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第四章
73(回想編)
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ある夜のこと。
また宙に押し付けられた用件を終えて、飲み屋街と呼ばれる場所を歩いていた時だった。
「……あっ」
一見で高級クラブのキャストと分かる上品な美女たちと複数の男性の輪の中に環を見つけてしまった。
隙のないKINGの顔をして、女性たちに微笑んでいる。軽くボディタッチなんかもされちゃって。
仕事の一環だろうから嫉妬なんてものはないけど、きっとモテるんだろうなと思う。大人の女性って感じで、並んだ見た目も釣り合っている。
環は私のことを平然と連れ回すけど、きっと周りから見たら恋人だなんて思ってもらえない。
この間も「雑種みたいなペットを飼っているのね」なんて、環のいないところで見ず知らずの女に声を掛けられた。……あれはちょっと腹が立った。
世間の誰も、彼の隣に立つのは私だとは思っていない。
それくらい私にも伝わってくる。
私と環の住む世界が違うなんて当たり前のことだと思った。
ちょっと宙に裏の仕事を手伝わされてはいるけど、私は普通の大学生で、昼間の生活が一番大事。
ここに距離が生まれるなんて当たり前のことでしょ?
「モカちゃん、何か殺気だってる?」
環に指摘されて、ハッとなる。
また会えない日が続いてからのデートだった。
私の希望で夜の工業地帯の近くに連れてきてもらった。人工的な光や煙突の煙、ちょっと異世界にやって来たような風景に惹かれてしまう。
「なんでもないよ。ちょっと大学で嫌なことがあっただけ」と誤魔化した。それを追求されることはなかった。
助手席に座っていた私は運転席の方へと身を乗り出した。
「環さん」
軽く触れるだけの口づけ。
最初はこれだけで満たされていたのに、いつから足りなくなったんだろう。
「今日は家まで送ってくれるの?」
「……そうしようか?」
意地悪だ。分かっていて誘ってくれない。
「貴方の家に行きたい」とはっきりと告げれば、環は喉を鳴らして笑っていた。
……まだ、大丈夫だよね?
自分自身に問いかける。私の居場所は助手席にあるよね……?
何がきっかけだったかなんて分からない。
ただ、私に隠れて難しい顔をしていたり、誰かと通話をしていたり、近くにいても環は一瞬で遠いところへと行ってしまう。
私に夜の世界は理解できないと思う。
表面だけ触れて、分かった気になるふりすらもできなかった。
引き返すなら今のうちだと思った。
傷の浅いうちに環のことは思い出にする。
短い間だったけど一緒に過ごせたことは感謝しかない。
最近ますます連絡が取れなくなってきた環に、ワガママを言って泊めてもらった。
もちろん身体の触れ合いはあったし、深く刻み込むような繋がりを求めた。朝起きればKINGの顔になって、熱を分け合ったことが嘘みたいになることを知りながら。
「ここなら、見落とさないよね」
表面上は何食わぬ顔をして、直接伝えることはできない別れを手紙にして残した。私が寝ていた場所にそっと置いておく。
「……環さん」
呼んでも返事はない。
疲れて眠っている環の足元へ移動し、左足に刻まれたタトゥーを撫でた。彼はこの先もずっと、私の知らない世界を生きていく。
それでいい。私が同じ場所にいけないと痛いほどに思い知らされただけ。
込み上げてくる涙を我慢して、一言だけ残していく。
「私に愛を教えてくれてありがとう」
もう一度触れたいと思った手を引っ込めて、この家に溢れる匂いを忘れませんようにと未練がましく願った。
きっと、もうここに来ることはない。
――これが環が街を去る前の、最後の日の記憶。
また宙に押し付けられた用件を終えて、飲み屋街と呼ばれる場所を歩いていた時だった。
「……あっ」
一見で高級クラブのキャストと分かる上品な美女たちと複数の男性の輪の中に環を見つけてしまった。
隙のないKINGの顔をして、女性たちに微笑んでいる。軽くボディタッチなんかもされちゃって。
仕事の一環だろうから嫉妬なんてものはないけど、きっとモテるんだろうなと思う。大人の女性って感じで、並んだ見た目も釣り合っている。
環は私のことを平然と連れ回すけど、きっと周りから見たら恋人だなんて思ってもらえない。
この間も「雑種みたいなペットを飼っているのね」なんて、環のいないところで見ず知らずの女に声を掛けられた。……あれはちょっと腹が立った。
世間の誰も、彼の隣に立つのは私だとは思っていない。
それくらい私にも伝わってくる。
私と環の住む世界が違うなんて当たり前のことだと思った。
ちょっと宙に裏の仕事を手伝わされてはいるけど、私は普通の大学生で、昼間の生活が一番大事。
ここに距離が生まれるなんて当たり前のことでしょ?
「モカちゃん、何か殺気だってる?」
環に指摘されて、ハッとなる。
また会えない日が続いてからのデートだった。
私の希望で夜の工業地帯の近くに連れてきてもらった。人工的な光や煙突の煙、ちょっと異世界にやって来たような風景に惹かれてしまう。
「なんでもないよ。ちょっと大学で嫌なことがあっただけ」と誤魔化した。それを追求されることはなかった。
助手席に座っていた私は運転席の方へと身を乗り出した。
「環さん」
軽く触れるだけの口づけ。
最初はこれだけで満たされていたのに、いつから足りなくなったんだろう。
「今日は家まで送ってくれるの?」
「……そうしようか?」
意地悪だ。分かっていて誘ってくれない。
「貴方の家に行きたい」とはっきりと告げれば、環は喉を鳴らして笑っていた。
……まだ、大丈夫だよね?
自分自身に問いかける。私の居場所は助手席にあるよね……?
何がきっかけだったかなんて分からない。
ただ、私に隠れて難しい顔をしていたり、誰かと通話をしていたり、近くにいても環は一瞬で遠いところへと行ってしまう。
私に夜の世界は理解できないと思う。
表面だけ触れて、分かった気になるふりすらもできなかった。
引き返すなら今のうちだと思った。
傷の浅いうちに環のことは思い出にする。
短い間だったけど一緒に過ごせたことは感謝しかない。
最近ますます連絡が取れなくなってきた環に、ワガママを言って泊めてもらった。
もちろん身体の触れ合いはあったし、深く刻み込むような繋がりを求めた。朝起きればKINGの顔になって、熱を分け合ったことが嘘みたいになることを知りながら。
「ここなら、見落とさないよね」
表面上は何食わぬ顔をして、直接伝えることはできない別れを手紙にして残した。私が寝ていた場所にそっと置いておく。
「……環さん」
呼んでも返事はない。
疲れて眠っている環の足元へ移動し、左足に刻まれたタトゥーを撫でた。彼はこの先もずっと、私の知らない世界を生きていく。
それでいい。私が同じ場所にいけないと痛いほどに思い知らされただけ。
込み上げてくる涙を我慢して、一言だけ残していく。
「私に愛を教えてくれてありがとう」
もう一度触れたいと思った手を引っ込めて、この家に溢れる匂いを忘れませんようにと未練がましく願った。
きっと、もうここに来ることはない。
――これが環が街を去る前の、最後の日の記憶。
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