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22.七海の決断(2)
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「七海、隠してただろ? なんで?」
「未成年だったあなたの前で堂々と、というのはちょっと……と、思って……」
「そっか……だろうな、とは思ってたけど」
七海らしいな、と晴太郎は小さく笑う。背中から伝わる体温がとても愛おしくて煙を吸うことをすっかり忘れてしまう。ジジ、と紙の燃える音がして、慌てて灰皿に灰を落とした。
「……身体は、大丈夫そうですか?」
ふと心配になって声をかける。数時間前まで抱き合っていたのだ。当たり前のように立って歩いているが、もしかしたら無理をしているのかもしれない。
背中にひっつく彼がもぞもぞと動く。触れていた部分が少しだけ熱くなったような気がした。
「ん、大丈夫。七海、優しくしてくれたから……」
背中に顔を埋めているせいか、くぐもった声が返ってきた。若干照れ混じりのそれにつられ、七海も体温が上がるのを感じた。
「……七海、慣れてるよな」
「えっ、な……慣れて、ないですよ……」
「いや、だって……手際よかったし……」
「そんなことないですって……」
「……ゴム、くるくるって、簡単に着けてただろ」
「いや、そんなことは……」
余裕がなくて大人気ない行為になってしまったと少し反省していたのだが、晴太郎の目には違うように見えていたらしい。少しだけホッとした。しかし、意外と色々見られていたのだと分かると、じわじわと羞恥で顔が熱くなる。今、顔を見られない体勢でよかった。
「やっぱりさ……初めて、じゃないよな」
「それは、まあ……初めてでは、ないです」
だよな、と小さく呟く彼の声が聞こえた。嘘を吐いても意味はない、そう思った七海は正直に答える。もしこの歳で童貞だと言ったら、別の意味で驚かれてしまいそうだ。
「俺は、初めてだったけど……なんか、色々わかったよ」
ぎゅ、と彼の手に力がこもった。
「なんで付き合っている人同士は、こういうことをするんだろうってずっと不思議だったけど、わかった気がする」
——身体の欲を満たすだけじゃなくて、心も満たしてくれるんだ。
心も体も包み込むような、熱くて暖かい不思議なもの。それを感じた今、晴太郎の心は充分に満たされている。
「七海の愛、ちゃんと伝わったよ」
だから、大丈夫。
そう言った晴太郎の声から、不安の色が消えていた。
安心させてやらなければ、なんて思っていたのに。若い彼はこうやって自分で不安や寂しさを乗り越えていく。手がかからなくなることは寂しいけど、それ以上に嬉しいことだ。
「……まだまだ、伝え足りないんですけどね」
「……っ、はは! 七海、俺のこと好きなんだな」
「愛してますからね」
「うん、俺も。まだまだ伝え足りない」
だから、と彼は言葉を続けた。
「また、伝えに来る」
真っ直ぐで綺麗に透き通った汚れを知らない彼の声は、七海の中にするりと入り込んで、隙間だらけの心を埋めて行く。本当に寂しがっていたのは、別れを不安に思っていたのは晴太郎ではなくて、七海の方だったのかもしれない。
「……私も、会いに行きます」
晴太郎が乗り越えたなら、七海だっていつまでも寂しい寂しいとくよくよしているわけにはいかない。
包み込むのが七海の愛なら、晴太郎の愛は隙間を埋めてくれる愛だ。すかすかとして冷たい風が入り込んでくる隙間を埋めて、塞いで温める。次に会うまでこの温もりを忘れないように、彼の手をぎゅっと握った。
ジジ、と紙の焼ける音がして、灰がひらひらとシンクに散っていく。
静かに燃えていく煙草が、二人の時間の終わりを知らせているように見えて、灰皿にその火を押し付けて消した。
燃え尽きなければ、終わらない。時間もそうだったらいいのに。いくら望んでも、時間は止まってはくれないのだ。
次の日の昼。晴太郎は東京へ帰っていった。
「未成年だったあなたの前で堂々と、というのはちょっと……と、思って……」
「そっか……だろうな、とは思ってたけど」
七海らしいな、と晴太郎は小さく笑う。背中から伝わる体温がとても愛おしくて煙を吸うことをすっかり忘れてしまう。ジジ、と紙の燃える音がして、慌てて灰皿に灰を落とした。
「……身体は、大丈夫そうですか?」
ふと心配になって声をかける。数時間前まで抱き合っていたのだ。当たり前のように立って歩いているが、もしかしたら無理をしているのかもしれない。
背中にひっつく彼がもぞもぞと動く。触れていた部分が少しだけ熱くなったような気がした。
「ん、大丈夫。七海、優しくしてくれたから……」
背中に顔を埋めているせいか、くぐもった声が返ってきた。若干照れ混じりのそれにつられ、七海も体温が上がるのを感じた。
「……七海、慣れてるよな」
「えっ、な……慣れて、ないですよ……」
「いや、だって……手際よかったし……」
「そんなことないですって……」
「……ゴム、くるくるって、簡単に着けてただろ」
「いや、そんなことは……」
余裕がなくて大人気ない行為になってしまったと少し反省していたのだが、晴太郎の目には違うように見えていたらしい。少しだけホッとした。しかし、意外と色々見られていたのだと分かると、じわじわと羞恥で顔が熱くなる。今、顔を見られない体勢でよかった。
「やっぱりさ……初めて、じゃないよな」
「それは、まあ……初めてでは、ないです」
だよな、と小さく呟く彼の声が聞こえた。嘘を吐いても意味はない、そう思った七海は正直に答える。もしこの歳で童貞だと言ったら、別の意味で驚かれてしまいそうだ。
「俺は、初めてだったけど……なんか、色々わかったよ」
ぎゅ、と彼の手に力がこもった。
「なんで付き合っている人同士は、こういうことをするんだろうってずっと不思議だったけど、わかった気がする」
——身体の欲を満たすだけじゃなくて、心も満たしてくれるんだ。
心も体も包み込むような、熱くて暖かい不思議なもの。それを感じた今、晴太郎の心は充分に満たされている。
「七海の愛、ちゃんと伝わったよ」
だから、大丈夫。
そう言った晴太郎の声から、不安の色が消えていた。
安心させてやらなければ、なんて思っていたのに。若い彼はこうやって自分で不安や寂しさを乗り越えていく。手がかからなくなることは寂しいけど、それ以上に嬉しいことだ。
「……まだまだ、伝え足りないんですけどね」
「……っ、はは! 七海、俺のこと好きなんだな」
「愛してますからね」
「うん、俺も。まだまだ伝え足りない」
だから、と彼は言葉を続けた。
「また、伝えに来る」
真っ直ぐで綺麗に透き通った汚れを知らない彼の声は、七海の中にするりと入り込んで、隙間だらけの心を埋めて行く。本当に寂しがっていたのは、別れを不安に思っていたのは晴太郎ではなくて、七海の方だったのかもしれない。
「……私も、会いに行きます」
晴太郎が乗り越えたなら、七海だっていつまでも寂しい寂しいとくよくよしているわけにはいかない。
包み込むのが七海の愛なら、晴太郎の愛は隙間を埋めてくれる愛だ。すかすかとして冷たい風が入り込んでくる隙間を埋めて、塞いで温める。次に会うまでこの温もりを忘れないように、彼の手をぎゅっと握った。
ジジ、と紙の焼ける音がして、灰がひらひらとシンクに散っていく。
静かに燃えていく煙草が、二人の時間の終わりを知らせているように見えて、灰皿にその火を押し付けて消した。
燃え尽きなければ、終わらない。時間もそうだったらいいのに。いくら望んでも、時間は止まってはくれないのだ。
次の日の昼。晴太郎は東京へ帰っていった。
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