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45話 家政科だったんです

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 今日も我がダンジョンに数組の冒険者が挑む。
 ありがたいことに冒険者の数も回復し、安定した収支に落ち着いたようだ。

「これなら大丈夫そうだな」
「そうですね。あとはしばらく様子を見て、DPが貯まれば拡張でしょうか?」

 俺はリリーの言葉に頷く。
 それが最も堅実で良い手段だろう。
 うまく回っているときは賭けに出る必要はないのだ。

「だからな、余裕がある時に開拓村に行こうと思う」
「開拓村っすか!? 何か用事があるっすか!?」

 タックが食いついてきたが、興味があるのかもしれない。
 だが、さすがに他社の職員である彼女を連れて行くわけにはいかない。

「ああ、実はウェンディは地元の街でも顔があるらしくてな。情報の収集に利用するそうなんだが、俺も開拓村で顔繋ぎをしたくてな」
「それならお供します。着替えてきます」

 前回ちょっとツラい思いをしたアンだが、今回も同行してくれるようだ。
 パタパタと足音を立て、ロッカーに向かう。

 ちなみにロッカーはモニターで見えないように設定してあるぞ。
 当たり前だな。

「いい考えですが、お気をつけください。前回とは状況が異なりますから」
「アンもいるしな、無理はしないよ」

 リリーが言うように占有を破り警戒が増した可能性は高い。
 気を引き締めていかねば危険だ。

 俺も前回と同じ古着を靴で念入りに踏んで汚す。
 開拓村の生活レベルに少しでも近づけるためだ。

「準備できました」
「おー、アンちゃん冒険者っぽいっす!」

 見ればアンは布製の古びた肩掛けカバンをタスキ掛けにしている。
 まだ胸元に食い込むほど膨らみがないので、そこは安心だ。俺は平常心である。

「ほう、たしかに冒険者らしいな」

 俺はアンの身支度に感心した。

 素材狙いの冒険者は身軽な格好などしていない。
 ソルトゴーレム狙いの者など、背負子しょいごに複数の革袋を背負ってくる。
 こうしたバッグを身に着けていれば違和感は減るだろう。

「えへへ、これ古着をつぶして自分で作ったんです」
「スゴい女子力っす! 家庭的な16才なんてズルいっす!」

 タックがはしゃいでいるが確かにスゴい。
 リリーも目を丸くして驚いているようだ。

「男の人って家庭的な人が好きだって雑誌にも書いてあったっす! エドさんも好きっすよね!?」
「うーん……そりゃあ、好きか嫌いかって言われたら嫌いな人はあんまりいないんじゃないか? 良く分からんけど」

 俺の回答に満足したのか、タックは女性週刊誌の表紙を見ながら「やっぱホントっす!」と納得している。
 それにしても『ヤングドワーフ婦人』とはパンチの利いた誌名だ。

「私、スクールじゃ家政科だったんです。だからこんなの得意なんです」
「女子力アピールならアタシも頑張るっす! アンちゃん出かけるから今日のランチはアタシがつくるっす!」

 タックは「期待しといてくださいねっす!」と俺とアンに力こぶを作ってアピールしてくる。
 なぜかリリーが「くっ」とうめいているが、体調不良だろうか。

「いつまでも喋ってないでそろそろ行くか。帰りはメールするよ」
「はい、エドもアンもお気をつけて」

 俺たちは木陰の目立たない位置に転移し、周囲を確認する。
 特に気づかれた様子はないようだ。

「よし、ちょっと服や髪を汚して開拓村に行くか」
「はい。前回よりも汚します」

 アンは砂をガバッと両手ですくい、頭からかぶった。
 若い娘さんなのにスゴいガッツだ。

 俺も負けてはならじと砂をかぶり、なんとなくおかしくなって2人で笑ってしまった。
 童心に返ったようで、なんともおかしみを感じる。

 俺たちは開拓村に敵意があるわけではないし、このくらいリラックスして行くのが良いのかもしれない。

 ダンジョンから湧く水を辿るようにして村へ行くと、ずいぶんと耕作地が広がった様子だ。

(なるほど、かなり手を入れてるな。村に活気がある)

 見れば村全体が活気づいており、村を囲う木柵や大きな建物を造っているようだ。
 人も明らかに多い。
 工事の人手が外から入っているのだろう。

「うわあ、賑やかですー」

 開拓村の変わりようにアンも驚いている。

 狭い土地に上半身半裸の男たちが威勢の良い声を張り上げ、走り回っている。
 どうやら資材を運んできた人足のようだ。

 絶え間のない喧騒と土埃。
 まるで開拓村全体が工事現場になったようだ。

「おう、オメェたち見ねえ顔だな。冒険者か?」

 工事を見ていると、顔に傷がある厳つい顔つきの中年男が声をかけてきた。
 これだけでアンは驚き、俺のマントの端を掴んで不安げな表情を見せている。

「いや、村長を訪ねてきた。久しぶりに来たら様子がすっかり変わっていて驚いてるんだ」
「おう、村長の知り合いか。ここの近くにダンジョンができてな。プルミエからの冒険者ギルド支部を建てることになったんだ」

 男はどうやらギルドの関係者らしい。
 石材を使って基礎工事をしているが、あれがギルドだろうか。

「ダンジョンか。塩が出たというやつだな。ギルドや冒険者の評判はどうだ?」
「むう、評判か……難しいとこだ。特徴として、このダンジョンは酷く気難しいんだ。暴走や変異がしょっちゅう起こり、巻き込まれて何人も死んでる。わけの分からねえ犯罪者も住み着いてる可能性が高い」

 この話を聞き、俺は「うーん」とうなった。
 ウチは人間から見れば変異や暴走が多いように感じるらしい。
 今は下手に動かないほうが良さそうだ。

 犯罪者ってのはよく分からないが、とりあえずダンジョンに住んでるのは俺とレオだけである。

「なら危険なダンジョンなのか?」
「いや、危険度はそこそこだな。そこまでハイレベルなダンジョンじゃねえし悪くはねえよ。こっちが調査を重ねて変異や暴走の前兆が読めるようになれば安全性は増すだろう」

 これは良いことを聞いた。
 つまりダンジョンをいじる前には前兆になるような分かりやすいサインを出せばよいのだ。

「そうか……すまんな。つい興味が湧き、部外者なのに色々と聞いてしまった」
「いや構わんよ。アンタ、騎士だろう?」

 男がニヤリと笑い「剣と体つきを見りゃわかる」と指摘した。
 この思わぬ言葉に俺は面食らってしまう。

「まあ、詳しくは聞かねえが凄腕には違いねえ。村長の知り合いなら暴走やなんやイザって時には手を貸してくれ。さっきの情報料だ」
「ふっ、先払いか。してやられたな。たまには村に顔を出すから、また声をかけてくれ」

 俺と男は名乗り合い、握手をして別れた。
 ひょっとしたら彼はギルド支部の責任者かもしれない。
 そう思わせるだけの迫力があった。

「思わぬ収穫だな。ギルドとうまくつき合えば冒険者の情報も得ることができる」
「急に話しかけられたから驚いちゃいました」

 アンが照れ隠しに「てへっ」と笑う。
 確かにさっきの男はなかなかの強面だったが、ゴルンの方が迫力があるような……まあ、その辺の感覚は個人差があるだろう。

 村を進み、村長のお宅を訪ねた。
 よく考えたら訪問の理由を考えてなかったが、どうしたものか。

 戸を叩くと、中から女性の声で応答があった。
 おそらくは村長の奥さんだろう。

 戸が開き「はい?」と顔をのぞかせた途端、奥さんはハッと表情を変えた。

「ああ、ご無事でいらしたのね! 夫を呼んできます。しばらくお待ちください」

 奥さんは俺たちを残し、すぐに駆け出して行った。
 俺たちへの害意は感じないが、心当たりがないのでやや不安だ。

「な、なんですか?」
「分からん。念の為に警戒だけはしておこう」

 俺は勝手口や窓の位置を確認し、逃走経路を確保する。
 窓から外を眺め、周囲に不信な動きがないかをチェックしたが、特に囲まれるような気配はない。

 ほどなくして上半身裸の村長が大急ぎで現れた。
 いかにも野良作業の合間といった様子だ。

 ガタンと音を立ててドアが開き、村長が「おお、無事だったか!」と俺の手を取って喜んでいる。

「すまない、女房の妹を助けてくれたんだな。本当に感謝している……!」
「奥さんの妹さんですか……ああ! あの時の娘さんか!」

 どうやら占有していた冒険者たちに無体をされそうになっていた村娘の話だ。
 村長の縁者であったらしい。

「義妹が助けてもらった後、話を聞いてすぐにアンタだと分かったよ。だが、その後で冒険者に見つかったか、暴走に巻き込まれたかと心配していたんだ、無事で何よりだ」
「ああ、それは申し訳なかった。俺もつい動いてしまって……すぐに身を隠したんだが、余計な心配をかけてしまったようだ」

 俺は嘘にならぬよう、慎重に言葉を選ぶ。
 あまり得意な作業ではない。

「じきに義妹も来る。ゆっくりしていってくれ」
「ああ、いや、妹さんに挨拶だけして失礼します。日を改めてお邪魔させてください」

 今日はタックが昼食を用意してくれるし、すっぽかすのはマズい。

「そうか、それは残念だが、今日はいい日だ。恩人の無事が分かったのだから」

 この村長、前回はあまり親しみを見せなかったのだが、今回はスゴい歓迎ぶりである。
 偶然とはいえ、身内を助けたのは大きかったようだ。

 ほどなくして奥さんが妹さんを連れてきた。
 前回は緊迫した状況だったし、殴られた顔も痛々しかったが、すでに怪我は癒えたようだ。

 年の頃はハイティーンだろうか。
 身なりも粗末で垢抜けない印象はあるが、なかなかの美形である。
 それが不貞冒険者たちに目をつけられた原因となったのだから気の毒なことだ。

 村長は奥さんと妹さんに事情を伝えてくれた。
 俺が何度も同じ話をしないようにとの配慮だろう。

 彼女らは少し残念そうにしたが、本当に歓迎してくれてるのが分かり、少し後ろめたくなる。

「これはマルセだ。無事に今日を迎えられたのはアンタのおかげさ」
「マルセです。せ、先日は危ういところを救っていただき感謝してます」

 緊張の面持ちでマルセは頭を下げ、礼を述べた。
 俺などは怖い記憶の一部だろうに気丈なことだと感心してしまう。

「よろしく。俺はエドと呼んでくれ。こちらはアンだ」
「アンです。よろしくお願いします」

 アンが名乗るとマルセは少し怪訝そうな顔をした。
 たしかに種族も違い、年の離れた俺たちの関係は謎だろう。

「アンは……なんというか部下でもあり、身内のような存在だ」

 俺が改めて紹介すると少し緊張を説いたようだ。

「今日は本当に申し訳ない。また近いうちに顔を出します」
「ああ、いつでも歓迎だ。次はゆっくりしてくれよ」

 俺と村長はしっかり握手をし、そのまま別れの挨拶を済ませた。
 このまま戻れば昼食には間に合うだろう。

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