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自称悪役令嬢な妻の観察記録。2
自称悪役令嬢な妻の観察記録。2-2
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「バーティア様、どうなさいましたの? あちらに何かありましたか?」
不審に思ったらしいジューン嬢がバーティアの視線を追おうとする。
「ちょっ! 違いますの!! 私のお気に入りのケーキが出ていたんだったと思い出しましたの! それでどこかなぁって思ったのですけれど、あちらにありましたわ!! あちらです!! そちらではありませんわ!!」
ジューン嬢がイズラーチ王子のほうに視線を向けないよう、バーティアが必死で誤魔化し始める。
そして、彼のいる方向とは反対側に視線を向けさせようとジューン嬢を必死で促した。
ジューン嬢はバーティアの必死さに驚いてはいたけれど、バーティアのお菓子にかける執念を知っているせいか、特に疑うこともなく「見つかって良かったですね」と微笑む。
「それなら、ティアは好きなケーキを取っておいで。私は軽食を取ってくるよ。ジューン嬢、悪いけれど、しばらくティアに付き合ってくれるかい?」
「もちろんですわ」
快く了承してくれたジューン嬢の背中を押し、バーティアはケーキの置かれている場所へ向かう。
途中、一度だけ私のほうを振り返り、「頼んだ」とでも言うかのようにコクッと頷いていった。
残された私は、他のお茶会参加者が私に話しかけるタイミングを見計らっているのをひしひしと感じつつ、笑顔で防衛してさっさとその場を離れる。
……確か、あの廊下には向こうからも回れたはずだね。
頭の中に建物の構造を思い浮かべて、イズラーチ王子に気付かれないように近付くための最短ルートを考える。
「……ゼノ、もし彼が建物の中に逃げ込みそうになったら、退路を塞いでくれる?」
いつの間にか私の背後に立っていたゼノに小声でそう伝えると、「臨時手当は出ますか?」と聞くので「出ないよ。これは通常業務内だよ」と宣言しておいた。
「やぁ、イズラーチ王子。こんなところで一体何をしているんだい?」
用事があるふりをしてさりげなくお茶会会場を離れ、建物の裏側に回り込んだ私は、ジーッとジューン嬢とバーティアを見つめているイズラーチ王子に背後から声をかける。
「ひっ! な、な、な、な、なんでセシル殿下がここに!?」
急に後ろから声をかけられたせいか、イズラーチ王子はまるで幽霊でも見たかのように大きく体を跳ねさせ、振り返って私を指さす。
どうでもいいけれど、人を指さすのはあまり良くない行為だよ。
小さい頃に習わなかったかい?
「ん? 君の姿を見かけたからね。一人じゃ気まずくて会場に入れないみたいだから、迎えに来てあげたんだよ」
ニッコリと笑顔で答えると、なぜか彼は顔を引き攣らせて半歩下がった。
「わ、私は別にお茶会に出るつもりなんて……」
「じゃあ、ここで一体何をしていたんだい? 何も用事がないのに女性を柱の陰からジーッと見つめているなんて、あまり褒められた行為ではないと思うけれど?」
もちろん、仮に用事があったとしても、長時間声をかけずに見つめていれば引かれることは間違いないけれどね。
「そ、それは……」
とっさに上手い言い訳を思いつかなかったらしく、彼は俯いて黙り込む。
普段『男らしさ』を気にするくせに、なんでこういうところは男らしくないんだろうか?
「……ジューン嬢、君が来ていないことを残念がっていたよ?」
本当は「残念がる」というよりも「苛立っていた」のほうが正しいんだけれど、そこを敢えて言う必要はないだろう。
「ほ、本当ですか?」
俯いていたイズラーチ王子が私の顔を窺うように見つめてくる。
男性に上目遣いで見つめられてもあまり嬉しくないんだけど……まぁ、今は突っ込まないことにしておくよ。
彼も不安なのだろうし、虐めすぎて自信をなくして逃げられても面倒だからね。
「あぁ、本当だよ。大体、昨日も彼女に出席について尋ねられたんだろう?」
さっきバーティアとジューン嬢が話していた内容を思い出してぶつける。
すると、彼は気まずそうに視線を逸らして「そうですけど……」と呟いた。
「皇太后や王妃は最初から前王や国王にエスコートしてもらう気なんてなかったようだし、前王も国王も今日は仕事で忙しくて来られないそうだから、たいして寂しくはないのだろうけれど、君は違うだろう? 折角何度も誘ったのに、理由も、明確な返答もなく来てもらえないのは寂しいと思うよ」
「それは……」
イズラーチ王子は口を開いたものの、やはりちゃんとした言い訳は出てこない。
単純に、彼はジューン嬢があまり相手をしてくれなくなったことに拗ねて、冷たくしているだけなのだから、当然だ。
「あまりそういった態度を続けると、本当に彼女に愛想を尽かされてしまうよ?」
「そ、それは困ります! か、彼女は私の婚約者で、未来の妻なのですから!!」
イズラーチ王子は血相を変えて言うけれど……それ、私に訴えても意味がないからね?
「だったら、きちんと態度で示さないと。婚約者だ未来の妻だといっても王侯貴族のほとんどは政略結婚だ。自分たちでしっかりと関係を築いていかないと、表面だけの関係になってしまうことだってあるんだからね」
「け、けれど女性の尻を追いかけるような行為は……」
「誰もそんな話はしていないよ。ただ、誠意を持って接しろと言っているんだよ。妻や婚約者というのは、私たちを支えてくれる、大切で重要な存在なんだよ。当然、一人の人間として尊重し、大切にしないといけない。大切にしないと……大切にしてもらえないよ?」
「うっ……それは嫌です」
確かに一方的で献身的な愛だってあるかもしれないけれど、人間いくら愛情を注いでも、まったく返してもらえず不誠実な態度ばかり取られていれば、その想いも枯渇する。
そうなれば、「やらなくてはいけないこと」は貴族の妻の義務としてするかもしれないけれど、夫のために妻として「やったほうがいいこと」はどんどんやらなくなる可能性がある。
自分を蔑ろにする相手のために何かしようなんて思えなくなるからね。
「君は彼女のために、兄君が主催する食事会を欠席してここに来たんだろう? それならば、最後のひと踏ん張りをしないでどうするんだい?」
「あ……確かに……そうです……ね」
消え入りそうな声ではあったけれど、それでも彼はきちんとこのお茶会に出て、ジューン嬢をエスコートする決意を固めたようだ。
ついでに言うと、やっぱりラムタク王子の食事会はすっぽかしてきたみたいだね。
この兄弟は、決して仲が悪いわけではないようだけど、だからと言って仲がいいわけでもないみたいだ。
感覚的には、ラムタク王子がイズラーチ王子を子分のように扱い、イズラーチ王子はその辺のことをあまり気にせず適度な距離で接している感じだと思う。
要するに、ラムタク王子が一方的に子分認識しているだけで、イズラーチ王子はまったく気付いていない片思い状態だ。
……イズラーチ王子、その辺は鈍そうというか興味なさそうだしね。
「それなら、さっさと会場に入るよ。私も君を迎えに来るために、ティアを置いてきているからね。早く戻りたいんだ」
「……セシル殿下はバーティア妃殿下を大切にしておられるんですね」
「当然だよ。彼女は私の『運命の乙女』だからね」
堂々と言い切る私に、イズラーチ王子は少し驚きつつも、小さな声で「男らしい……」と呟いた。
会場に戻る途中、言い訳に使った「軽食を取ってくる」という言葉を実行するために、適当なものを見繕い、メイドに盛り合わせてもらう。
私の後をついてきたイズラーチ王子は私の行動を見て首を傾げていたけれど、事情を説明すると納得し、自分もメイドに指示して軽食を盛り付け始めた。
二皿用意しているあたり、きっと自分とジューン嬢の分だろう。
「ティア、ジューン嬢、お待たせ。軽食とお土産を持ってきたよ」
立食スペースにあるテーブルに陣取り、満面の笑みでデザートを堪能していたバーティアとジューン嬢に声をかける。
「まぁ、セシル様お帰りなさいませ! それにようこそ、イズラーチ王子殿下!!」
バーティアは私の後ろにイズラーチ王子の姿を見つけると、それはそれは嬉しそうに迎えた。
肝心のジューン嬢は目をパチパチとさせ、私の背後で照れくさそうにしているイズラーチ王子を凝視している。
「……イズラーチ様、来てくださったんですか?」
「き、君が来てほしそうにしていたからね! だから、ちょっと顔を出してあげようかと思って!!」
口調は上からなのに、顔は赤く、視線を逸らしていることで、全然偉そうに見えない。
彼とは長い付き合いのジューン嬢は、それだけでおおよそのことを察したのだろう。苦笑しつつも、どこか嬉しそうにしている。
「最近、ジューン嬢がティアの相手ばかりしているから拗ねていたようだよ。会場を遠くから眺めるばかりでなかなか入ってこようとしないから、連れてきた」
「セ、セシル殿下、それは内緒!!」
私がサラッとばらすと、イズラーチ王子はさらに顔を赤くして、慌てて止めてくる。
「あぁ、ごめんね? ついうっかり口が滑ってしまった」
ニコッと笑って答えると「全然反省していませんね」と恨みがましい視線をイズラーチ王子から向けられた。
もちろん、こうなるとわかった上でやっていることだから気にしない。
「まぁまぁまぁ! 私に嫉妬するなんて、イズラーチ王子はジューン様のことが大好きなんですのね!!」
そうこうしているうちに、意図的にやっている私とは違い、無意識に相手の痛いところをつくバーティアが追撃をする。
「ち、違っ!」
「え!? 違いますの!? まだ、ただの幼馴染としか思っておりませんの!?」
「違う! そうじゃなくて!! いや、違わない? いややっぱり違う!!」
「ど、どっちなんですの!? 攻略具合は今どこまでいってますの!? 私、パニックですわ!!」
「私のほうがパニックだ!!」
バーティアの指摘に顔を真っ赤にして混乱するイズラーチ王子。
そして、そんな彼を見て一緒に混乱するバーティア。
それにしてもバーティア、今回のお話は『乙女ゲーム』じゃなくて『小説』だって言っていたよね? 『攻略具合』って『ゲーム』関連の言葉じゃないのかな?
「あの、イズラーチ様? ど、どうなさったのですか?」
二人のやり取りに困惑しつつも、話題が自分への好意についてだということは察しているのだろう。頬をうっすらと染めたジューン嬢が、頭を抱えてしまったイズラーチ王子に声をかける。
「と、とにかく! 君は私のそばにいればいいんだ!! 幼馴染だろうとそれ以上だろうと、私の隣は君のものなんだからな!! 君以外は駄目なんだからな!! ……私も君にもう少し気を遣えるように頑張るから」
イズラーチ王子は、最後はそっぽを向いて不貞腐れたように呟いていたけれど、今の彼なりの気持ちを混乱に乗じて口にできたようだ。
なるほど。彼は気持ちの準備をさせて勇気を出させるよりも、こうやって混乱に乗じさせたほうが早いタイプなんだね。
そういえば、先日私とラムタク王子が飲んでいるところに突撃してきた時も、結構暴走している感じだったしね。
もう必要ないかもしれないけれど、なんとなく彼の取り扱い方法がわかったような気がするよ。
「うん、なんかいい感じにまとまったみたいだね」
イズラーチ王子の告白(?)を聞いて、口に手を当てて驚きつつもどこか嬉しそうなジューン嬢。
多分、イズラーチ王子だけでなく、ジューン嬢の思いもまだ恋愛にまでは育ちきっていないのだろうけれど……この感じだと時間の問題だろうね。
「あ、あの、イズラーチ様、この後、私のエスコートを……」
赤い顔でおずおずとお願いするジューン嬢。
「と、当然だよ。き、君は私の婚約者なんだからね。君のエスコート役は私しかいないんだから」
そんなジューン嬢の申し出が嬉しいくせに、素直になれずにぶっきらぼうに了承するイズラーチ王子。
なんだか凄く甘酸っぱいよ。
ちょっと、この場にいづらいレベルで。
「ねぇ、ティア?」
「あっ! そうですわね!!」
小さく名前を呼ぶと、すぐ私の意図に気付いたバーティアが何度も頷く。
「後は若い二人に任せてってやつですわね!!」
「いや、それはよく意味がわからないけれど……折角の機会だし、私たちも他の方たちと話をしたいから、彼等とは一旦別行動にしようか」
「同感ですわ!」
ニッコリ笑ったバーティアに小さく頷き返して、ジューン嬢たちに移動することを伝える。
「長い時間お引き止めしてしまい、申し訳ありません」
ジューン嬢がイズラーチ王子の隣ですまなそうな顔をする。
「いや、私がティアの相手をしてほしいと頼んだのだしね。こちらこそ悪かったね」
「ジューン様、楽しい時間をありがとうございましたわ! また後で、皇太后様や王妃様、リソーナ様たちと一緒にお話をする予定ですので、良かったらお二人も来てくださいませ!!」
別れ際に、バーティアがジューン嬢たちを誘う。
私たちも、皇太后や王妃に誘われている身だけど、彼らになら声をかけても問題ないだろう。
まぁ、準備の問題もあるかもしれないから、一応事前にゼノを通してお伺いは立てておくけれどね。
「えぇ、是非。……私一人では気後れしてしまいそうでしたけど、イズラーチ様も一緒なので」
傍らに立つイズラーチ王子の腕にソッと手をかけるジューン嬢。
その仕草をチラッと見た後、すぐに視線を逸らしたイズラーチ王子はどこか満足げだ。
「まぁ、ジューンが母上たちと話がしたいというなら、付き合ってやるよ」
「ふふ……。ありがとうございます」
幸せそうな二人と別れ、私たちは会場を移動した。
***
ジューン嬢たちと別れてからは、面倒な社交の時間が待っていた。
元々、アルファスタ国の王太子夫妻である私たちと話したがる者は多い。
さらに、このお茶会はバーティアの、他国の方々と交流を持ちたいという希望によって開かれたということになっているから、参加者が私たちに声をかけるハードルもグッと下がっている。
会場を歩いていると、当然、次々に声をかけられる。
「アルファスタ国の王太子ご夫妻とお話しできるなんて感激ですわ!!」
「このような素晴らしい機会を作ってくださったバーティア妃殿下には、とても感謝しております」
「先ほど、あちらで『ポテトチップス』という、とても美味なお菓子を食べたのですが、あれはバーティア妃殿下がご考案されたとか。さすがですね!!」
次から次へとかけられる声に、バーティアと共ににこやかに対応する。
まぁ、正式な謁見の場や会議の場ではないから、顔つなぎ程度の会話を一言二言交わせばいいだけだ。少々疲れはするが、作業としてはさほど大変ではない。
それよりも深刻なのは……
「私もお会いできて嬉しいですわ!!」
「まぁ、そう言っていただけて嬉しいですわ!!」
「『ポテトチップス』、気に入っていただけたのですわね! リソーナ様にご提案してみて良かったですわ」
人に話しかけられたら、しっかりと返事をする、ということが身についているバーティアだ。
先ほどから大好きなケーキを食べたいのに、口に入れる暇がなくて、フォークを上げ下げし続けている。
人と話すのが好きな彼女のことだ。話しかけられるのは嬉しいんだろうけれど、目の前に美味しそうなお菓子があるのにまったく食べられないという状況に、徐々に纏うオーラが物悲しいものに変わってきている。
敏い人間はバーティアのその様子を見て、手短に会話を終えてくれたり、口に入れる間を与えようとするのだけれど、そうでない人間も一定数いる。
少しでも私たちに印象を残そうと、べらべらと喋り続ける者や、私たちの反応を気にするがゆえに頻繁に同意や返答を求める者。
結局、敏い人間が引けば引いただけ、敏くない人間が寄ってくるという状況になってしまった。
相手がどの程度空気を読めるかを判断する基準としてはとても役立つんだけど……そろそろ切り上げないと私の妻がお菓子不足で枯れてしまいそうだね。
「ティア、どうしたの? 少し疲れたのかい?」
「い、いえ、私は……」
若干俯きがち……というか、手元のケーキを見つめる時間が長くなってきたバーティアにそっと声をかける。
ちょうど今話していたのは、敏いほうの人間だから、これだけでおおよその意図は察してくれるだろう。
「おや、申し訳ありません、バーティア妃殿下。お二人とお話しするのがあまりに楽しく、お引き止めしすぎてしまったようだ」
「バーティア様は人気者ですから、ずっと話しっぱなしでお疲れになったでしょう。どうぞ休憩なさってきてくださいませ」
ご夫婦で話しに来ていた、シーヘルビー国の近くにある島国の王族夫妻は、にこやかに私たちを送り出してくれる。
さらに夫人の機転のきいた声がけのおかげで、これから私たちが休憩に入ることが周囲に伝わり、周りで待機していた者たちも残念そうにしつつも離れていった。
「お気遣いありがとうございます。お二人の国には大変有用な作物が多数あるようですし、是非今後ともいいお付き合いを」
ニッコリと笑って、男性と握手を交わす。
バーティアも笑顔で夫人に感謝を告げ、「是非またお話しさせてください」と良好な関係を求めていることをアピールしていた。
……このお二人の国では、良質なカカオが取れる上に、バーティア曰くそれ以外にもお菓子作りに役に立つものがたくさんあるらしい。
要するに、バーティアにとってはとても好ましい国なのだ。
これで、国が荒れていたり、外交を担当するこの二人の力量が求めるものに達していなかったら少し考えものだけれど、どちらも問題なさそうだから今後の繋がりを得ておいたほうがいいだろう。
共同開発という形で新しい名産品を生み出すことができれば、お互いにとってメリットになるしね。
「……や、やっとこのケーキが食べられますわ」
私たち用に準備されていたテーブルに戻り腰を下ろすと、バーティアはちょっとぐったりしつつも、ずっと食べられずにいたケーキを嬉しそうに頬張り始めた。
その様子を見て、会場の端に控えていたアルファスタの侍女たちがこちらにやってきてお茶を淹れてくれる。
「リソーナ王女たちはまだ戻られていないけれど、もう色々な人と話せたし、私たちはしばらくここでのんびりすることにしようか」
この後には、皇太后と王妃と話をする予定もある。
私も話し疲れたし、目星をつけていた人たちとは全員話すことができた。
これ以上、頑張る必要もないだろう。
「そうですわね! 結婚式当日も、多くはありませんが話せる時間はありますもの」
私の言葉に、バーティアが嬉しそうに同意する。
おそらく、お菓子が食べたいのだろう。
今日のために、朝、室内で行う運動も欠かさずに頑張っていたし、食事もセーブしていたみたいだから、ここは敢えて何も言わずに見守ることにしよう。
ニコニコと笑顔でお菓子を食べるバーティアを、小動物を観察するような気持ちで眺める。
そうしながら私も侍女が淹れたお茶を飲んでいると、学生時代から私の側近候補であり、今は執務補佐官をしているクールガンがやってきた。
彼には、他国の情報収集を頼んでいたため、お茶会には参加していたものの別行動を取っていた。
おそらく、経過報告に来たのだろう。
「セシル殿下、バーティア妃殿下、お疲れさまでした」
「クールガンもお疲れさま」
「お疲れさまですわ! クールガン様も美味しいお菓子を召し上がりました?」
「えぇ、妃殿下が考案されたという『ポテトチップス』もいただきました。とても美味でした」
頭を下げたクールガンを、私とバーティアがにこやかに迎える。
バーティアも親しいクールガンの前では、菓子やお茶を楽しみながら話せるようだ。
「何か変わったことはなかった?」
「大きなことは特に。ただ……」
「ただ?」
クールガンが内緒話をするように、私に近付き、腰を折って耳元で口を開く。
その時だ。
「まぁ! これはこれはアルファスタ国のセシル殿下!! お噂はかねがね伺っていますわ!! とても優秀で素敵な殿方だとか。私はウミューベ国の第八王女、ビストーナ・ウミューベと申しますわ」
突然現れた、どことなくリソーナ王女に顔つきの似た、やたらと胸を強調した服装の女性が私に話しかけてきた。
そう。私だけに。
「……クールガン?」
「……ただ、結婚式に参列されるためにウミューベ国からお越しのリソーナ王女の妹君、ビストーナ王女が、会場で地位の高い男性を中心に男漁りをしておられました」
「……なるほどね」
ビストーナ王女の挨拶とも言えない挨拶を笑顔で受けつつ、小声でクールガンに状況を確認すると、予想通りの返答が返ってきた。
それにしても、私は既婚者なんだけどな。
しかも現在、愛しい妻が隣で美味しそうにお菓子を食べている真っ最中である。
さて、どうしたものか。
ヒローニア嬢の時と違い、相手は王女で尚且つバーティアの友人の妹だ。
もの凄く無視したいけれど、そうもいかないだろう。
「これはこれはご丁寧に。私はアルファスタ国王太子、セシル・グロー・アルファスタ。そしてこっちが妻のバーティア・イビル・アルファスタだ。姉君のリソーナ王女とは妻が親しくさせていただいているよ」
「ビストーナ王女様、はじめましてですわね。バーティアですわ。リソーナ王女とは仲良しですの」
不審に思ったらしいジューン嬢がバーティアの視線を追おうとする。
「ちょっ! 違いますの!! 私のお気に入りのケーキが出ていたんだったと思い出しましたの! それでどこかなぁって思ったのですけれど、あちらにありましたわ!! あちらです!! そちらではありませんわ!!」
ジューン嬢がイズラーチ王子のほうに視線を向けないよう、バーティアが必死で誤魔化し始める。
そして、彼のいる方向とは反対側に視線を向けさせようとジューン嬢を必死で促した。
ジューン嬢はバーティアの必死さに驚いてはいたけれど、バーティアのお菓子にかける執念を知っているせいか、特に疑うこともなく「見つかって良かったですね」と微笑む。
「それなら、ティアは好きなケーキを取っておいで。私は軽食を取ってくるよ。ジューン嬢、悪いけれど、しばらくティアに付き合ってくれるかい?」
「もちろんですわ」
快く了承してくれたジューン嬢の背中を押し、バーティアはケーキの置かれている場所へ向かう。
途中、一度だけ私のほうを振り返り、「頼んだ」とでも言うかのようにコクッと頷いていった。
残された私は、他のお茶会参加者が私に話しかけるタイミングを見計らっているのをひしひしと感じつつ、笑顔で防衛してさっさとその場を離れる。
……確か、あの廊下には向こうからも回れたはずだね。
頭の中に建物の構造を思い浮かべて、イズラーチ王子に気付かれないように近付くための最短ルートを考える。
「……ゼノ、もし彼が建物の中に逃げ込みそうになったら、退路を塞いでくれる?」
いつの間にか私の背後に立っていたゼノに小声でそう伝えると、「臨時手当は出ますか?」と聞くので「出ないよ。これは通常業務内だよ」と宣言しておいた。
「やぁ、イズラーチ王子。こんなところで一体何をしているんだい?」
用事があるふりをしてさりげなくお茶会会場を離れ、建物の裏側に回り込んだ私は、ジーッとジューン嬢とバーティアを見つめているイズラーチ王子に背後から声をかける。
「ひっ! な、な、な、な、なんでセシル殿下がここに!?」
急に後ろから声をかけられたせいか、イズラーチ王子はまるで幽霊でも見たかのように大きく体を跳ねさせ、振り返って私を指さす。
どうでもいいけれど、人を指さすのはあまり良くない行為だよ。
小さい頃に習わなかったかい?
「ん? 君の姿を見かけたからね。一人じゃ気まずくて会場に入れないみたいだから、迎えに来てあげたんだよ」
ニッコリと笑顔で答えると、なぜか彼は顔を引き攣らせて半歩下がった。
「わ、私は別にお茶会に出るつもりなんて……」
「じゃあ、ここで一体何をしていたんだい? 何も用事がないのに女性を柱の陰からジーッと見つめているなんて、あまり褒められた行為ではないと思うけれど?」
もちろん、仮に用事があったとしても、長時間声をかけずに見つめていれば引かれることは間違いないけれどね。
「そ、それは……」
とっさに上手い言い訳を思いつかなかったらしく、彼は俯いて黙り込む。
普段『男らしさ』を気にするくせに、なんでこういうところは男らしくないんだろうか?
「……ジューン嬢、君が来ていないことを残念がっていたよ?」
本当は「残念がる」というよりも「苛立っていた」のほうが正しいんだけれど、そこを敢えて言う必要はないだろう。
「ほ、本当ですか?」
俯いていたイズラーチ王子が私の顔を窺うように見つめてくる。
男性に上目遣いで見つめられてもあまり嬉しくないんだけど……まぁ、今は突っ込まないことにしておくよ。
彼も不安なのだろうし、虐めすぎて自信をなくして逃げられても面倒だからね。
「あぁ、本当だよ。大体、昨日も彼女に出席について尋ねられたんだろう?」
さっきバーティアとジューン嬢が話していた内容を思い出してぶつける。
すると、彼は気まずそうに視線を逸らして「そうですけど……」と呟いた。
「皇太后や王妃は最初から前王や国王にエスコートしてもらう気なんてなかったようだし、前王も国王も今日は仕事で忙しくて来られないそうだから、たいして寂しくはないのだろうけれど、君は違うだろう? 折角何度も誘ったのに、理由も、明確な返答もなく来てもらえないのは寂しいと思うよ」
「それは……」
イズラーチ王子は口を開いたものの、やはりちゃんとした言い訳は出てこない。
単純に、彼はジューン嬢があまり相手をしてくれなくなったことに拗ねて、冷たくしているだけなのだから、当然だ。
「あまりそういった態度を続けると、本当に彼女に愛想を尽かされてしまうよ?」
「そ、それは困ります! か、彼女は私の婚約者で、未来の妻なのですから!!」
イズラーチ王子は血相を変えて言うけれど……それ、私に訴えても意味がないからね?
「だったら、きちんと態度で示さないと。婚約者だ未来の妻だといっても王侯貴族のほとんどは政略結婚だ。自分たちでしっかりと関係を築いていかないと、表面だけの関係になってしまうことだってあるんだからね」
「け、けれど女性の尻を追いかけるような行為は……」
「誰もそんな話はしていないよ。ただ、誠意を持って接しろと言っているんだよ。妻や婚約者というのは、私たちを支えてくれる、大切で重要な存在なんだよ。当然、一人の人間として尊重し、大切にしないといけない。大切にしないと……大切にしてもらえないよ?」
「うっ……それは嫌です」
確かに一方的で献身的な愛だってあるかもしれないけれど、人間いくら愛情を注いでも、まったく返してもらえず不誠実な態度ばかり取られていれば、その想いも枯渇する。
そうなれば、「やらなくてはいけないこと」は貴族の妻の義務としてするかもしれないけれど、夫のために妻として「やったほうがいいこと」はどんどんやらなくなる可能性がある。
自分を蔑ろにする相手のために何かしようなんて思えなくなるからね。
「君は彼女のために、兄君が主催する食事会を欠席してここに来たんだろう? それならば、最後のひと踏ん張りをしないでどうするんだい?」
「あ……確かに……そうです……ね」
消え入りそうな声ではあったけれど、それでも彼はきちんとこのお茶会に出て、ジューン嬢をエスコートする決意を固めたようだ。
ついでに言うと、やっぱりラムタク王子の食事会はすっぽかしてきたみたいだね。
この兄弟は、決して仲が悪いわけではないようだけど、だからと言って仲がいいわけでもないみたいだ。
感覚的には、ラムタク王子がイズラーチ王子を子分のように扱い、イズラーチ王子はその辺のことをあまり気にせず適度な距離で接している感じだと思う。
要するに、ラムタク王子が一方的に子分認識しているだけで、イズラーチ王子はまったく気付いていない片思い状態だ。
……イズラーチ王子、その辺は鈍そうというか興味なさそうだしね。
「それなら、さっさと会場に入るよ。私も君を迎えに来るために、ティアを置いてきているからね。早く戻りたいんだ」
「……セシル殿下はバーティア妃殿下を大切にしておられるんですね」
「当然だよ。彼女は私の『運命の乙女』だからね」
堂々と言い切る私に、イズラーチ王子は少し驚きつつも、小さな声で「男らしい……」と呟いた。
会場に戻る途中、言い訳に使った「軽食を取ってくる」という言葉を実行するために、適当なものを見繕い、メイドに盛り合わせてもらう。
私の後をついてきたイズラーチ王子は私の行動を見て首を傾げていたけれど、事情を説明すると納得し、自分もメイドに指示して軽食を盛り付け始めた。
二皿用意しているあたり、きっと自分とジューン嬢の分だろう。
「ティア、ジューン嬢、お待たせ。軽食とお土産を持ってきたよ」
立食スペースにあるテーブルに陣取り、満面の笑みでデザートを堪能していたバーティアとジューン嬢に声をかける。
「まぁ、セシル様お帰りなさいませ! それにようこそ、イズラーチ王子殿下!!」
バーティアは私の後ろにイズラーチ王子の姿を見つけると、それはそれは嬉しそうに迎えた。
肝心のジューン嬢は目をパチパチとさせ、私の背後で照れくさそうにしているイズラーチ王子を凝視している。
「……イズラーチ様、来てくださったんですか?」
「き、君が来てほしそうにしていたからね! だから、ちょっと顔を出してあげようかと思って!!」
口調は上からなのに、顔は赤く、視線を逸らしていることで、全然偉そうに見えない。
彼とは長い付き合いのジューン嬢は、それだけでおおよそのことを察したのだろう。苦笑しつつも、どこか嬉しそうにしている。
「最近、ジューン嬢がティアの相手ばかりしているから拗ねていたようだよ。会場を遠くから眺めるばかりでなかなか入ってこようとしないから、連れてきた」
「セ、セシル殿下、それは内緒!!」
私がサラッとばらすと、イズラーチ王子はさらに顔を赤くして、慌てて止めてくる。
「あぁ、ごめんね? ついうっかり口が滑ってしまった」
ニコッと笑って答えると「全然反省していませんね」と恨みがましい視線をイズラーチ王子から向けられた。
もちろん、こうなるとわかった上でやっていることだから気にしない。
「まぁまぁまぁ! 私に嫉妬するなんて、イズラーチ王子はジューン様のことが大好きなんですのね!!」
そうこうしているうちに、意図的にやっている私とは違い、無意識に相手の痛いところをつくバーティアが追撃をする。
「ち、違っ!」
「え!? 違いますの!? まだ、ただの幼馴染としか思っておりませんの!?」
「違う! そうじゃなくて!! いや、違わない? いややっぱり違う!!」
「ど、どっちなんですの!? 攻略具合は今どこまでいってますの!? 私、パニックですわ!!」
「私のほうがパニックだ!!」
バーティアの指摘に顔を真っ赤にして混乱するイズラーチ王子。
そして、そんな彼を見て一緒に混乱するバーティア。
それにしてもバーティア、今回のお話は『乙女ゲーム』じゃなくて『小説』だって言っていたよね? 『攻略具合』って『ゲーム』関連の言葉じゃないのかな?
「あの、イズラーチ様? ど、どうなさったのですか?」
二人のやり取りに困惑しつつも、話題が自分への好意についてだということは察しているのだろう。頬をうっすらと染めたジューン嬢が、頭を抱えてしまったイズラーチ王子に声をかける。
「と、とにかく! 君は私のそばにいればいいんだ!! 幼馴染だろうとそれ以上だろうと、私の隣は君のものなんだからな!! 君以外は駄目なんだからな!! ……私も君にもう少し気を遣えるように頑張るから」
イズラーチ王子は、最後はそっぽを向いて不貞腐れたように呟いていたけれど、今の彼なりの気持ちを混乱に乗じて口にできたようだ。
なるほど。彼は気持ちの準備をさせて勇気を出させるよりも、こうやって混乱に乗じさせたほうが早いタイプなんだね。
そういえば、先日私とラムタク王子が飲んでいるところに突撃してきた時も、結構暴走している感じだったしね。
もう必要ないかもしれないけれど、なんとなく彼の取り扱い方法がわかったような気がするよ。
「うん、なんかいい感じにまとまったみたいだね」
イズラーチ王子の告白(?)を聞いて、口に手を当てて驚きつつもどこか嬉しそうなジューン嬢。
多分、イズラーチ王子だけでなく、ジューン嬢の思いもまだ恋愛にまでは育ちきっていないのだろうけれど……この感じだと時間の問題だろうね。
「あ、あの、イズラーチ様、この後、私のエスコートを……」
赤い顔でおずおずとお願いするジューン嬢。
「と、当然だよ。き、君は私の婚約者なんだからね。君のエスコート役は私しかいないんだから」
そんなジューン嬢の申し出が嬉しいくせに、素直になれずにぶっきらぼうに了承するイズラーチ王子。
なんだか凄く甘酸っぱいよ。
ちょっと、この場にいづらいレベルで。
「ねぇ、ティア?」
「あっ! そうですわね!!」
小さく名前を呼ぶと、すぐ私の意図に気付いたバーティアが何度も頷く。
「後は若い二人に任せてってやつですわね!!」
「いや、それはよく意味がわからないけれど……折角の機会だし、私たちも他の方たちと話をしたいから、彼等とは一旦別行動にしようか」
「同感ですわ!」
ニッコリ笑ったバーティアに小さく頷き返して、ジューン嬢たちに移動することを伝える。
「長い時間お引き止めしてしまい、申し訳ありません」
ジューン嬢がイズラーチ王子の隣ですまなそうな顔をする。
「いや、私がティアの相手をしてほしいと頼んだのだしね。こちらこそ悪かったね」
「ジューン様、楽しい時間をありがとうございましたわ! また後で、皇太后様や王妃様、リソーナ様たちと一緒にお話をする予定ですので、良かったらお二人も来てくださいませ!!」
別れ際に、バーティアがジューン嬢たちを誘う。
私たちも、皇太后や王妃に誘われている身だけど、彼らになら声をかけても問題ないだろう。
まぁ、準備の問題もあるかもしれないから、一応事前にゼノを通してお伺いは立てておくけれどね。
「えぇ、是非。……私一人では気後れしてしまいそうでしたけど、イズラーチ様も一緒なので」
傍らに立つイズラーチ王子の腕にソッと手をかけるジューン嬢。
その仕草をチラッと見た後、すぐに視線を逸らしたイズラーチ王子はどこか満足げだ。
「まぁ、ジューンが母上たちと話がしたいというなら、付き合ってやるよ」
「ふふ……。ありがとうございます」
幸せそうな二人と別れ、私たちは会場を移動した。
***
ジューン嬢たちと別れてからは、面倒な社交の時間が待っていた。
元々、アルファスタ国の王太子夫妻である私たちと話したがる者は多い。
さらに、このお茶会はバーティアの、他国の方々と交流を持ちたいという希望によって開かれたということになっているから、参加者が私たちに声をかけるハードルもグッと下がっている。
会場を歩いていると、当然、次々に声をかけられる。
「アルファスタ国の王太子ご夫妻とお話しできるなんて感激ですわ!!」
「このような素晴らしい機会を作ってくださったバーティア妃殿下には、とても感謝しております」
「先ほど、あちらで『ポテトチップス』という、とても美味なお菓子を食べたのですが、あれはバーティア妃殿下がご考案されたとか。さすがですね!!」
次から次へとかけられる声に、バーティアと共ににこやかに対応する。
まぁ、正式な謁見の場や会議の場ではないから、顔つなぎ程度の会話を一言二言交わせばいいだけだ。少々疲れはするが、作業としてはさほど大変ではない。
それよりも深刻なのは……
「私もお会いできて嬉しいですわ!!」
「まぁ、そう言っていただけて嬉しいですわ!!」
「『ポテトチップス』、気に入っていただけたのですわね! リソーナ様にご提案してみて良かったですわ」
人に話しかけられたら、しっかりと返事をする、ということが身についているバーティアだ。
先ほどから大好きなケーキを食べたいのに、口に入れる暇がなくて、フォークを上げ下げし続けている。
人と話すのが好きな彼女のことだ。話しかけられるのは嬉しいんだろうけれど、目の前に美味しそうなお菓子があるのにまったく食べられないという状況に、徐々に纏うオーラが物悲しいものに変わってきている。
敏い人間はバーティアのその様子を見て、手短に会話を終えてくれたり、口に入れる間を与えようとするのだけれど、そうでない人間も一定数いる。
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結局、敏い人間が引けば引いただけ、敏くない人間が寄ってくるという状況になってしまった。
相手がどの程度空気を読めるかを判断する基準としてはとても役立つんだけど……そろそろ切り上げないと私の妻がお菓子不足で枯れてしまいそうだね。
「ティア、どうしたの? 少し疲れたのかい?」
「い、いえ、私は……」
若干俯きがち……というか、手元のケーキを見つめる時間が長くなってきたバーティアにそっと声をかける。
ちょうど今話していたのは、敏いほうの人間だから、これだけでおおよその意図は察してくれるだろう。
「おや、申し訳ありません、バーティア妃殿下。お二人とお話しするのがあまりに楽しく、お引き止めしすぎてしまったようだ」
「バーティア様は人気者ですから、ずっと話しっぱなしでお疲れになったでしょう。どうぞ休憩なさってきてくださいませ」
ご夫婦で話しに来ていた、シーヘルビー国の近くにある島国の王族夫妻は、にこやかに私たちを送り出してくれる。
さらに夫人の機転のきいた声がけのおかげで、これから私たちが休憩に入ることが周囲に伝わり、周りで待機していた者たちも残念そうにしつつも離れていった。
「お気遣いありがとうございます。お二人の国には大変有用な作物が多数あるようですし、是非今後ともいいお付き合いを」
ニッコリと笑って、男性と握手を交わす。
バーティアも笑顔で夫人に感謝を告げ、「是非またお話しさせてください」と良好な関係を求めていることをアピールしていた。
……このお二人の国では、良質なカカオが取れる上に、バーティア曰くそれ以外にもお菓子作りに役に立つものがたくさんあるらしい。
要するに、バーティアにとってはとても好ましい国なのだ。
これで、国が荒れていたり、外交を担当するこの二人の力量が求めるものに達していなかったら少し考えものだけれど、どちらも問題なさそうだから今後の繋がりを得ておいたほうがいいだろう。
共同開発という形で新しい名産品を生み出すことができれば、お互いにとってメリットになるしね。
「……や、やっとこのケーキが食べられますわ」
私たち用に準備されていたテーブルに戻り腰を下ろすと、バーティアはちょっとぐったりしつつも、ずっと食べられずにいたケーキを嬉しそうに頬張り始めた。
その様子を見て、会場の端に控えていたアルファスタの侍女たちがこちらにやってきてお茶を淹れてくれる。
「リソーナ王女たちはまだ戻られていないけれど、もう色々な人と話せたし、私たちはしばらくここでのんびりすることにしようか」
この後には、皇太后と王妃と話をする予定もある。
私も話し疲れたし、目星をつけていた人たちとは全員話すことができた。
これ以上、頑張る必要もないだろう。
「そうですわね! 結婚式当日も、多くはありませんが話せる時間はありますもの」
私の言葉に、バーティアが嬉しそうに同意する。
おそらく、お菓子が食べたいのだろう。
今日のために、朝、室内で行う運動も欠かさずに頑張っていたし、食事もセーブしていたみたいだから、ここは敢えて何も言わずに見守ることにしよう。
ニコニコと笑顔でお菓子を食べるバーティアを、小動物を観察するような気持ちで眺める。
そうしながら私も侍女が淹れたお茶を飲んでいると、学生時代から私の側近候補であり、今は執務補佐官をしているクールガンがやってきた。
彼には、他国の情報収集を頼んでいたため、お茶会には参加していたものの別行動を取っていた。
おそらく、経過報告に来たのだろう。
「セシル殿下、バーティア妃殿下、お疲れさまでした」
「クールガンもお疲れさま」
「お疲れさまですわ! クールガン様も美味しいお菓子を召し上がりました?」
「えぇ、妃殿下が考案されたという『ポテトチップス』もいただきました。とても美味でした」
頭を下げたクールガンを、私とバーティアがにこやかに迎える。
バーティアも親しいクールガンの前では、菓子やお茶を楽しみながら話せるようだ。
「何か変わったことはなかった?」
「大きなことは特に。ただ……」
「ただ?」
クールガンが内緒話をするように、私に近付き、腰を折って耳元で口を開く。
その時だ。
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「……クールガン?」
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「……なるほどね」
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しかも現在、愛しい妻が隣で美味しそうにお菓子を食べている真っ最中である。
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「これはこれはご丁寧に。私はアルファスタ国王太子、セシル・グロー・アルファスタ。そしてこっちが妻のバーティア・イビル・アルファスタだ。姉君のリソーナ王女とは妻が親しくさせていただいているよ」
「ビストーナ王女様、はじめましてですわね。バーティアですわ。リソーナ王女とは仲良しですの」
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★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
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