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自称悪役令嬢な妻の観察記録。2
自称悪役令嬢な妻の観察記録。2-3
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私が立ち上がり挨拶を始めると、バーティアもそれに合わせるようにお菓子を食べるのをやめて、席を立つ。
私が挨拶している時は上目遣いで妖艶な笑みを浮かべていたビストーナ王女だけれど、妻の紹介に移った途端、眉間に皺が寄った。
さらにバーティアが話し始めると、バーティアを睨むように見る。
……君、いくらなんでも露骨すぎないかい?
ウミューベ国の王族教育は大丈夫かな?
「まぁ、妃殿下もおられたのですね。あまり会話をされていないご様子でしたので気付きませんでしたわ」
またもの凄く直球な嫌味を投げ込んでくるね。
もちろん、そんなものは私が全力で打ち返すけれどね。
「妻は美味しいものが大好きで、私は幸せそうに食べる妻を見ているのが好きだからね。今は会話自体が邪魔なんだよ。それに、会話なんかなくても、お互いがそばにいるだけで私たちは幸せだからね」
ニコッと隣にいるバーティアに笑いかけると、バーティアははにかみつつも嬉しそうに「そうですわ」と答えてくれた。
うん、うちの妻は可愛いね。
そして……ビストーナ王女は怖い顔をしているね。
「あらあら、惚気られてしまいましたわ。幸せそうで、なんて羨ましいこと。側室という形でもいいので、私もセシル様の愛情の一端をこの身に受けてみたいものですわ」
明らかにバーティアに対してイラついているくせに、すぐに立て直して私に流し目を送ってくる。
こんなのに引っかかる男なんているのだろうか?
「ハハハ……。ビストーナ王女はとてもユニークだね。でも残念ながら我が国に側室制度はないんだよ。王侯貴族も愛する女性は一人だけだ。それに、私の愛はすべてティアのものだしね」
満面の笑みを返し、バーティアの肩を抱いて引き寄せる。
「セ、セシル様!?」
恥ずかしそうに俯くバーティアの頭にソッとキスをして、私たちが仲睦まじい夫婦であることを見せつけると、ビストーナ王女は急に白けた目になった。
……側室制度がないと知って、私が獲物にならないとわかったんだろうね。
「まぁ、そうでしたの。あら、そちらの男性はどなたでしょうか?」
私を狙えないとわかった途端に、私の傍らに立っているクールガンに視線を向けるビストーナ王女。
どうやら、彼女の心臓は鋼でできているようだ。
「彼はクールガン・デレス・ウラディール子爵。私の側近だよ」
「まぁ、お若いのに既に子爵位を継いでいらっしゃる王太子殿下の側近様ですのね」
私の紹介にビストーナ王女の目が鋭く光り、クールガンが半歩下がった。
「クールガン・デレス・ウラディールです。以後お見知りおきを」
涼しい顔で挨拶はしているけれど、明らかにお見知りおきされたくなさそうなオーラが漂っている。
……当然、鋼の心臓と空気の読めなさを装備しているビストーナ王女には通用しないけどね。
「ビストーナ・ウミューベですわ。ビストーナとお呼びになって」
「ビストーナ王女殿下。では私はウラディール子爵とお呼びください」
「……クールガン様?」
「ウラディール子爵とお呼びください」
全力で距離を詰めようとするビストーナ王女と、全力で距離を取ろうとするクールガンの攻防。
これはちょっと面白いね。
「フフフ。クールガン様は照れ屋さんなのですわね」
「ウラディール子爵とお呼びください」
「……ウラディール子爵、向こうで少しお話でもしません?」
どうやら、呼び方についてはビストーナ王女が折れたようだけれど、それでもめげない彼女はクールガンを誘い出そうとする。
「いえ、私はこの後、セシル殿下に頼まれた用事を済ませないといけませんので」
……私、今日は君にお茶会会場での情報収集以外の用事を頼んだ覚えはないよ?
でもまぁいいよ。彼女に絡まれるのは大変そうだし、バーティアが可愛がっている侍女のミルマがポットを握り締めたまま涙目で固まっているから協力してあげよう。
「実はそうなんだ。悪いね、ビストーナ王女」
「……いえ、それでは仕方ありませんわね。では、用事が済んだらお願い致しますわ」
「(お茶会が終わるまでに用事が済むことはありませんが)わかりました」
今、クールガンの心の声が聞こえた気がするよ。
「そうだ、ミルマ。彼の仕事が早く終わるように手伝ってあげてくれないかい?」
「へ? えっ? あ、はい! 畏まりました!!」
急に話を振られたミルマが一瞬驚きで固まったけれど、その後、嬉しそうにお辞儀をした。
その様子に満足して頷いていると、クールガンが半歩私に近付き、声を潜めて話しかけてくる。
「セシル殿下、実際には用事なんてないのにどうすればいいのですか?」
「離宮でミルマにお茶でも淹れてもらってのんびりしておいで」
ビストーナ王女に気付かれないように、私もクールガンも視線を合わせないまま小声でやり取りをする。
ビストーナ王女はミルマを睨むことに夢中で、私たちのそんな会話にはまったく気付いていない。
……この後、ミルマがビストーナ王女から嫌がらせを受けないか心配だけど、私たちが普段過ごしているのは離宮だし、ミルマは日中ずっとバーティアに付いている。
そして何より、ミルマのあの存在感の薄さでは、ビストーナ王女が嫌がらせをしようとしても、彼女を見付けられないだろう。
「それでは私はこれで失礼致しますわ。……ウラディール子爵、また後で」
「……」
見送りのための礼はするけれど、一言も返事をしないクールガン。
これはもう、会う気はまったくないということだろうね。
私はそれで全然かまわないけど……あのビストーナ王女がそれで諦めてくれるといいね。
***
お茶会終盤。
最初はとにかく大勢の人と挨拶を、という雰囲気だった会場も大分落ち着いてきて、テーブル席を使い、ゆっくりと話をする人が増えてきた。
そして、私たちも当初の予定通り皇太后と王妃を囲んで、お茶と会話を楽しむこととなった。
イズラーチ王子とジューン嬢の参加についても事前にゼノを通して伝えてあったため、侍女たちがきちんと準備をしてくれており、特に問題はなかった。
皇太后と王妃も、彼らの参加をとても喜んでくれているようだ。
「それにしても、あの小さかったアレイスがこんな綺麗なお嫁さんをもらうようになるなんてねぇ。それに、イズラーチにもこんな可愛い婚約者がいるし、うちはもう安泰ね」
息子と孫、そしてそれぞれの婚約者に囲まれて幸せそうに話す皇太后。
その姿は、心底喜んでいるようだった。
「そうですわね。なかなか結婚が決まらなかったアレイス殿下が急に婚約者を決め、あっという間に結婚の日程まで組んでしまったのには驚きましたけれど、きっとこれも運命だったのでしょうね。仲のいいお二人の様子を見ているとそう実感しますわ」
王妃のほうもニコニコと笑顔で話をする。
もしかしたら、彼女がこうして穏やかに話せているのは、イズラーチ王子が婚約者と共に同席していることも影響しているのかもしれない。
自分の息子にも素敵な婚約者がいて、しかも仲も良好となれば、気持ちも穏やかに保てるからね。
「イズラーチも、早々に仲のいいご令嬢と婚約を結んだし、後はラムタクだけね」
皇太后がチクッと刺すようなことを言う。王妃は小さく溜息を吐き、口を開いた。
「……本当にあの子には困ったものだわ。友人は大勢いるのに、婚約者だけはなかなか決めないのだもの」
皇太后の言葉に王妃がどんな反応を示すか気になったんだけど、どうやら皇太后と同じくラムタクに呆れ気味のようだ。
皇太后の言葉も一見嫌味にも取れるけれど、口調に悪意はない。
「あの子はきっといつか伝説の聖女様のような完璧な女性が現れると信じているのよ」
「あの子はそんなロマンチックなことを考える性格ではないでしょ? 大体、完璧な女性なんて、この世に存在しないものよ。完璧な男性が存在しないのと一緒でね」
溜息まじりの王妃の言葉に、皇太后がわずかに肩を竦めながら突っ込む。
言っていることは手厳しいけれど、ラムタク王子の母親である王妃も「うんうん」と頷いているから、きっとこの辺は二人の共通認識なのだろう。
彼女たちが言っていることはもっともだと思うが、同じ男としてこういった女性同士の愚痴を聞くのはなんとも居心地が悪い。
それはどうやらアレイス王太子も同じようで、チラッと視線を向けると苦笑が返ってきた。
「あの、皇太后様、王妃様。その伝説の聖女というのはどういったお方なんですの?」
二人の話をじっと聞いていたバーティアが『聖女』というワードに反応して、目をキラキラさせながら尋ねる。
シーヘルビー国の人たちはもちろんのこと、嫁いでくることになるリソーナ王女もこのあたりについてはきちんと勉強しているらしく、特に疑問は感じていないようだ。
私も、バーティアの前世知識の関係で色々と気になってこの国のことについて調べてあったから、その話は既に知っている。
つまり、この場で聖女について知らないのはバーティアだけということになるが、話をせがまれたお二人は特に面倒くさがることもなく、聖女伝説について語ってくれた。
はじめに口を開いたのは皇太后のほうだ。
「よくあるようなお話よ? この国の国旗に頭が二つある蛇が描かれているのはご存じ?」
「もちろん知っていますわ。確かシーヘルビー国の守り神ですのよね?」
「そうよ。あの蛇神様は私たちシーヘルビーの民を守ってくれるとても尊いお方であるとともに、とても怖いお方でもあるの」
「怖い……ですの?」
『守り神=怖い』というイメージが上手く繋がらないのか、バーティアが首を傾げる。
『神様=優しい』というイメージが強いものの、意外と恐ろしい伝説も多く伝わっているはずなんだけどね。
「そうですわ。私たちシーヘルビーに伝わる蛇神様のお話は、神の怒りから始まるのですよ」
そうして語られたストーリーは皇太后が最初に言った通り、よくありそうな話だった。
シーヘルビーの初代国王は、元々海賊だった。
彼は自分の縄張りを守るにふさわしい強さを持った大海賊で、統括する海賊団の規模もかなり大きかったようだ。
彼は、その縄張りを奪おうとする他の海賊団に頻繁に戦を仕掛けられる毎日を送っていた。
海賊の生業自体が元々血腥い上に、連日仕掛けられる戦。
その海賊団が治める海域は、血と殺された者の怨嗟で穢され続けているような状態だった。
それに怒りを覚えたのが蛇神だ。
自分の住処である海を汚され、怒り狂った蛇神は海に嵐を呼んだ。
それも何日も何日も続くものを。
嵐になったら、危険で海には出られない。
戦や海賊業どころか、漁もできない。
海賊団の家族が暮らす入り江でも、天候の悪さが祟って作物が軒並み駄目になってしまい、食料に事欠く日々が続く。
このままではいけないと思った初代国王の娘は、自分が神の怒りを鎮めるための生贄になると自ら申し出た。
初代国王は自分たちが海を汚したことを酷く後悔していたが、だからといって可愛い娘を生贄に差し出す決断をなかなかできずにいた。
しかし、そんな初代国王の気持ちを知ってか、娘は周りの人の目を掻い潜り、生贄になるために一人で海に行ってしまう。
とても優しい娘だった。
荒くれ者の集う海賊団でもとても愛され、癒しとされている娘だった。
そして何より責任感が強く、周りの人たちを愛し、守りたいと思っている娘だった。
だから、苦しむ者たちをただ見ていることができず、一人で決断してしまったのだ。
彼女が出ていったことを知った初代国王は慌てた。
それ以上に慌てたのが、彼女を心から愛していた婚約者の男だった。
初代国王と婚約者の男は、視界さえまともに確保できない激しい嵐の中、荒れ狂う海岸へ娘を捜しに行った。
そして、娘は見つかった。
……小舟に乗って既に海へと出ている状態で。
小舟は荒波にもまれる小さな枯れ葉のようだった。
いつ転覆してもおかしくない状況だ。
初代国王は呆然と立ち尽くし、婚約者の男は娘を助けるため、無謀にも体一つで海に飛び込み、彼女のもとへ泳いで向かった。
激しい嵐の中、小舟で娘は蛇神に祈り、詫びた。
婚約者の男は自分の命も顧みず娘を助けようと泳いだ。
初代国王は、喉が裂けんばかりに声を張り上げ蛇神に許しを請い、罰は自分に与えるようにと願った。
三人の思いが届いたのか、婚約者の男がなんとか娘の小舟に辿り着いたその時、嵐がやみ、二つの頭を持つ蛇――蛇神が姿を現した。
蛇神は、初代国王の心からの懺悔と、娘の仲間を思う気持ち、そして婚約者の娘への深い愛を見て、怒りを鎮めた。
しかし、同時に娘に清らかな乙女の血を要求し、了承した娘の指先を噛んだ。
その血に満足した蛇神は、今後海が荒らされないように、この海域を守るための力として初代国王に加護を与えた。
そして、婚約者の男には娘を守る力を与え、娘には時々会いに来て娘の血を貰うのと引き換えに必要であれば力を貸すことを約束した。
こうして蛇神は、後に海を守るための国を興した初代国王によって、この国の守り神として崇められるようになった。
「その後も幾度か戦はあったけれど、その度に聖女と呼ばれる清らかなる乙女が現れ、蛇神様に祈りと血を捧げることで、不思議と海が味方をしてくれて、この国を、そしてこの国が守る海を守り切ることができたそうよ」
話し終えた皇太后に、王妃が「素敵な話ですよね」と微笑む。
でも、よく考えるとこの国の初代国王はいくら自分の縄張りを守るためとはいえ、蛇神が怒るレベルで戦を繰り返していたということになるし、蛇神も血で海が穢れることを厭うて怒ったのに、清らかな乙女の血は欲している。
なんだかツッコミどころ満載の伝説だよね。
それが事実なのか、都合のいいように話が捻じ曲げられたゆえの矛盾なのか、気になるところだ。
まぁ、半分以上がシーヘルビーの国民というこの席でそんなことを口にする気は毛頭ないけれど。
「バーティア妃殿下、我が国に伝わるお話はお気に召して?」
「この国は海賊が初代国王だということもあり、伝わる物語も血腥いものが多いのだけれど、この話は比較的ロマンチックでしょ?」
皇太后と王妃がニッコリと笑いかける。
建国の物語だけあって、お二人はどこか誇らしげだ。
「えっと、あの……とても素敵なお話ですわ!! 純愛ですものね!! そう、純愛。……まるで小説にでも出てきそうな伝承ですわ」
二人にバーティアは笑みを返すけれど、その表情はどこか硬い。
そして、ジューン嬢を気にするようにチラチラと視線を向けている。
これは……何か『小説』について思い出したことがありそうだね。
この流れだと、キーワードは聖女もしくは蛇神あたりかな?
どちらにしても、あまりいいことではなさそうだ。
『乙女ゲーム』のシナリオの時にも思ったけれど、『運命の乙女』や『聖女』のように、確定された役割がストーリーの中にあるのは厄介だ。
何が厄介ってバーティアがそれにこだわってしまうことが……ね。
私は、前回の『乙女ゲーム』の件で、運命はいくらでも自分の望む方向に改変できるものだと理解しているけれど、バーティアはそうではない。
昔ほど崩れたシナリオを運命通りに戻そうとする力――『強制力』を絶対視することはなくなったけれど、それでもどこかで前世で読んだ物語通りのことが起こるのではないかと気にしている部分がある。
まぁ、実際起こる可能性もゼロではないしね。
バーティアにはお茶会が終わった後、じっくり話を聞かないといけないね。
***
お茶会が終わった日の夜。
寝る支度を済ませ、使用人たちを下がらせた後で、バーティアから「お話があります」と真面目な顔で告げられた。
昼間の件でおおよその予想がついていたため、驚くことなく彼女に促されるまま並んでベッドに座る。
「セ、セシル様。私、今日重要なことを思い出しましたの」
「あぁ、聖女と蛇神のことだね」
「そう聖女と蛇神の……ってなんでご存じなんですの!?」
俯きがちだった顔をバッと上げ、驚いたように私を凝視してくるバーティア。
それに私はクスッと小さな笑いを零す。
「昼間のお茶会でシーヘルビー国の建国の伝説を聞いた時、君の反応が変だったからね。きっと『小説』に関わることだろうと思っていたんだ」
「そうでしたのね。私、そんなに顔に出ていたんですの?」
「他の人は気付いていないみたいだったから、それほどでもないよ。私はほら、いつも君を見ているから」
ニコッと笑ってみせれば、バーティアの頬がボッと赤くなる。
「そ、それなら良かったですわ。……それで聖女の話なんですけれど……」
「うん、聞かせて?」
私が促すと、バーティアは憂鬱そうな表情を浮かべつつ、ポツリポツリと新たに思い出したという『小説』のストーリーを語り出した。
その内容はおおよそ、私の予想通り。
戦により海が再び穢され怒った蛇神を、聖女となったジューン嬢とイズラーチ王子が鎮めるという内容だった。
ただ、一つだけ気になることがある。
「ねぇ、ティア。その戦というやつだけど、多分起きないと思うよ?」
「なぜですの!? 『小説』のストーリーではそうなっていましたわ!!」
確かに、バーティアの言う『小説』の中ではそうなっていたんだろう。
それはわかっている。
わかっているけれど……
「だってそれは多分、『乙女ゲーム』の中で起きた、我が国と隣国の戦が波及したものだと思うから」
「なっ! それじゃあ、アルファスタも戦火にのまれますの!?」
「いや、のまれないよ。戦になる前にそれっぽい芽は徹底的に潰したから。それに確か『乙女ゲーム』のシナリオで起きる戦は、ほとんど私が関係しているものだったよね? 私は、ティアが唯一平和だと言っていたルートをティアと一緒に進んでいるところだからね。確率的には低いと思うよ」
「え? そういうことですの!? で、でも、もしかしてってこともありますわ!! だってこれは『乙女ゲーム』とは関係のない『小説』の話ですもの」
私の推測を聞いて、バーティアは驚きと共にわずかな希望を一瞬抱いたようだったけど、すぐに不安に呑み込まれてしまう。
まぁ、現段階では私も多分そうだろうとしか言えないしね。
バーティアの言うように、違う方向からの何らかの力によって戦が起きる可能性もなくもない。
アルファスタ国に関することであれば、私も常に情報網を張り巡らせ、ほとんどのことを把握しているから大丈夫と自信を持って言えるけれど、他国のことまではさすがにそこまで調べつくしてはいないしね。
「大丈夫だとは思うけれど、一応私もこの国の周辺の事情を調べておくよ」
「お手数をおかけして申し訳ありませんわ。お願い致しますの」
バーティアは不安げな表情で頭を下げてくる。私はそんなバーティアの頭をソッと撫でる。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「で、でも、私、ジューン様が聖女になることを忘れていたので、このまま皆仲良くしていけば、わざわざ代理悪役令嬢なんてしなくても大丈夫かもしれないと、最近手抜きをしてしまっていましたの。もし、私が手抜きをしたせいで、ジューン様とイズラーチ王子殿下の関係が聖女のお役目を果たせるレベルまで進んでいなかったら……」
自分のせいで、この国が大変なことになるかもしれないという不安から、バーティアが目を潤ませる。
まったく、この国のことはこの国の問題で、アルファスタの王太子妃であるバーティアが心配することではないというのにね。
でも、きっとこういうことで自分を責めてしまったり、泣くほど周りを心配したりするバーティアだからこそ、私は大切に思えるんだろうな。
「きっと問題ないよ。現状、戦が起こる確率のほうが低いし、私も調べて対処が必要な情報が出てきたらアレイス王太子に教えてあげるつもりだしね」
「わ、私、やっぱりジューン様とは険悪な仲にならないといけない気がしてきましたの」
「いや、だから問題ないと思うから、今はひとまず様子を見よう?」
「て、手遅れになる前にちゃんとした代理悪役令嬢にならなくては……。あぁ、でも既にジューン様とは仲良しですわ!! あんなに慕ってくれる彼女をどうやって無下にすれば……」
「だから、しなくていいよ? ひとまず様子を見よう?」
「あぁ、私は一体どうすればぁぁぁ」
「……うん。もう私の話は耳に入っていないね。今は頭がパニック状態のようだから、明日以降ゆっくり考えることにしようか」
頭を抱え込んでしまったバーティアを布団に押し込み、その日は何も考えずに眠らせることにした。
「……明日以降、ティアがまた暴走しなければいいけれど」
波乱の予感に溜息を吐きつつ、寝入ったバーティアをそっと抱き締めた。
私が挨拶している時は上目遣いで妖艶な笑みを浮かべていたビストーナ王女だけれど、妻の紹介に移った途端、眉間に皺が寄った。
さらにバーティアが話し始めると、バーティアを睨むように見る。
……君、いくらなんでも露骨すぎないかい?
ウミューベ国の王族教育は大丈夫かな?
「まぁ、妃殿下もおられたのですね。あまり会話をされていないご様子でしたので気付きませんでしたわ」
またもの凄く直球な嫌味を投げ込んでくるね。
もちろん、そんなものは私が全力で打ち返すけれどね。
「妻は美味しいものが大好きで、私は幸せそうに食べる妻を見ているのが好きだからね。今は会話自体が邪魔なんだよ。それに、会話なんかなくても、お互いがそばにいるだけで私たちは幸せだからね」
ニコッと隣にいるバーティアに笑いかけると、バーティアははにかみつつも嬉しそうに「そうですわ」と答えてくれた。
うん、うちの妻は可愛いね。
そして……ビストーナ王女は怖い顔をしているね。
「あらあら、惚気られてしまいましたわ。幸せそうで、なんて羨ましいこと。側室という形でもいいので、私もセシル様の愛情の一端をこの身に受けてみたいものですわ」
明らかにバーティアに対してイラついているくせに、すぐに立て直して私に流し目を送ってくる。
こんなのに引っかかる男なんているのだろうか?
「ハハハ……。ビストーナ王女はとてもユニークだね。でも残念ながら我が国に側室制度はないんだよ。王侯貴族も愛する女性は一人だけだ。それに、私の愛はすべてティアのものだしね」
満面の笑みを返し、バーティアの肩を抱いて引き寄せる。
「セ、セシル様!?」
恥ずかしそうに俯くバーティアの頭にソッとキスをして、私たちが仲睦まじい夫婦であることを見せつけると、ビストーナ王女は急に白けた目になった。
……側室制度がないと知って、私が獲物にならないとわかったんだろうね。
「まぁ、そうでしたの。あら、そちらの男性はどなたでしょうか?」
私を狙えないとわかった途端に、私の傍らに立っているクールガンに視線を向けるビストーナ王女。
どうやら、彼女の心臓は鋼でできているようだ。
「彼はクールガン・デレス・ウラディール子爵。私の側近だよ」
「まぁ、お若いのに既に子爵位を継いでいらっしゃる王太子殿下の側近様ですのね」
私の紹介にビストーナ王女の目が鋭く光り、クールガンが半歩下がった。
「クールガン・デレス・ウラディールです。以後お見知りおきを」
涼しい顔で挨拶はしているけれど、明らかにお見知りおきされたくなさそうなオーラが漂っている。
……当然、鋼の心臓と空気の読めなさを装備しているビストーナ王女には通用しないけどね。
「ビストーナ・ウミューベですわ。ビストーナとお呼びになって」
「ビストーナ王女殿下。では私はウラディール子爵とお呼びください」
「……クールガン様?」
「ウラディール子爵とお呼びください」
全力で距離を詰めようとするビストーナ王女と、全力で距離を取ろうとするクールガンの攻防。
これはちょっと面白いね。
「フフフ。クールガン様は照れ屋さんなのですわね」
「ウラディール子爵とお呼びください」
「……ウラディール子爵、向こうで少しお話でもしません?」
どうやら、呼び方についてはビストーナ王女が折れたようだけれど、それでもめげない彼女はクールガンを誘い出そうとする。
「いえ、私はこの後、セシル殿下に頼まれた用事を済ませないといけませんので」
……私、今日は君にお茶会会場での情報収集以外の用事を頼んだ覚えはないよ?
でもまぁいいよ。彼女に絡まれるのは大変そうだし、バーティアが可愛がっている侍女のミルマがポットを握り締めたまま涙目で固まっているから協力してあげよう。
「実はそうなんだ。悪いね、ビストーナ王女」
「……いえ、それでは仕方ありませんわね。では、用事が済んだらお願い致しますわ」
「(お茶会が終わるまでに用事が済むことはありませんが)わかりました」
今、クールガンの心の声が聞こえた気がするよ。
「そうだ、ミルマ。彼の仕事が早く終わるように手伝ってあげてくれないかい?」
「へ? えっ? あ、はい! 畏まりました!!」
急に話を振られたミルマが一瞬驚きで固まったけれど、その後、嬉しそうにお辞儀をした。
その様子に満足して頷いていると、クールガンが半歩私に近付き、声を潜めて話しかけてくる。
「セシル殿下、実際には用事なんてないのにどうすればいいのですか?」
「離宮でミルマにお茶でも淹れてもらってのんびりしておいで」
ビストーナ王女に気付かれないように、私もクールガンも視線を合わせないまま小声でやり取りをする。
ビストーナ王女はミルマを睨むことに夢中で、私たちのそんな会話にはまったく気付いていない。
……この後、ミルマがビストーナ王女から嫌がらせを受けないか心配だけど、私たちが普段過ごしているのは離宮だし、ミルマは日中ずっとバーティアに付いている。
そして何より、ミルマのあの存在感の薄さでは、ビストーナ王女が嫌がらせをしようとしても、彼女を見付けられないだろう。
「それでは私はこれで失礼致しますわ。……ウラディール子爵、また後で」
「……」
見送りのための礼はするけれど、一言も返事をしないクールガン。
これはもう、会う気はまったくないということだろうね。
私はそれで全然かまわないけど……あのビストーナ王女がそれで諦めてくれるといいね。
***
お茶会終盤。
最初はとにかく大勢の人と挨拶を、という雰囲気だった会場も大分落ち着いてきて、テーブル席を使い、ゆっくりと話をする人が増えてきた。
そして、私たちも当初の予定通り皇太后と王妃を囲んで、お茶と会話を楽しむこととなった。
イズラーチ王子とジューン嬢の参加についても事前にゼノを通して伝えてあったため、侍女たちがきちんと準備をしてくれており、特に問題はなかった。
皇太后と王妃も、彼らの参加をとても喜んでくれているようだ。
「それにしても、あの小さかったアレイスがこんな綺麗なお嫁さんをもらうようになるなんてねぇ。それに、イズラーチにもこんな可愛い婚約者がいるし、うちはもう安泰ね」
息子と孫、そしてそれぞれの婚約者に囲まれて幸せそうに話す皇太后。
その姿は、心底喜んでいるようだった。
「そうですわね。なかなか結婚が決まらなかったアレイス殿下が急に婚約者を決め、あっという間に結婚の日程まで組んでしまったのには驚きましたけれど、きっとこれも運命だったのでしょうね。仲のいいお二人の様子を見ているとそう実感しますわ」
王妃のほうもニコニコと笑顔で話をする。
もしかしたら、彼女がこうして穏やかに話せているのは、イズラーチ王子が婚約者と共に同席していることも影響しているのかもしれない。
自分の息子にも素敵な婚約者がいて、しかも仲も良好となれば、気持ちも穏やかに保てるからね。
「イズラーチも、早々に仲のいいご令嬢と婚約を結んだし、後はラムタクだけね」
皇太后がチクッと刺すようなことを言う。王妃は小さく溜息を吐き、口を開いた。
「……本当にあの子には困ったものだわ。友人は大勢いるのに、婚約者だけはなかなか決めないのだもの」
皇太后の言葉に王妃がどんな反応を示すか気になったんだけど、どうやら皇太后と同じくラムタクに呆れ気味のようだ。
皇太后の言葉も一見嫌味にも取れるけれど、口調に悪意はない。
「あの子はきっといつか伝説の聖女様のような完璧な女性が現れると信じているのよ」
「あの子はそんなロマンチックなことを考える性格ではないでしょ? 大体、完璧な女性なんて、この世に存在しないものよ。完璧な男性が存在しないのと一緒でね」
溜息まじりの王妃の言葉に、皇太后がわずかに肩を竦めながら突っ込む。
言っていることは手厳しいけれど、ラムタク王子の母親である王妃も「うんうん」と頷いているから、きっとこの辺は二人の共通認識なのだろう。
彼女たちが言っていることはもっともだと思うが、同じ男としてこういった女性同士の愚痴を聞くのはなんとも居心地が悪い。
それはどうやらアレイス王太子も同じようで、チラッと視線を向けると苦笑が返ってきた。
「あの、皇太后様、王妃様。その伝説の聖女というのはどういったお方なんですの?」
二人の話をじっと聞いていたバーティアが『聖女』というワードに反応して、目をキラキラさせながら尋ねる。
シーヘルビー国の人たちはもちろんのこと、嫁いでくることになるリソーナ王女もこのあたりについてはきちんと勉強しているらしく、特に疑問は感じていないようだ。
私も、バーティアの前世知識の関係で色々と気になってこの国のことについて調べてあったから、その話は既に知っている。
つまり、この場で聖女について知らないのはバーティアだけということになるが、話をせがまれたお二人は特に面倒くさがることもなく、聖女伝説について語ってくれた。
はじめに口を開いたのは皇太后のほうだ。
「よくあるようなお話よ? この国の国旗に頭が二つある蛇が描かれているのはご存じ?」
「もちろん知っていますわ。確かシーヘルビー国の守り神ですのよね?」
「そうよ。あの蛇神様は私たちシーヘルビーの民を守ってくれるとても尊いお方であるとともに、とても怖いお方でもあるの」
「怖い……ですの?」
『守り神=怖い』というイメージが上手く繋がらないのか、バーティアが首を傾げる。
『神様=優しい』というイメージが強いものの、意外と恐ろしい伝説も多く伝わっているはずなんだけどね。
「そうですわ。私たちシーヘルビーに伝わる蛇神様のお話は、神の怒りから始まるのですよ」
そうして語られたストーリーは皇太后が最初に言った通り、よくありそうな話だった。
シーヘルビーの初代国王は、元々海賊だった。
彼は自分の縄張りを守るにふさわしい強さを持った大海賊で、統括する海賊団の規模もかなり大きかったようだ。
彼は、その縄張りを奪おうとする他の海賊団に頻繁に戦を仕掛けられる毎日を送っていた。
海賊の生業自体が元々血腥い上に、連日仕掛けられる戦。
その海賊団が治める海域は、血と殺された者の怨嗟で穢され続けているような状態だった。
それに怒りを覚えたのが蛇神だ。
自分の住処である海を汚され、怒り狂った蛇神は海に嵐を呼んだ。
それも何日も何日も続くものを。
嵐になったら、危険で海には出られない。
戦や海賊業どころか、漁もできない。
海賊団の家族が暮らす入り江でも、天候の悪さが祟って作物が軒並み駄目になってしまい、食料に事欠く日々が続く。
このままではいけないと思った初代国王の娘は、自分が神の怒りを鎮めるための生贄になると自ら申し出た。
初代国王は自分たちが海を汚したことを酷く後悔していたが、だからといって可愛い娘を生贄に差し出す決断をなかなかできずにいた。
しかし、そんな初代国王の気持ちを知ってか、娘は周りの人の目を掻い潜り、生贄になるために一人で海に行ってしまう。
とても優しい娘だった。
荒くれ者の集う海賊団でもとても愛され、癒しとされている娘だった。
そして何より責任感が強く、周りの人たちを愛し、守りたいと思っている娘だった。
だから、苦しむ者たちをただ見ていることができず、一人で決断してしまったのだ。
彼女が出ていったことを知った初代国王は慌てた。
それ以上に慌てたのが、彼女を心から愛していた婚約者の男だった。
初代国王と婚約者の男は、視界さえまともに確保できない激しい嵐の中、荒れ狂う海岸へ娘を捜しに行った。
そして、娘は見つかった。
……小舟に乗って既に海へと出ている状態で。
小舟は荒波にもまれる小さな枯れ葉のようだった。
いつ転覆してもおかしくない状況だ。
初代国王は呆然と立ち尽くし、婚約者の男は娘を助けるため、無謀にも体一つで海に飛び込み、彼女のもとへ泳いで向かった。
激しい嵐の中、小舟で娘は蛇神に祈り、詫びた。
婚約者の男は自分の命も顧みず娘を助けようと泳いだ。
初代国王は、喉が裂けんばかりに声を張り上げ蛇神に許しを請い、罰は自分に与えるようにと願った。
三人の思いが届いたのか、婚約者の男がなんとか娘の小舟に辿り着いたその時、嵐がやみ、二つの頭を持つ蛇――蛇神が姿を現した。
蛇神は、初代国王の心からの懺悔と、娘の仲間を思う気持ち、そして婚約者の娘への深い愛を見て、怒りを鎮めた。
しかし、同時に娘に清らかな乙女の血を要求し、了承した娘の指先を噛んだ。
その血に満足した蛇神は、今後海が荒らされないように、この海域を守るための力として初代国王に加護を与えた。
そして、婚約者の男には娘を守る力を与え、娘には時々会いに来て娘の血を貰うのと引き換えに必要であれば力を貸すことを約束した。
こうして蛇神は、後に海を守るための国を興した初代国王によって、この国の守り神として崇められるようになった。
「その後も幾度か戦はあったけれど、その度に聖女と呼ばれる清らかなる乙女が現れ、蛇神様に祈りと血を捧げることで、不思議と海が味方をしてくれて、この国を、そしてこの国が守る海を守り切ることができたそうよ」
話し終えた皇太后に、王妃が「素敵な話ですよね」と微笑む。
でも、よく考えるとこの国の初代国王はいくら自分の縄張りを守るためとはいえ、蛇神が怒るレベルで戦を繰り返していたということになるし、蛇神も血で海が穢れることを厭うて怒ったのに、清らかな乙女の血は欲している。
なんだかツッコミどころ満載の伝説だよね。
それが事実なのか、都合のいいように話が捻じ曲げられたゆえの矛盾なのか、気になるところだ。
まぁ、半分以上がシーヘルビーの国民というこの席でそんなことを口にする気は毛頭ないけれど。
「バーティア妃殿下、我が国に伝わるお話はお気に召して?」
「この国は海賊が初代国王だということもあり、伝わる物語も血腥いものが多いのだけれど、この話は比較的ロマンチックでしょ?」
皇太后と王妃がニッコリと笑いかける。
建国の物語だけあって、お二人はどこか誇らしげだ。
「えっと、あの……とても素敵なお話ですわ!! 純愛ですものね!! そう、純愛。……まるで小説にでも出てきそうな伝承ですわ」
二人にバーティアは笑みを返すけれど、その表情はどこか硬い。
そして、ジューン嬢を気にするようにチラチラと視線を向けている。
これは……何か『小説』について思い出したことがありそうだね。
この流れだと、キーワードは聖女もしくは蛇神あたりかな?
どちらにしても、あまりいいことではなさそうだ。
『乙女ゲーム』のシナリオの時にも思ったけれど、『運命の乙女』や『聖女』のように、確定された役割がストーリーの中にあるのは厄介だ。
何が厄介ってバーティアがそれにこだわってしまうことが……ね。
私は、前回の『乙女ゲーム』の件で、運命はいくらでも自分の望む方向に改変できるものだと理解しているけれど、バーティアはそうではない。
昔ほど崩れたシナリオを運命通りに戻そうとする力――『強制力』を絶対視することはなくなったけれど、それでもどこかで前世で読んだ物語通りのことが起こるのではないかと気にしている部分がある。
まぁ、実際起こる可能性もゼロではないしね。
バーティアにはお茶会が終わった後、じっくり話を聞かないといけないね。
***
お茶会が終わった日の夜。
寝る支度を済ませ、使用人たちを下がらせた後で、バーティアから「お話があります」と真面目な顔で告げられた。
昼間の件でおおよその予想がついていたため、驚くことなく彼女に促されるまま並んでベッドに座る。
「セ、セシル様。私、今日重要なことを思い出しましたの」
「あぁ、聖女と蛇神のことだね」
「そう聖女と蛇神の……ってなんでご存じなんですの!?」
俯きがちだった顔をバッと上げ、驚いたように私を凝視してくるバーティア。
それに私はクスッと小さな笑いを零す。
「昼間のお茶会でシーヘルビー国の建国の伝説を聞いた時、君の反応が変だったからね。きっと『小説』に関わることだろうと思っていたんだ」
「そうでしたのね。私、そんなに顔に出ていたんですの?」
「他の人は気付いていないみたいだったから、それほどでもないよ。私はほら、いつも君を見ているから」
ニコッと笑ってみせれば、バーティアの頬がボッと赤くなる。
「そ、それなら良かったですわ。……それで聖女の話なんですけれど……」
「うん、聞かせて?」
私が促すと、バーティアは憂鬱そうな表情を浮かべつつ、ポツリポツリと新たに思い出したという『小説』のストーリーを語り出した。
その内容はおおよそ、私の予想通り。
戦により海が再び穢され怒った蛇神を、聖女となったジューン嬢とイズラーチ王子が鎮めるという内容だった。
ただ、一つだけ気になることがある。
「ねぇ、ティア。その戦というやつだけど、多分起きないと思うよ?」
「なぜですの!? 『小説』のストーリーではそうなっていましたわ!!」
確かに、バーティアの言う『小説』の中ではそうなっていたんだろう。
それはわかっている。
わかっているけれど……
「だってそれは多分、『乙女ゲーム』の中で起きた、我が国と隣国の戦が波及したものだと思うから」
「なっ! それじゃあ、アルファスタも戦火にのまれますの!?」
「いや、のまれないよ。戦になる前にそれっぽい芽は徹底的に潰したから。それに確か『乙女ゲーム』のシナリオで起きる戦は、ほとんど私が関係しているものだったよね? 私は、ティアが唯一平和だと言っていたルートをティアと一緒に進んでいるところだからね。確率的には低いと思うよ」
「え? そういうことですの!? で、でも、もしかしてってこともありますわ!! だってこれは『乙女ゲーム』とは関係のない『小説』の話ですもの」
私の推測を聞いて、バーティアは驚きと共にわずかな希望を一瞬抱いたようだったけど、すぐに不安に呑み込まれてしまう。
まぁ、現段階では私も多分そうだろうとしか言えないしね。
バーティアの言うように、違う方向からの何らかの力によって戦が起きる可能性もなくもない。
アルファスタ国に関することであれば、私も常に情報網を張り巡らせ、ほとんどのことを把握しているから大丈夫と自信を持って言えるけれど、他国のことまではさすがにそこまで調べつくしてはいないしね。
「大丈夫だとは思うけれど、一応私もこの国の周辺の事情を調べておくよ」
「お手数をおかけして申し訳ありませんわ。お願い致しますの」
バーティアは不安げな表情で頭を下げてくる。私はそんなバーティアの頭をソッと撫でる。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「で、でも、私、ジューン様が聖女になることを忘れていたので、このまま皆仲良くしていけば、わざわざ代理悪役令嬢なんてしなくても大丈夫かもしれないと、最近手抜きをしてしまっていましたの。もし、私が手抜きをしたせいで、ジューン様とイズラーチ王子殿下の関係が聖女のお役目を果たせるレベルまで進んでいなかったら……」
自分のせいで、この国が大変なことになるかもしれないという不安から、バーティアが目を潤ませる。
まったく、この国のことはこの国の問題で、アルファスタの王太子妃であるバーティアが心配することではないというのにね。
でも、きっとこういうことで自分を責めてしまったり、泣くほど周りを心配したりするバーティアだからこそ、私は大切に思えるんだろうな。
「きっと問題ないよ。現状、戦が起こる確率のほうが低いし、私も調べて対処が必要な情報が出てきたらアレイス王太子に教えてあげるつもりだしね」
「わ、私、やっぱりジューン様とは険悪な仲にならないといけない気がしてきましたの」
「いや、だから問題ないと思うから、今はひとまず様子を見よう?」
「て、手遅れになる前にちゃんとした代理悪役令嬢にならなくては……。あぁ、でも既にジューン様とは仲良しですわ!! あんなに慕ってくれる彼女をどうやって無下にすれば……」
「だから、しなくていいよ? ひとまず様子を見よう?」
「あぁ、私は一体どうすればぁぁぁ」
「……うん。もう私の話は耳に入っていないね。今は頭がパニック状態のようだから、明日以降ゆっくり考えることにしようか」
頭を抱え込んでしまったバーティアを布団に押し込み、その日は何も考えずに眠らせることにした。
「……明日以降、ティアがまた暴走しなければいいけれど」
波乱の予感に溜息を吐きつつ、寝入ったバーティアをそっと抱き締めた。
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