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86 アーセルの命令
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「マヒロ様‥」
アーセルはそう一言呟いたまま、一度俯いてきゅっと唇を噛んだ。それからその顔をあげて真っ直ぐにマヒロを見つめてきた。
マヒロは、ジャックの腕に支えてもらいながらもしっかりと立ったまま、アーセルの目を見つめ返した。
アーセルは少しだけ微笑んで言った。
「わかりました」
その一言に、マヒロはほっとして身体の力が抜けるのを感じた。慌ててジャックがぐっとマヒロの身体を支え直す。アーセルは、言葉を続けた。
「俺も一緒に行きます」
「‥え?」
マヒロは一瞬言葉が出なかった。
とりあえず、身体の回復と、ある程度高山登山に耐えられるだけの体力はつけておかなければ、などと頭の中で色々と考えていたので、アーセルのこの提案の意味を理解できなかった。横でジャックが息を呑んだ音がして、それで我に返った。
「いや、何言ってんの?アーセル『国王選抜』の真っ最中じゃん!無理だよ、あと三か月近くもあるでしょ?私‥できるだけ早く行きたいから一か月後くらいをめどに考えてるんだよ?」
「構いません。俺も行きます」
優しい笑顔のままそう言い張るアーセルに、マヒロはまた頭がくらくらしてきた。身体が十全でないと頭の中が短絡的になる。自分が一生懸命ことを分けて説明しているのに一向に聞きそうもないアーセルの様子にマヒロは苛立ってしまった。
「構うよ!みんながアーセルに国王になってほしいと思って、そいで協力もしてるんじゃん!なんで私なんかの事に関わってそれを台無しにしようとすんの?他のヒトの想いを、アーセルは踏みにじるの?」
思いのほか強い剣幕でまくし立てるマヒロに、アーセルは少し驚いた様子を見せたが優し気な笑顔が消えることはなかった。
「そう、かもしれませんね。領主として俺は駄目なヒトかもしれない」
「アーセル、だったら」
「でも、俺も一緒に行きます。‥一緒でなければ行かせません」
ふっとアーセルの顔から笑みが消えて真顔になった。戦う騎士の顔だ。そこから洩れ出てくる気魄に押されそうになりながらも、マヒロはアーセルの顔を睨みつけた。その強い視線を受け止めて、アーセルは言った。
「今日からマヒロ様には監視をつけます。一人でどこにも出られないように。俺と一緒に行くと言ってくれるまで」
「アーセル!」
アーセルは非難するようなマヒロの視線と言葉にも構わず続ける。
「‥俺は、‥我儘になることにします。あなたを愛している。ともに人生を歩んでいきたいしあなたとともに子果を授かりたい。だが、あなたはハルタカ様にしか心を寄せてくれない」
マヒロは、一瞬息を止めた。アーセルは強い視線でマヒロを見つめたままだ。
「‥俺のところに留まらせるのは簡単なんですよ。俺は‥今それだけの権力を持っている。ですが、あなたをそんなふうに縛りたくはない。‥そう思う一方であなたと離れたくもない」
マヒロは俯いた。‥こんなにまで自分を想ってくれているこのヒトに、自分は何も返せない。
アーセルはそんなマヒロの姿を、目を細めて愛おしそうに見つめた。ジャックは身体を縮めてマヒロを支え、空気になろうとしていた。
「ですから‥ハルタカさんのもとへ向かうというのなら‥ヒトでは到達できないと言われる高山に登ろうというのなら‥俺は、絶対にあなたに付いて行きます。そして見届けます」
アーセルはきっぱりとそう言った。そして手元にあった大きい鈴を鳴らす。すぐに家令がやってきた。
「お呼びですか?」
やってきた家令に、いっそ冷たくも聞こえるような声でアーセルは言った。
「マヒロ様を部屋にお送りしろ。そして監視をつけ、出入りには必ず騎士を一人つけるように」
「アーセル!」
非難めいたマヒロの悲鳴を、アーセルは全く意に介さず家令に目で合図をした。
家令は命じられた内容に少し驚いたようではあったが、深く頷いてジャックとマヒロを手招きして部屋を退出させた。
「‥ねえ、ハウザさん、本気、かな、アーセル‥」
黙ってマヒロとジャックの前を歩く家令、ハウザにまひろはおそるおそる話しかけた。
ハウザはフェンドラ領主に仕えてもう八十年にもなろうかというベテランの家令らしい。年齢ももうすぐ百歳になるということだったが、見た目には四十歳前後にしか見えなかった。レイリキシャらしい白髪を細かく編んで後ろで一つにまとめ、騎士とまではいかないまでも筋肉のあるすらりとした立ち姿に、年齢を聞いた当初マヒロは度肝を抜かれたものだった。
ハウザはいつもの通り抑揚のない声で応えた。
「アーセル様は徒なご指示はなさいません」
「う‥」
マヒロは家令の言いように言葉をなくした。思わず足取りが重くなったマヒロに、ジャックが小声で囁いた。
「マヒロ様、とにかく今は身体を本調子に戻すことを考えて‥僕も何か考えるから‥」
「ジャック、お前はマヒロ様付きから外す」
ハウザの冷たい声に、ジャックとマヒロは思わずその場に立ち尽くした。マヒロは言葉も出ない。ジャックは震える声で抗議をした。
「ハ‥ハウザ様、それは‥それはあんまりです、僕はマヒロ様にお仕えするためにアツレンに来たのに‥」
ハウザはじろりとジャックの顔を見て、もう一度言った。
「とりあえずしばらくは離れろ。後のことはおいおい考える。今からだ。メイド長のところへ行け」
マヒロは思わずジャックの手をぎゅうと握った。ジャックはその手を握り返し、まだ震えている声で言い返した。
「せめてマヒロ様をお部屋にお送りしてからにしてくださいっ!」
家令ハウザは、ジャックをじろりと見つめて「わかった」とだけ呟くとずんずん先に歩いていく。
マヒロはジャックの手に縋りながら、頭の中を整理しようと必死に考えていた。
アーセルはそう一言呟いたまま、一度俯いてきゅっと唇を噛んだ。それからその顔をあげて真っ直ぐにマヒロを見つめてきた。
マヒロは、ジャックの腕に支えてもらいながらもしっかりと立ったまま、アーセルの目を見つめ返した。
アーセルは少しだけ微笑んで言った。
「わかりました」
その一言に、マヒロはほっとして身体の力が抜けるのを感じた。慌ててジャックがぐっとマヒロの身体を支え直す。アーセルは、言葉を続けた。
「俺も一緒に行きます」
「‥え?」
マヒロは一瞬言葉が出なかった。
とりあえず、身体の回復と、ある程度高山登山に耐えられるだけの体力はつけておかなければ、などと頭の中で色々と考えていたので、アーセルのこの提案の意味を理解できなかった。横でジャックが息を呑んだ音がして、それで我に返った。
「いや、何言ってんの?アーセル『国王選抜』の真っ最中じゃん!無理だよ、あと三か月近くもあるでしょ?私‥できるだけ早く行きたいから一か月後くらいをめどに考えてるんだよ?」
「構いません。俺も行きます」
優しい笑顔のままそう言い張るアーセルに、マヒロはまた頭がくらくらしてきた。身体が十全でないと頭の中が短絡的になる。自分が一生懸命ことを分けて説明しているのに一向に聞きそうもないアーセルの様子にマヒロは苛立ってしまった。
「構うよ!みんながアーセルに国王になってほしいと思って、そいで協力もしてるんじゃん!なんで私なんかの事に関わってそれを台無しにしようとすんの?他のヒトの想いを、アーセルは踏みにじるの?」
思いのほか強い剣幕でまくし立てるマヒロに、アーセルは少し驚いた様子を見せたが優し気な笑顔が消えることはなかった。
「そう、かもしれませんね。領主として俺は駄目なヒトかもしれない」
「アーセル、だったら」
「でも、俺も一緒に行きます。‥一緒でなければ行かせません」
ふっとアーセルの顔から笑みが消えて真顔になった。戦う騎士の顔だ。そこから洩れ出てくる気魄に押されそうになりながらも、マヒロはアーセルの顔を睨みつけた。その強い視線を受け止めて、アーセルは言った。
「今日からマヒロ様には監視をつけます。一人でどこにも出られないように。俺と一緒に行くと言ってくれるまで」
「アーセル!」
アーセルは非難するようなマヒロの視線と言葉にも構わず続ける。
「‥俺は、‥我儘になることにします。あなたを愛している。ともに人生を歩んでいきたいしあなたとともに子果を授かりたい。だが、あなたはハルタカ様にしか心を寄せてくれない」
マヒロは、一瞬息を止めた。アーセルは強い視線でマヒロを見つめたままだ。
「‥俺のところに留まらせるのは簡単なんですよ。俺は‥今それだけの権力を持っている。ですが、あなたをそんなふうに縛りたくはない。‥そう思う一方であなたと離れたくもない」
マヒロは俯いた。‥こんなにまで自分を想ってくれているこのヒトに、自分は何も返せない。
アーセルはそんなマヒロの姿を、目を細めて愛おしそうに見つめた。ジャックは身体を縮めてマヒロを支え、空気になろうとしていた。
「ですから‥ハルタカさんのもとへ向かうというのなら‥ヒトでは到達できないと言われる高山に登ろうというのなら‥俺は、絶対にあなたに付いて行きます。そして見届けます」
アーセルはきっぱりとそう言った。そして手元にあった大きい鈴を鳴らす。すぐに家令がやってきた。
「お呼びですか?」
やってきた家令に、いっそ冷たくも聞こえるような声でアーセルは言った。
「マヒロ様を部屋にお送りしろ。そして監視をつけ、出入りには必ず騎士を一人つけるように」
「アーセル!」
非難めいたマヒロの悲鳴を、アーセルは全く意に介さず家令に目で合図をした。
家令は命じられた内容に少し驚いたようではあったが、深く頷いてジャックとマヒロを手招きして部屋を退出させた。
「‥ねえ、ハウザさん、本気、かな、アーセル‥」
黙ってマヒロとジャックの前を歩く家令、ハウザにまひろはおそるおそる話しかけた。
ハウザはフェンドラ領主に仕えてもう八十年にもなろうかというベテランの家令らしい。年齢ももうすぐ百歳になるということだったが、見た目には四十歳前後にしか見えなかった。レイリキシャらしい白髪を細かく編んで後ろで一つにまとめ、騎士とまではいかないまでも筋肉のあるすらりとした立ち姿に、年齢を聞いた当初マヒロは度肝を抜かれたものだった。
ハウザはいつもの通り抑揚のない声で応えた。
「アーセル様は徒なご指示はなさいません」
「う‥」
マヒロは家令の言いように言葉をなくした。思わず足取りが重くなったマヒロに、ジャックが小声で囁いた。
「マヒロ様、とにかく今は身体を本調子に戻すことを考えて‥僕も何か考えるから‥」
「ジャック、お前はマヒロ様付きから外す」
ハウザの冷たい声に、ジャックとマヒロは思わずその場に立ち尽くした。マヒロは言葉も出ない。ジャックは震える声で抗議をした。
「ハ‥ハウザ様、それは‥それはあんまりです、僕はマヒロ様にお仕えするためにアツレンに来たのに‥」
ハウザはじろりとジャックの顔を見て、もう一度言った。
「とりあえずしばらくは離れろ。後のことはおいおい考える。今からだ。メイド長のところへ行け」
マヒロは思わずジャックの手をぎゅうと握った。ジャックはその手を握り返し、まだ震えている声で言い返した。
「せめてマヒロ様をお部屋にお送りしてからにしてくださいっ!」
家令ハウザは、ジャックをじろりと見つめて「わかった」とだけ呟くとずんずん先に歩いていく。
マヒロはジャックの手に縋りながら、頭の中を整理しようと必死に考えていた。
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