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冥界の剣
第十二話 クガイ対ラドウ
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血反吐と歯を撒き散らしながら玄関まで飛ばされたグケンには目をくれず、クガイは戦闘態勢を崩さぬまま、楼閣の玄関へ視線を注ぐ。彼の背後で観戦しているヨウゼツも、楽しそうな様子でクガイと同じ方向に視線を向けている。
「よう、俺への当て馬はこいつで終わりか。こいつ……そういえば名前を聞いてねえな」
「その子はグケンと言うのさ。結構、見どころのある子なのだけれど、君には遠く及ばなかったようだね」
からからと楽しそうに笑いながら、新たな男が言う。グケンのすぐ傍で足を止めたその男は、タランダの元へ情報を求めてやってきた無尽会の幹部ラドウその人であった。
周囲には護衛らしい影はなく、クガイが探った限りでも他に隠れている者はいない。護衛を侍らせる必要はないという自信の表れであろう。
「物騒な街に相応しい短気な奴だったが、ま、腕前はそこそこあったわな」
「はは、そうかい? 君にそう言ってもらえたなら、グケンにもまだ立つ瀬はあるかなあ。そうそう、俺はラドウ。無尽会の幹部をやらせてもらっているよ。君が接触したクゼ殿とは仲良くしている。親友というやつだね!」
「親友ねえ。クゼが青筋浮かべて反論しそうだな」
「そうかい? 俺と彼との付き合いは結構長いんだぜ。お互い、気心の知れた仲さ」
「肩を組んで仲良く笑い合うのは無理だって、向こうは悟ってそうだが?」
「いやいや、それは君の気の所為さ。俺は人間というものをよく理解しているんだぜ。クゼ殿はちょっと素直じゃないだけなんだから」
「どうだか。それでお前さんとクゼの仲については正直どうでもいいんだが、俺に用事は無いって事でいいか? そうなら、そのグケンとこっちで倒れている奴を連れ帰って、手当の一つもしてやんな。二、三日は目を覚まさないようにぶっ叩いた」
「もちろん、俺の可愛い部下だ。手厚く看病するともさ。けれど、クガイ殿、君への用事はまだ済んでいないよ。グケンが言っていただろう? クムという女の子の居場所を教えてはくれないかい?」
「ご免被る。お前さんはにこにこ笑っちゃいるが、どんな時でもその笑顔を浮かべているような類だ。人を騙す時も、殺める時だってその笑顔だろうよ」
ひゅん、と風切る音を立てて、クガイが木刀を一振りした。途端に水面に波紋が生じるようにして、クガイの闘志が空気に伝播してびりびりとラドウとヨウゼツの肌を震わせた。
ラドウは笑みこそそのままだったが、ほんの少しの間だけ目を丸くして見せる。クガイがグケンとの戦いで、まるで本気ではなかったのだとその一振りで悟ったからだ。
「へえ! ここまでやる達人を久方ぶりに見たな~。君、一か月かそこら前にここに来たばかりなんだって? うん、それでも木刀一つでこれだけやれるなら、俺の耳に入るくらい噂になっていてもおかしくはないね。なら、俺もそれなりに真面目にやってみよう」
ラドウの手がわずかにひねるように動くと、次の瞬間には手品のように彼の右手には炎を纏うかのような形状の赤い刀、左手には不吉なものを否応なく連想させる真っ黒い刃の刀が握られていた。
刃それ自体から妖気が立ち上り、どちらも真っ当な品ではない。グケンが使用していたような仙術武具か、妖刀魔剣の類だろうとクガイはあたりをつけた。
木刀は正眼に構えられた。切っ先は糸で結ばれているようにラドウを向いている。
「うんうん、木刀から迸る闘志が凄いね。常人だったら心臓が止まるんじゃないかな?」
「クゼもそうだったが、幹部がいちいち自分で戦うのかい。戦いは専門家に任せて自分は後ろでふんぞり返っていればよかろうに」
「うちの組織は偉い奴ほど強くなくっちゃやっていけないのさ。野蛮だなあとは思うけれど、会長の方針でね。逆らう奴はいないよ。嬉々として従うような連中ばかりだから、うちはこれだけ大きくなったのさ。最近は玉と石が混ざっているけれど」
ラドウは姿を見せてから変わらず笑みを浮かべ続けていたが、おもむろに左右の刀で足元に転がっていた瓦礫を斬りつけた。赤い刀で斬られた瓦礫の傷跡からは炎が噴き出て纏わりつき、黒い刀で斬られた瓦礫には黒い靄が纏わりつく。
「こっちの赤いのが灼骨炎戯で、黒いのが呪黒。どっちも俺のお気に入りでね。灼骨炎戯で斬られれば傷口から炎が噴き出て肉の内側に潜り込み、骨を灼熱させる。呪黒は傷口に呪いが纏わりついて治らないようにするんだ」
「玩具の自慢をしている子供だな。そういうのは黙っておくのが常道じゃないのか?」
「はは、そうかもしれないけれど、予め能力を知らされるとどうしても斬られた姿を想像して、少しだけ集中力が削がれるだろう? 俺は能力を隠しておくよりも、そっちの方がやりやすいってだけの話さ」
「お前さんの口ぶりだとその刀の能力とやらも、本当かどうか怪しいもんだ」
「心外だなあ。俺ほど心清らかに生きている人間は滅多にいないぜ?」
ラドウは“正直に”とも“嘘をつかずに”とも言っていない。自分は嘘つきではないと否定はしてねえ、とクガイは考えるだけに留めた。ラドウが一歩を踏み出したからだ。
二振りの刀から迸る妖気もさることながら、わざと体幹を崩してふらふらと歩くラドウの力量が、クガイの本能に警戒を促したのである。
剣を閃かせるきっかけとなったのは、これまで黙して傍観に徹していたヨウゼツだった。二人の間に満ちる緊張を肌で感じ、悪戯っ子の笑顔を浮かべるや、近くの瓦礫に空になった長煙管をかぁん! と音を立てて叩いたのである。
なにやら腑に落ちない思いを感じながら、クガイは動いた。ラドウはケラケラと笑いながら動いた。
二人の姿が風に散らされる煙のように掻き消え、直後、廃墟と化した楼閣の広間のそこかしこで三振りの刃の衝突による火花と赤と黒の大きな光の花が咲き誇る。
クガイの木刀に宿る気とラドウの妖刀の持つ妖力が激突した結果であった。
呼吸と血流の操作によって増幅された気がクガイの全身の細胞に行き渡り、それをクガイの技量が操る事で人間離れした動きを可能としている。それに追従し、縦横無尽に妖刀を振るうラドウもまた人間離れした力量の主であった。
床を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴り、広間のあらゆる場所を踏み場にして剣花を咲かせる二人を、ヨウゼツは愉快気に眺めている。二人の高速移動に伴う風に髪と埃が煽られるのだけは、鬱陶しそうだが。
「無尽会のラドウを相手に互角に渡り合うか。いやはや、街の外も捨てたものではない」
そうして彼が長煙管を咥えた先で、床に落ちていた瓦礫が次々と斬り裂かれ、あるいは木っ端微塵に吹き飛び、石造りの床はあまりの踏み込みの強さによって次々と砕けてゆく。楼閣が本格的に崩れ去るのも、時間の問題かもしれない。
「いやあ、君、やるね! 気を通したからって、木刀で呪黒とやりあう人間は初めて見たよ。その木刀だって何千年の霊木ってわけでもないだろうに」
ラドウの言葉に嘘はない。クガイの振るう木刀は霊験あらたかな樹木から、ではなくそこらに転がっていた手頃な木を加工しただけの品だ。はっきり言って、クムの持っている護身用のあの棒の方が、武器としては上等だろう。
「てめえが格下しか相手にしてこなかったって話だろう!」
クガイの右袈裟斬りから刃を翻して神速の切り上げへと繋げる連撃を、ラドウは灼骨炎戯で受けた。途端に無数の火の粉が散って二人の顔を赤々と照らす。この火の粉一つでも触れれば、そのまま骨に達して焼くまで肉を焼き進んでくるのだから厄介極まりない。
けれどもクガイは火の粉を避けず、そのまま足を止めてラドウとの斬り合いを続行した。当然、新たに生じる火の粉もまた彼の頬や額、衣服に掛かってゆくが、触れる寸前、透明な壁に遮られたようにして消えてゆく。
「へえ、体の表面に水流みたいに気の流れを作って鎧代わりにしているんだね! 魔術師の障壁みたいなものか。器用だ!」
既に二人の斬撃の応酬は五十を超えていたが、共に疲労の色はなく互いの力量が明らかになるにつれて戦いは激しさを増すばかり。
それでも互いに傷一つないまま、二人は広間の中央で向かい合った瞬間、ラドウが右手の灼骨炎戯を大きく床を斬り裂きながら振るう。すると床に刻まれた一文字の傷から炎が噴き出て、そのままクガイへと恐ろしい速さで進んでゆく!
「“走火閃”。ちょっとしたお遊びさ」
石の床を溶かしながら迫りくる炎は、とてもではないがお遊びの域で済むものではない。
避ける間もなくクガイの体が足元から炎に飲まれ、見る見るうちに消し炭へ変わる――筈であった。
クガイの全身が炎に飲まれた直後、その体がふわっと炎の中に溶けるようにして消え去り、ラドウは背後から首を打ち据えにきた木刀を肩越しに差し込んだ呪黒で受け止めた。
「羅象刃・陽炎。目くらましの小技だが、お遊びにはちょうどいいだろう」
「さっきの春雷という技といい、四季や自然現象の名前をそのまま技につけているのかい? 風流だねえ」
肩越しに視線と言葉の応酬を行ってから、ラドウは強引に呪黒を振り抜いて玄関に近い位置へと飛び移り、反対にクガイは広間の奥の方向へと跳躍していた。
「うーん、ここまで戦える護衛がついているとなると、俺も下手な手札は切れないな。かといって俺がクガイ殿の相手をするのも、クゼ殿のことを考えると後の始末に差し障りが出るしなあ。仕方ない、今日はここでお開きにしよう」
うんうん、と一人勝手に納得した様子のラドウに、クガイは油断は微塵もなく話しかけた。
「勝手に襲い掛かってきて勝手に逃げるとは、随分と都合の良い考えじゃねえか。無尽会は武闘派じゃなかったのか? 獲物を前に背を向けて評判が落ちるんじゃないか」
「俺も本当はもっとクガイ殿と遊んでいたいんだよ? けれども、ほら俺だって一応は幹部であるから、自分の考えだけを押し通すわけには行かないのさ。組織の歯車というのは時に自由が利かないからね。それじゃあ、クガイ殿、縁があればまた会おう」
クガイがラドウに斬りかかるよりも早く、灼骨炎戯と呪黒が深々と玄関口の床へと突き立てられる。途端に二振りの刃から燃え盛る炎と呪いの塊である黒い靄が噴き出して、絡み合いながら楼閣を飲み込んで広がってゆく。
「速く逃げないと骨まで焼かれるか、呪いに蝕まれるかだ。頑張って」
クガイの神経を逆なでする台詞を残して、ラドウはグケンを肩に担いでさっさとこの場を後にする。未練もなにも感じさせないその態度は、いっそ天晴といえた。芸の細かい事に楼閣の玄関と窓を重点的に炎と呪いが覆っており、脱出を困難なものにしている。
クガイは顔を顰めながら背後を振り返り、呑気に長煙管を仕舞っている最中のヨウゼツを見る。
「随分と落ち着いているな。脱出する手立てがあるのか?」
「いやいや、一介の紙芝居屋にそこまで求められても困る。ああ、これは逃げられんと腹を括ったまでの話だ」
「嘘つけ。表情は誤魔化せても腹の中は誤魔化せないもんだが、あんたは本当に動揺も焦りもないだろう」
「私のような物語を語るしか能のない者は、目の前の強者に縋るほかないのだ。よよよ」
そう言って顔を隠して泣き真似をするヨウゼツを、クガイは極めて冷たい眼差しで見ていた。彼の経験上、こういう手合いは迂闊に信用も信頼もしてはならないのである。
「お前さんが、自分が助かる為にどうしようと構わないが、邪魔はするなよ」
赤い炎と黒い呪いは既に天井にまで至り、もともと空いていた穴をさらに広げている。炎と呪いは、もともと廃墟となっていた楼閣を崩壊させるには十分すぎる。
ついに耐えきれなくなった天井の梁が大きくひび割れて、クガイとヨウゼツを圧し潰そうと崩れ落ちる。それへと向けて、集中を深めていたクガイが右下段に構えた木刀を一気呵成に振り上げた。地から天への斬撃によって描かれる三日月の美しさよ!
「羅象刃・塵旋風!」
唸りを上げた木刀を起点とし、渦巻く風が崩落する天井へと向かって放たれた!
周囲の大気が引き込まれ、灼骨炎戯の炎と呪黒の呪いもまたクガイの起こした風に飲み込まれ、楼閣の崩壊を加速度的に早める。まさか木刀の一振りをもって、竜巻にも似た現象を発生させるとは、クガイはまさに尋常ではない剣技の主であった。
見る間に崩壊する楼閣の中で、クガイの起こした風の内部のみが安全地帯となり、クガイとしれっとその場に寄ったヨウゼツの二人は崩落から免れた。
轟音と共に楼閣が崩落し、それなりの時間をかけて崩落が収まった後、クガイは周囲にうず高く積みあがった瓦礫の山々を見回す。
「消化と解呪も出来たな。これなら、後で他所に面倒を掛ける事もあるまい。それでお前さんはこれからどうするんだ? 俺としては、お前さんの持っている情報をすべて聞き出したいくらいなんだがな」
「私は見て、聞いて、考え、そして語るのを信条としている。騙し、囁き、導くなどはせぬよ。それは私の役割ではない。それにお主は私に構う暇はないと推察するが?」
「……ラドウとかいう奴が、俺だけじゃなくクムの居場所も把握していると?」
「であろうさ。お主は陽動のつもりで夢現街を出歩いていたのかもしれないが、この街の二番目、三番目以降の情報屋達を使えばお主らの隠れ家を突き止められようさ」
「腹立たしいがあんたの言う事には一理あるか。俺の陽動に対してラドウ直々に陽動としてぶつかってきた、か」
いかんせん、情報源が目の前の自称紙芝居屋では信用は極めて薄いが、クガイは目の前の青年が虚言を吐いているとは考えられず、また刃を合わせたラドウの態度を合わせて考え、ヨウゼツの言が正しいと判断せざるを得なかった。
木刀を納めて踵を返すクガイに、あくまでも他人事然とした態度を崩さぬヨウゼツが声をかけた。
「一つ忠告だが、お主はいささか甘すぎる。ラドウの置いて行った暗殺者など捨て置いても罰は当たるまいに。情を捨てるのを躊躇うべきではないぞ」
ヨウゼツの視線は塵旋風の射程内に居た事で、炎からも呪いからも守られていた暗殺者へと向けられている。まだ失神している上にラドウに置いて行かれた暗殺者は、クガイの助けがなければ楼閣の崩壊に巻き込まれて死亡していた。
「寝覚めが悪いってだけの話だ。そこまでする相手でもねえ。ヨウゼツといったか、今は構っている時間がないらしいから捨て置くが、次に会った時には知っている情報を洗いざらい吐いてもらうぜ」
ヨウゼツを振り返らずに言い切ったクガイの体は、次の瞬間には消えていた。クムとハクラの待つ隠れ家へと向けて、他者の目を厭わず全力で跳躍と疾走を行った結果である。
木材の焼けた臭いが充満する広間で、ヨウゼツは楼閣の残骸に囲まれながら口から煙を吐き、ぷかりと空中に輪を描く。
「さてさて、街の外からやってきた異物が二つ。この街に何を齎す? 私はそれを語るのが役目なのだ。クガイ、そしてハクラよ」
「よう、俺への当て馬はこいつで終わりか。こいつ……そういえば名前を聞いてねえな」
「その子はグケンと言うのさ。結構、見どころのある子なのだけれど、君には遠く及ばなかったようだね」
からからと楽しそうに笑いながら、新たな男が言う。グケンのすぐ傍で足を止めたその男は、タランダの元へ情報を求めてやってきた無尽会の幹部ラドウその人であった。
周囲には護衛らしい影はなく、クガイが探った限りでも他に隠れている者はいない。護衛を侍らせる必要はないという自信の表れであろう。
「物騒な街に相応しい短気な奴だったが、ま、腕前はそこそこあったわな」
「はは、そうかい? 君にそう言ってもらえたなら、グケンにもまだ立つ瀬はあるかなあ。そうそう、俺はラドウ。無尽会の幹部をやらせてもらっているよ。君が接触したクゼ殿とは仲良くしている。親友というやつだね!」
「親友ねえ。クゼが青筋浮かべて反論しそうだな」
「そうかい? 俺と彼との付き合いは結構長いんだぜ。お互い、気心の知れた仲さ」
「肩を組んで仲良く笑い合うのは無理だって、向こうは悟ってそうだが?」
「いやいや、それは君の気の所為さ。俺は人間というものをよく理解しているんだぜ。クゼ殿はちょっと素直じゃないだけなんだから」
「どうだか。それでお前さんとクゼの仲については正直どうでもいいんだが、俺に用事は無いって事でいいか? そうなら、そのグケンとこっちで倒れている奴を連れ帰って、手当の一つもしてやんな。二、三日は目を覚まさないようにぶっ叩いた」
「もちろん、俺の可愛い部下だ。手厚く看病するともさ。けれど、クガイ殿、君への用事はまだ済んでいないよ。グケンが言っていただろう? クムという女の子の居場所を教えてはくれないかい?」
「ご免被る。お前さんはにこにこ笑っちゃいるが、どんな時でもその笑顔を浮かべているような類だ。人を騙す時も、殺める時だってその笑顔だろうよ」
ひゅん、と風切る音を立てて、クガイが木刀を一振りした。途端に水面に波紋が生じるようにして、クガイの闘志が空気に伝播してびりびりとラドウとヨウゼツの肌を震わせた。
ラドウは笑みこそそのままだったが、ほんの少しの間だけ目を丸くして見せる。クガイがグケンとの戦いで、まるで本気ではなかったのだとその一振りで悟ったからだ。
「へえ! ここまでやる達人を久方ぶりに見たな~。君、一か月かそこら前にここに来たばかりなんだって? うん、それでも木刀一つでこれだけやれるなら、俺の耳に入るくらい噂になっていてもおかしくはないね。なら、俺もそれなりに真面目にやってみよう」
ラドウの手がわずかにひねるように動くと、次の瞬間には手品のように彼の右手には炎を纏うかのような形状の赤い刀、左手には不吉なものを否応なく連想させる真っ黒い刃の刀が握られていた。
刃それ自体から妖気が立ち上り、どちらも真っ当な品ではない。グケンが使用していたような仙術武具か、妖刀魔剣の類だろうとクガイはあたりをつけた。
木刀は正眼に構えられた。切っ先は糸で結ばれているようにラドウを向いている。
「うんうん、木刀から迸る闘志が凄いね。常人だったら心臓が止まるんじゃないかな?」
「クゼもそうだったが、幹部がいちいち自分で戦うのかい。戦いは専門家に任せて自分は後ろでふんぞり返っていればよかろうに」
「うちの組織は偉い奴ほど強くなくっちゃやっていけないのさ。野蛮だなあとは思うけれど、会長の方針でね。逆らう奴はいないよ。嬉々として従うような連中ばかりだから、うちはこれだけ大きくなったのさ。最近は玉と石が混ざっているけれど」
ラドウは姿を見せてから変わらず笑みを浮かべ続けていたが、おもむろに左右の刀で足元に転がっていた瓦礫を斬りつけた。赤い刀で斬られた瓦礫の傷跡からは炎が噴き出て纏わりつき、黒い刀で斬られた瓦礫には黒い靄が纏わりつく。
「こっちの赤いのが灼骨炎戯で、黒いのが呪黒。どっちも俺のお気に入りでね。灼骨炎戯で斬られれば傷口から炎が噴き出て肉の内側に潜り込み、骨を灼熱させる。呪黒は傷口に呪いが纏わりついて治らないようにするんだ」
「玩具の自慢をしている子供だな。そういうのは黙っておくのが常道じゃないのか?」
「はは、そうかもしれないけれど、予め能力を知らされるとどうしても斬られた姿を想像して、少しだけ集中力が削がれるだろう? 俺は能力を隠しておくよりも、そっちの方がやりやすいってだけの話さ」
「お前さんの口ぶりだとその刀の能力とやらも、本当かどうか怪しいもんだ」
「心外だなあ。俺ほど心清らかに生きている人間は滅多にいないぜ?」
ラドウは“正直に”とも“嘘をつかずに”とも言っていない。自分は嘘つきではないと否定はしてねえ、とクガイは考えるだけに留めた。ラドウが一歩を踏み出したからだ。
二振りの刀から迸る妖気もさることながら、わざと体幹を崩してふらふらと歩くラドウの力量が、クガイの本能に警戒を促したのである。
剣を閃かせるきっかけとなったのは、これまで黙して傍観に徹していたヨウゼツだった。二人の間に満ちる緊張を肌で感じ、悪戯っ子の笑顔を浮かべるや、近くの瓦礫に空になった長煙管をかぁん! と音を立てて叩いたのである。
なにやら腑に落ちない思いを感じながら、クガイは動いた。ラドウはケラケラと笑いながら動いた。
二人の姿が風に散らされる煙のように掻き消え、直後、廃墟と化した楼閣の広間のそこかしこで三振りの刃の衝突による火花と赤と黒の大きな光の花が咲き誇る。
クガイの木刀に宿る気とラドウの妖刀の持つ妖力が激突した結果であった。
呼吸と血流の操作によって増幅された気がクガイの全身の細胞に行き渡り、それをクガイの技量が操る事で人間離れした動きを可能としている。それに追従し、縦横無尽に妖刀を振るうラドウもまた人間離れした力量の主であった。
床を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴り、広間のあらゆる場所を踏み場にして剣花を咲かせる二人を、ヨウゼツは愉快気に眺めている。二人の高速移動に伴う風に髪と埃が煽られるのだけは、鬱陶しそうだが。
「無尽会のラドウを相手に互角に渡り合うか。いやはや、街の外も捨てたものではない」
そうして彼が長煙管を咥えた先で、床に落ちていた瓦礫が次々と斬り裂かれ、あるいは木っ端微塵に吹き飛び、石造りの床はあまりの踏み込みの強さによって次々と砕けてゆく。楼閣が本格的に崩れ去るのも、時間の問題かもしれない。
「いやあ、君、やるね! 気を通したからって、木刀で呪黒とやりあう人間は初めて見たよ。その木刀だって何千年の霊木ってわけでもないだろうに」
ラドウの言葉に嘘はない。クガイの振るう木刀は霊験あらたかな樹木から、ではなくそこらに転がっていた手頃な木を加工しただけの品だ。はっきり言って、クムの持っている護身用のあの棒の方が、武器としては上等だろう。
「てめえが格下しか相手にしてこなかったって話だろう!」
クガイの右袈裟斬りから刃を翻して神速の切り上げへと繋げる連撃を、ラドウは灼骨炎戯で受けた。途端に無数の火の粉が散って二人の顔を赤々と照らす。この火の粉一つでも触れれば、そのまま骨に達して焼くまで肉を焼き進んでくるのだから厄介極まりない。
けれどもクガイは火の粉を避けず、そのまま足を止めてラドウとの斬り合いを続行した。当然、新たに生じる火の粉もまた彼の頬や額、衣服に掛かってゆくが、触れる寸前、透明な壁に遮られたようにして消えてゆく。
「へえ、体の表面に水流みたいに気の流れを作って鎧代わりにしているんだね! 魔術師の障壁みたいなものか。器用だ!」
既に二人の斬撃の応酬は五十を超えていたが、共に疲労の色はなく互いの力量が明らかになるにつれて戦いは激しさを増すばかり。
それでも互いに傷一つないまま、二人は広間の中央で向かい合った瞬間、ラドウが右手の灼骨炎戯を大きく床を斬り裂きながら振るう。すると床に刻まれた一文字の傷から炎が噴き出て、そのままクガイへと恐ろしい速さで進んでゆく!
「“走火閃”。ちょっとしたお遊びさ」
石の床を溶かしながら迫りくる炎は、とてもではないがお遊びの域で済むものではない。
避ける間もなくクガイの体が足元から炎に飲まれ、見る見るうちに消し炭へ変わる――筈であった。
クガイの全身が炎に飲まれた直後、その体がふわっと炎の中に溶けるようにして消え去り、ラドウは背後から首を打ち据えにきた木刀を肩越しに差し込んだ呪黒で受け止めた。
「羅象刃・陽炎。目くらましの小技だが、お遊びにはちょうどいいだろう」
「さっきの春雷という技といい、四季や自然現象の名前をそのまま技につけているのかい? 風流だねえ」
肩越しに視線と言葉の応酬を行ってから、ラドウは強引に呪黒を振り抜いて玄関に近い位置へと飛び移り、反対にクガイは広間の奥の方向へと跳躍していた。
「うーん、ここまで戦える護衛がついているとなると、俺も下手な手札は切れないな。かといって俺がクガイ殿の相手をするのも、クゼ殿のことを考えると後の始末に差し障りが出るしなあ。仕方ない、今日はここでお開きにしよう」
うんうん、と一人勝手に納得した様子のラドウに、クガイは油断は微塵もなく話しかけた。
「勝手に襲い掛かってきて勝手に逃げるとは、随分と都合の良い考えじゃねえか。無尽会は武闘派じゃなかったのか? 獲物を前に背を向けて評判が落ちるんじゃないか」
「俺も本当はもっとクガイ殿と遊んでいたいんだよ? けれども、ほら俺だって一応は幹部であるから、自分の考えだけを押し通すわけには行かないのさ。組織の歯車というのは時に自由が利かないからね。それじゃあ、クガイ殿、縁があればまた会おう」
クガイがラドウに斬りかかるよりも早く、灼骨炎戯と呪黒が深々と玄関口の床へと突き立てられる。途端に二振りの刃から燃え盛る炎と呪いの塊である黒い靄が噴き出して、絡み合いながら楼閣を飲み込んで広がってゆく。
「速く逃げないと骨まで焼かれるか、呪いに蝕まれるかだ。頑張って」
クガイの神経を逆なでする台詞を残して、ラドウはグケンを肩に担いでさっさとこの場を後にする。未練もなにも感じさせないその態度は、いっそ天晴といえた。芸の細かい事に楼閣の玄関と窓を重点的に炎と呪いが覆っており、脱出を困難なものにしている。
クガイは顔を顰めながら背後を振り返り、呑気に長煙管を仕舞っている最中のヨウゼツを見る。
「随分と落ち着いているな。脱出する手立てがあるのか?」
「いやいや、一介の紙芝居屋にそこまで求められても困る。ああ、これは逃げられんと腹を括ったまでの話だ」
「嘘つけ。表情は誤魔化せても腹の中は誤魔化せないもんだが、あんたは本当に動揺も焦りもないだろう」
「私のような物語を語るしか能のない者は、目の前の強者に縋るほかないのだ。よよよ」
そう言って顔を隠して泣き真似をするヨウゼツを、クガイは極めて冷たい眼差しで見ていた。彼の経験上、こういう手合いは迂闊に信用も信頼もしてはならないのである。
「お前さんが、自分が助かる為にどうしようと構わないが、邪魔はするなよ」
赤い炎と黒い呪いは既に天井にまで至り、もともと空いていた穴をさらに広げている。炎と呪いは、もともと廃墟となっていた楼閣を崩壊させるには十分すぎる。
ついに耐えきれなくなった天井の梁が大きくひび割れて、クガイとヨウゼツを圧し潰そうと崩れ落ちる。それへと向けて、集中を深めていたクガイが右下段に構えた木刀を一気呵成に振り上げた。地から天への斬撃によって描かれる三日月の美しさよ!
「羅象刃・塵旋風!」
唸りを上げた木刀を起点とし、渦巻く風が崩落する天井へと向かって放たれた!
周囲の大気が引き込まれ、灼骨炎戯の炎と呪黒の呪いもまたクガイの起こした風に飲み込まれ、楼閣の崩壊を加速度的に早める。まさか木刀の一振りをもって、竜巻にも似た現象を発生させるとは、クガイはまさに尋常ではない剣技の主であった。
見る間に崩壊する楼閣の中で、クガイの起こした風の内部のみが安全地帯となり、クガイとしれっとその場に寄ったヨウゼツの二人は崩落から免れた。
轟音と共に楼閣が崩落し、それなりの時間をかけて崩落が収まった後、クガイは周囲にうず高く積みあがった瓦礫の山々を見回す。
「消化と解呪も出来たな。これなら、後で他所に面倒を掛ける事もあるまい。それでお前さんはこれからどうするんだ? 俺としては、お前さんの持っている情報をすべて聞き出したいくらいなんだがな」
「私は見て、聞いて、考え、そして語るのを信条としている。騙し、囁き、導くなどはせぬよ。それは私の役割ではない。それにお主は私に構う暇はないと推察するが?」
「……ラドウとかいう奴が、俺だけじゃなくクムの居場所も把握していると?」
「であろうさ。お主は陽動のつもりで夢現街を出歩いていたのかもしれないが、この街の二番目、三番目以降の情報屋達を使えばお主らの隠れ家を突き止められようさ」
「腹立たしいがあんたの言う事には一理あるか。俺の陽動に対してラドウ直々に陽動としてぶつかってきた、か」
いかんせん、情報源が目の前の自称紙芝居屋では信用は極めて薄いが、クガイは目の前の青年が虚言を吐いているとは考えられず、また刃を合わせたラドウの態度を合わせて考え、ヨウゼツの言が正しいと判断せざるを得なかった。
木刀を納めて踵を返すクガイに、あくまでも他人事然とした態度を崩さぬヨウゼツが声をかけた。
「一つ忠告だが、お主はいささか甘すぎる。ラドウの置いて行った暗殺者など捨て置いても罰は当たるまいに。情を捨てるのを躊躇うべきではないぞ」
ヨウゼツの視線は塵旋風の射程内に居た事で、炎からも呪いからも守られていた暗殺者へと向けられている。まだ失神している上にラドウに置いて行かれた暗殺者は、クガイの助けがなければ楼閣の崩壊に巻き込まれて死亡していた。
「寝覚めが悪いってだけの話だ。そこまでする相手でもねえ。ヨウゼツといったか、今は構っている時間がないらしいから捨て置くが、次に会った時には知っている情報を洗いざらい吐いてもらうぜ」
ヨウゼツを振り返らずに言い切ったクガイの体は、次の瞬間には消えていた。クムとハクラの待つ隠れ家へと向けて、他者の目を厭わず全力で跳躍と疾走を行った結果である。
木材の焼けた臭いが充満する広間で、ヨウゼツは楼閣の残骸に囲まれながら口から煙を吐き、ぷかりと空中に輪を描く。
「さてさて、街の外からやってきた異物が二つ。この街に何を齎す? 私はそれを語るのが役目なのだ。クガイ、そしてハクラよ」
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この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
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