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設立編
—第6章:疑いの眼差し
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馬で移動していた一行は、ようやく大都市テクノビレッジに到着し、その中でもひときわ大きな屋敷の庭を歩いていく。
「これはすごい家ね……」
広大な庭は数百人が歩けそうな広さで、様々な花が美しく飾られている。中央には大きな噴水があり、貴族らしい風格を漂わせていた。その奥には非常に大きな屋敷がそびえ立ち、大勢の使用人や騎士たちが見える。その中央には、そわそわと落ち着かない様子の中年の男が立っていた。
その男の姿は、機械の国の貴族にふさわしい華麗さと複雑さを兼ね備えている。豪華なコートは柔らかなグレーと金色で彩られ、細かな刺繍が施されている。特に、肩の部分にあしらわれた機械的な装飾は彼の地位を象徴しており、見る者の目を惹きつける。
フリードリッヒの髪は豊かなブラウンで、柔らかく流れるような質感を持っている。その顔立ちは整っており、特に彫りの深い目が印象的だ。
「アナスタシア!エミール!」
中年の男は二人の姿を確認するや否や、涙を浮かべて全力で駆け寄り、力いっぱい抱きしめた。
「あなた、ただいま戻りました」
「お父様、ただいまー!」
二人をひとしきり抱きしめ、無事を確かめると、中年の男は改めて立ち上がり名乗った。
「お話は伺っております。私はアナスタシアの夫であり、エミールの父のフリードリッヒ・テクノバーグと申します」
フリードリッヒは片手を胸にあて、深々と頭を下げる。
「ヴェルヴェット殿は二人の命の恩人です。盛大な歓迎の用意が整っておりますが、まずは衣類の汚れを取るのがよろしいでしょう」
そう言われ、ヴェルヴェットは自分の体の匂いをくんくんと嗅いでみる。鼻は慣れてしまっているが、返り血が明らかに付着しているのがわかる。
さすがにこのまま大貴族の家で歓迎されるのは非常識だということくらいはわかる、というか普通の家にだとしてもこの格好であがるのは考えものだ。
「ええ、さすがに何日もお風呂に入っていないし服も汚いから、まずはさっぱりさせてもらおうわ」
アナスタシアとエミールは、「それではまた後ほど」と言いつつ、会釈をしてから別の方向へ歩いていった。おそらく彼ら専用の風呂があるのだろう。貴族なので風呂の二つや三つは当然のことだ。自分が別の風呂場に通されることに特に不満はない。恩人とはいえ自分はただの傭兵であり、貴族と同じ扱いを受けるのはおこがましい。
フリードリッヒは頷き、使用人に目配せをする。すると、使用人が素早くヴェルヴェットを風呂場へ案内した。
皆が準備に取りかかる中、レオンも歓迎の席に着くため、着替えのために自室へ戻ろうとした。その時、彼の部下がぼそっと話しかけてきた。森の偵察の報告だろうか。
本来ならもっと早く報告が来るはずだが、騎士たちがずっと混乱して話し合っていたため、今までレオンの元には報告が来なかったようだ。緊急性がないと判断していたので気にはしていなかったが、何か違和感を覚える。
「森の偵察の件か?」
「はっ、そうなのですが……どう報告すれば良いのか……」
相談の末、なおも口ごもる様子に事の重大さを感じる。
「なんだ、はっきり言え」
促され、部下が意を決して話し出す。
「はい!森の周囲には他に追手と思われる者はおりませんでした。しかし、問題は森の入り口です。はっきりした確証はないのですが、ヴァルシルの兵と思われる者が30人以上、亡骸のまま放置されておりました……」
「さ、30人!?」
レオンは絶句した。自分であっても30人の騎士を相手に戦い抜くのは厳しいだろう。ヴェルヴェットには深い傷もなかったし、返り血でわかりづらいが、歩き方などを見れば明らかに無事そうだった。
果たして彼女は一人で戦ったのか?あるいは別の仲間がいたのだろうか。しかし……。
レオンはその場で考え込むが、部下はさらに報告を続けた。
「亡くなっていた者たちの傷跡を調べたところ、剣による切り傷や刺し傷が多く見受けられました。しかし、まるで無数の矢を受けたかのように、穴だらけになっている者もおりました」
「矢……?」
「まるで、ということは矢は実際には見当たらなかったのだろう」
矢が見つからない以上、仲間がいて回収した可能性も考えられる。問題は、なぜヴェルヴェットがその仲間の存在を言わなかったのかだ。我々を信用していないからか、さきほどの戦闘で仲間がすでに死んでいるからなのか……。
レオンは目を細め、恩人と思っていたヴェルヴェットに対する疑念が心をよぎる。
だが、どうすべきか。フリードリッヒ様にヴェルヴェットが危険人物だと報告するか?
もしそうしてヴェルヴェットが潔白であった場合、さらなる恥をかくことになる。そして主君の恩人に疑いをかけることは不忠の極みだ。しかし……。
仮に、万が一、彼女が敵であり、油断させてフリードリッヒ様を狙っているとしたら、それだけは何としても避けねばならない。
報告してきた騎士に「わかった」と告げると、レオンは急いで着替えをするため自室に向かった。
「これはすごい家ね……」
広大な庭は数百人が歩けそうな広さで、様々な花が美しく飾られている。中央には大きな噴水があり、貴族らしい風格を漂わせていた。その奥には非常に大きな屋敷がそびえ立ち、大勢の使用人や騎士たちが見える。その中央には、そわそわと落ち着かない様子の中年の男が立っていた。
その男の姿は、機械の国の貴族にふさわしい華麗さと複雑さを兼ね備えている。豪華なコートは柔らかなグレーと金色で彩られ、細かな刺繍が施されている。特に、肩の部分にあしらわれた機械的な装飾は彼の地位を象徴しており、見る者の目を惹きつける。
フリードリッヒの髪は豊かなブラウンで、柔らかく流れるような質感を持っている。その顔立ちは整っており、特に彫りの深い目が印象的だ。
「アナスタシア!エミール!」
中年の男は二人の姿を確認するや否や、涙を浮かべて全力で駆け寄り、力いっぱい抱きしめた。
「あなた、ただいま戻りました」
「お父様、ただいまー!」
二人をひとしきり抱きしめ、無事を確かめると、中年の男は改めて立ち上がり名乗った。
「お話は伺っております。私はアナスタシアの夫であり、エミールの父のフリードリッヒ・テクノバーグと申します」
フリードリッヒは片手を胸にあて、深々と頭を下げる。
「ヴェルヴェット殿は二人の命の恩人です。盛大な歓迎の用意が整っておりますが、まずは衣類の汚れを取るのがよろしいでしょう」
そう言われ、ヴェルヴェットは自分の体の匂いをくんくんと嗅いでみる。鼻は慣れてしまっているが、返り血が明らかに付着しているのがわかる。
さすがにこのまま大貴族の家で歓迎されるのは非常識だということくらいはわかる、というか普通の家にだとしてもこの格好であがるのは考えものだ。
「ええ、さすがに何日もお風呂に入っていないし服も汚いから、まずはさっぱりさせてもらおうわ」
アナスタシアとエミールは、「それではまた後ほど」と言いつつ、会釈をしてから別の方向へ歩いていった。おそらく彼ら専用の風呂があるのだろう。貴族なので風呂の二つや三つは当然のことだ。自分が別の風呂場に通されることに特に不満はない。恩人とはいえ自分はただの傭兵であり、貴族と同じ扱いを受けるのはおこがましい。
フリードリッヒは頷き、使用人に目配せをする。すると、使用人が素早くヴェルヴェットを風呂場へ案内した。
皆が準備に取りかかる中、レオンも歓迎の席に着くため、着替えのために自室へ戻ろうとした。その時、彼の部下がぼそっと話しかけてきた。森の偵察の報告だろうか。
本来ならもっと早く報告が来るはずだが、騎士たちがずっと混乱して話し合っていたため、今までレオンの元には報告が来なかったようだ。緊急性がないと判断していたので気にはしていなかったが、何か違和感を覚える。
「森の偵察の件か?」
「はっ、そうなのですが……どう報告すれば良いのか……」
相談の末、なおも口ごもる様子に事の重大さを感じる。
「なんだ、はっきり言え」
促され、部下が意を決して話し出す。
「はい!森の周囲には他に追手と思われる者はおりませんでした。しかし、問題は森の入り口です。はっきりした確証はないのですが、ヴァルシルの兵と思われる者が30人以上、亡骸のまま放置されておりました……」
「さ、30人!?」
レオンは絶句した。自分であっても30人の騎士を相手に戦い抜くのは厳しいだろう。ヴェルヴェットには深い傷もなかったし、返り血でわかりづらいが、歩き方などを見れば明らかに無事そうだった。
果たして彼女は一人で戦ったのか?あるいは別の仲間がいたのだろうか。しかし……。
レオンはその場で考え込むが、部下はさらに報告を続けた。
「亡くなっていた者たちの傷跡を調べたところ、剣による切り傷や刺し傷が多く見受けられました。しかし、まるで無数の矢を受けたかのように、穴だらけになっている者もおりました」
「矢……?」
「まるで、ということは矢は実際には見当たらなかったのだろう」
矢が見つからない以上、仲間がいて回収した可能性も考えられる。問題は、なぜヴェルヴェットがその仲間の存在を言わなかったのかだ。我々を信用していないからか、さきほどの戦闘で仲間がすでに死んでいるからなのか……。
レオンは目を細め、恩人と思っていたヴェルヴェットに対する疑念が心をよぎる。
だが、どうすべきか。フリードリッヒ様にヴェルヴェットが危険人物だと報告するか?
もしそうしてヴェルヴェットが潔白であった場合、さらなる恥をかくことになる。そして主君の恩人に疑いをかけることは不忠の極みだ。しかし……。
仮に、万が一、彼女が敵であり、油断させてフリードリッヒ様を狙っているとしたら、それだけは何としても避けねばならない。
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