さようなら竜生、こんにちは人生

永島ひろあき

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竜生 資料・おまけ話まとめ

『ドラゴン以外の始原の七竜が転生したら』リヴァイアサン編

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 始原の七竜が一柱、古龍神リヴァイアサンはごく稀にだが地上世界へと降臨する事がある。
 それは地上世界に残った眷属達の様子を時折確認しに行く為であったり、彼らからの相談に乗る為であったり、あるいは地上世界の水に身を浸す為であったりした。

 地上世界の水巡りは分かりやすく言うと地方の温泉巡りのようなもので、最も心地良く感じられるのが竜界に存在する水である事は揺るぎなかったが、たまには違ったものを感じたいと言う欲求が時折顔を覗かせるのだ。

 ある時リヴァイアサンはその欲求に従って、とある地上世界に存在する惑星の一つにこっそりと降臨して、その惑星で最大の大陸にある小さな湖のほとりに降り立ち、半身を湖に沈めてのんびりと過ごしていた。
 この頃既に高位の海魔系邪神を大体討滅し終え、リヴァイアサンの敵足り得る存在は大魔界にもほとんど存在していない。

 その事もあってリヴァイアサンは竜界をしばらく留守にしても問題ないと考えて、畔に長大な半身を横たえまま瞼を閉じて軽い睡眠をとる事を決めた
 リヴァイアサン自身からすればほんのうたたね程度の事であったが、時の概念が生ずる以前より存在し、寿命が存在するかどうかも怪しいリヴァイアサンのうたたねは、通常の生物の考えるうたたねとは桁が違う。

 ある時誰かの声が聞こえたような気がして、意識を覚醒させたリヴァイアサンは自分の身体がはるかな地下に埋没している事に気付く。
 どうやらうたたねをしている間に、塵やら何やらが堆積して地下に埋没してしまったらしい。

 数億トンを越す土砂から脱する事は、リヴァイアサンにとって何ほどの事も無かったが、ここで彼女にとって重要なのは意識の覚醒を促した要因であった。
 リヴァイアサンは土砂から脱するよりもまず、聞こえて来た声を探る。
 地上世界の全てを知覚する事など、呼吸をするよりも簡単なリヴァイアサンにとって、声の発生源を特定するのは容易な事である。

「人間のつがいの様じゃが、なにやら願っておる様子、はてなにを願っておるやら」

 盗み聞きとは我ながら行儀が悪いのう、と自身を窘めながらリヴァイアサンは地下に埋もれた自分のはるか頭上の地上で、なにやら熱心に願っているらしい夫婦に意識を向ける。
 どうやらリヴァイアサンの頭上には、この最高位の神々ですら一蹴する古龍神の龍気を浴びた霊水が湧き出して湖となっているらしい。

 豊富な水量と高次元存在の気を含んだ湖は、一種の神域ないしは聖地として機能して、多くの生物が集いながら、湖の周りでは一切の争いが生じない場所となっているようだ。
 そうした関係から湖そのものが豊穣を齎し、子宝にも恵まれる恩恵のある御神体のようなものと認識されているらしい。

 リヴァイアサンの頭上の夫婦達は子宝に恵まれるようにと、この湖の畔にやってきて祈りを捧げながら湖の水を汲み取っている。
 リヴァイアサンは夫婦の妻の方へと意識を向け、意識の上でだが眉を潜める。
 子宝を望む夫婦であったが、その妻の方には既に子が宿り、そしてその子には生命が宿っていなかった。

「これはなんともむごいのう」

 これでは如何にリヴァイアサンの龍気を含んだ霊水とはいえ、その子の魂が冥界に還っている以上は、いくら飲んだり浴びたりしても生きている子供を得る事は出来ないだろう。
 熱心な様子で祈りを捧げる夫婦の様子に、リヴァイアサンは嘘偽りの無い憐みを抱いた。
 人間などは塵芥にも劣る存在と認識していてもおかしくはないのに、リヴァイアサンをはじめ始原の七竜達は、極めてマクロな存在でありながらミクロな存在を同じ目線で見られる存在でもあった。

 そこでリヴァイアサンは一計を案じた。己が魂の一部を割いて、妻のお腹の中の魂なき子に宿すのだ。
 魂が宿ればその子は生命を得て、数ヵ月後に無事に妻のお腹の中から生まれ出て、両親からの祝福を得る事が出来るだろう。

 だが人間の子供として古龍神の魂を持った存在が生まれれば、その子は必ずや異端視され両親にも不幸を齎すかもしれない。
 となれば宿す魂には古龍神としての権能や力、霊格、記憶を封じておかなければなるまい。

「これもまた何かの縁よな。親孝行をするのだぞ、妾よ」

 それだけを切に願って、リヴァイアサンは己が魂の極一部を割いて畔で未だ子宝を願い続ける夫婦へと送り出し、再び短くて長い眠りに落ちた。
 そうして古龍神リヴァイアサンの魂を宿した一人の女の子が、この数ヵ月後に両親と周囲の人々から満身の祝福を浴びてこの地上世界に産まれ落ちた。

 古龍神リヴァイアサンの魂を宿した人間の名前は、ルーンランド大陸ルーンレナ王国第一王女リヴァ・ルーンレナ。
 ルーンレナ王国第十代女王ルウナと王配アルンドとの間に産まれた一粒種の少女である。
 確かにリヴァイアサンとしての権能や記憶を封じられて誕生したリヴァだが、リヴァイアサンとしての気性や知性の大部分はしっかりと受け継がれていた。

 これはリヴァイアサンがうっかり忘れていたのか、人間として転生させる上で問題視しなかったのかは定かではない。
 両親からの教育や周囲の環境もあって、長じたリヴァの気性はリヴァイアサンとは大なり小なり異なる点こそあったが、それでも森羅万象を統べる女帝然とした威厳と慈悲の心、そして苛烈さは確かに根付いていたのである。

 リヴァが誕生してから十六年余りが経過した頃、ルーンレナ王国は変化の時を迎えていた。
 王配にしてリヴァの父であるアルンドが病死し、それ以来悲しみに打ちひしがれて生きる気力を失いがちになってしまった女王ルウナに代わり、王太子(ルーンレナ王国の場合次代の女王はこう呼ばれる)リヴァが国政の舵を握る事となったのである。

 幼少期より賢者をも唸らせ弟子入りを望む知性を見せていたリヴァは、次代の女王としての未来を嘱望された逸材である。
 だがそれでも国政に関わるには経験が乏しく、母や祖母の時代から国政を担って来た老獪な家臣達を相手にするには早いと誰もが思っていた。

 母ルウナの代理として玉座の左隣に(右隣りには王配の為の席が置かれている)、新たな席を設けて腰掛けたリヴァは、まず不正を行っている家臣の一掃から取りかかった。
 不正を認め、不当に蓄えた財貨を王国の資産として提出し、改心するならば許すとしたリヴァの行いを、多くの家臣らはいかにも青いとせせら笑う。

 如何にリヴァが事実上の国王として差配を振るおうとしても、実際に国家を動かすのは多くの文官や大臣、家臣らであり、互いに不正に甘露を啜る者達が手を組み抗議をすれば、如何に女王であっても家臣の首を挿げ替える事は出来ない。
 また処罰の対象となって官位を追われてもその影響力が完全に消えるわけではないから、他の文官らに働き掛けて王宮に出仕する事を控えさせて、政務が滞るように仕向ける事もできる。

 リヴァの通告に応じず実際に官位を追われる段になっても、政務を滞らせて自分達の必要性を認識させれば一度は出した矛を収めざるをえなくなると、老練な者達は若き王女の潔癖さと性急さとを憐みを交えてせせら笑う。
 その笑いが引き攣り始めたのは、決して無視できない数の文官らが出仕せずとも問題なく、いや、むしろこれまで以上にリヴァの意が通り、風通しの良くなった王宮の政務が順調に回り始めた頃である。

 同時にリヴァは例え自分ひとりで全てをこなす方がはるかに効率的と理解していても、他者を用いる事を疎かにはしなかった。
 気骨ある気性故に疎んじられていた者、あるいは身分や派閥争いに敗れて野に埋もれていた人材や、またあるいは例え有能でなくても与えられた仕事を懸命にこなせる人材を優遇し、勤勉に仕事をこなす事が生活の豊かさに繋がる見本となる者を積極的に雇用した。

 そう言った者達に対して官位を退けられた者達が害を加える事も考慮し、密かに忠実なる王軍に命じて護衛を付ける事はもちろん、いよいよもって進退窮しリヴァに屈する者が出る中で、短慮に走らんと内憂たる者達が動くよりも早くリヴァは動いていた。
 内憂となりうる者らを官位から退かせる段階で、既にリヴァは信頼できる手の内の者を潜り込ませ、時期を見計らって彼らを先導させたのである。

 国家を乱す王女を一時的に玉座より退けて、女王ルウナの復権を目指すと言う建前でクーデターの準備を進めていた内憂者達は、いよいよもって決起せんとした段階で、内通者によって周囲を包囲していた王軍によって一網打尽にされる。
 一夜にして確たる証拠と共に反逆者となった者達に対し、リヴァは慈悲を示す事はなかったが、その親戚縁者に関しては忠実なる家臣から非難を浴びるほどに甘い処置を下した。

 一族郎党極刑でもおかしくない所を、平民に身分を落とした上で僻地への流刑で済ませたのである。
 これはどちらかと言うと、育った環境よりはリヴァイアサンの影響が大きい。
 親の罪は親の罪であって、子の罪では無いというリヴァイアサンの持つ倫理観が働いたのである。

 だがそれでも多くの子弟らは父祖を誅したリヴァを恨み、いつか反逆するかもしれぬと忠告する家臣らに、リヴァはまことに得難い家臣を持ったと喜びながらかくの如く答えたと歴史書にはある。
 母譲りの漆黒の髪を腰に届くまで伸ばし、頭頂に王太子の位を示すプラチナとサファイアで作られたティアラを載せたリヴァは、自らの前に平伏する家臣らを愛おしげに見回して、桜色の小さな唇から君臨者の威厳に満ち満ちた言葉を紡ぎだす。

「なればその時こそその者らの命を召し上げ、王国、そして民の為に尽くすべきであったと来世まで悔やませてしんぜよう。
 かの者らが逆徒となる道を選ぶとしても、それが個であるならばそれは感情に従ったまでの事。人間の心ばかりはままならぬ。いたしかたあるまい。
 しかし、それに多くの者ら、特に民草が従ったとなればそれは妾の国造りに失態があったと言う事。
 妾が真に恐れるは弑逆しいぎゃくの徒らにあらじ。その道を選ばせてしまった己が失態よ」

 よく国を治めればこれに反旗を翻す者はいない、という誰もがそうは思っても夢物語に過ぎぬと切り捨てる理屈を口にするリヴァを、しかし忠言を捧げた家臣らの誰ひとりとて軽侮する事はなかった。
 十六にしかならぬ少女から醸しだされる雰囲気は、己の言動に一切の揺らぎを持たぬ君臨者たるに相応しき風格に満ち溢れ、そしてこの王女が国に、ひいては民に害なす存在であればそれが例え己であろうと一瞬の迷いなく処断する覚悟を持っている事を知っていたからである。

 大粒のサファイアを象眼したかのような瞳、つんと上を向いて流麗な線を描く鼻梁、綺麗な線を描く輪郭、腕の中に捕らえたなら二度と手離したく無くなる様な華奢な体格の主でありながら、リヴァは天の全てを背負って立つか、あるいは広大無限なる海が人の形を取ったかの如き威圧を産まれた時から備えていた。
 この惑星の歴史上如何なる偉人も備え得なかった風格を持つリヴァは、反逆者粛清に際してある者を敢えて見逃していた。

 反逆者の中でもとりわけ身分が高く、隣国のアーゼル王国の血縁を引いていて縁も深いオーム伯爵である。
 かねてより豊かな水源とそれに育まれた豊穣の大地、多種多様にして豊富な鉱物資源を抱えるルーンレナ王国と幾度も矛を交えて来たアーゼル王国は、亡命してきたオーム伯爵を保護し、王国を牛耳り専横を欲しいままにする悪姫を排除し、隣国を正しき道に戻すなどと言う、あからさまな大義名分を抱えてルーンレナ王国侵略の軍勢を動かそうとしたのである。

 これに対してリヴァはオーム伯爵の逃走経路を整える事と、アーゼル王国内の物流の変化などから侵攻の時期を特定し、国境線上にすぐさま軍を展開して、アーゼル王国軍の侵入経路を誘導し、経路上にある村落から国民の避難を既に終えていた。
 アーゼル王国はルバン侯爵率いる約六万の軍勢をもって、ルーンレナ王国の国土を蚕食ないしは、全土制圧を目論んでいた。

 これに対してリヴァから総大将に任命された従兄弟のラグナ伯爵が率いるルーンレナ王国軍は約三万。
 地の利こそあれ倍に相当する敵軍を相手に、退く事の許されぬ戦いが近日中に始まると誰しもが思っていた。
 王宮の女王代行の席に腰かけるリヴァ以外の者は、そうだったろう。

 しかし結果としてアーゼル王国軍は、ルーンレナ王国内にただの一歩も足を踏み入れる事無く、急遽アーゼル王国へ取って返す事となる。
 突然の敵軍の進路変更の報告に王宮が揺らぐ中、リヴァだけは泰然自若とした態度を崩さず、かすかに口元に笑みを浮かべていた。

 この幼いと言ってもよい姫君が、何かをしたのだと悟った家臣らに、リヴァは一部の家臣にのみ伝えていた今回の働きをつまびらかにする。
 謁見の間に持ち込ませた長机の上に、周辺諸国家の地図を載せてリヴァは端的に説明し始める。
 リヴァの手にした指揮棒は、アーゼル王国の更に西方に存在するヴァルダ王国を指し示す。

「アーゼル王国が動くよりも早く、ヴァルダに情報を流し、使者を送っておいた。
 かの国は我がルーンレナ以上にアーゼルとの対立の根が深い。
 我が国にさし向ける為の兵と物資を徴発して、アーゼル国内は手薄。
 それでもヴァルダに対抗できるだけの戦力は残してあるから、従来ならヴァルダもそう易々とは兵を動かさぬ。
 しかし此度アーゼルの指揮を執るルバン侯は、かつてヴァルダ侵攻の折に口にするもおぞましい悪行を働き、現ヴァルダ国王ブラムス殿と親しかった従兄弟の首までとっておる。
 その事をヴァルダのブラムス殿は心底から恨んでおいでじゃ。
 この時期にアーゼルが軍を動かし、国境の防備が手薄になるであろうとそれとなく匂わせておいたからのう。
 最初は信じられなくとも状況の変化から、妾の示した予想が現実になる可能性が高くなり、積年の恨みを晴らす好機となれば喜々として兵を動かすであろうよ。
 今頃はヴァルダの大軍勢がアーゼルを浸食しておる頃じゃろう。
 それこそルーンレナ侵攻の為に送り出した、ルバン侯の軍勢を呼び戻さなければならぬほどにな」

 淡々とこれまで切って来た手札と、遥か遠方で生じている事態をつらつらと述べるリヴァに、家臣の誰もが息を飲み畏怖と畏敬の念を深めていた。
 確かに世界にアーゼルとルーンレナの二ヵ国しかないと言うわけではない。

 元々ルーンレナとヴァルダが海洋交易を行っている友好国であるとはいえ、しかしこうもこちらの都合の良い様にヴァルダを動かし、アーゼルの動きを封じて見せるとは。
 この方には我らの見えていないものが見えているのかと、家臣一同が戦慄にも近いものを覚えたのも無理はない。

 かくてリヴァは自国の兵と民に一滴の血を流させる事も無くアーゼルを退けたのである。
 この後に勃発する大陸全土を巻き込んだ大戦で、リヴァの勇躍を約束する戦いであったと、後の歴史家たちは語っている。
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