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推しの悪役がもう退場しそう
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場所はこの国の有名魔法学校であり、俺も彼らと同様の制服に身を包んでおりこの学校に通う生徒である。
今の俺が生きるこの世界は、前世の俺が大好きだったWEB小説である事を思い出したのはつい先程の事だ。そして前世の俺は浮かれながら、ルンルンで家に向かっていたところで、前日の雨で出来ていた水溜まりに足を滑らせ後頭部を強く打ち付けた。そこまでは記憶しているから、どうやらそこで俺の人生は終わったのだと考えられる。
しかし亡くなる直前に強く思い抱きすぎていた世界だったからか、俺は『有名魔法学校に入学したら王子様に溺愛されちゃいました』の恋愛小説内に転生してしまったらしい。神様って本当にいるんだと、今まで無神論者の俺であったがその瞬間に神の存在を信じて、その場にてそっと手を合わせた。
この世界の俺の人生を改めて振り返ってみるが、特別何か優れているわけでもなく、相も変わらず友達がいない小説ばかりを読んでいる平凡な生徒そのものだった。名前はアルス・チェルディ、赤茶髪で見た目も平凡な容姿だ。こんなキャラクターは、俺の好きな小説に存在しなかった。つまり、俺はモブだ。
そんなモブ生徒の俺が今何に鉢合わせているかというと、物語の終盤も終盤でヒロインと王子が結ばれて三年の新学期を迎え暫くした頃に、闇よりも深い漆黒の髪色と碧眼という容姿を持ちながら、常に俯いていて不気味な雰囲気を放つ男、悪役シルヴァ・ヴェントスが現れる。彼はこの学園で、常に孤独だった。
シルヴァは成績優秀であったが彼の性格は非常に暗く、常々重々しいオーラを放つ異端な生徒として、クラス中の生徒から怯え避けられていた。だが只一人、ヒロインだけは彼に明るく声をかける等をして気にかけていたのだ。それがきっかけでシルヴァは彼女を執着するようになり、そして二人が結ばれた事を許せない認めないと発狂して、自分のものにならないのならとヒロインの命を奪おうと攻撃魔法を打つ今まさに直前といったところである。
小説では王子によって魔法は弾かれ攻撃は未遂となるが、このことをきっかけにシルヴァは学園を退学。自身の家ですら居場所は無く帰ることを許されなかった。その後の悪役の彼を知るものは誰も居ないという最期を迎えるのだ。そんな最期もあって、彼の理解し難い動機と行動を含め『当て馬ヤンデレ』なんて呼ばれ推されたりと、読者の中でも一定数のファンがいるキャラクターだ。
俺がこのまま、校舎の影から見ているだけでも推しの王子とヒロインは助かる。物語も無事エンディングへ駆けていくことだろう。悪役シルヴァは、この物語の最後の盛り上がりのための重要なキャラクターだ。
「どうして、僕を、そんな目で見るんだ」
だが、俺は知っているんだ。
皆が楽しそうに過ごしている中にいる孤独のつらさを、人に話しかけるのにどれだけ勇気がいるかってことを。独りでも良いと、いくら強がってみたとしても、心臓のあたりはずっと苦しいのだ。
そしてそんな時に人から明るく話しかけてもらう事がどれほど嬉しいことか、俺は知っている。
シルヴァはきっと、最初はただ凄く嬉しかったんだと思う。
天真爛漫な優しい彼女に、皆と同様に笑顔を向けられて、声をかけられて、それが嬉しかったんだ。
そしていつしか彼女の事を無意識に目で追うようになって、その事に気づく。初めて芽生えた恋心に戸惑っている間に王子と彼女が結ばれた事を知ってしまった。彼女が遠くに行く気がして、焦ったんだと思う。どうしたらいいか分からないなりに、行動をしようとするが明るい彼女が自分に怯えた視線を向ける事でより訳が分からなくなってしまったんだろう。
行動を擁護するつもりはないが、彼の気持ちは俺は分かってしまうのだ。――俺もきっと、前世で孤独に過ごしていた時誰かに声をかけて貰えていたら凄く嬉しかっただろうと思うから。
「そんな、キミはいらない……僕が今この手で――」
暗い表情のまま、シルヴァは攻撃魔法用に作られた杖を懐から取り出すと、杖先を二人に向けた。今まさにヒロインに向けて魔法を放とうとしている。彼があの杖を使って、彼女達を攻撃すればもう彼はこの学園に居る事はできない。物語は着々とエンディングへと走り出している。
俺はそんな悪役の元へと全力で走り出した。
「シルヴァくん! やめてぇ!」
ヒロインの悲痛な叫びに、そしてそんなヒロインの前に立ち攻撃に備え杖を取り出す険しい表情の王子様。もう間もなく、この物語はハッピーエンドを迎える。シルヴァ・ヴェントスを残して。
折角、未練がましく祈ったせいで推しの物語に転生出来たならその物語の住人達皆の幸せを願ってしまうのは読者として当然の欲ではないだろうか。悪役含め登場人物全員ハッピーエンドなんていう小説があれば、馬鹿げているし物語としても盛り上がりに欠けて面白くないだろう。だが、今俺の前にあるのはただの現実である。
「シルヴァ・ヴェントスすぁーーあん! 俺はアンタのことすっごく大好きです――!!」
「!?」
俺は己の推し感情を精一杯叫びながら、がら空きであるシルヴァの細腰に飛び込むように抱きついた。勢いを殺しきれず、シルヴァと俺は中庭の草原に転げるように倒れこみ、その衝撃でシルヴァの手からは魔法を放つ為の杖は完全に離れていた。
「なっ、」
「へっ?」
イテテ……と顔をあげると、先程までの熱い展開はどこへやら。俺に押し倒されているシルヴァ含めた三人が三者三様で、俺に奇異の目を向けていた。
よし、これにて無事この空間で一番イカれている人物は俺へとなりかわった。そのおかげで、先程までの重々しい空気は微塵も残らず消え失せていた。
「……っとずっと貴方のことを見てました大好きです!! シルヴァさん!」
「や、ちょ、君誰……というか離せ、」
「ルベルト殿下とアーリア嬢こんにちは! 俺、アルス・チェルディって言います! 突然ごめんなさい! シルヴァさんが誤解をさせてしまうことをしてごめんなさいシルヴァさんはアーリア嬢ともっと仲良くなりたかっただけなんだけど見ての通りコミュ障だから! 対話が不得意なだけなんだよね、でも根はいい人のはずなんだきっと多分必ず恐らく! 人と話すのってやっぱ緊張しちゃうからさこのタイプって! シルヴァさんのファンである俺が保証するからここはどうか穏便に!」
戸惑うシルヴァに話す隙を与えないまま、状況についてこられていない俺達を呆然と見つめている王子ことルベルト殿下と、この物語のヒロインであるアーリア。
そんな彼らに、今起きた事案は全て誤解である事とシルヴァのポジティブプロモーションを、口からの出任せを一息でまくし立てた。生まれてはじめて、人に対してこんなに長い文章を話した気がする。声が枯れてしまいそうだ。
突然現れた謎の生徒に戸惑いながらも、アーリアはうんうんと話を聞き、俺が喋り終えると、まるで花が咲いたかのような明るい笑顔を見せた。
「えっ! そうだったのシルヴァくん、嬉しい!! 私もお友達にずっとなりたいと思っていたのよ」
「なんだ。私も誤解をしてしまった。すまないシルヴァ」
「いやそんな訳ないでしょ流石に頭花畑すぎ、」
「流石! ありがとう殿下! アーリア嬢!」
余計な事を口にしようとするシルヴァの口を塞ぎその身体は羽交い締めにした。
そんな俺達の様子も特に気にする様子もなく、「シルヴァに友人になりたいと思われていた」事に嬉しそうなアーリアとそんな愛らしい彼女の肩を抱き申し訳なさそうな視線を向けるルベルト。この2人は小説でもマジで光属性すぎるなと思っていたが、実際にも良い奴過ぎる。というかチョロいまである。変な壺とか買わされてしまわないか心配だ。
「一体君、なんなの」
目の前のヒロインヒーローと違って、ただ一人俺を怪しむ視線を向けるシルヴァ。
この警戒心の強さこそシルヴァである。きっと、俺だって同じ立場だったら俺みたいなやつ怪しすぎるし「あ、そうなんだ!」とはならない。
「言ったでしょ。俺は君の事が好きなだけだよ」
「……」
俺は原作小説が大好きだ。ヒロインが好きだ、王子も好きだ。そして悪役のシルヴァ・ヴェントスも好きなのだ。
悪役は物語の悪役となるために生まれてくるのを理解しているけれど、あまりにも彼は小説を読んでいた頃の自分と環境が重なりすぎていて、他者への依存度が上がってしまう事にむしろ共感してしまったのだ。陰キャの気持ちは同レベルの陰キャであれば痛いほどよくわかる。
君のことを好きな人は居る、それだけをわかっていてくれたら嬉しいんだ。俺は君のファンで君の不幸は絶対に願わないということが少しでも伝われば良いな。誰かを傷つけることが、想いを伝える手段として浮かばなくなるくらいに。
「……わけわかんない」
自分以上にヤバい奴が現れたおかげで、シルヴァは興奮した状態から今はすっかり落ち着いていた。ルベルトとアーリアが俺の言葉を真に受けている事についても彼は否定する事はなく、ただ碧眼の瞳を伏せて気まずそうにするだけである。
それに元々成績優秀という設定の彼だ。今ここでこの国の殿下相手に危害を加えようとしたという事となれば、自分がどんな立場になるか簡単に想像出来るだろう。
俺への疑いの目を向ける事はやめないが、俺の口から出任せを利用する事にしたようでそれ以上俺の発言に口を挟む事はなかった。
(大きい声、初めて出したなぁ)
シルヴァを追放させる訳にはいかないと必死だったためそれどころではなかったが、俺は元々人見知りコミュ障を極めているオタクのはずだ。家族以外とこんなに長く会話をしたのは生まれて初めて……いや、前世込みだから生まれる前から初めてだ。なんでこうも彼らとは会話が簡単にできるのだろう。何故か、目の前の彼らにはスムーズに話しかける事が出来た。こんな事は初めてだった。恐らく、俺が対人コミュニケーションのハードルが下がっている理由として考えられるのは、本来彼らは元々推しの世界観と推しキャラ達だ。
相手の人物像を知っているというステータスを得ている事で、対話に恐怖を感じることなく自然と話せている事に気がついた。ディズ○ーランドのミ○キーに話しかけるのには緊張しないのと一緒だろう。
(よし、シルヴァに沢山話しかけるぞっ)
今後また「やっぱりアーリア許せない」とムカムカムキーモードにならないようにも、シルヴァを見守ることにしよう。悪役を強制的に残留させてしまったのだから、ここは責任を持とうじゃ無いか。
ルベルトとアーリアは放っておいても勝手に幸せになるポテンシャルを持っている。だが、シルヴァは残念ながら違う。彼はとても危ういのだ。読者がしっかり見守ってせめて、無事この学園を卒業できるまでは傍に居て、彼が幸せになる姿を見届けるのだ。
これは前世の記憶を持ったまま、第二の人生を歩むことになったオタクの使命だと、そう感じた。
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