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土曜日の昼下がり、煌大の家へと遊びに行った。
連日の文化祭準備で疲れていた私は、胡座をかいた煌大の膝の上に頭を乗せて、ぼーっとしていた。
「夕奈のクラスの熱気がすごいって、うちのクラスまで噂になってるよ。お疲れさま」
煌大がそう言って微笑んでくれるだけで、心のエネルギーが満たされていく気がする。
「地域の高齢者の方や図書館の司書さんとか、いろんな人に話を聞いて回ってるんだけど、すごく面白いよ。住んでいても知らないことっていっぱいあるんだね」
「すげーな。そこまでやるなんて」
「知見を広げるのは、嫌いじゃないから」
新しいことを知る喜びがあるから、私は勉強そのものは嫌いじゃない。
「煌大のクラスは何をするの?」
「うちは模擬店でメロンソーダ。クレープやたこ焼きほど手間も時間もかからないから楽だってことで決まったんだ」
「文化祭、一緒に回りたいな」
「どうせ勝手に押しかけてくるんだろ。……いいよ」
私がそうさせたとはいえ、彼はもうすっかり抵抗を諦めている。
煌大には、先生たちとの“賭け”のことは説明していない。勝算は決して高くはないし、余計な心配をかけたくなかった。
「ちょっとだけ、眠ってもいい?」
「いいよ。おやすみ」
髪を優しく撫でられながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
……この穏やかな時間が、ずっと続きますように。そう願いながら。
* * *
熱気が高まるのはいいけれど、熱くなりすぎるのも問題だ。トラブルが起きたのは、ある日の放課後のことだった。
「みんな一生懸命やっているのに、どうしてそんな態度で水を差すの?!」
藤原さんが、やる気のない男子たちを怒鳴りつけた。
「たかが文化祭の展示物のために、勉強時間を無駄にするなんてあり得ないだろ」
「これだって立派な勉強よ?!」
「こんなもの、試験には全く役立たないよ」
今にも飛びかかりそうな藤原さん。
騒ぎを聞いて駆けつけたけれど、教室の中は「どちらを支持するか」という不穏な空気に包まれていた。
このままでは、クラスが二つに分裂してしまう。
「ちょっと待って!」
私は声を張り上げた。
その場にいた人たちの視線を一身に浴び、息が詰まりそうになる。
でも、ちゃんと喋らなくちゃ。
「ごめんね。私が一人で張り切っているせいで、嫌な言い合いにさせちゃった。……まず、熱量に差があるのは仕方のないことだと思う。みんながやりたいことではないんだから。でも、それを無駄みたいに言うのは……言われた方は藤原さんみたいに憤ってしまうし、私も悲しいな。……ねえ、みんなはどうすれば納得できると思う?」
問いかけると、男子の一人が「やりたい奴がやればいいだけだろ」とぼそりと呟いた。
「うん、そう思っちゃうよね。じゃあ、逆に“やりたくなること”って何かない?」
「やりたくなること?」
「私は、どうせならみんなで楽しみたい。これならやってみたい、これくらいなら手伝ってもいい、っていう意見を聞きたいな。些細なことでいい。みんなの妥協点を教えてほしいの」
そこから、改めて話し合いが始まった。
結果、無理のない範囲で、得意不得意に合わせた“適材適所”の役割分担が決まった。
「こうやってお互いの本音が聞けて良かったよ。文化祭がより楽しみになっちゃった」
心からそう思って笑う。
教室の空気は、ぶつかり合う前よりもずっと和やかになった気がした。
まだ納得できていない人もいるかもしれない。けれど、ぶつかったらその都度また話し合えばいいんだ。
ちょっとずつ、みんなで前進できたら。今はそれでいいよね?
* * *
文化祭まであと一週間になった、ある昼休みのこと。
「夕奈ちゃーん!」
誰かに呼ばれたと思ったら、煌大の友達である女子の先輩たちが教室にやって来た。
普段、特進科の校舎で見かけることのない華やかなギャルたちなので目立つ。
「どうしたんですか?」
「最近こっちに来てくれないから、会いに来ちゃった! お姉さんたちは寂しいよ~」
そう言うなり抱きしめられ、頭を撫でられる。「ずるい、私も!」と代わり番こに。もう、揉みくちゃだった。
……煌大の周りの人たちは、スキンシップが激しいのかな?
「頑張ってるご褒美にお菓子あげるね。クラスのみんなで食べて!」
そう言って、どっさりとお菓子の入った紙袋を手渡された。
先輩たちは周囲から奇異の目を向けられていても、全く動じることなく特進科の生徒たちに愛想が良かった。
「……ねえ、ちょっといい?」
私に抱きついていた先輩が、小声で誘ってきた。
そのまま、人目のない場所へと移動する。
「たまたま先生たちが話しているのを聞いたんだけど」
先ほどまでの賑やかさが嘘みたいに、真面目な顔をした先輩たちが話を切り出した。
私と先生たちの間で交わした“賭け”のことを知られたようだ。
「煌大にはまだ話してない。たぶん、夕奈ちゃんは秘密にしたいだよね?」
「……はい」
「健気すぎない? 話してもいいと思うよ。アイツは受け止められないほど弱い男じゃないと思う」
「いいえ、私が弱いだけなんです。煌大の反応が怖い……」
本番が近づくほど、結果を想像して不安が大きくなるばかりだった。
忙しいのは事実だけれど、どこかで煌大と距離を置いている部分もあると思う。あの瞳を見て話をしたら、抱えきれない不安が溢れ出しそうで怖かった。
「夕奈ちゃんが話したくないなら、あたしたちも言わない。でも、ちょっと協力はさせてもらうね」
「……?」
「あたしたち顔だけは広いから。知り合い全員に文化祭の宣伝しちゃう! だから、頑張れ。先生たちが度肝を抜くようなもの、見せてみな!」
ニッと口角を上げる先輩たちが、とても頼もしかった。
煌大の周りの人たちってすごい。
こんなに優しいのに、先生たちは「交友関係を考えろ」と言う。それって、やっぱり納得できないよね。
「結果はどうなるか分からないですけど、頑張ります。精一杯できることを」
そう宣言すれば、また揉みくちゃになって抱きしめられた。
これはもう、私だけの問題じゃなくなっているね。
改めて、頑張ろうと思った。
連日の文化祭準備で疲れていた私は、胡座をかいた煌大の膝の上に頭を乗せて、ぼーっとしていた。
「夕奈のクラスの熱気がすごいって、うちのクラスまで噂になってるよ。お疲れさま」
煌大がそう言って微笑んでくれるだけで、心のエネルギーが満たされていく気がする。
「地域の高齢者の方や図書館の司書さんとか、いろんな人に話を聞いて回ってるんだけど、すごく面白いよ。住んでいても知らないことっていっぱいあるんだね」
「すげーな。そこまでやるなんて」
「知見を広げるのは、嫌いじゃないから」
新しいことを知る喜びがあるから、私は勉強そのものは嫌いじゃない。
「煌大のクラスは何をするの?」
「うちは模擬店でメロンソーダ。クレープやたこ焼きほど手間も時間もかからないから楽だってことで決まったんだ」
「文化祭、一緒に回りたいな」
「どうせ勝手に押しかけてくるんだろ。……いいよ」
私がそうさせたとはいえ、彼はもうすっかり抵抗を諦めている。
煌大には、先生たちとの“賭け”のことは説明していない。勝算は決して高くはないし、余計な心配をかけたくなかった。
「ちょっとだけ、眠ってもいい?」
「いいよ。おやすみ」
髪を優しく撫でられながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
……この穏やかな時間が、ずっと続きますように。そう願いながら。
* * *
熱気が高まるのはいいけれど、熱くなりすぎるのも問題だ。トラブルが起きたのは、ある日の放課後のことだった。
「みんな一生懸命やっているのに、どうしてそんな態度で水を差すの?!」
藤原さんが、やる気のない男子たちを怒鳴りつけた。
「たかが文化祭の展示物のために、勉強時間を無駄にするなんてあり得ないだろ」
「これだって立派な勉強よ?!」
「こんなもの、試験には全く役立たないよ」
今にも飛びかかりそうな藤原さん。
騒ぎを聞いて駆けつけたけれど、教室の中は「どちらを支持するか」という不穏な空気に包まれていた。
このままでは、クラスが二つに分裂してしまう。
「ちょっと待って!」
私は声を張り上げた。
その場にいた人たちの視線を一身に浴び、息が詰まりそうになる。
でも、ちゃんと喋らなくちゃ。
「ごめんね。私が一人で張り切っているせいで、嫌な言い合いにさせちゃった。……まず、熱量に差があるのは仕方のないことだと思う。みんながやりたいことではないんだから。でも、それを無駄みたいに言うのは……言われた方は藤原さんみたいに憤ってしまうし、私も悲しいな。……ねえ、みんなはどうすれば納得できると思う?」
問いかけると、男子の一人が「やりたい奴がやればいいだけだろ」とぼそりと呟いた。
「うん、そう思っちゃうよね。じゃあ、逆に“やりたくなること”って何かない?」
「やりたくなること?」
「私は、どうせならみんなで楽しみたい。これならやってみたい、これくらいなら手伝ってもいい、っていう意見を聞きたいな。些細なことでいい。みんなの妥協点を教えてほしいの」
そこから、改めて話し合いが始まった。
結果、無理のない範囲で、得意不得意に合わせた“適材適所”の役割分担が決まった。
「こうやってお互いの本音が聞けて良かったよ。文化祭がより楽しみになっちゃった」
心からそう思って笑う。
教室の空気は、ぶつかり合う前よりもずっと和やかになった気がした。
まだ納得できていない人もいるかもしれない。けれど、ぶつかったらその都度また話し合えばいいんだ。
ちょっとずつ、みんなで前進できたら。今はそれでいいよね?
* * *
文化祭まであと一週間になった、ある昼休みのこと。
「夕奈ちゃーん!」
誰かに呼ばれたと思ったら、煌大の友達である女子の先輩たちが教室にやって来た。
普段、特進科の校舎で見かけることのない華やかなギャルたちなので目立つ。
「どうしたんですか?」
「最近こっちに来てくれないから、会いに来ちゃった! お姉さんたちは寂しいよ~」
そう言うなり抱きしめられ、頭を撫でられる。「ずるい、私も!」と代わり番こに。もう、揉みくちゃだった。
……煌大の周りの人たちは、スキンシップが激しいのかな?
「頑張ってるご褒美にお菓子あげるね。クラスのみんなで食べて!」
そう言って、どっさりとお菓子の入った紙袋を手渡された。
先輩たちは周囲から奇異の目を向けられていても、全く動じることなく特進科の生徒たちに愛想が良かった。
「……ねえ、ちょっといい?」
私に抱きついていた先輩が、小声で誘ってきた。
そのまま、人目のない場所へと移動する。
「たまたま先生たちが話しているのを聞いたんだけど」
先ほどまでの賑やかさが嘘みたいに、真面目な顔をした先輩たちが話を切り出した。
私と先生たちの間で交わした“賭け”のことを知られたようだ。
「煌大にはまだ話してない。たぶん、夕奈ちゃんは秘密にしたいだよね?」
「……はい」
「健気すぎない? 話してもいいと思うよ。アイツは受け止められないほど弱い男じゃないと思う」
「いいえ、私が弱いだけなんです。煌大の反応が怖い……」
本番が近づくほど、結果を想像して不安が大きくなるばかりだった。
忙しいのは事実だけれど、どこかで煌大と距離を置いている部分もあると思う。あの瞳を見て話をしたら、抱えきれない不安が溢れ出しそうで怖かった。
「夕奈ちゃんが話したくないなら、あたしたちも言わない。でも、ちょっと協力はさせてもらうね」
「……?」
「あたしたち顔だけは広いから。知り合い全員に文化祭の宣伝しちゃう! だから、頑張れ。先生たちが度肝を抜くようなもの、見せてみな!」
ニッと口角を上げる先輩たちが、とても頼もしかった。
煌大の周りの人たちってすごい。
こんなに優しいのに、先生たちは「交友関係を考えろ」と言う。それって、やっぱり納得できないよね。
「結果はどうなるか分からないですけど、頑張ります。精一杯できることを」
そう宣言すれば、また揉みくちゃになって抱きしめられた。
これはもう、私だけの問題じゃなくなっているね。
改めて、頑張ろうと思った。
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