として無いわぁ」と言っていたミカが、いけしゃあしゃあと言うので、ハナは思わず吹き出してしまった。


 ハナが吹き出したのを見て、冗談だと察した弦人は、苦笑いをした。

「そっかそっか、分かった。じゃあ今度贈るお歳暮、マーメイドに一番高いお酒差し入れしてあげるから皆で飲んで。他の店には秘密だよ。だからハナちゃんをイジめないであげて、ね?」

「キャーヤッタァ!あの、うちの店ワイン好きな子多いからそれでお願いします!」

「ハナ大好きー。ほら、社長が待ってるから乗りな乗りな」

 ミカとナツキが調子良くいいながら、ハナを車に押し込んだ。

「あの、ミカさんナツキさん、私は自分で歩いて帰……」

 ハナは少しだけ抵抗したが、キャッキャしている二人の勢いに飲まれて、車に乗ってしまった。

「じゃあねーハナ。まあ明日ー」

 二人はそういいながら、仲良く行ってしまった。



「あの、本当に別にいじめられてなんかないですよ?ミカさんもナツキさんもすごく良くしてくれましたし」

 車の中で、ハナは一応弦人に言った。

「わかってるよ。本当にイジめてる人は言わないでしょ」

 弦人は笑いながら言った。

「あ、でも、本当にイジめられたらすぐに俺に言ってね。イジめたやつを、この街にいられなくしてあげるから」

「弦人さんが言うと、冗談に聞こえませんね」

「冗談じゃないからね」

 今度は少し真顔になって言ったので、ハナは背筋が寒くなった。



 マンションに着いてから、ハナは真面目な口調で弦人に言った。

「ミカさんとナツキさんの話は冗談だったかもしれませんが、やっぱり私は一従業員なので、こうやってお迎えしてもらうのはやっぱり良くないと思うんです」

「そう?」

「はい。私は暫くは逃げたりしませんので、お迎えしなくても大丈夫です」

「暫く、か。ハナちゃんは正直者なんだから」

 弦人はハナの頭を撫で、優しい目つきで言った。

「逃げないように見張ってるわけじゃないよ。ただ、一日のうち、一目でも会いたいだけだったんだけど。

 でもハナちゃんが嫌ならやめようか」

 あっさり聞いてくれたので、ハナはホッとした。

「じゃあ、その代わり次のデートの約束してよ」

「へ?」

 弦人の突然の誘いに、ハナは変な声が出た。

「全然話が違うじゃないですか」

「俺が毎日会うのを我慢するんだから、デートくらいならしてもいいよね?今度は拳銃は持っていかないからさ」

 当たり前だ!とハナはフルフルと頭を振った。

「ハナちゃんも今度は針金とか隠し持って来ないでよね。仕事の調整してハナちゃんのお休みの日に日程合わせるから」

「勝手に話を進めないで下さい」

「じゃあ毎日迎えに行くけど」

「それはやめて」

「じゃあ決定ね」

 相変わらず強引に話が決まり、ハナは脱力したまま車を降りた。


「じゃあ、決まったら連絡するねー」

 弦人がそう言って、黒塗りの車は立ち去っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

お客様はヤの付くご職業・裏

古亜
恋愛
お客様はヤの付くご職業のIf小説です。 もしヒロイン、山野楓が途中でヤンデレに屈していたら、という短編。 今後次第ではビターエンドなエンドと誰得エンドです。気が向いたらまた追加します。 分岐は 若頭の助けが間に合わなかった場合(1章34話周辺) 美香による救出が失敗した場合 ヒーロー?はただのヤンデレ。 作者による2次創作的なものです。短いです。閲覧はお好みで。

ヤクザは喋れない彼女に愛される

九竜ツバサ
恋愛
ヤクザが喋れない女と出会い、胃袋を掴まれ、恋に落ちる。

愛し愛され愛を知る。【完】

夏目萌
恋愛
訳あって住む場所も仕事も無い神宮寺 真彩に救いの手を差し伸べたのは、国内で知らない者はいない程の大企業を経営しているインテリヤクザで鬼龍組組長でもある鬼龍 理仁。 住み込み家政婦として高額な月収で雇われた真彩には四歳になる息子の悠真がいる。 悠真と二人で鬼龍組の屋敷に身を置く事になった真彩は毎日懸命に家事をこなし、理仁は勿論、組員たちとの距離を縮めていく。 特に危険もなく、落ち着いた日々を過ごしていた真彩の前に一人の男が現れた事で、真彩は勿論、理仁の生活も一変する。 そして、その男の存在があくまでも雇い主と家政婦という二人の関係を大きく変えていく――。 これは、常に危険と隣り合わせで悲しませる相手を作りたくないと人を愛する事を避けてきた男と、大切なモノを守る為に自らの幸せを後回しにしてきた女が『生涯を共にしたい』と思える相手に出逢い、恋に落ちる物語。 ※ あくまでもフィクションですので、その事を踏まえてお読みいただければと思います。設定等合わない場合はごめんなさい。また、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

堅物上司の不埒な激愛

結城由真《ガジュマル》
恋愛
望月かなめは、皆からオカンと呼ばれ慕われている人当たりが良い会社員。 恋愛は奥手で興味もなかったが、同じ部署の上司、鎌田課長のさり気ない優しさに一目ぼれ。 次第に鎌田課長に熱中するようになったかなめは、自分でも知らぬうちに小悪魔女子へと変貌していく。 しかし鎌田課長は堅物で、アプローチに全く動じなくて……

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

処理中です...