7 / 10
6
しおりを挟む宝人くんが私に気持ちがないとはいえ、私の宝人くんへの想いは消えていない。
付き合って一ヶ月を過ぎれば、どうしても気になることがあった。
「キスってどんな感じなのかな」
デートすらしたことがないのに。
距離を置いて放置されてることにゾクゾクはするけど、寂しさも感じている。
宝人くんは元カノがいたようだし、ファーストキスではおそらくない。
私が相手では嫌かもしれないけど、強請れば餞別に軽くしてくれないかな?
それで、宝人くんのお友達が聞いたらますます嘲笑ってくれないかな。
想像したら、興奮が抑えきれなくなってしまい。私は宝人くんに告げてしまう。
「キスしてほしい」
「……え?」
帰り道の人けのない高架下。
宝人くんの袖を引っ張りながら見上げると、彼は喉を鳴らした。
「……山田さんって、ファーストキスだよね?」
「うん」
「そ、そんな大事なものを気軽に奪えないよ」
「なんで? 私は宝人くんがいい」
こちらを気遣うのは優しいけど、私が求めてるだからいいじゃん。
「宝人くんは、私じゃ、嫌?」
「そんなことは……ないけど……」
「じゃあ、して」
壁を背にして、目をつぶる。
シチュエーションも何もないけど、この湿った高架下の空気が私にはスパイスになる。
「……」宝人くんはまだ迷っている。
私も譲らない。どちらが意地を引くかの時間が流れる。
動く気配がしたと思ったら、壁に手をついているようだ。耳元に宝人くんの体温がある。
「……するよ?」
「うん」
一瞬触れるだけのキス。
驚くほどあっさりと終わったけど、私の体温は急上昇した。
これがキスかあ。何度も感触を忘れないように思い出してしまう。
「……キスまで、やっちゃったな」という呟きが聞こえた。
* * *
キスの翌日の昼休み、たまたま阿部くんと二人で話している宝人くんを見かけた。
明るい雰囲気でないことを察した私は、気付かれないように隠れた。
「いまさら、別れようって無理かもしれない」
宝人くんが悲愴感を漂わせている。
それに対する阿部くんの声も元気がない。
「一年の山田ニ歌って弟らしいじゃん。中学までは山田さんの弟たちが目を光らせていたって。バレたら、俺たち殺されるんじゃないか……?」
随分と話が物騒である。
弟たちがそんなことをするはずがないのに。
「これは身から出た錆だよ」と宝人くんが泣き出しそうな声で呟く。
宝人くんが言い出せないなら、私から別れるしかないけど、私はそれを望んでいない。
軽く咳払いをして、明るい声を作る。
「あれー? 宝人くん、偶然だね」
ひょっこりと現れた私に、二人の肩が跳ねる。
「山田さん……」
「もうご飯食べた?」
「うん」
こうして話しているだけで、やっぱり好きだなって思っちゃう。彼の声が心地良い。
「ねえ、耳かして」
「え?」
そっと耳打ちする。
「宝人くん、大好き」
弾かれるように離れた彼は、私の唇を見ていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる