怖がりで優しくて、とても恐ろしい人 〜ビビリヤクザに恋人になるよう攻められています〜

りりぃこ

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一人になりたい

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「うわぁあぁあ!!」

 急に部屋の電気がついて悲鳴が上がった。


「ハ、ハナちゃん?もう、真っ暗な中でなにしてんの?」


 電気をつけたのは弦人だったらしい。

 真っ暗だったので部屋にいないものだと思いこんでいたらしく、相当驚いた様子で胸を押さえてハアハアと大袈裟な息をして市原の腕にしがみついていた。



「あーびっくりした」

 弦人は市原から手を離すと、ハナに恐る恐る近づいた。

「どうしたの?真っ暗な部屋で。寝れなかったの?ってか、着替えてもないんじゃない?」

「…………ああ……」

 言われてハナは、ノロノロと体を動かして、服を脱ぎだした。

「わぁ!ストップストップ!ハナちゃん、今着替えるの?俺とか市原が居ても大丈夫なの?」

「え?」

 ハナはゆっくりと弦人の顔を見た。

「ああ弦人さん、いたんですか?」

「え?今気づいたの?そんなに俺存在感無い?」

 情けなさそうに弦人は市原を見上げた。

「おい、社長に向かって威厳だけでなく存在感も無いなんて、失礼だろうが」

「市原、やっぱり俺の事、威厳無いと思ってたんだね……」

 ジトッとした顔で弦人が市原を睨むので、バツが悪そうに市原は顔をそらした。


「ハナちゃん、本当にどうしたの?酔っ払ってる?それとも悪いおクスリでも試しちゃった?」

 弦人は心配そうにハナを見つめた。

 ハナは、ぼーっとしたまま、「何でもありません」と呟いた。


「おかしい。どう考えてもおかしい。市原、マーメイドに電話して、ママか店長に今日何があったか聞き出して」

「かしこまりました」

 市原がそう応じて電話をかけようとした時だった。



「思い返してみれば、何となくわかっていたのかもしれない」

 虚ろな目をしたハナが、そうボソリと言った。弦人は首をかしげた。

「何を?」

「隼の様子がおかしかった。花水木で働き始めてから」

 ハナは顔を歪めて笑っていた。


「市原、やっぱり電話はしなくてもいい」

 弦人はそう言うと、ハナの顔をジッと見つめた。泣いてはないない。

「ハナちゃん、俺聞くから。ゆっくりでいいから言ってごらん」



 弦人に促され、ハナは独り言のようにポツリポツリと話しだした。


「隼が花水木で働くって決めた時に言ったんです。『お前と同じ名前だったからそこて働く事に決めたんだよ』って。『運命みたいでしょ』って」

「同じ名前?」

「私の名前、本当は瑞希ミズキっていうんです。ハナは苗字。波奈ハナ瑞希ミズキっていうんです」

「ハナミズキ……キレイなお花の名前だね」

 弦人は、ハナの背中を優しくさすりながら言った。



 ハナは虚ろな目のまま続けた。

「小さい頃は『鼻水』なんてあだ名つけられてたから嫌でしたけど。でも隼がそう言ってくれたときは、自分の名前が嬉しかった。ああそう、運命かぁって」

「ハナミズキ、いい花だよね。お店の花水木の名前もそれから取ってるからね。花言葉、想いを受け取ってください、って意味があるんだよね」

「結局、私の想いは隼に受け取って貰えてなかったみたいですけど」

 ハナは自虐的に言った。

「隼は花水木で働き始めてから、なんだか会ってくれる日が少なくなって。隼の部屋にもあまり行かせてくれなくなって。そうか、その頃から他の恋人がいたんですね」

 ハナはそう言ってから、弦人の方を悲しそうな顔で見た。

「弦人さんは知ってましたよね?」

 ハナの悲痛な声の問いに、弦人はうなずいた。

「ハナちゃんが逃げたときに池田隼の近所に聞き込みしたら、どうも奴には二人の女のコとの付き合いがあるらしいって事はわかったんだ。その二人のうちからハナちゃんの特徴に合う子のアパートを突き止めて。それでハナちゃんを見つけた。だから、何となく分かってはいた」

「知ってて……どうして言わなかったんですか?二股されてるくせに、ヤクザの親玉に小さいナイフ持って突撃していくような、こんな馬鹿な真似して馬鹿な女だって見下してたんでしょう!」

 ハナは一気に言ってから、床に顔を俯せた。


 弦人は優しくハナの顔を上げさせて、真剣な顔で諭すように言った。

「別に見下してなんかない。俺にとっては言わないほうが好都合だっただけだ」

「好都合?」


「ハナちゃんがこの街に留まっているのは、池田隼が帰ってくる場所を残しておきたいからだ。殺されてるかもしれないって言われても、アパートを解約せず、冷えたビールを冷蔵庫にずっと入れて。きっと帰ってきて、また仲良く一緒にいれるって信じている。
 だから、池田隼には他に恋人がいるってことを黙っていた。
 その方が、ハナちゃんをこの街に留めておくことができるからね」

「酷い」

 弦人の説明に、思わずハナは呟いた。すると弦人は真剣な表情でたずねた。

「酷いのは誰?黙ってた俺?他の恋人と逃げた池田?」

「それは……」

 誰?弦人に酷いと言ったはずなのに、よくわからなくなって、ハナはぐるぐると目眩がするようだった。


「一人になりたい。帰って下さい」

「それは嫌だよ」

 震える声で懇願するハナに、あっさりと弦人は首を振った。

「何でよ!帰ってよ!今誰とも一緒にいたくないの!」

 ハナは勢いよくクッションを弦人に投げつけた。投げつけたクッションは、市原によって止められて弦人には当たらなかった。

 弦人は、暴れて次の物を投げつけようとするハナの腕を掴んで言った。


「嫌だよ。だって今、ハナちゃんを繋ぎ止めているものが無くなったんだから」


「繋ぎ……」

「そうだよ。ハナちゃんはもうこの街にいる必要が無いって思うかもしれない。そうしたら遠くに、俺の手の回らないところまで逃げちゃうかもしれない。
 ……あ、いや違う……」

 弦人は、呟くように言い換えた。



「違う……。
 ハナちゃんは本名を教えた。逃げるつもりなら教えない。ハナちゃんは賢いから……。
 ねえハナちゃん、もしかして死ぬつもりじゃない?」


 弦人の言葉に、ハナの目が泳いた。


「恋人の行方を知るためにヤクザ襲撃するような行動力のハナちゃんだ。その恋人に、裏切られていることを知ったら、死にたくなってもおかしくない」

「うるさい!関係無いでしょ!出ていって!」

 ハナは再度暴れ、近くにあるものを手当たり次第投げつけた。


「ハナちゃん」

 弦人は優しい声で呼びかけ、暴れるハナを抱きしめた。

 暫くそのまま黙って抱きしめ、疲れたハナが大人しくなった頃に静かに言った。


「俺は関係無くないよ。俺はハナちゃんのことが好きなんだから。

 池田に受け取って貰えなかった想いを、俺にぶつけていいから。だから今死ぬくらいなら、試しに俺にハナちゃんを愛させてよ」


「私は弦人さんの事好きじゃない。愛さなくてもいい」


「今はとりあえず好きじゃなくていいよ。池田の代わりでいい。俺がハナちゃんの想いを受け取ってあげる。いくら俺がハナちゃんを愛してもそれでもまだ池田が忘れられなくて死にたかったら」


 弦人はそこで言葉を切り、ハナの首を優しく撫でた。


「その時は責任を持って俺がハナちゃんを殺してあげるから。大丈夫。骨一つ見つからないように処分してあげる。そういうの得意だよ」



 ハナは、ゾッとして目を大きく見開いた。しかしなぜかこの言葉に安心してしまい、弦人を抱きしめ返して聞いた。

「絶対?」

「うん、絶対」

「約束ですよ」

「うん約束。だからそれまでは、俺がハナちゃんを愛してもいいでしょ?」


 弦人は暴れなくなったハナの背中をポンポンと軽く叩いて、そして顔に手をかけた。

 口の周りをを親指で軽く撫でると、素早く唇をキスで塞いだ。

 ハナは一瞬抵抗しようとしたが、すぐに諦めて弦人に委ねるように力を抜いた。



「やめてほしかったらちゃんと言うんだよ。女のコの初めては大事にしてあげたいからね。ハナちゃん……ミズキちゃんって呼んだ方いい?」

「ハナでいいです。今更」

「そうだね。俺も、死ぬつもりで教えた名前なんて、呼びたくはない」

「……」

「ハナちゃん、好きだよ」

 そう優しく言ってから、弦人は再度ハナの唇を塞いだ。


 弦人がハナの服をゆっくりと脱がせていくのに合わせ、市原は部屋を出ていったようだ。


 そのままハナは弦人に身を委ね、何も考えないように目を閉じた。


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