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第四章
72(回想編)
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――これは、KINGがこの街を去り1年の空白を空ける前の出来事。
「じゃあ、いつもどおりよろしく」と軽い一言で頼まれた仕事だけど、昼間ですら危ないと言われるエリアに足を踏み入れるのは怖さしかなかった。
取引場所はナイトクラブの脇の路地裏らしい。
「ラビットさんさ、さすがにこの間の態度はなかったと思うんだよね」
「……」
そんなことを言われましても……。
宙が何をやらかしたのか分からない上に、私のせいじゃない。でも、正体を隠しているから否定もできなくて詰む。
今日の客は見るからに強そうな風貌の男二人組であり、宙からの預かり物を渡したというのに絡んできた。
フードを深く被っているから顔は見えてないだろうけど、私が女であることは体格から一目瞭然で、男達は強気な態度だった。
“弱みを見せる方がバカ”という兄の持論で、客と会う時は不安は見せるなと言われている。
気丈なふりをするけど、何とか踏ん張れているだけだ。
「力つけてきたからって調子に乗るんじゃねー」
……帰りたい。
脇目も振らずに逃げたい。
いつタトゥーの入った腕に暴力を振るわれるのかと、そこから目が離せない。
「その辺にしておけ」
突然の第三者の声に心臓が止まるかと思った。
厳ついサングラスのおじさん……全く知らない人だった。
おじさんは仲介に入ってくれ、何やら男達に耳打ちをしていた。舌打ちをし、忌々しそうにしながら男達は消えていった。……助かった。
「こちらにどうぞ」
おじさんはどこかに私を案内しようとしていた。
……宙の兵隊なのかな、この人。
仲介してくれるくらいだから悪い人ではないと思う、たぶん。
恐る恐る後ろを追いかけると、ナイトクラブの地下へと入っていった。
……大丈夫、これ?
宙に連絡してみる?
自分の服をぎゅっと握りしめながら考える。
私の迷いなど露知らず、おじさんは重厚感のある扉をノックした。
「失礼します。お連れしました」
ゆっくりと開かれたそこは、照明はあるけど暗い。
防音対策がしっかりしてあるのか静かった。
黒い革張りのソファーセットに誰かが座っていることに気づく。
目を凝らせば、スーツの似合う男が微笑みを浮かべていた。
「やあ、モカちゃん」
「……た……」
その姿に気が緩んで、危うく名前を口に出しそうになった。慌てて口元を手のひらで覆う。
そんな私のドジをくすりと笑い、サングラスのおじさんに目配せをした。
「では、私はこれで」と頭を深く下げ、おじさんは出ていく。
バタンッと扉が閉まり、室内は二人だけの空間に変わった。
「もう大丈夫だよ」
その言葉を合図に私は環に駆け寄った。
表情はだらしないほど緩んでいることは、鏡を見なくても分かる。
だって、しばらく会えていなかったもん。
「おいで」
手招きされるがまま、その膝の上に座った。
わずかに香るオードトワレにうっとりと目を細める。環を感じる匂いだから大好き。
「……まったく、君のお兄さんはろくでもない仕事を回すね」
その呟きに、ここにいることは偶然ではないと察した。
助けに来てくれたんだ。
「うん、怖かった」
引き寄せられ、頭を撫でられる。
慰めてくれているみたいで嬉しい。
「ご飯食べに行こうか?」
「うん!」
「もうこんな時間だから、知り合いの店でもいい?」
そろそろ日付が変わるので開いているお店は少ないだろう。
環に任せておけば安心なので頷いた。
「楽しみ」
私が知らないようなお店を知っている彼は大人だった。
両親が亡くなって、唯一甘えてもいい許可を与えてくれる優しい人。
その安心感が、どれほど危ういものかも知らずに。
私は身も心も簡単に委ねてしまっていた。
連れて行ってくれたお店は、とても大学生がふらりと行けるような価格帯ではなかった。緊張はしたけど、さりげなくフォローしてくれたから食事は楽しめた。
あとはデザートだけというタイミングで環のスマホが振動した。
「……ごめん、ちょっと電話してくる」
「うん、いってらっしゃい」
一人残され、そわそわしながら窓の外を見つめた。
高層階だから夜の街が見渡せる。連れてきてもらわなければこんな景色を見ることもなかっただろうな。
……この後はどうするのかな。
週末だから明日は大学の授業もない。
期待してしまうことは自然なことで、それはあっさりと裏切られた。
戻ってきた環は眉を下げていた。
「トラブルがあったみたいで向かうことになった」
「こんな時間に?」
「ごめんね。タクシーは手配するから、家に着いたら連絡してね」
本当に急ぎの案件のようで、デザートにも手を付けずに環は飛び出していった。
わくわくしていた気持ちが風船のようにしぼんでいくのが分かる。しょうがないよね、仕事なら……。
でも、最近こういうことが多いような。
環はこの街のKINGだから、必要とされるのは必然で、私だけが独占できるわけじゃない。
そこは弁えておかなければいけないよね。
「……」
それでも、目の前のデザートを見て目を伏せてしまった。
「じゃあ、いつもどおりよろしく」と軽い一言で頼まれた仕事だけど、昼間ですら危ないと言われるエリアに足を踏み入れるのは怖さしかなかった。
取引場所はナイトクラブの脇の路地裏らしい。
「ラビットさんさ、さすがにこの間の態度はなかったと思うんだよね」
「……」
そんなことを言われましても……。
宙が何をやらかしたのか分からない上に、私のせいじゃない。でも、正体を隠しているから否定もできなくて詰む。
今日の客は見るからに強そうな風貌の男二人組であり、宙からの預かり物を渡したというのに絡んできた。
フードを深く被っているから顔は見えてないだろうけど、私が女であることは体格から一目瞭然で、男達は強気な態度だった。
“弱みを見せる方がバカ”という兄の持論で、客と会う時は不安は見せるなと言われている。
気丈なふりをするけど、何とか踏ん張れているだけだ。
「力つけてきたからって調子に乗るんじゃねー」
……帰りたい。
脇目も振らずに逃げたい。
いつタトゥーの入った腕に暴力を振るわれるのかと、そこから目が離せない。
「その辺にしておけ」
突然の第三者の声に心臓が止まるかと思った。
厳ついサングラスのおじさん……全く知らない人だった。
おじさんは仲介に入ってくれ、何やら男達に耳打ちをしていた。舌打ちをし、忌々しそうにしながら男達は消えていった。……助かった。
「こちらにどうぞ」
おじさんはどこかに私を案内しようとしていた。
……宙の兵隊なのかな、この人。
仲介してくれるくらいだから悪い人ではないと思う、たぶん。
恐る恐る後ろを追いかけると、ナイトクラブの地下へと入っていった。
……大丈夫、これ?
宙に連絡してみる?
自分の服をぎゅっと握りしめながら考える。
私の迷いなど露知らず、おじさんは重厚感のある扉をノックした。
「失礼します。お連れしました」
ゆっくりと開かれたそこは、照明はあるけど暗い。
防音対策がしっかりしてあるのか静かった。
黒い革張りのソファーセットに誰かが座っていることに気づく。
目を凝らせば、スーツの似合う男が微笑みを浮かべていた。
「やあ、モカちゃん」
「……た……」
その姿に気が緩んで、危うく名前を口に出しそうになった。慌てて口元を手のひらで覆う。
そんな私のドジをくすりと笑い、サングラスのおじさんに目配せをした。
「では、私はこれで」と頭を深く下げ、おじさんは出ていく。
バタンッと扉が閉まり、室内は二人だけの空間に変わった。
「もう大丈夫だよ」
その言葉を合図に私は環に駆け寄った。
表情はだらしないほど緩んでいることは、鏡を見なくても分かる。
だって、しばらく会えていなかったもん。
「おいで」
手招きされるがまま、その膝の上に座った。
わずかに香るオードトワレにうっとりと目を細める。環を感じる匂いだから大好き。
「……まったく、君のお兄さんはろくでもない仕事を回すね」
その呟きに、ここにいることは偶然ではないと察した。
助けに来てくれたんだ。
「うん、怖かった」
引き寄せられ、頭を撫でられる。
慰めてくれているみたいで嬉しい。
「ご飯食べに行こうか?」
「うん!」
「もうこんな時間だから、知り合いの店でもいい?」
そろそろ日付が変わるので開いているお店は少ないだろう。
環に任せておけば安心なので頷いた。
「楽しみ」
私が知らないようなお店を知っている彼は大人だった。
両親が亡くなって、唯一甘えてもいい許可を与えてくれる優しい人。
その安心感が、どれほど危ういものかも知らずに。
私は身も心も簡単に委ねてしまっていた。
連れて行ってくれたお店は、とても大学生がふらりと行けるような価格帯ではなかった。緊張はしたけど、さりげなくフォローしてくれたから食事は楽しめた。
あとはデザートだけというタイミングで環のスマホが振動した。
「……ごめん、ちょっと電話してくる」
「うん、いってらっしゃい」
一人残され、そわそわしながら窓の外を見つめた。
高層階だから夜の街が見渡せる。連れてきてもらわなければこんな景色を見ることもなかっただろうな。
……この後はどうするのかな。
週末だから明日は大学の授業もない。
期待してしまうことは自然なことで、それはあっさりと裏切られた。
戻ってきた環は眉を下げていた。
「トラブルがあったみたいで向かうことになった」
「こんな時間に?」
「ごめんね。タクシーは手配するから、家に着いたら連絡してね」
本当に急ぎの案件のようで、デザートにも手を付けずに環は飛び出していった。
わくわくしていた気持ちが風船のようにしぼんでいくのが分かる。しょうがないよね、仕事なら……。
でも、最近こういうことが多いような。
環はこの街のKINGだから、必要とされるのは必然で、私だけが独占できるわけじゃない。
そこは弁えておかなければいけないよね。
「……」
それでも、目の前のデザートを見て目を伏せてしまった。
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