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115 考えること
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その後、食事の支度ができたということでメイドが呼びに来た。五人で連れだって正餐室に向かう。
アーセルとタムの計らいで、今までマヒロに関わった様々な人々がそこに顔を連ねていた。衣料品店のツェラ、セキセイのバルハとアンリン、タムに加えてナシュ、鍛冶屋のダルゴとその弟子たち、ジャックにエレネ、仲良くなった退異師や騎士たち。
人数が多すぎて、正餐室にはかつてないほどぎゅうぎゅうにテーブルが持ち込まれていた。使用人たちは嬉しそうに給仕に回りながら、時折マヒロと言葉を交わす。ハウザは相変わらずのきびきびした仕事ぶりだったが、たまにマヒロの方に薄い笑みを向けていた。
この世界に来てまだ一年余りしか経ってはいないが、こんなに大勢の人々と関わり合い、生きてきたのだ、とマヒロは思った。そう思えば、なかなか感慨深いものがある、
何しろ最初は、生き物のいない世界に来てしまったのかと思ったのだ。
マヒロ自身はあまり気づいていないが、あの経験はなかなかに深くマヒロの心に影を落としていた。自分以外の生き物がいない世界、というものを想像上とはいえ体験してしまったマヒロは、生き物の気配がないところが恐ろしい。雪深い高山で、あの静謐な空気の中を進めたのは、ひとえに行き先にハルタカがいるという確信があったからに他ならない。
いつ、どこで聞いたかは忘れたが、「人は社会的な生き物であり、孤独には生きられないのだ」というような話を聞いたような気がする。おそらくその話を聞いた時には、あまりピンときていなかったが、今ならその意味がわかる気がする。
龍人の番いになれば、ヒトと関わることができない、と聞いた時、そんなことには堪えられないと思った。しかもその先に何百年という命があるならなおのこと、たった一人との関わりだけで生きていくことは不可能だと。
自分はやはり誰かの役に立ちたいし、自分自身の足でしっかりと人生を歩みたい。
無論、番いとなってしまったからには、ハルタカの手を借りねばならぬこともたくさんあるだろう。だが、いつだって自分にできることはないかを考えられる自分でいたい。
与えられる何かを享受するだけの、怠惰な人間にはなりたくない。
だから、ヒトに関わって何ができるかを模索しなければならないのだ、とマヒロは思う。こんなこと、日本にいる時には考えたこともなかった。自分たちの人生にはあらかじめ決められたレールが敷かれていて、そこに乗らないと集団から弾き出されてしまう、そんな社会だったように思う。だから天尋も、そのレールに乗っていくことが正しいような気がしていた。
しかし、人生は一度きりで、しかもその人生は自分のものなのだ。
考えることや挑戦することを放棄していては、きっと幸せになどなれない。
今まで持っていたものをすべて捨てざるを得なかったことで、マヒロはようやくその事に気づけたのかもしれない、と考える。
おそらく、あの時自分は一度死んだのだろう。だが、何かの働きでたまたまもう一度、違う世界で生きることを許された。
ソウガイは、自分の果たすべき役割が何かを考えろと言った。考えることこそ、マヒロがこれからやらねばならぬことなのかもしれない。
「めんどくさい」「うざい」は、よく言っていた言葉だった。
だがきっとそれは、考えることを放棄する言葉だった。考えることを放棄する、ということは、ヒトとの関わりを模索することをも放棄するということなのかもしれない。
マヒロは、この世界に来て、ヒトとのつながりによって今まで生きてこれたと思っている。
だから、考えよう、難しいことでも考え続けなければ答えは出ない。そう思っている。
(とりあえず、ソウガイが来る十年後までに、私も何か成長していたいなあ)
自分の周りで笑っている様々な人々の顔を見やりながら、マヒロはそう考えていた。
カッケンの心づくしの料理はあらかた人々の腹の中におさまり、惜しみない賛辞を受けた。ナシュは興奮してすべての料理を少しずつ腹に入れていたので、タムに厳しい目を向けられていた。
最後に出されたショートケーキとサンムのタルトは、また人々の目をも楽しませた。
すべての料理が出尽くし、お開きとなって皆それぞれ家路についた。
ハルタカとマヒロは、以前マヒロが使っていた部屋に案内された。行ってみると、マヒロが使っていた時よりも大きな寝台が運び込まれていた。「え、なんで?」と思わず呟いたマヒロの後ろで、ジャックはにやにやと笑いながら言った。
「だってマヒロ様、前の寝台じゃあ大きなハルタカ様はお休みになれませんよねえ?」
その言葉を聞いてマヒロはかーっと顔が赤くなるのがわかった。耳まで熱いから本当に真っ赤になっているに違いない。
「ジャック!」
「あれ、お部屋は別の方がよかったですか?」
しれっと答えるジャックに対し、ハルタカが重々しく答えた。
「いや、同じで構わない。心遣いありがたい。礼を言う」
そう言ってそのまま着替えを持ち、浴室の方に向かってしまった。それを見送ったマヒロは、もうジャックの顔をどんなふうに見ればいいかわからず、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
「うううう、なんか、なんかいたたまれない‥恥ずかしいぃぃ」
ジャックはふふっと笑いながら部屋に香を焚き染めるための香炉の準備をした。
「マヒロ様、おめでたいことですよ。伴侶‥ああ、番いか、番いが仲良く同じ部屋に寝るのはとてもいいことです。僕だっていつもエレネと同じ部屋で寝ますしね!まあ、エレネは仕事で遅い時もありますけど」
マヒロはそっと両手の間からジャックを覗き見た。
アーセルとタムの計らいで、今までマヒロに関わった様々な人々がそこに顔を連ねていた。衣料品店のツェラ、セキセイのバルハとアンリン、タムに加えてナシュ、鍛冶屋のダルゴとその弟子たち、ジャックにエレネ、仲良くなった退異師や騎士たち。
人数が多すぎて、正餐室にはかつてないほどぎゅうぎゅうにテーブルが持ち込まれていた。使用人たちは嬉しそうに給仕に回りながら、時折マヒロと言葉を交わす。ハウザは相変わらずのきびきびした仕事ぶりだったが、たまにマヒロの方に薄い笑みを向けていた。
この世界に来てまだ一年余りしか経ってはいないが、こんなに大勢の人々と関わり合い、生きてきたのだ、とマヒロは思った。そう思えば、なかなか感慨深いものがある、
何しろ最初は、生き物のいない世界に来てしまったのかと思ったのだ。
マヒロ自身はあまり気づいていないが、あの経験はなかなかに深くマヒロの心に影を落としていた。自分以外の生き物がいない世界、というものを想像上とはいえ体験してしまったマヒロは、生き物の気配がないところが恐ろしい。雪深い高山で、あの静謐な空気の中を進めたのは、ひとえに行き先にハルタカがいるという確信があったからに他ならない。
いつ、どこで聞いたかは忘れたが、「人は社会的な生き物であり、孤独には生きられないのだ」というような話を聞いたような気がする。おそらくその話を聞いた時には、あまりピンときていなかったが、今ならその意味がわかる気がする。
龍人の番いになれば、ヒトと関わることができない、と聞いた時、そんなことには堪えられないと思った。しかもその先に何百年という命があるならなおのこと、たった一人との関わりだけで生きていくことは不可能だと。
自分はやはり誰かの役に立ちたいし、自分自身の足でしっかりと人生を歩みたい。
無論、番いとなってしまったからには、ハルタカの手を借りねばならぬこともたくさんあるだろう。だが、いつだって自分にできることはないかを考えられる自分でいたい。
与えられる何かを享受するだけの、怠惰な人間にはなりたくない。
だから、ヒトに関わって何ができるかを模索しなければならないのだ、とマヒロは思う。こんなこと、日本にいる時には考えたこともなかった。自分たちの人生にはあらかじめ決められたレールが敷かれていて、そこに乗らないと集団から弾き出されてしまう、そんな社会だったように思う。だから天尋も、そのレールに乗っていくことが正しいような気がしていた。
しかし、人生は一度きりで、しかもその人生は自分のものなのだ。
考えることや挑戦することを放棄していては、きっと幸せになどなれない。
今まで持っていたものをすべて捨てざるを得なかったことで、マヒロはようやくその事に気づけたのかもしれない、と考える。
おそらく、あの時自分は一度死んだのだろう。だが、何かの働きでたまたまもう一度、違う世界で生きることを許された。
ソウガイは、自分の果たすべき役割が何かを考えろと言った。考えることこそ、マヒロがこれからやらねばならぬことなのかもしれない。
「めんどくさい」「うざい」は、よく言っていた言葉だった。
だがきっとそれは、考えることを放棄する言葉だった。考えることを放棄する、ということは、ヒトとの関わりを模索することをも放棄するということなのかもしれない。
マヒロは、この世界に来て、ヒトとのつながりによって今まで生きてこれたと思っている。
だから、考えよう、難しいことでも考え続けなければ答えは出ない。そう思っている。
(とりあえず、ソウガイが来る十年後までに、私も何か成長していたいなあ)
自分の周りで笑っている様々な人々の顔を見やりながら、マヒロはそう考えていた。
カッケンの心づくしの料理はあらかた人々の腹の中におさまり、惜しみない賛辞を受けた。ナシュは興奮してすべての料理を少しずつ腹に入れていたので、タムに厳しい目を向けられていた。
最後に出されたショートケーキとサンムのタルトは、また人々の目をも楽しませた。
すべての料理が出尽くし、お開きとなって皆それぞれ家路についた。
ハルタカとマヒロは、以前マヒロが使っていた部屋に案内された。行ってみると、マヒロが使っていた時よりも大きな寝台が運び込まれていた。「え、なんで?」と思わず呟いたマヒロの後ろで、ジャックはにやにやと笑いながら言った。
「だってマヒロ様、前の寝台じゃあ大きなハルタカ様はお休みになれませんよねえ?」
その言葉を聞いてマヒロはかーっと顔が赤くなるのがわかった。耳まで熱いから本当に真っ赤になっているに違いない。
「ジャック!」
「あれ、お部屋は別の方がよかったですか?」
しれっと答えるジャックに対し、ハルタカが重々しく答えた。
「いや、同じで構わない。心遣いありがたい。礼を言う」
そう言ってそのまま着替えを持ち、浴室の方に向かってしまった。それを見送ったマヒロは、もうジャックの顔をどんなふうに見ればいいかわからず、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
「うううう、なんか、なんかいたたまれない‥恥ずかしいぃぃ」
ジャックはふふっと笑いながら部屋に香を焚き染めるための香炉の準備をした。
「マヒロ様、おめでたいことですよ。伴侶‥ああ、番いか、番いが仲良く同じ部屋に寝るのはとてもいいことです。僕だっていつもエレネと同じ部屋で寝ますしね!まあ、エレネは仕事で遅い時もありますけど」
マヒロはそっと両手の間からジャックを覗き見た。
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