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入学編
003
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003
場所は既に学院の、真前。
固く閉じられた門に人こそいないけど、男装でここにいればまず間違いなく咎められる場所。
そこで僕と日向は互いに向き合っていた。
「祐樹様…」
「どうしたの、日向」
日向が改めてこちらを向く。
表情は固く、口はキュッと引き締められる。
眼差しがまっすぐ僕を貫いていく。
「後悔は、していませんか?この先学院に、寮に入ってしまえば、気を抜くことができる場所はとても限られます。常に誰かに見られている、そう言った前提で動かなければなりません」
そしてもし誰かにバレたなら。
いかに大家山城家の後ろ盾があるとしても、大変なことになるのは間違いない。
もしかしたら切り捨てられるかもしれない。
「全く後悔してないか、というとそれは嘘になる。けど、覚悟はもう決めてきたんだ」
「祐樹様」
「ほら、そんな顔しないで。それにもうこれからは日向も『夕陽』の名前で呼ばないとね」
少しわざとらしいけど、笑顔を浮かべる。
これより先は敵地なり、一才の希望を捨てよ。
とまでは言わない。
もしかしたら気の置けない友人もできるかもしれないし、何よりそばには日向がいる。
「…ほんと気を引き締めないとね」
1人呟く。
日向も聞こえていただろうけど、ただ目を伏せるだけだった。
ーーー
「ようこそ、桜荘へ。待ってたわよ2人とも」
寮の前で待ち構えていたのは、よく見知ったお方、天童寺渚様。
「お久しぶりです、渚さん」
名前を呼ぶと、殊更嬉しそうに微笑んでくれる。
どうやら以前の呼び方の話を覚えていたのが嬉しいらしい。
「久しぶりね、2人とも」
軽く近況を話した後、話題はすぐに本道に戻る。
渚さんは、それはさておきと傍に置かれた僕らの荷物を一瞥する。
「それじゃ、早速だけど部屋に案内するけど…、荷物はそれだけ?」
「えぇ。本命は後で業者に持ってきてもらうことになっていますので」
「それが賢明ね。こっちよ、ついてきて」
玄関で靴をスリッパに履き替え、向かいの階段を登っていく。
「えっと、ここが夕陽ちゃんの部屋で、日向ちゃんの部屋は…あら、隣同士ね」
学長が気を遣ってくれたため、
何かあればすぐに日向と落ちあえる間取りになっている。
そのまま部屋に入れば、まだ荷物も何もない殺風景な部屋が広がる。
壁紙やカーテンなんかの基礎の基礎はもう入ってるみたいだ。
そして、それは随分とピンクピンクしてなんならベッドには可愛らしい天蓋までの用意周到ぶり。あまりの情報に頭が一気にフリーズする。
「これ、は」
固まっている僕をよそに、渚さんは部屋を見て少し面白そうに笑いを堪えてる。
これはあれだ。僕の反応を見て意図したものじゃないってわかってる人の反応だ。
「あら、意外。随分可愛い趣味してるのね」
その視線はカーテンに向けられている。淡いピンクのレースが日の光を浴びてキラキラしていて、いかにも可愛らしい女の子の部屋といった感じだ。
「…わたしの趣味じゃありませんよ?」
「ふふっ、その顔見れば流石に察しがつくわ。親御さんの計らいというやつかしら」
「かも、しれません」
というか絶対お母様の仕業だ。こんなことするのは決まってあの人なんだから。
項垂れる僕をよそに、日向は日向でぐるりと部屋の中を観察してる。
「日向、何かあった?」
「いえ、ただ少し羨ましいな、と…」
……え?
「じ、実は私、こういったものに目がなく…ですがなかなか家族の手前集めることもままなりませんで」
「そ、そうなのね」
一方、かくいう日向の部屋はというと、緑や水色など、とても落ち着いたもので整えられている。
「寮に入る時、壁紙とか自由に選べたでしょう。好きなのにしなかったの?」
え、そうなんですか?とは僕の驚き。
まぁどうせお母様の仕業なんでしょうけど、そんなこと一切知りませんでしたよ。
「わたしの場合はお婆さまと一緒に選びましたので…」
「あー。なるほど…」
日向のお婆さまはとても厳粛な方であまり冗談とかを好まない性格をしている。
だから、その横で部屋の内装を選べば自然とこんなシンプルなものに落ち着くわけで。
「ねぇ日向。提案なのだけど、部屋を交換しない?」
「い、いいのですか!?」
途端に目をキラキラさせる日向。
憧れているのは嘘やその類ではないようだ。むしろ交換してくれるなら僕の方が大万歳と言ったところ。
「これから部屋を改装するには時間もお金も、手間もかかってしまいますから。使いたい人がいるのであればそのまま使ってくれた方が部屋も、部屋を整えた人も嬉しいでしょうし」
ちなみに、この部屋を指定したお母様の気持ちは一切考えていない。考える必要もないと思う。
「あと、何よりあなたがあの部屋だと落ち着けない、ていうのもあるわよね」
と、愉快そうに笑みを浮かべる渚さん。
「そ、そういう一面もあるかもしれません。…それで、どうかしら日向。あなたが良ければ是非部屋を交換してくれないかしら」
あくまで下手に。こちらがお願いする形で。
そうしないと日向は思わぬところで遠慮してしまうのだから。
「そ、その、夕陽様…本当に宜しいんですか?」
「えぇ、むしろわたしがお願いしてるのだから」
そしてこれは嘘じゃない。
仮に僕があの部屋に住むことになったら、たとえ時間とお金と手間がかかろうとも普通の部屋に絶対する。絶対と言えば絶対だ。
日向の説得も上手くゆき、無事部屋の交換は成立した。
渚さんは何かもの言いたげな、含みを持った笑い目でこちらをみる。
結局誰も不幸にならずむしろウィンウィンで収まったのだからいいじゃないですか…。
「さて、部屋も決まったことだし荷解きは後でやってもらうとして、今日の夕方は2人ともお暇かしら?」
「えぇまぁ。荷解きしてゆっくりしようと考えていたので」
「ならちょうどいいわ。新入生が来るのに合わせるから本当の歓迎会は明日になるんだけど、他の子はいるから紹介するわね」
そういえば、他にどんな生徒が滞在するか気にしたことがなかった。
「ちなみに、何人が生活してるんですか?」
「そうねぇ…元々6人いたんだけど、3人が卒業しちゃって今は3人、ね」
つまり、渚さんを除けば2人しかいなかったのか。
聞いてた話より1人多いけど、在校生の子が入ったのだろう。
それにしてもこの屋敷で3人は随分少ないほうだ。
「随分とその、少なめなんですね」
元が一般人の認識でいるからか、これだけの学院の規模だと数十人はいそうなものだけど。
「うちはほら、お嬢様が多いから。遠くの子なんかは専属のお迎えさんがいるしあまり寮って需要がないみたいなのよ」
「そうなんですか」
なら、逆に今寮に入っている生徒というのは…と、変に勘ぐりしてしまいそうになる。
「まぁそれはさておき、明日は明日で新入生が来るから。もっと賑やかになるわよ」
「それは楽しみですね」
「ふふっ、今年は3人だけかもって話してたから一気に倍になって嬉しいわ」
と、ことのほか嬉しそうに笑う。
思えば生徒会長を務める人だから、人と関わるのが好きなのだろう。
「さて、それじゃ食堂の方に向かいましょうか。簡単だけどおやつを用意してるわ。…他の二人がフライングしてなければ、だけど」
「ふふっ、それは早く行かないといけませんね」
降りよく小腹も空いてきた頃合い。
荷解きは休憩した後でも問題ないだろう。
渚さんと日向、そして僕の3人は後片付けもそこそこに部屋を後にし、食堂へ向かった。
ーーー
「と、いうわけで少しフライングだけど今日から同じ釜の飯を食べる2人よ」
か、釜の飯って…。
今時滅多に聞かないような言葉を聞きながら自己紹介をする。
「2年に転入となりました、小鳥遊夕陽です。よろしくお願いします」
「1年の、赤岩日向と申します。よろしくお願い致します」
味気ないと言われそうな僕達の自己紹介だけど、目の前の1人はにこやかに拍手を送ってくれる。
そして、渚さんは本来もう1人いるはずの、空席になっているもう一人分の席を見つめながらため息をつく。
「しかし、なんであの子はこうタイミングが悪いのかしらね」
今食堂の中にいるのは、僕と日向、そして渚さんと初対面の女性が1人だけ。
ほかにもう1人いるはずなんだけど…。
「もう1人は今頃、明日の準備をしてるところだと思うよ。私は紫藤。紫藤雪菜よ。よろしくね」
明るく、ポニーテールの似合うまさに運動少女というべきような見た目そのままに陸上部に在籍しているらしい。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
にっこりと笑うとまるで日がさした様に目が細くなる。堅苦しい挨拶はそこそこに、お菓子を囲んでの雑談タイム。
話題はやはり、僕の転入した理由と、僕と日向の関係になる。
本当の理由を話すわけにはいかないので、当たり障りのないことで転入理由はかわしたけれど、日向との関係についてはかなり根掘り葉掘りと聞かれてしまった。
「2人は幼馴染なんだって?」
「えぇ。昔から親同士の仲が良くて」
設定は、それこそ物心ついた頃からの知り合いということになっている。そこは嘘ではないし、なんなら日向が聖桜の中等部に入るまで家もずっと近くにあったからしょっちゅう顔を合わせてた。
その話をすると、雪菜さんは顔をうっとりとさせなる。
「けどそれってロマンスよね~」
「ロマンス、ですか?」
「えぇ。だって、昔仲の良かった幼馴染と再開、だなんてこれが男女だったら桜の花びら舞う青春ラブコメデイのプロローグと変わりないじゃない」
身につまされる話題が出てきたものだから、一瞬ぎくっとしてしまった。
幸い2人とも気づいてない様子だし、こっそり隣の日向を見るも、一方日向は全く表情が動いていない。つまり意識したのは僕だけのようだ。
「あら、そこで日向ちゃんを見るなんて何か身に覚えがあるのかしら?」
「そ、そんなまさか。だって女同士なんですよ?」
もちろん渚さんが冗談で言ってるのはわかってる。けどとてもじゃないけど、心臓によろしくない。ならばと思って慌てて話題転換しようとするもなかなかいい議題が…。
「私は、いろいろございましたがこうしてまた、夕陽様と同じ学校に通うことができてとても嬉しく思っていますよ?」
「ひ、日向…」
そして、僕の心情をよそにあえて火に油を注ぐ日向。
途端に雪菜さんは色目気だって、ということはなかった。しみじみ同意する様に頷いている。
「そうだよねぇ。やっぱり仲がいい子と学校が離れると顔を合わせる機会もめっきり減っちゃうし寂しいよね…」
「…私も、日向とまた同じ学校に通えるのとても楽しみにしていました」
「夕陽様…」
ことの発端はまぁアレなアレだけれども。
こうしてまた日向と接する機会が増えたのは間違いなく嬉しいことだと素直に思うことができる。
「そこの甘酸っぱい2人は置いといて、おやつ食べないの?」
1人寂しく置かれていた渚さんがつまらなそうにクッキーを摘んでいる。
その目は冷めているようで、冗談だとわかる程度には口元が笑っている。
「そうですね。ご馳走になります」
ーーー
「さて、荷解きはこれぐらいでいいかな?」
ところ変わって場所は自室へ。
幾らか積まれていた段ボールの解体も終わってあとはまとめて捨てておくだけの状態。
隣の部屋からはまだゴソゴソと音がするので、日向はまだしばらく時間がかかりそうだ。
じゃあ手伝いに、とは思うけど女の子引っ越しに手伝いに行く勇気もない。
「ゴミ捨て場はどこかなぁーっと」
段ボール片手に屋外へ。
大まかな場所は渚さんから聞いていたけど、ぱっとするところにないからか、見当たらない。
では建屋の影の方かと向かってみれば、そこで「よく見知った人物」と顔を合わせてしまった。
「…」
ばっちりと目が合う。
お嬢様は一瞬キョトンとした後、ん?おかしいぞと頭をひねる。
記憶の中の僕の顔と、今目の前にいる僕の顔を見比べて、いやいやまさかと目が動く。
ここで一切知らないふりをしてこんにちは。
そんな行動が取れたらよかったのに、話しかけられたら良かったのに僕は僕で冷静を失ってしまってあたふたとしてしまう。
それで余計に確信がいったみたいでどんどん眼光が鋭くなる。
「…ちょぉーっと待ちなさい?なんであんたがここにいるわけ?」
「いやー、だ、誰のことでしょう」
明後日を向いて目を泳がすけど、既に時遅く後の祭りとはこのことか。
「そんな言い訳通じる訳無いでしょ!何よその格好ふざけてるの!?」
喧々拍車かかって怒涛のように津波が起こる言の葉。
そのくせして、あたりに響き渡らないよう声は小さいのだから随分器用…。
あぁ、この首をぐわんぐわん譲られる感覚懐かしいなぁ。
「現実逃避してんじゃないなよ?あなた、祐樹よね?祐樹ね。祐樹に違いないわ」
「そんなに急に捲し立てないでくださいよ…」
「じゃあなんであなたがここにいるのかを、そんな格好をしてるのかを答えなさいよ!」
場所は既に学院の、真前。
固く閉じられた門に人こそいないけど、男装でここにいればまず間違いなく咎められる場所。
そこで僕と日向は互いに向き合っていた。
「祐樹様…」
「どうしたの、日向」
日向が改めてこちらを向く。
表情は固く、口はキュッと引き締められる。
眼差しがまっすぐ僕を貫いていく。
「後悔は、していませんか?この先学院に、寮に入ってしまえば、気を抜くことができる場所はとても限られます。常に誰かに見られている、そう言った前提で動かなければなりません」
そしてもし誰かにバレたなら。
いかに大家山城家の後ろ盾があるとしても、大変なことになるのは間違いない。
もしかしたら切り捨てられるかもしれない。
「全く後悔してないか、というとそれは嘘になる。けど、覚悟はもう決めてきたんだ」
「祐樹様」
「ほら、そんな顔しないで。それにもうこれからは日向も『夕陽』の名前で呼ばないとね」
少しわざとらしいけど、笑顔を浮かべる。
これより先は敵地なり、一才の希望を捨てよ。
とまでは言わない。
もしかしたら気の置けない友人もできるかもしれないし、何よりそばには日向がいる。
「…ほんと気を引き締めないとね」
1人呟く。
日向も聞こえていただろうけど、ただ目を伏せるだけだった。
ーーー
「ようこそ、桜荘へ。待ってたわよ2人とも」
寮の前で待ち構えていたのは、よく見知ったお方、天童寺渚様。
「お久しぶりです、渚さん」
名前を呼ぶと、殊更嬉しそうに微笑んでくれる。
どうやら以前の呼び方の話を覚えていたのが嬉しいらしい。
「久しぶりね、2人とも」
軽く近況を話した後、話題はすぐに本道に戻る。
渚さんは、それはさておきと傍に置かれた僕らの荷物を一瞥する。
「それじゃ、早速だけど部屋に案内するけど…、荷物はそれだけ?」
「えぇ。本命は後で業者に持ってきてもらうことになっていますので」
「それが賢明ね。こっちよ、ついてきて」
玄関で靴をスリッパに履き替え、向かいの階段を登っていく。
「えっと、ここが夕陽ちゃんの部屋で、日向ちゃんの部屋は…あら、隣同士ね」
学長が気を遣ってくれたため、
何かあればすぐに日向と落ちあえる間取りになっている。
そのまま部屋に入れば、まだ荷物も何もない殺風景な部屋が広がる。
壁紙やカーテンなんかの基礎の基礎はもう入ってるみたいだ。
そして、それは随分とピンクピンクしてなんならベッドには可愛らしい天蓋までの用意周到ぶり。あまりの情報に頭が一気にフリーズする。
「これ、は」
固まっている僕をよそに、渚さんは部屋を見て少し面白そうに笑いを堪えてる。
これはあれだ。僕の反応を見て意図したものじゃないってわかってる人の反応だ。
「あら、意外。随分可愛い趣味してるのね」
その視線はカーテンに向けられている。淡いピンクのレースが日の光を浴びてキラキラしていて、いかにも可愛らしい女の子の部屋といった感じだ。
「…わたしの趣味じゃありませんよ?」
「ふふっ、その顔見れば流石に察しがつくわ。親御さんの計らいというやつかしら」
「かも、しれません」
というか絶対お母様の仕業だ。こんなことするのは決まってあの人なんだから。
項垂れる僕をよそに、日向は日向でぐるりと部屋の中を観察してる。
「日向、何かあった?」
「いえ、ただ少し羨ましいな、と…」
……え?
「じ、実は私、こういったものに目がなく…ですがなかなか家族の手前集めることもままなりませんで」
「そ、そうなのね」
一方、かくいう日向の部屋はというと、緑や水色など、とても落ち着いたもので整えられている。
「寮に入る時、壁紙とか自由に選べたでしょう。好きなのにしなかったの?」
え、そうなんですか?とは僕の驚き。
まぁどうせお母様の仕業なんでしょうけど、そんなこと一切知りませんでしたよ。
「わたしの場合はお婆さまと一緒に選びましたので…」
「あー。なるほど…」
日向のお婆さまはとても厳粛な方であまり冗談とかを好まない性格をしている。
だから、その横で部屋の内装を選べば自然とこんなシンプルなものに落ち着くわけで。
「ねぇ日向。提案なのだけど、部屋を交換しない?」
「い、いいのですか!?」
途端に目をキラキラさせる日向。
憧れているのは嘘やその類ではないようだ。むしろ交換してくれるなら僕の方が大万歳と言ったところ。
「これから部屋を改装するには時間もお金も、手間もかかってしまいますから。使いたい人がいるのであればそのまま使ってくれた方が部屋も、部屋を整えた人も嬉しいでしょうし」
ちなみに、この部屋を指定したお母様の気持ちは一切考えていない。考える必要もないと思う。
「あと、何よりあなたがあの部屋だと落ち着けない、ていうのもあるわよね」
と、愉快そうに笑みを浮かべる渚さん。
「そ、そういう一面もあるかもしれません。…それで、どうかしら日向。あなたが良ければ是非部屋を交換してくれないかしら」
あくまで下手に。こちらがお願いする形で。
そうしないと日向は思わぬところで遠慮してしまうのだから。
「そ、その、夕陽様…本当に宜しいんですか?」
「えぇ、むしろわたしがお願いしてるのだから」
そしてこれは嘘じゃない。
仮に僕があの部屋に住むことになったら、たとえ時間とお金と手間がかかろうとも普通の部屋に絶対する。絶対と言えば絶対だ。
日向の説得も上手くゆき、無事部屋の交換は成立した。
渚さんは何かもの言いたげな、含みを持った笑い目でこちらをみる。
結局誰も不幸にならずむしろウィンウィンで収まったのだからいいじゃないですか…。
「さて、部屋も決まったことだし荷解きは後でやってもらうとして、今日の夕方は2人ともお暇かしら?」
「えぇまぁ。荷解きしてゆっくりしようと考えていたので」
「ならちょうどいいわ。新入生が来るのに合わせるから本当の歓迎会は明日になるんだけど、他の子はいるから紹介するわね」
そういえば、他にどんな生徒が滞在するか気にしたことがなかった。
「ちなみに、何人が生活してるんですか?」
「そうねぇ…元々6人いたんだけど、3人が卒業しちゃって今は3人、ね」
つまり、渚さんを除けば2人しかいなかったのか。
聞いてた話より1人多いけど、在校生の子が入ったのだろう。
それにしてもこの屋敷で3人は随分少ないほうだ。
「随分とその、少なめなんですね」
元が一般人の認識でいるからか、これだけの学院の規模だと数十人はいそうなものだけど。
「うちはほら、お嬢様が多いから。遠くの子なんかは専属のお迎えさんがいるしあまり寮って需要がないみたいなのよ」
「そうなんですか」
なら、逆に今寮に入っている生徒というのは…と、変に勘ぐりしてしまいそうになる。
「まぁそれはさておき、明日は明日で新入生が来るから。もっと賑やかになるわよ」
「それは楽しみですね」
「ふふっ、今年は3人だけかもって話してたから一気に倍になって嬉しいわ」
と、ことのほか嬉しそうに笑う。
思えば生徒会長を務める人だから、人と関わるのが好きなのだろう。
「さて、それじゃ食堂の方に向かいましょうか。簡単だけどおやつを用意してるわ。…他の二人がフライングしてなければ、だけど」
「ふふっ、それは早く行かないといけませんね」
降りよく小腹も空いてきた頃合い。
荷解きは休憩した後でも問題ないだろう。
渚さんと日向、そして僕の3人は後片付けもそこそこに部屋を後にし、食堂へ向かった。
ーーー
「と、いうわけで少しフライングだけど今日から同じ釜の飯を食べる2人よ」
か、釜の飯って…。
今時滅多に聞かないような言葉を聞きながら自己紹介をする。
「2年に転入となりました、小鳥遊夕陽です。よろしくお願いします」
「1年の、赤岩日向と申します。よろしくお願い致します」
味気ないと言われそうな僕達の自己紹介だけど、目の前の1人はにこやかに拍手を送ってくれる。
そして、渚さんは本来もう1人いるはずの、空席になっているもう一人分の席を見つめながらため息をつく。
「しかし、なんであの子はこうタイミングが悪いのかしらね」
今食堂の中にいるのは、僕と日向、そして渚さんと初対面の女性が1人だけ。
ほかにもう1人いるはずなんだけど…。
「もう1人は今頃、明日の準備をしてるところだと思うよ。私は紫藤。紫藤雪菜よ。よろしくね」
明るく、ポニーテールの似合うまさに運動少女というべきような見た目そのままに陸上部に在籍しているらしい。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
にっこりと笑うとまるで日がさした様に目が細くなる。堅苦しい挨拶はそこそこに、お菓子を囲んでの雑談タイム。
話題はやはり、僕の転入した理由と、僕と日向の関係になる。
本当の理由を話すわけにはいかないので、当たり障りのないことで転入理由はかわしたけれど、日向との関係についてはかなり根掘り葉掘りと聞かれてしまった。
「2人は幼馴染なんだって?」
「えぇ。昔から親同士の仲が良くて」
設定は、それこそ物心ついた頃からの知り合いということになっている。そこは嘘ではないし、なんなら日向が聖桜の中等部に入るまで家もずっと近くにあったからしょっちゅう顔を合わせてた。
その話をすると、雪菜さんは顔をうっとりとさせなる。
「けどそれってロマンスよね~」
「ロマンス、ですか?」
「えぇ。だって、昔仲の良かった幼馴染と再開、だなんてこれが男女だったら桜の花びら舞う青春ラブコメデイのプロローグと変わりないじゃない」
身につまされる話題が出てきたものだから、一瞬ぎくっとしてしまった。
幸い2人とも気づいてない様子だし、こっそり隣の日向を見るも、一方日向は全く表情が動いていない。つまり意識したのは僕だけのようだ。
「あら、そこで日向ちゃんを見るなんて何か身に覚えがあるのかしら?」
「そ、そんなまさか。だって女同士なんですよ?」
もちろん渚さんが冗談で言ってるのはわかってる。けどとてもじゃないけど、心臓によろしくない。ならばと思って慌てて話題転換しようとするもなかなかいい議題が…。
「私は、いろいろございましたがこうしてまた、夕陽様と同じ学校に通うことができてとても嬉しく思っていますよ?」
「ひ、日向…」
そして、僕の心情をよそにあえて火に油を注ぐ日向。
途端に雪菜さんは色目気だって、ということはなかった。しみじみ同意する様に頷いている。
「そうだよねぇ。やっぱり仲がいい子と学校が離れると顔を合わせる機会もめっきり減っちゃうし寂しいよね…」
「…私も、日向とまた同じ学校に通えるのとても楽しみにしていました」
「夕陽様…」
ことの発端はまぁアレなアレだけれども。
こうしてまた日向と接する機会が増えたのは間違いなく嬉しいことだと素直に思うことができる。
「そこの甘酸っぱい2人は置いといて、おやつ食べないの?」
1人寂しく置かれていた渚さんがつまらなそうにクッキーを摘んでいる。
その目は冷めているようで、冗談だとわかる程度には口元が笑っている。
「そうですね。ご馳走になります」
ーーー
「さて、荷解きはこれぐらいでいいかな?」
ところ変わって場所は自室へ。
幾らか積まれていた段ボールの解体も終わってあとはまとめて捨てておくだけの状態。
隣の部屋からはまだゴソゴソと音がするので、日向はまだしばらく時間がかかりそうだ。
じゃあ手伝いに、とは思うけど女の子引っ越しに手伝いに行く勇気もない。
「ゴミ捨て場はどこかなぁーっと」
段ボール片手に屋外へ。
大まかな場所は渚さんから聞いていたけど、ぱっとするところにないからか、見当たらない。
では建屋の影の方かと向かってみれば、そこで「よく見知った人物」と顔を合わせてしまった。
「…」
ばっちりと目が合う。
お嬢様は一瞬キョトンとした後、ん?おかしいぞと頭をひねる。
記憶の中の僕の顔と、今目の前にいる僕の顔を見比べて、いやいやまさかと目が動く。
ここで一切知らないふりをしてこんにちは。
そんな行動が取れたらよかったのに、話しかけられたら良かったのに僕は僕で冷静を失ってしまってあたふたとしてしまう。
それで余計に確信がいったみたいでどんどん眼光が鋭くなる。
「…ちょぉーっと待ちなさい?なんであんたがここにいるわけ?」
「いやー、だ、誰のことでしょう」
明後日を向いて目を泳がすけど、既に時遅く後の祭りとはこのことか。
「そんな言い訳通じる訳無いでしょ!何よその格好ふざけてるの!?」
喧々拍車かかって怒涛のように津波が起こる言の葉。
そのくせして、あたりに響き渡らないよう声は小さいのだから随分器用…。
あぁ、この首をぐわんぐわん譲られる感覚懐かしいなぁ。
「現実逃避してんじゃないなよ?あなた、祐樹よね?祐樹ね。祐樹に違いないわ」
「そんなに急に捲し立てないでくださいよ…」
「じゃあなんであなたがここにいるのかを、そんな格好をしてるのかを答えなさいよ!」
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