「兎の檻」は誰が壊したか

音央とお

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第一章

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私の昼の顔は大学生だ。

「モカちゃん、バイバイ」

友人と別れた私は、構内の緑地に設置されたベンチに腰掛けた。天気が良いので、今日はここで読書をしよう。

新緑が美しく、そよ風が気持ちいい。
夜の空気なんかよりも、昼間の日差しが私には合っている。
そう実感できることに涙が出そうだ。

友達に借りたライトノベルは、ちょっと過激な演出があり、顔をしかめてしまう。
こんな場所で読む本ではなかったかも……、でも夢中でページをめくってしまう。
まさかの過激な挿絵があり、息を呑んだ時だった。

「エッチだね、こんなところでそんなもの読んで」

人の気配など無かったはずなのに、磨かれた革靴が視界の端に入った。

「興味があるの? モカちゃん」と、爪が整えられた指が本を取り上げた。
その動きに誘われるように顔を上げれば、優男が微笑んでいた。

「……なんで、ここに」

私の呟きに、本に目を通していた男が片眉を上げた。

「会いに来たに決まってるでしょう。1年ぶりだね。変わりはない?」

返事ができない。
どう答えるのが正解なのか分からなかった。

「お兄さんは、相変わらず小銭稼ぎしてるみたいだね。君も利用されたまま」

責めるような口調に、言葉が余計に詰まった。
ベンチに腰掛けてくる相手は、膝をぶつけてきて距離をなくした。

「近い……」と不満を漏らせば、微笑みを深めさせるだけだった。

ブランド物の時計が視界に入り、秒針を目で追う。
束の間の沈黙が長いようで、実際には全然時間が経っていないことを思い知らされる。

「欲しいの?」
「え?」

何を問われたのか分からなかった。
射抜くような視線に絡み取られる。

「時計。欲しいならあげるよ」
「……いらない!」
「それは残念。俺がずっと付けてたもの、モカちゃんにあげたかったのに」

くつくつと喉を鳴らしているけど、何が面白いのか分からない。
俯き、膝の上に置いた手を握りしめる。

「ちょっと痩せたんじゃない? ちゃんと食べてる?」
「そんなこと、ありません」
「あるよ。俺が変化を見逃す男だと思うの?」

確かに体重は少し減った。ほんの少しだ。
でも、普通は1年も前のことを覚えているはずがない。
それなのにこの人が言えば否定できない。

「せっかくだし、食事に行こうか? 何が食べたい?」

スマホが取り出される。連絡一つで、予約でいっぱいの店まで取れてしまうことを私は知っている。

「行きません。あなたと、行く理由がありません」

私の拒絶にため息をつく。

「拗ねてるの? さすがに1年は長かったよね。今日はうんっと甘やかしてあげるよ」

耳元から熱が伝わってくるようだった。
これ以上は蚕食しないで欲しい。
背中を向け、距離を取る。

「もう、私たちはそんな関係がありません」
「……どういう意味?」

白々しい。何も分かっていないみたいに。

「関係が終わった女のところにやって来て、からかわないでください」

背後から「ふうん」という呟きが聞こえたかと思えば、顎を掴まれ、唇が触れ合いそうな距離に男の顔があった。
僅かに香る、オードトワレに包まれるようだった。

男の唇が動くことで息が掛かる。

「……俺が“終わらせた”って言った?」

背中に寒気が走った。淡々と告げられているけれど、私の発言は間違いなのだと教えられているようだった。

「……だって、1年も……」
「それは悪かったって。モカちゃんを巻き込まないためにも連絡を絶つしかなかった。お詫びになんでも叶えてあげるよ? 何にする?」
「……っ」

執着心を見せつけられて、身体が縮こまる。
もう興味がないんだとばかり思っていた。最後に会った日、私は別れを告げ、そして連絡が途絶えたというのに。この1年は私の勘違いだったのだと思い知らされる。

「……」

本当に望むものがあるなら、これ以上は関わらないで欲しいということ。
でも、それを口にできる状態でないことは明らかだ。

「……今日は帰りたい、です」
「そう。車で送るよ。……今度までに考えておいてね?」

“次の約束”をしてくる。
何よりも、引っ越したはずなのに、教えなくても家に向かってしまうこの男が怖かった。

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