怖がりで優しくて、とても恐ろしい人 〜ビビリヤクザに恋人になるよう攻められています〜

多分違うと思うの

　その時だった。

　市原のスマホが鳴った。

「誰から？」

　頭を踏みつけられたまま、市原はスマホをポケットから取り出した。

　弦人はそれを取り上げた。

「セイラちゃんだね？」

　弦人の声に、市原は動揺した。

　その動揺を見逃さなかった弦人は、電話の通話ボタンを押して、スピーカーモードにした。


「あ、あの、あの、市原さん、あの、どうしても気になって教えたくて」

　焦ったような、しかし言いづらそうなセイラの声がした。

「何だ？」

　弦人が市原の声色を真似て続きを促した。

「あのね、さっきハナちゃんが捕まったって聞いて……。
　あの、あたし出勤するときにたまたまハナちゃんを見かけたの。あの、池田と一緒にハナちゃん歩いてて。浮気の現場じゃんって思って証拠に動画取ってたんだけど」

　ほら見ろ、と市原は思った。弦人は無表情で黙っていた。

「それで、遠くから見てたんだけど、ハナちゃんがなんか言ったら池田に人気のない場所に連れて行かれて腹を何回も殴られだして」

　セイラの話に、弦人の顔が歪んだ。

「それで、さすがに結構やばいと思って、あたし思わず止めに入ったの。そしたら池田はどっか行っちゃって。ハナちゃんに、大丈夫？って聞いたんだけど、ハナちゃん上の空で。
　あの、あたしも出勤前でノーメイクでスエット着てたから多分あたしに気づかなかったんだと思うんだけど。
　で、ブツブツ『ムリ、ムリ』って言ってて。『殺せない。絶対ムリ。助けて』って。それてフラフラ歩いて行っちゃったの」

　離れて聞いていたカンナはもはや泣きそうな顔をしていた。

「ねえ市原さん、ハナちゃん社長を殺そうとして捕まったって聞いたんだけど、それ多分違うと思うの。ハナちゃん、社長殺そうとしたんじゃなくて、助けを求めようとしてたんじゃないかな？
　ねえ市原さん、あたし、ハナちゃん嫌いだけど。でもハナちゃんのあれが浮気じゃなくて脅されてたんだとしたら、さすがに可哀想過ぎて……」

「今の話、本当？」

　ずっと黙って聞いていた弦人が、思わず声を上げた。

「え？社長？」

　電話口の声が震え、セイラが青くなっているのが見なくてもわかった。

「あの、あの、今の話」

「今の話、本当なんだね？」

　弦人は努めて優しくセイラにたずねた。まだセイラの声が震えている。

「あの、違うの。社長、あたし……」

「本当、なんだね？」

「……本当」

「分かった。セイラちゃん、その動画に殴ってるとこも映ってる？」

「映ってる……全部じゃないけど」

「その動画、絶対消さないでね」


　セイラの言葉を聞くと、弦人は電話を切って市原に向き合った。市原も青い顔をしている。

「申し訳ありませんでした！！」

　市原は土下座をして、全てを弦人に打ち明けた。


「市原の処分は後で考える。とりあえずすぐに車を出して。あと、ハナちゃんと池田捕まえてる人たちに連絡を入れて」

　弦人はそう指示すると、玄関であ然としたままのカンナに微笑んだ。

「その、パスタソース、俺たちの分も残しておいてね」

　そう言って、急いで車に乗り込んだ。