21 / 68
一人になりたい
しおりを挟む「うわぁあぁあ!!」
急に部屋の電気がついて悲鳴が上がった。
「ハ、ハナちゃん?もう、真っ暗な中でなにしてんの?」
電気をつけたのは弦人だったらしい。
真っ暗だったので部屋にいないものだと思いこんでいたらしく、相当驚いた様子で胸を押さえてハアハアと大袈裟な息をして市原の腕にしがみついていた。
「あーびっくりした」
弦人は市原から手を離すと、ハナに恐る恐る近づいた。
「どうしたの?真っ暗な部屋で。寝れなかったの?ってか、着替えてもないんじゃない?」
「…………ああ……」
言われてハナは、ノロノロと体を動かして、服を脱ぎだした。
「わぁ!ストップストップ!ハナちゃん、今着替えるの?俺とか市原が居ても大丈夫なの?」
「え?」
ハナはゆっくりと弦人の顔を見た。
「ああ弦人さん、いたんですか?」
「え?今気づいたの?そんなに俺存在感無い?」
情けなさそうに弦人は市原を見上げた。
「おい、社長に向かって威厳だけでなく存在感も無いなんて、失礼だろうが」
「市原、やっぱり俺の事、威厳無いと思ってたんだね……」
ジトッとした顔で弦人が市原を睨むので、バツが悪そうに市原は顔をそらした。
「ハナちゃん、本当にどうしたの?酔っ払ってる?それとも悪いおクスリでも試しちゃった?」
弦人は心配そうにハナを見つめた。
ハナは、ぼーっとしたまま、「何でもありません」と呟いた。
「おかしい。どう考えてもおかしい。市原、マーメイドに電話して、ママか店長に今日何があったか聞き出して」
「かしこまりました」
市原がそう応じて電話をかけようとした時だった。
「思い返してみれば、何となくわかっていたのかもしれない」
虚ろな目をしたハナが、そうボソリと言った。弦人は首をかしげた。
「何を?」
「隼の様子がおかしかった。花水木で働き始めてから」
ハナは顔を歪めて笑っていた。
「市原、やっぱり電話はしなくてもいい」
弦人はそう言うと、ハナの顔をジッと見つめた。泣いてはないない。
「ハナちゃん、俺聞くから。ゆっくりでいいから言ってごらん」
弦人に促され、ハナは独り言のようにポツリポツリと話しだした。
「隼が花水木で働くって決めた時に言ったんです。『お前と同じ名前だったからそこて働く事に決めたんだよ』って。『運命みたいでしょ』って」
「同じ名前?」
「私の名前、本当は瑞希っていうんです。ハナは苗字。波奈瑞希っていうんです」
「ハナミズキ……キレイなお花の名前だね」
弦人は、ハナの背中を優しくさすりながら言った。
ハナは虚ろな目のまま続けた。
「小さい頃は『鼻水』なんてあだ名つけられてたから嫌でしたけど。でも隼がそう言ってくれたときは、自分の名前が嬉しかった。ああそう、運命かぁって」
「ハナミズキ、いい花だよね。お店の花水木の名前もそれから取ってるからね。花言葉、想いを受け取ってください、って意味があるんだよね」
「結局、私の想いは隼に受け取って貰えてなかったみたいですけど」
ハナは自虐的に言った。
「隼は花水木で働き始めてから、なんだか会ってくれる日が少なくなって。隼の部屋にもあまり行かせてくれなくなって。そうか、その頃から他の恋人がいたんですね」
ハナはそう言ってから、弦人の方を悲しそうな顔で見た。
「弦人さんは知ってましたよね?」
ハナの悲痛な声の問いに、弦人はうなずいた。
「ハナちゃんが逃げたときに池田隼の近所に聞き込みしたら、どうも奴には二人の女のコとの付き合いがあるらしいって事はわかったんだ。その二人のうちからハナちゃんの特徴に合う子のアパートを突き止めて。それでハナちゃんを見つけた。だから、何となく分かってはいた」
「知ってて……どうして言わなかったんですか?二股されてるくせに、ヤクザの親玉に小さいナイフ持って突撃していくような、こんな馬鹿な真似して馬鹿な女だって見下してたんでしょう!」
ハナは一気に言ってから、床に顔を俯せた。
弦人は優しくハナの顔を上げさせて、真剣な顔で諭すように言った。
「別に見下してなんかない。俺にとっては言わないほうが好都合だっただけだ」
「好都合?」
「ハナちゃんがこの街に留まっているのは、池田隼が帰ってくる場所を残しておきたいからだ。殺されてるかもしれないって言われても、アパートを解約せず、冷えたビールを冷蔵庫にずっと入れて。きっと帰ってきて、また仲良く一緒にいれるって信じている。
だから、池田隼には他に恋人がいるってことを黙っていた。
その方が、ハナちゃんをこの街に留めておくことができるからね」
「酷い」
弦人の説明に、思わずハナは呟いた。すると弦人は真剣な表情でたずねた。
「酷いのは誰?黙ってた俺?他の恋人と逃げた池田?」
「それは……」
誰?弦人に酷いと言ったはずなのに、よくわからなくなって、ハナはぐるぐると目眩がするようだった。
「一人になりたい。帰って下さい」
「それは嫌だよ」
震える声で懇願するハナに、あっさりと弦人は首を振った。
「何でよ!帰ってよ!今誰とも一緒にいたくないの!」
ハナは勢いよくクッションを弦人に投げつけた。投げつけたクッションは、市原によって止められて弦人には当たらなかった。
弦人は、暴れて次の物を投げつけようとするハナの腕を掴んで言った。
「嫌だよ。だって今、ハナちゃんを繋ぎ止めているものが無くなったんだから」
「繋ぎ……」
「そうだよ。ハナちゃんはもうこの街にいる必要が無いって思うかもしれない。そうしたら遠くに、俺の手の回らないところまで逃げちゃうかもしれない。
……あ、いや違う……」
弦人は、呟くように言い換えた。
「違う……。
ハナちゃんは本名を教えた。逃げるつもりなら教えない。ハナちゃんは賢いから……。
ねえハナちゃん、もしかして死ぬつもりじゃない?」
弦人の言葉に、ハナの目が泳いた。
「恋人の行方を知るためにヤクザ襲撃するような行動力のハナちゃんだ。その恋人に、裏切られていることを知ったら、死にたくなってもおかしくない」
「うるさい!関係無いでしょ!出ていって!」
ハナは再度暴れ、近くにあるものを手当たり次第投げつけた。
「ハナちゃん」
弦人は優しい声で呼びかけ、暴れるハナを抱きしめた。
暫くそのまま黙って抱きしめ、疲れたハナが大人しくなった頃に静かに言った。
「俺は関係無くないよ。俺はハナちゃんのことが好きなんだから。
池田に受け取って貰えなかった想いを、俺にぶつけていいから。だから今死ぬくらいなら、試しに俺にハナちゃんを愛させてよ」
「私は弦人さんの事好きじゃない。愛さなくてもいい」
「今はとりあえず好きじゃなくていいよ。池田の代わりでいい。俺がハナちゃんの想いを受け取ってあげる。いくら俺がハナちゃんを愛してもそれでもまだ池田が忘れられなくて死にたかったら」
弦人はそこで言葉を切り、ハナの首を優しく撫でた。
「その時は責任を持って俺がハナちゃんを殺してあげるから。大丈夫。骨一つ見つからないように処分してあげる。そういうの得意だよ」
ハナは、ゾッとして目を大きく見開いた。しかしなぜかこの言葉に安心してしまい、弦人を抱きしめ返して聞いた。
「絶対?」
「うん、絶対」
「約束ですよ」
「うん約束。だからそれまでは、俺がハナちゃんを愛してもいいでしょ?」
弦人は暴れなくなったハナの背中をポンポンと軽く叩いて、そして顔に手をかけた。
口の周りをを親指で軽く撫でると、素早く唇をキスで塞いだ。
ハナは一瞬抵抗しようとしたが、すぐに諦めて弦人に委ねるように力を抜いた。
「やめてほしかったらちゃんと言うんだよ。女のコの初めては大事にしてあげたいからね。ハナちゃん……ミズキちゃんって呼んだ方いい?」
「ハナでいいです。今更」
「そうだね。俺も、死ぬつもりで教えた名前なんて、呼びたくはない」
「……」
「ハナちゃん、好きだよ」
そう優しく言ってから、弦人は再度ハナの唇を塞いだ。
弦人がハナの服をゆっくりと脱がせていくのに合わせ、市原は部屋を出ていったようだ。
そのままハナは弦人に身を委ね、何も考えないように目を閉じた。
10
あなたにおすすめの小説
虚弱なヤクザの駆け込み寺
菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。
「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」
「脅してる場合ですか?」
ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。
※なろう、カクヨムでも投稿
お客様はヤの付くご職業・裏
古亜
恋愛
お客様はヤの付くご職業のIf小説です。
もしヒロイン、山野楓が途中でヤンデレに屈していたら、という短編。
今後次第ではビターエンドなエンドと誰得エンドです。気が向いたらまた追加します。
分岐は
若頭の助けが間に合わなかった場合(1章34話周辺)
美香による救出が失敗した場合
ヒーロー?はただのヤンデレ。
作者による2次創作的なものです。短いです。閲覧はお好みで。
愛し愛され愛を知る。【完】
夏目萌
恋愛
訳あって住む場所も仕事も無い神宮寺 真彩に救いの手を差し伸べたのは、国内で知らない者はいない程の大企業を経営しているインテリヤクザで鬼龍組組長でもある鬼龍 理仁。
住み込み家政婦として高額な月収で雇われた真彩には四歳になる息子の悠真がいる。
悠真と二人で鬼龍組の屋敷に身を置く事になった真彩は毎日懸命に家事をこなし、理仁は勿論、組員たちとの距離を縮めていく。
特に危険もなく、落ち着いた日々を過ごしていた真彩の前に一人の男が現れた事で、真彩は勿論、理仁の生活も一変する。
そして、その男の存在があくまでも雇い主と家政婦という二人の関係を大きく変えていく――。
これは、常に危険と隣り合わせで悲しませる相手を作りたくないと人を愛する事を避けてきた男と、大切なモノを守る為に自らの幸せを後回しにしてきた女が『生涯を共にしたい』と思える相手に出逢い、恋に落ちる物語。
※ あくまでもフィクションですので、その事を踏まえてお読みいただければと思います。設定等合わない場合はごめんなさい。また、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
堅物上司の不埒な激愛
結城由真《ガジュマル》
恋愛
望月かなめは、皆からオカンと呼ばれ慕われている人当たりが良い会社員。
恋愛は奥手で興味もなかったが、同じ部署の上司、鎌田課長のさり気ない優しさに一目ぼれ。
次第に鎌田課長に熱中するようになったかなめは、自分でも知らぬうちに小悪魔女子へと変貌していく。
しかし鎌田課長は堅物で、アプローチに全く動じなくて……
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?
藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。
結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの?
もう、みんな、うるさい!
私は私。好きに生きさせてよね。
この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。
彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。
私の人生に彩りをくれる、その人。
その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。
⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。
⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる