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第二章 亀裂
ep.7 臨時チーム
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単語 季節は夏の入り口に立ったころ。この月の月例演習には、三年生とギルバートは参加しないことになっていた。ノルデンとシャーロットはインターン、ギルバートは任務、ということだった。
残された四人は、どこか浮き足立っていた。
「よし。今回は俺がリーダーだ。お前たち、ちゃんと指示を聞けよ」
ジャックは無理に口角を上げていたが、声にはわずかな震えが混じっている。
「俺、転位魔法の特訓したんだ。こいつと組み合わせて奇襲をかけるぜ!」
アトラは三人に剣を掲げてみせた。刀身に呪文が刻まれた魔法道具――いわゆる魔剣だ。
「いいか。無理はしない。全員、怪我をせずに帰る。それが今回の目標だ」
高揚するアトラをよそに、ジャックは力の入った両手を何度も上下させる。
レイとヴィーは神妙な顔でうなずいた。
ギルバートなら、こういうとき、なんて声を掛けるだろう。
レイは少しだけ想像する。きっと、何があっても自分が受け止めるという顔をして、後輩たちには自由にやらせるのだろう。
「えー。せっかく今回は寮対抗なんだ。勝ちにいこうぜ」
騒ぐアトラの横で、ヴィーはレイにだけそっと耳打ちした。
「僕も、魔法の練習をしたんだ。少しは役に立てるかな?」
レイは微笑む。
「うん。みんなで頑張ろう。実は私も、準備したことがあるんだ」
レイは、何度も口ずさんで身につけた、あの魔法を思い浮かべた。
◇◆◇
思いのほか、この臨時チームの演習は順調だった。
放たれた数十頭の魔獣を檻に戻すというこの任務。ヴィーの特殊体質と相性が良かったこともあるし――アトラとレイの魔法が、予想以上に嚙み合った。
「よし、次はあいつだ」
木の上から、ジャックが小声で言う。
視線の先には、一頭の魔獣。うさぎのような、豚のような魔獣が一頭、地面の臭いをせわしなく嗅ぎまわっていた。
「この子……怯えてる。攻撃するつもりはないみたいだけど、脅かしたら向かってくるよ」
ヴィーが魔獣の様子を確かめる。
「危険性は低そうだな。二人とも、いけるか?」
ジャックがアトラとレイに視線を向ける。
「もちろん。俺が驚かすから、レイ、頼んだぜ」
レイはうなずいた。
「じゃあ、二人とも、行くよ」
合図をすると同時に、ヴィーが魔獣に呼びかけた。
「ねえ、君。あっちの広場に行って。安全な場所だよ」
魔獣の長い耳がぴくりと動く。その目が、森の開けた空間へ向いた。
その直後、わずかに踏み出した前脚を見逃さず――。
「行くぜ!」
アトラが短く呪文を唱え、一瞬で木の枝から地上へ移る。その数歩後ろには、彼らが設置した檻があった。
魔獣が跳ねるように、まっすぐアトラへ突進する。
「今だ!」
刹那、レイの視界の中で、魔獣とアトラの位置が入れ替わった。
アトラが立っていた場所に、勢いのまま駆けてきた魔獣がぽんと現れ、そのまま檻へ突っ込む。
同時に、アトラは魔獣のいた位置で転がるように受け身を取った。
がしゃん、と檻の格子が落ちる音が響く。
「よし!」
ジャックの声が弾んだ。
「やったね!」
レイとヴィーも、互いに顔を見合わせ、手を取り合った。
レイが覚えたのも、転位魔法だった。
ただしアトラのそれが自分自身を別の地点へ移す魔法であるのに対し、レイの魔法は二つの対象の位置を入れ替えるものだ。
二人の魔法の系統が被ったのは、転位魔法が、魔導士が最初に覚える基本中の基本だからだ。
魔法は制約が多いほど必要な魔力量が少なく、再現性も高くなる。その原理を、最も端的に示すのが転位魔法だった。
「あの位置ならいけそうか?」
次なる獲物の動きを目で追いながら、ジャックがレイに尋ねる。
「うん。……ちょっと、ぎりぎりだけど」
レイの転位魔法の制約――それは、入れ替え対象が同時に視界に収まっていることだった。
今度の魔獣は、さっきの魔獣よりも動きが大きい。そのことに不安を覚えながらも、レイは詠唱を口ずさみ始めた。
「レイ、今だ!」
段取り通り、アトラが所定の位置に転位した。
しかし、レイの魔法は、寸前で発動しなかった。
魔獣が茂みの影に入り、視界が切れていたのだ。
「早く!」
木々の奥から、アトラの叫びが聞こえた。
「条件文を変えて。視界制約じゃなく、質量制約にするんだ」
そのとき、不意に背後から低い声が落ちた。
レイが振り返る間もなく——。
「こうだよ」
ギルバートは、短く呪文を唱えた。
その瞬間、檻にいたアトラと魔獣が入れ替わった。
「先輩!」
「ギルバート!」
レイとジャックの声が重なった。
「悪い。遅くなった」
「お前……いないんじゃなかったのか。来るなら来るって言えよ!」
ギルバートはかすかに笑った。
「ヴィー、アトラ、あとは任せた」
「言われなくても、そうするよ!」
後から聞いた話では、ギルバートは、任務先から長距離転位魔法で演習場に駆けつけたのだった。
◇◆◇
「ほんとお前は、毎回美味しいところばっかり持っていきやがって」
ジャックは談話室の長椅子にもたれかかりながら、拗ねたように言った。
「俺だって、慣れないってのにリーダーやったんだからな!」
「ああ。わかってる。よくやってくれた」
ギルバートは、珍しくジャックの軽口に付き合っていた。心なしか、いつもより寛いでいるように見えた。
「三人も、よくやったな」
「先生でもないんだし、あんたに言われても——」
悪態を吐きかけたアトラの言葉が途切れた。
ギルバートの翠の瞳が、柔らかく笑っていたからだった。
レイの胸が高鳴る。
「先輩、今度魔法の再設計の仕方、教えてもらえますか?」
レイが尋ねると、ギルバートはうなずいた。
「僕も……お願いします」
ヴィーが指先を遊ばせながら控えめに言うと、ジャックがその背を軽く叩いた。
「俺にも頼ってくれよな!」
その夜、談話室の空気はこれまでのどの日よりも解けていった。
残された四人は、どこか浮き足立っていた。
「よし。今回は俺がリーダーだ。お前たち、ちゃんと指示を聞けよ」
ジャックは無理に口角を上げていたが、声にはわずかな震えが混じっている。
「俺、転位魔法の特訓したんだ。こいつと組み合わせて奇襲をかけるぜ!」
アトラは三人に剣を掲げてみせた。刀身に呪文が刻まれた魔法道具――いわゆる魔剣だ。
「いいか。無理はしない。全員、怪我をせずに帰る。それが今回の目標だ」
高揚するアトラをよそに、ジャックは力の入った両手を何度も上下させる。
レイとヴィーは神妙な顔でうなずいた。
ギルバートなら、こういうとき、なんて声を掛けるだろう。
レイは少しだけ想像する。きっと、何があっても自分が受け止めるという顔をして、後輩たちには自由にやらせるのだろう。
「えー。せっかく今回は寮対抗なんだ。勝ちにいこうぜ」
騒ぐアトラの横で、ヴィーはレイにだけそっと耳打ちした。
「僕も、魔法の練習をしたんだ。少しは役に立てるかな?」
レイは微笑む。
「うん。みんなで頑張ろう。実は私も、準備したことがあるんだ」
レイは、何度も口ずさんで身につけた、あの魔法を思い浮かべた。
◇◆◇
思いのほか、この臨時チームの演習は順調だった。
放たれた数十頭の魔獣を檻に戻すというこの任務。ヴィーの特殊体質と相性が良かったこともあるし――アトラとレイの魔法が、予想以上に嚙み合った。
「よし、次はあいつだ」
木の上から、ジャックが小声で言う。
視線の先には、一頭の魔獣。うさぎのような、豚のような魔獣が一頭、地面の臭いをせわしなく嗅ぎまわっていた。
「この子……怯えてる。攻撃するつもりはないみたいだけど、脅かしたら向かってくるよ」
ヴィーが魔獣の様子を確かめる。
「危険性は低そうだな。二人とも、いけるか?」
ジャックがアトラとレイに視線を向ける。
「もちろん。俺が驚かすから、レイ、頼んだぜ」
レイはうなずいた。
「じゃあ、二人とも、行くよ」
合図をすると同時に、ヴィーが魔獣に呼びかけた。
「ねえ、君。あっちの広場に行って。安全な場所だよ」
魔獣の長い耳がぴくりと動く。その目が、森の開けた空間へ向いた。
その直後、わずかに踏み出した前脚を見逃さず――。
「行くぜ!」
アトラが短く呪文を唱え、一瞬で木の枝から地上へ移る。その数歩後ろには、彼らが設置した檻があった。
魔獣が跳ねるように、まっすぐアトラへ突進する。
「今だ!」
刹那、レイの視界の中で、魔獣とアトラの位置が入れ替わった。
アトラが立っていた場所に、勢いのまま駆けてきた魔獣がぽんと現れ、そのまま檻へ突っ込む。
同時に、アトラは魔獣のいた位置で転がるように受け身を取った。
がしゃん、と檻の格子が落ちる音が響く。
「よし!」
ジャックの声が弾んだ。
「やったね!」
レイとヴィーも、互いに顔を見合わせ、手を取り合った。
レイが覚えたのも、転位魔法だった。
ただしアトラのそれが自分自身を別の地点へ移す魔法であるのに対し、レイの魔法は二つの対象の位置を入れ替えるものだ。
二人の魔法の系統が被ったのは、転位魔法が、魔導士が最初に覚える基本中の基本だからだ。
魔法は制約が多いほど必要な魔力量が少なく、再現性も高くなる。その原理を、最も端的に示すのが転位魔法だった。
「あの位置ならいけそうか?」
次なる獲物の動きを目で追いながら、ジャックがレイに尋ねる。
「うん。……ちょっと、ぎりぎりだけど」
レイの転位魔法の制約――それは、入れ替え対象が同時に視界に収まっていることだった。
今度の魔獣は、さっきの魔獣よりも動きが大きい。そのことに不安を覚えながらも、レイは詠唱を口ずさみ始めた。
「レイ、今だ!」
段取り通り、アトラが所定の位置に転位した。
しかし、レイの魔法は、寸前で発動しなかった。
魔獣が茂みの影に入り、視界が切れていたのだ。
「早く!」
木々の奥から、アトラの叫びが聞こえた。
「条件文を変えて。視界制約じゃなく、質量制約にするんだ」
そのとき、不意に背後から低い声が落ちた。
レイが振り返る間もなく——。
「こうだよ」
ギルバートは、短く呪文を唱えた。
その瞬間、檻にいたアトラと魔獣が入れ替わった。
「先輩!」
「ギルバート!」
レイとジャックの声が重なった。
「悪い。遅くなった」
「お前……いないんじゃなかったのか。来るなら来るって言えよ!」
ギルバートはかすかに笑った。
「ヴィー、アトラ、あとは任せた」
「言われなくても、そうするよ!」
後から聞いた話では、ギルバートは、任務先から長距離転位魔法で演習場に駆けつけたのだった。
◇◆◇
「ほんとお前は、毎回美味しいところばっかり持っていきやがって」
ジャックは談話室の長椅子にもたれかかりながら、拗ねたように言った。
「俺だって、慣れないってのにリーダーやったんだからな!」
「ああ。わかってる。よくやってくれた」
ギルバートは、珍しくジャックの軽口に付き合っていた。心なしか、いつもより寛いでいるように見えた。
「三人も、よくやったな」
「先生でもないんだし、あんたに言われても——」
悪態を吐きかけたアトラの言葉が途切れた。
ギルバートの翠の瞳が、柔らかく笑っていたからだった。
レイの胸が高鳴る。
「先輩、今度魔法の再設計の仕方、教えてもらえますか?」
レイが尋ねると、ギルバートはうなずいた。
「僕も……お願いします」
ヴィーが指先を遊ばせながら控えめに言うと、ジャックがその背を軽く叩いた。
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