「兎の檻」は誰が壊したか

音央とお

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第五章

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また現れないかなと、宙が出かけている時は窓の外を眺めてしまう。
すっかり環の影に焦がれてしまっている。

「2時間くらい出かけてくる」そんな言葉に喜んでしまうようになった。
表情を引き締めているつもりだけど、宙は怪訝な顔をする。

「何か隠してないだろうな?」
「なんのこと?」

ドアを開けるわけでもなく部屋の中にいるのだ。
怪しまれるようなことはしていない。

「……ここにいろよ」
「いるよ。宙を待ってる」

笑顔を作れば、睨むように目を細められて、喉がひくついた。

……怪しすぎたかな?

「私が一人で出かけられないの、知ってるでしょう?」
「……ああ。理解してるならいい」

理解……。
その言い方に引っ掛かってしまうけど、気分を害さないようにうなずいておいた。


宙が出かけるのを見送ると、思考は環のことで埋め尽くされていく。
抱きしめる腕の力、慈しむように細められる目、「モカちゃん」と優しく呼んでくれる声。
忘れたくない感覚がどんどん薄くなっていくじゃないかって怖くなった。

「……環」と音を出さずに唇を動かす。
あなたの名前を呼びたい。

窓の外にその姿は見つけられない。
クリスマスの日に見た、あの姿が忘れられなくて何度も何度も思い出した。
それは忘れたくないという恐れへの上書きにもなっているかも。
環のことを忘れたくない。これからだって、忘れたくないと願う。

だったら、私は環の元に戻るべきだ。
それなのに、宙の顔が浮かんで動けなくなる。

たぶん、このまま戻っても、また絵里ちゃんのような子を生み出してしまう。
そんな予感がして嫌になる。

奥歯を噛みしめながら、避け続けたスマホの電源を入れた。
一斉に届く通知を呼吸を浅くしながら確認していく。……絵里ちゃんの名前はあった。

「……やっぱり、泣いたよね」

彼氏との別れの報告があった。
別れというよりは一方的な遮断で、怒りを露にしていたけど、どこか寂しげであった。
巻き込んでごめん、目を逸らし続けてごめん。

最近は音信不通になっている私の心配ばかりしてくれているようで、ますます苦しくなった。
返す言葉が浮かばなくて指が動かない。宙のことに関しては「ごめんね」は一生言えないままになると思う。
私たちに巻き込まれたなんて真実は、永遠に知られたくない。知ったら戻れなくなるだろうから……。

「……絵里ちゃんは、新しい誰かと光の中を歩いて」

そっち側には行けないから、私のことは忘れてしまえればいいのに。
そう思ってしまう。

スマホを手に持ったまま、しばらく項垂れていると、鍵の開く音がした。
そして、宙らしい足音が近づいてきた。

「……」

こちらを一瞥した宙は、「珍しいな」とかすかに笑った。
それは責められている気分になるものだった。

「……ダメだった?」
「何が? 俺は何も禁止してないだろ。好きに使えばいい話だ」
「……」

それは、そうだった。
スマホを抱えた手に力を込める。
じゃあ、そんな態度を見せないでよ。

「飯買ってきたから、食えよ」

そう言って机の上に置かれた、いつもの弁当屋のレジ袋。
私は宙に与えられているから生き延びている。
これはいつまで続く? 大人しくしていれば、誰にも迷惑をかけずに、生きていられるのかな。

ものすごく息が苦しくなったけど、「ありがとう」と私は小さく笑った。
食べた弁当の味は、よく分からなかった。




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