【完結】御影山キャンプ場にて~彼此繋穴シリーズR15短編~

月城 亜希人

文字の大きさ
6 / 29
愛美~前編~

しおりを挟む
 
 
「うっ」

 思わず呻いて鼻を袖で覆う。嗅いだことのあるすえた堆肥臭に、初めて嗅ぐ謎の臭いが混ざった強烈な悪臭が漂ってきた。

 鼻が腐るんじゃないかと心配になるほど臭い。間違いなく日常では嗅ぐことのない臭いに、変に心を惹かれてしまう。

 何の臭いだろう? 死体があるとか?

 そんな考えが脳裏のうりぎる。興味本位でどこから臭っているのかを探ると、どうも臭気の原因は草むらにあるようだと分かった。

 さっき来たとき、こんな臭いしてたっけ?

 記憶になかった。こんな激臭があったなら、そのときに気づかないはずはないと思う。けど、もしかすると風向きが影響したのではと考えが至る。さっきは後ろから風が吹いていたような気がしなくもない。

 山林の前に生い茂った草むらは、地面がどうなっているか確認できないくらい密集している。かなりの広範囲だ。人の死体が置かれていたとしても分からないだろう。

 まさかね。

 そう思いながら、視線を巡らす。

 右へ。左へ。

 そこで、草むらから何かがはみ出ていることに気づいた。
 破れた革靴のように見えた。
 目を細め、顔を前に出してしっかり見る。
 やっぱり、革靴に間違いなかった。
 つま先から半分ほど靴底が剥がれていて、そこから汚れて黄ばんだ靴下が見えている。

 嘘でしょ。

 恐る恐る、近づいてみる。
 と、不意に、靴下の先端が大きく曲がり、ガサッと革靴が草むらに引っ込んだ。

 私は少し驚いて半歩ほど後ろに下がった。

 草むらが音をたてて動く。
 革靴が出ていた場所からこちらに近づいてくる。
 私の目の前の草が掻き分けられて――。

 男の顔が出た。

 下膨しもぶくれた輪郭りんかく
 大きな鼻と分厚い唇。垢が溜まっているような黒ずんだ肌の色。
 まとまりのない、脂でべたついたような黒髪。
 髭がまばらに伸びている。

 丸く開かれた小振りな目。だけど瞳は、私を映していないように見える。
 どこか虚空こくうを見ている。そういう印象がある。

 私は金縛りに遭ったようになってしまい、ただ男を見下ろしている。
 男も、私の腰くらいの高さから、ただ私を見上げている。

 男の瞳は欠片かけらも動かない。
 まるで眼球が固定されているように。

 ふと、男の口の端から何かが出ていることに気づく。
 食べかすのような……。

「ひっ」

 私は声を吸った。背筋を冷たい手で撫でられたような悪寒が走った。

 男の口の端にあったものが動いて、にゅるんっと飛び出た。

 それは、かえるあしだった。
 緑色の、それなりに大きな蛙の脚が、男の唇の隙間から出てきて膝関節を伸ばしていた。

 蛙は口の中で跳ねているようで、細かく、断続的に、何度も膝関節から下が伸びる。

 男は相変わらず私の方を見て動かない。
 それが、いきなりにっこり笑った。
 
 蛙の脚が、もがき続ける。
 ふくらはぎが収縮する。
 水かきが伸びて張る。
 脚の筋肉が膨らむ。

 ブツッ――。

 千切れた脚だけが、地面で跳ねた。ぴんっと伸びる。男はそれを手で素早く拾い上げて口の中に放り込むと、勢いよく咀嚼そしゃくし始めた。きゅぅ、という柔らかな命の断末魔だんまつまと、その内部にある骨が折れて割れる音が私の耳に入ってきた。

 男は口の端から垂れてきた血をべろりとめ取ると、ごくんと嚥下えんげし草むらに顔を引っ込めた。すごい勢いで草が揺れた。男は素早く草むらを抜け出し、奥の林に姿を消した。

 私は血の気が引いたようになっていた。足がブルブル震えて、胃から車中で食べたサンドイッチが上がってくる。道路の端にある林の側に走り、一気に吐瀉としゃした。

 息を切らすと、また悪臭。鼻腔びこうにこびりついている気がする。逃げるように歩いて、それでも吐き気が消えず、吐くものがなくなるまで涙と鼻水をこぼしながら嘔吐おうと

 歩いては立ち止まりを繰り返し、臭いが届かなくなる所まで移動して、ようやく私は放心した。その場に座り込むと、ぞわぞわと恐怖が湧き起こった。

「あの山は、いるよ」

 祖母の顔と声が思い出される。

「何かがだよ。祟られるんだよ。草むらにいた蛇をね、頭からガブッと食べたんだ」

 男の口の端で噛み千切られた蛙の脚が、地面に落下して、跳ねる。

 そこまでが脳内で再生され、私は耳を塞いで大声を出した。

「どうした!」

 振り向くと、父が血相を変えて駆け寄ってきていた。釣竿とクーラーボックスを持った学も一緒だった。父と学の顔を見ると安心して涙が出てきた。私はしばらく、学にしがみついて泣いた。学がいやがって離れると、父が私を抱擁し、背中を擦り続けた。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo
ホラー
この世には、知ってはいけない話がある。  怪談、都市伝説、語り継がれる呪い——  どれもがただの作り話かもしれない。  だが、それでも時々、**「本物」**が紛れ込むことがある。  本書は、そんな“見つけてしまった”怪異を集めた一冊である。  最後のページを閉じるとき、あなたは“何か”に気づくことになるだろう——。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし

響ぴあの
ホラー
【1分読書】 意味が分かるとこわいおとぎ話。 意外な事実や知らなかった裏話。 浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。 どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。

三分で読める一話完結型ショートホラー小説

ROOM
ホラー
一話完結型のショートショートです。 短いけれど印象に残るそんな小説を目指します。 毎日投稿して行く予定です。楽しんでもらえると嬉しいです。

意味が分かると、分からないと怖い話【体験談+】

緑川
ホラー
ショートショートの寄せ集め。 幻想的から現実味溢れるものなど様々、存在。 出来の良し悪しについては格差あるので悪しからず。

処理中です...