Freaks! “つゆ払い役”の天才魔導士が役目を終えて退場、なんて許さない!

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第三章 光と闇

ep.14 飴の味

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 「いいか、同じ現象を起こすにも、魔法には何通りもの方法がある。例えば、この木の葉を浮かせるには?」

カルダはヴィンセントに問い掛けた。早朝の訓練場には、ほかに人影はない。

「浮遊魔法を使う」
「ほかには?」

ヴィンセントは口ごもった。

「木の葉の周囲の空気に干渉する方法もある」

小さな風が、カルダの手のひらにあった木の葉を宙に舞わせた。

「浮遊魔法は、魔力量の多い魔導士の得手だと思うかもしれない。だが、頭を使えば、少ない魔力量で同じような効果をもたらすことができる」

ヴィンセントがうなずく。

「もう一つ、魔法は、制約が細かくなるほど使う魔力量が少なく済む。魔力に制約を織り込むのが詠唱だ。極端なことを言えば、詠唱を自由に操ることができれば、魔力がなくても魔法は使える。まあ、そのためには膨大な魔導言語を覚えることになるが」

カルダの頭には、ある少年の姿が浮かんでいた。

「これらをうまく使えば、魔力量で上回る相手にも対抗できる」
「はい」

ヴィンセントの素直な返事に、カルダは少し驚いた。

 そのとき、背後で気配がした。振り返らずとも、それが誰なのかわかっていた。

「カルダ」

彼は痺れを切らしたのか、カルダの名を呼ぶ。

「少し抜ける。まずは教えたことを試してみろ」

カルダは静かにヴィンセントに言い置いた。

 訓練場の門の陰に、翠の目の少年が立っていた。

「何の用だ」

カルダは腕を組み、顔を顰める。

「刻印の強化が必要か?」

柱についた彼の手は強張っていた。

「数日――いや、一日でもいい。猶予をください」

ギルバートはすぐに顔を伏せた。

「何の話をしている?」
「次の任務まで……」

黒髪が彼の目に覆いかかる。

「なぜだ?」
「魔力の、調整のためです」
「調整ならしたばかりだろう」

カルダは声の調子を変えなかった。

「魔力が不安定です。このまま行っても、任務の成功率は下がります。状況次第では、味方を巻き込むかもしれない」

不快感がカルダの胸を衝いた。

「俺を脅すつもりか?」
「……違います」

カルダは沈黙した。
そこへ、躊躇いがちな足音が近づいた。

「先輩?」

ヴィンセントだ。
カルダは振り返った。

「練習していろと言ったろう」
「はい……」

返事はどこか上の空だった。
ヴィンセントの視線は、ギルバートに注がれていた。

「……わかった。二日だ。それ以上は待たない」

ギルバートがうなずいた。

「……ありがとうございます」
「勘違いするな。この埋め合わせはしてもらう」

カルダはヴィンセントの背を押し、訓練場に戻った。

◆◇◆

 ギルバートは、迷いながらも森へ向かった。

『明日も、明後日も、その次の日も、わたしはここにいるよ』

期待するわけではない。
ただ、行かないわけにはいかなかっただけ。

 小波のような音を立てる木々の下に、彼女の姿はなかった。

視線が、無意識に周囲をなぞる。
彼は、しばし、そこに立ち尽くしていた。

――まだ、授業の時間だ。

そう思い直すと、彼はゆっくりとベンチに腰を下ろした。

 鐘の音が、遠くで鳴り響いた。授業の終りを知らせる鐘だ。
それから、どれくらい経っただろう。気もそぞろに頁をめくっていた本も、いつの間にか残り数頁になっていた。

彼女は、来なかった。

ギルバートは、静かに本を閉じた。
空を仰ぐ。少し寒い。
日が暮れるまで、もう数時間もないだろう。

◆◇◆

 「コニー!」

鐘の音が鳴り、コンスタンシアは実験道具を片づけていた。
そのとき、ルームメイトの二コラに呼び止められた。

「明後日、演劇部の公演があるの知ってるよね? 大道具ができあがってなくて。……作るの、手伝ってくれない?」

二コラが顔の前で手を合わせる。

「ごめん、わたし、この後用事があって……」

コンスタンシアの脳裏に、森のベンチで待つ彼の姿が思い浮かぶ。
いや、一方的な“約束”だ。本当に彼がいるかもわからないのだけど。
根拠はない。けれど、きっと来てくれる気がしていた。

「人手が足りないの。一時間でいいから。ね、お願い!」

一時間? そんなに待たせられない。

「同室のよしみで、さ」
「うーん。……本当に、ちょっとだけだよ!」

 コンスタンシアは、小走りで森へ向かった。
その場で何度も引き止められて、結局時間が過ぎてしまった。

小径を抜けたとき、すぐに彼の姿が目に入った。
彼は、ちょうど立ち上がり、制服の裾を払っているところだった。

「せんぱい!」

コンスタンシアは、息を切らしながら、出せる限りの声で呼びかけた。
彼と目が合った。心底驚いたような顔だった。

「行かないで、ください」

声は思ったよりもかすれていた。
コンスタンシアは動けなかった。
待たせていた申し訳なさと、来てくれた嬉しさと、会えた喜びが、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。

彼は気まずそうに目を逸らし、もう一度座り直した。

「遅くなって、ごめんなさい」

彼女はそっとベンチに近づく。
彼は、前みたいに微笑んだ。けれど、口元はひきつって、以前よりもどこかぎこちない。

「……隣りに座っても、いいですか?」
「……ああ」

彼女はそっと彼の隣りに座った。
ふと、見つめ合うように視線が交わる。

「友だちに頼まれごとを――」
「昨日は――」

二人は、同時に口を開いた。
コンスタンシアは、咄嗟に口をつぐむ。

「すまなかった。怖がらせて」
「……ううん。平気だよ」

コンスタンシアは彼の横顔を盗み見た。

大丈夫だったかって、聞いてもいい?
やっぱり、大丈夫じゃなかったよね。きっと、今も――。

「あのね、……甘いものは、好き?」

突然の質問に、ギルバートは目を丸くした。
コンスタンシアは上着のポケットから小さな袋を取り出す。

「飴を持って来たんだ」

その中から、カラフルな包みの飴を手のひらに広げてみせた。

「たぶん……?」

ギルバートが戸惑いながらも答える。
コンスタンシアの頬が思わず緩んだ。

「あげるね!」

コンスタンシアは、彼の手に飴玉をそっと乗せた。

「……ありがとう」
「食べてみて」

彼に、少しでも元気になってほしかった。

「お母さんが時々送ってくれるんだ。すっごく甘いでしょ?」

飴を頬張る彼の横顔を、静かに見つめていた。
やはり、彼の目の下の影は昨日よりも濃かった。

やっぱり、医務室に……。

「……うん、甘い」

けれど、彼の口元がわずかに綻んだから——コンスタンシアの言葉は、喉の奥で引っかかった。

——笑ってくれた。

彼はきっと、医務室に行くことを嫌がる。
それなら、今はここで、彼のささやかな笑顔を守りたかった。

 「……そろそろ日が暮れるな」

切り出したのは彼だった。
秋の夕暮れの空気は冷たい。
コンスタンシアは飴の包み紙を指先で弄んだ。本当は名残惜しい。けれど、うなずいた。

去り際、彼は言った。

「……これは、約束じゃない。待ち合わせでもない。……だから、無理しなくていい」

彼の声は低く、風の音にかき消されそうだった。
コンスタンシアの胸は、ぎゅっとなった。

彼女は小さくうなずき、「うん」とだけ返した。
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