怖がりで優しくて、とても恐ろしい人 〜ビビリヤクザに恋人になるよう攻められています〜

りりぃこ

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花水木

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 ※※※※

「ハナさん、悪いけど、今日別のお店にヘルプに行ってもらえる?」

 その日、店に着いた途端に店長からそう告げられた。

「向こうの通りにあるキャバクラの方で、インフルエンザ流行しちゃったみたいで。他の店とかからもキャストや黒服がヘルプが行くみたいでね。うちからキャストも出すけど、ハナちゃんも行ってくれるかな?とりあえず食器洗いとか、簡単なことだけらしいから」

「分かりました」

 ハナは頷いた。

「よろしくね。今送迎の車が来るから。『花水木ハナミズキ』ってキャバクラなんだけど」



 店長から店名を聞いた瞬間、ハナは一瞬動揺した。『花水木』は隼の勤めていたキャバクラだ。

 ――隼の話が聞けるかもしれない。

 ハナは緊張した。



 一緒にいくナツキと一緒に、ハナは送迎に来た車に乗り込んだ。

 車には他の店からのヘルプのキャストも一人乗っていた。

「おーおひさー」

 ショートカットで無表情の美人が、知り合いらしいナツキに声をかけた。

「リッツン。ヘルプで出るの珍しいね」

「ボーナス弾むって言われた」

 リッツンと呼ばれた美人は、素っ気なく答えた。

「そっちの子は?キャストじゃないね」

「あ、今日は厨房で入ります。三上華です」

 ハナはお辞儀をする。

「なんと、このハナはあの社長を襲っ……」

「わぁ!ナツキさんやめてくださいー」

 ハナは慌ててナツキの口を塞ぐ。今から花水木で隼の事を何とか聞き出したいと思っているのに、こういうことで目立ちたくない。

 リッツンはあまり興味なさそうにしているので助かった。



「それにしても、花水木も災難だよね。今回はインフル騒ぎだし、ちょっと前には売上金持ち逃げもあったんだっけ?」



 突然のリッツンの言葉に、ハナは息をのんだ。もう?もう何かが分かる?心の準備が出来ていなかったハナはドキドキしてリッツンの言葉の続きを待った。


「あー、あれね。結局、持ち逃げしたのって捕まったんだっけ?」

「知らなあい」

 リッツンは興味なさげに言った。


「あの、その話。もう少し聞きたいです」

 ハナは思わず言った。

 しかし、リッツンは首を傾げた。

「え?私も知らないよ。花水木で黒服に売上金持ち逃げされたって事しか。箝口令敷かれてるよね」

 ナツキも同意するように言った。

「そうそう。やっぱり持ち逃げされたとかって恥ずかしいんじゃない?」

「そう、なんですか……」

 ハナは残念そうに俯いた。やはり簡単にはわからないか。



「何何?ハナって結構ゴシップ好きな感じ?じゃあ私がいっぱい教えてあげるよ。五股した黒服の話とか、客にガチ恋して修羅場したキャストの話とか」

 ナツキが楽しそうに話しだし、花水木に着くまでの車の中でひたすらドロドロのゴシップを聞く羽目になった。

 リッツンは大欠伸をしていた。



 花水木に着くと、いかにもヤクザのような強面の黒服が待ち構えていた。

「あの、怖そうなオッサンが、店長だよ」

 ナツキに紹介されてたその黒服店長を見て、ハナは焦った。



 以前、花水木には何度も隼の事を聞きに行って、面倒くさそうに追い返された。

 あの店長はハナの事を覚えているはずだ。



「ヘルプ来たか。グズグズしないですぐに準備してこい。もう他の店からのヘルプはフロアに入っている」

 横柄な態度で強面店長は指示する。

 忙しそうな様子で、あまりこちらを見ない。そのおかげでハナの存在には気づいていないようだ。ハナはホッとして小さく息を吐いた。



 ナツキとリッツンはすぐに準備しに向かった。ハナも厨房に向かう。厨房には不慣れな様子の黒服が四苦八苦しながら作業していた。

「ああ、ヘルプの人。ここお願いします。今日のメニューはドリンク以外は全部乾き物にしてますので」

 そう言って、さっさと行ってしまった。

 ほとんど説明もされなかったので戸惑ったが、大体のものが、マーメイドと同じ並びだったので、なんとかなりそうだ。

「おい厨房、ドリンク!」

「は、はぁい!」

 フロアから怒鳴られて、慌ててハナは支度を始めた。



「本当に全然人足りないんじゃん……」

 休憩も無しに立ちっぱなしで、ハナはぐったりとなっていた。

 隼の事を聞き出す余裕など一切無い。

 ようやく一息ついてトイレに行くと、ぐったりとしたキャストの女のコが座り込んでいた。どうも酷く酔っ払ってしまっているようだ。



「大丈夫ですか?」

 ハナは近寄って女のコに話しかけた。

「……あのクソ店長……無理しやがって……どう考えても今日は無理だろうが……ウッ」

 ブツブツと言いながら女のコは嗚咽を漏らし、トイレにリバースしたようだ。

「お、お水持ってきます」

 ハナは急いで水とペーパータオルを持ってきて、女のコに渡した。

「あ、ありがと。あーマジ今日最悪だわ」

 女のコは口を拭きながらまた悪態をついた。

「どー考えても今日は店臨時休業するべきだったと思わない?人ごっそりいないんだし。いくら他の店からヘルプ呼んだって……ウッ」

「無理しないで下さい」

 ハナは女のコの背中をさすった。

 女のコは顔色が悪いままブツブツ言い続けていた。

「だいたいさ、売上金パクられたのって店長の保管が悪かったんじゃん。その埋め合わせでうちらに無理させてさ、マジで本当にクソ」

 女のコの口からその話が出たので、ハナはドキリとした。

「あ、あの、売上金パクったのってお店の黒服なんでしたっけ?」

 ハナが恐る恐る尋ねると、女のコな虚ろな目で答えた。

「あー、店長他の奴らに喋りまわるなとか言って全然噂漏れてんじゃん、ウケる。そうだよ。若い黒服の男、噂では逃げる時に……」


「おい、いつまでサボってんだよ」

 突然後ろから声がして、ハナはビクっと振り返った。

 花水木の店長がこちらを睨んでいる。

「店長、ここ女子トイレ」

「テメェが遅いから迎えに来てやったんだ。早く持ち場にもどれ」

「はいはい」

 女のコはフラフラと立ち上がった。ハナは女のコを支えるようにしながら恐る恐る提言した。

「あ、あの、あの子結構悪酔いしちゃってるし、少しだけ休ませた方が」

「ああ!?」

 店長はハナを睨む。

「大事なお客様が待ってんだろうが。ほら、さっさと行けよ」

 店長に言われて、女のコはトイレから出ていった。

 ハナもため息をついて戻ろうとしたときだった。



「おい、テメェはちょっと待て」

 店長はハナの腕を掴んでトイレのわきの隅に連れて行った。

「な、何でしょうか」

「テメェ、あのときの女だな。池田の野郎の行方を聞きに何回も店に邪魔しに来た」

「えーっと……人違いでは?」

「んなわけあるか」

 ドン、と、店長はハナの身体の横の壁を足で蹴り上げて脅すように体を近づけた。

「あれは内々に解決しようと思ってたのに、テメェが余計なことしやがるから上のモンにバレたじゃねえか。このクソアマが」

「知らなかったんです。ただ、池田隼の行方を知りたかっただけで」

「うるせえんだよ。むしろテメェ今度は何しにここに来やがった」

「ここに来たのは本当に偶然で」

「んなわけあるか!そういやあテメェ社長の女になったって噂あるが、スパイでもしにきたか?」

「違!」

 ハナが必死で首を振っていたその時だった。



「あー、ハナをイジメてるー」

 トイレに来たらしいナツキが、声を聞きつけたらしくこちらにやってきた。

 店長は、チッ、と大きな舌打ちをして

「まあ、今はいい。早くテメェも戻れ。厨房がら空きだと迷惑だ」

 とだけ言って去っていった。

 ナツキはハナに駆け寄った。

「大丈夫?なんかされてない?あの店長キツくて有名だからさ。もしイジメられてたら、社長にチクッちゃいなよ」

「ううん、平気。むしろ言わないで下さい。あの、あの、私厨房でつまみ食いして怒られてただけだから。そんなの社長にバレたら恥ずかしいので」

 ハナは適当な嘘を言った。今、隼の事を探っている事が弦人に知られると、多分行動を制限される可能性がある。

「そうなの?」

「ごめんなさい心配かけて。大丈夫なので」

 そう言ってナツキに向かってニッコリと笑ってみせてハナは急いで厨房に戻った。



 だめだ。やっぱりここでうまく聞き出すことはできなそうだ。

 多分あの店長がハナの行動に目を光らせているはず。

 ハナは唇を噛み締めた。


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