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体育祭の最終種目、チーム対抗リレー。
凛太郎が属する紫チームは、これに勝てば、凪の属する青チームに逆転勝利するという場面だった。
――運命のホイッスルが鳴る。
「佐野っちー! 行けー!」
舞ちゃんが叫ぶ。
紫の第一走者である佐野くんは、凛ちゃんのお友達だ。
サッカー部の俊足がトラックを駆け抜ける。
「佐野っちも速いけど、相手が悪いね。1位のやつは陸上部のスプリンターだよ」
「舞ちゃんは何でも詳しいね」
第二走者の男子にバトンが渡る。
現在の順位は黄、紫、青、その他と続いていき、徐々に距離に差が生まれていく。
黄チームと紫チームの間でも5メートルくらいの差が広がっている。
「巻き返せるよー! 次の走者は原田か」
第三走者の原田くんにバトンが渡る。
スタートダッシュしたはずが、徐々にスピードが落ちていく。
「あれ?」と違和感に気付く。
原田くんは“まずい”という表情で、第四走者の手前で勢いよく転倒した。
転がっていくバトンを拾おうとするけれど、立ち上がろうとしてもよろけてしまう。その顔色は悪い。
「え? どうしたの!?」
「アイツ、もしかしたら騎馬戦の時に足を痛めていたのかも。あの感じだと、走るまで本人も大丈夫だと思っていたんじゃない?」
ざわざわと応援席に動揺が広がる。
その間もレースは続くので、紫チームは4位に転落している。
「原田くん……」
最後の力を振り絞るようにして、よろよろと次の走者にバトンを手渡した。
その姿に手拍子がパラパラと起こるけど、本人は魂が抜けたような表情だ。
しかし、もう1位とは絶望的な差が開いている。
「大丈夫、次は野球部の俊足だから。その後は凛だね」
舞ちゃんの真剣な眼差し。
私も固唾を呑んでレースの行方を見守る。
先頭集団はもう次の走者にバトンを渡そうとしていた。
第五走者の場所で横並びに立っている、凛ちゃんが凪くんに向かって口を開いた。それは凪くんだけに聞こえ、一瞬だけ驚いたような表情になったかと思えば、口角を上げた。
その直後にバトンが凪くんに渡る。
「うわー。王子の足の速さ、ヤバいね」
首位との差をあっという間に縮め、独走していく。まるで軽やかな風みたいで、誰も追いつかせない背中だった。
女子たちから黄色い悲鳴が上がる。
「凛にバトンが渡ったよ。でも、ちょっと巻き返したとはいえ、王子のところまでは差がありすぎる……」
舞ちゃんの声には諦めが滲んでいて、それを聞いて、胸の前で握っていた手に力を入れた。
緊迫した終盤のレースに息が止まりそう。
「……あれ? ちょっと待って。凛のやつ、めちゃくちゃ速くない?」
「うそ……」
目の前の光景が信じられなかった。
まるで目の前の獲物を狙う獣のように、凛ちゃんのスピードは加速していく一方だった。ぞくりっと身震いがした。
2位を走っていた黄チームを追い抜き、凪くんとの差は10メートルくらいにまで縮まっている。
うぉぉぉぉぉ!!という男子たちの雄叫びが木霊する。
「凛太郎ー!!」という、佐野くんと原田くんの叫び声も聞こえてくる。
「いける!いけるよ、凛ー!」
「凛ちゃん……」
凪くんが背後をチラッと確認した。
その表情に驚きはない。まるで、凛ちゃんが追いついてくるのが分かっていたように。
凛ちゃんは驚異のスピードで、確実に距離を詰めていく。8メートル、7メートル……あと1メートル。凪くんの喉元まで迫った。
観客のボルテージは最高潮といわんばかりに、そこかしこから声援が上がる。
凪くんと凛ちゃん、どちらを応援するか競っている。まるでこの声援合戦に負けたほうが負けみたいな空気がある。
――先に約束したのは俺だから。応援してくれるよね?
凪くんとの約束が頭を過ぎる。
どちらも必死の表情で、胸が苦しくなる。
……私は凪くんを応援するって言ったんだよ。
ゴールの瞬間はスローモーションを見ているようだった。
あと一歩で追いつく。獣が最後の牙を剥いているようで、息を忘れてしまう。
もうゴールテープを切ることしか見えていないようで、踏みしめた場所が砂を舞い、二人とも勢い余って転がり込んだ。
先に起き上がった凪くんが泥を払い、凛ちゃんに手を伸ばした。それにほんの少し躊躇を見せるが、手を取った。
観客はその様子を静かに見守った。息を殺すのが当然の空気だった。
先生から勝者が伝えられる。
「ただいまの判定は――」
目を閉じても、声は耳に届いてしまう。逃げることはできない。
「――青組の勝利です!!」
その判定にグラウンドは煩いくらい盛り上がったけれど、凛ちゃんは顔を押さえて俯いていた。肩の震えが泣いているようにすら見えた。凛ちゃんが人前でそんなことするはずないのに。
友達として、その姿に胸が締め付けられそうになる。
「原田の分まで頑張っていたけど、惜しかったね」
「うん……」
舞ちゃんに肩を抱かれる。
「ねえ、莉央」
責めるような色は一切なく、優しく問われる。
「どっちの応援をしたの?」
ドキッとした。チームを裏切ったことを見透かされていたなんて。気まずくて俯いてしまう。
「なるほど、王子かー。あ、怒ってるわけじゃないよ」
よしよし、と頭を撫でられる。
「でも、その顔は……」と言いかけたのに、続きは聞こえなかった。
凪くんを応援するって約束を守ったのに、あんなに必死になっている凛ちゃんを応援できなかった。どちらか一方は応援できないって分かっていたはずなのに。
今夜は自己嫌悪で眠れないかも……。
凛太郎が属する紫チームは、これに勝てば、凪の属する青チームに逆転勝利するという場面だった。
――運命のホイッスルが鳴る。
「佐野っちー! 行けー!」
舞ちゃんが叫ぶ。
紫の第一走者である佐野くんは、凛ちゃんのお友達だ。
サッカー部の俊足がトラックを駆け抜ける。
「佐野っちも速いけど、相手が悪いね。1位のやつは陸上部のスプリンターだよ」
「舞ちゃんは何でも詳しいね」
第二走者の男子にバトンが渡る。
現在の順位は黄、紫、青、その他と続いていき、徐々に距離に差が生まれていく。
黄チームと紫チームの間でも5メートルくらいの差が広がっている。
「巻き返せるよー! 次の走者は原田か」
第三走者の原田くんにバトンが渡る。
スタートダッシュしたはずが、徐々にスピードが落ちていく。
「あれ?」と違和感に気付く。
原田くんは“まずい”という表情で、第四走者の手前で勢いよく転倒した。
転がっていくバトンを拾おうとするけれど、立ち上がろうとしてもよろけてしまう。その顔色は悪い。
「え? どうしたの!?」
「アイツ、もしかしたら騎馬戦の時に足を痛めていたのかも。あの感じだと、走るまで本人も大丈夫だと思っていたんじゃない?」
ざわざわと応援席に動揺が広がる。
その間もレースは続くので、紫チームは4位に転落している。
「原田くん……」
最後の力を振り絞るようにして、よろよろと次の走者にバトンを手渡した。
その姿に手拍子がパラパラと起こるけど、本人は魂が抜けたような表情だ。
しかし、もう1位とは絶望的な差が開いている。
「大丈夫、次は野球部の俊足だから。その後は凛だね」
舞ちゃんの真剣な眼差し。
私も固唾を呑んでレースの行方を見守る。
先頭集団はもう次の走者にバトンを渡そうとしていた。
第五走者の場所で横並びに立っている、凛ちゃんが凪くんに向かって口を開いた。それは凪くんだけに聞こえ、一瞬だけ驚いたような表情になったかと思えば、口角を上げた。
その直後にバトンが凪くんに渡る。
「うわー。王子の足の速さ、ヤバいね」
首位との差をあっという間に縮め、独走していく。まるで軽やかな風みたいで、誰も追いつかせない背中だった。
女子たちから黄色い悲鳴が上がる。
「凛にバトンが渡ったよ。でも、ちょっと巻き返したとはいえ、王子のところまでは差がありすぎる……」
舞ちゃんの声には諦めが滲んでいて、それを聞いて、胸の前で握っていた手に力を入れた。
緊迫した終盤のレースに息が止まりそう。
「……あれ? ちょっと待って。凛のやつ、めちゃくちゃ速くない?」
「うそ……」
目の前の光景が信じられなかった。
まるで目の前の獲物を狙う獣のように、凛ちゃんのスピードは加速していく一方だった。ぞくりっと身震いがした。
2位を走っていた黄チームを追い抜き、凪くんとの差は10メートルくらいにまで縮まっている。
うぉぉぉぉぉ!!という男子たちの雄叫びが木霊する。
「凛太郎ー!!」という、佐野くんと原田くんの叫び声も聞こえてくる。
「いける!いけるよ、凛ー!」
「凛ちゃん……」
凪くんが背後をチラッと確認した。
その表情に驚きはない。まるで、凛ちゃんが追いついてくるのが分かっていたように。
凛ちゃんは驚異のスピードで、確実に距離を詰めていく。8メートル、7メートル……あと1メートル。凪くんの喉元まで迫った。
観客のボルテージは最高潮といわんばかりに、そこかしこから声援が上がる。
凪くんと凛ちゃん、どちらを応援するか競っている。まるでこの声援合戦に負けたほうが負けみたいな空気がある。
――先に約束したのは俺だから。応援してくれるよね?
凪くんとの約束が頭を過ぎる。
どちらも必死の表情で、胸が苦しくなる。
……私は凪くんを応援するって言ったんだよ。
ゴールの瞬間はスローモーションを見ているようだった。
あと一歩で追いつく。獣が最後の牙を剥いているようで、息を忘れてしまう。
もうゴールテープを切ることしか見えていないようで、踏みしめた場所が砂を舞い、二人とも勢い余って転がり込んだ。
先に起き上がった凪くんが泥を払い、凛ちゃんに手を伸ばした。それにほんの少し躊躇を見せるが、手を取った。
観客はその様子を静かに見守った。息を殺すのが当然の空気だった。
先生から勝者が伝えられる。
「ただいまの判定は――」
目を閉じても、声は耳に届いてしまう。逃げることはできない。
「――青組の勝利です!!」
その判定にグラウンドは煩いくらい盛り上がったけれど、凛ちゃんは顔を押さえて俯いていた。肩の震えが泣いているようにすら見えた。凛ちゃんが人前でそんなことするはずないのに。
友達として、その姿に胸が締め付けられそうになる。
「原田の分まで頑張っていたけど、惜しかったね」
「うん……」
舞ちゃんに肩を抱かれる。
「ねえ、莉央」
責めるような色は一切なく、優しく問われる。
「どっちの応援をしたの?」
ドキッとした。チームを裏切ったことを見透かされていたなんて。気まずくて俯いてしまう。
「なるほど、王子かー。あ、怒ってるわけじゃないよ」
よしよし、と頭を撫でられる。
「でも、その顔は……」と言いかけたのに、続きは聞こえなかった。
凪くんを応援するって約束を守ったのに、あんなに必死になっている凛ちゃんを応援できなかった。どちらか一方は応援できないって分かっていたはずなのに。
今夜は自己嫌悪で眠れないかも……。
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