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第六章 最後の選択
ep.26 反逆の代償
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あれから——彼が姿を消して、一週間近くが経つ。けれど、彼は森に現れなかった。
コンスタンシアは、森の入り口に立ち、遠目にベンチを見つめた。
かじかむ指先に、そっと息を吹きかける。
外はもう寒くて、マフラーと手袋なしではいられなくなっていた。
ベンチには、落ち葉が溜まるばかりだ。
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
三日前、意を決して彼の寮まで足を運んだ。ポケットにクッキーを忍ばせて。
応じてくれたのは、あの少年——ヴィンセント先輩だった。
そのときの彼の沈んだ表情が、澱みのようにコンスタンシアの心をかき乱した。
『先輩を探しに来たの?』
コンスタンシアが頷くと、彼は辺りを見回し、声を潜めた。
『まだ寮の皆しか知らないんだけど、君にだけ教えるね』
コンスタンシアは眉を寄せた。
嫌な予感がした。耳を塞いでしまいたかった。
『……学園の外で、犯罪組織といるところを見られたって。寮にも帰ってきてない』
『犯罪……?』
危ない目に遭っているのだろうか。
けれど、少年はそうは言わなかった。
『先生たちが探してる。……僕たちにも、寮に戻ってきたら知らせるようにって』
ヴィンセントが『だから、君も』と言いかけて、やめた。
『僕は先輩を信じたい。でも……先生と、揉めてたみたいだから……。君は、先輩と関わらなかったことにしたほうが……いいかも』
コンスタンシアは、すぐには言葉が出なかった。
やがて、ヴィンセントの伏せた視線から、その言葉の意味を理解した。
彼は何かに巻き込まれたのではなく、自分から学園を去ったと思われているのだ。
最後に会った日の、困惑したようなギルバートの表情を思い出す。
けれど——学園を去るつもりなら、明日の約束に、あんな優しい声で「わかった」なんて言うだろうか。
コンスタンシアは、唇を引き結んだ。
『……もし、先輩が帰ってきたら、わたしにも教えてください。中等部二年生の、コンスタンシアです』
冷たい風が頬をかすめ、コンスタンシアは、はっと我に返った。
寒さに身震いして、ポケットに手を押し込むと、クッキーの包みが乾いた音を立てた。
そうでなくても——半年前に彼が寮の仲間と何があったかを聞いてしまった。
『あの人は、危ない人だよ。憧れとか、そういうの、あの人には通じないよ』
あのとき、レイチェル先輩が伝えたかったことは、こういうことだったのだろうか?
◇◆◇
柔らかい毛の感触。ギルバートが目を開けると、そこは赤い絨毯の敷き詰められた部屋だった。
静寂と、かすかな香の匂い。
メリエルの書斎だ。
転位が成功したのだ。
ギルバートは身体を起こし、光沢を帯びた黒い机に駆け寄った。
一歩を踏み出すたびに、息が漏れる。
時間の猶予はない。
机の上や引き出しの中に積まれた書類の山を掻き分ける。
「……これか」
革紐で綴じられた、厚みのある紙束。
ぱらぱらと紙をめくると、そこには魔力を持つ子供たちの名前と、能力、そして居場所が記されていた。
『やり遂げれば……俺から師匠に交渉してやろう。誰も文句が言えぬほど、やり遂げればな』
カルダの言葉をもう一度噛み締める。
ギルバートは“仕入れリスト”を手に、もう片方の手で胸の呪印に触れた。
——学園に戻る、緊急脱出の鍵だ。
ギルバートの身体は、冷たい石床に放り出された。
手足の感覚がなく、吐き気がこみ上げる。
メリエルの書斎と学園の二つの結界を無理に抜けたせいだ。
「いたぞ!」
「その場に伏せろ!」
ギルバートは意識の狭間で、押し寄せる硬い足音を聞いた。
霞む視界には、軍靴だけが揺れて見える。
目だけで見上げた先に、魔導警察の後ろで腕を組んだカルダがいた。
「……カ、ルダ」
ギルバートは手にした名簿を差し出す。
その手を、誰かが掴んだ。
「市街地での大規模魔法行使、および破壊の容疑で、身柄を拘束する」
腕を一気に後ろ手に捻り上げられた。
骨が軋み、呻きとともに肺から空気が押し出される。
「《角蜘蛛》の刺青を確認」
冷たく言い切る声に、ギルバートは唇を開いた。
違う、と言いたかった。けれど、息が漏れるばかりで声にならない。
ギルバートの視線の先で、カルダが何も言わずに目を逸らした。
「魔力封じを」
手首に冷たいものが触れる。
その瞬間、朦朧とした意識が、もう一段深くに落ちるような感覚に襲われた。
「や、めろ……」
「口を塞げ。詠唱させるな」
ギルバートの口に荒々しく布が押し込まれた。
「……っ」
息が詰まる。魔力封じで拘束された震える指先が、虚空を掴んだ。
「抵抗なし。搬送する」
腕を引き上げられた衝撃で、視界が赤く弾けた。
ギルバートは、そのまま意識の底へ、静かに沈んでいった。
コンスタンシアは、森の入り口に立ち、遠目にベンチを見つめた。
かじかむ指先に、そっと息を吹きかける。
外はもう寒くて、マフラーと手袋なしではいられなくなっていた。
ベンチには、落ち葉が溜まるばかりだ。
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
三日前、意を決して彼の寮まで足を運んだ。ポケットにクッキーを忍ばせて。
応じてくれたのは、あの少年——ヴィンセント先輩だった。
そのときの彼の沈んだ表情が、澱みのようにコンスタンシアの心をかき乱した。
『先輩を探しに来たの?』
コンスタンシアが頷くと、彼は辺りを見回し、声を潜めた。
『まだ寮の皆しか知らないんだけど、君にだけ教えるね』
コンスタンシアは眉を寄せた。
嫌な予感がした。耳を塞いでしまいたかった。
『……学園の外で、犯罪組織といるところを見られたって。寮にも帰ってきてない』
『犯罪……?』
危ない目に遭っているのだろうか。
けれど、少年はそうは言わなかった。
『先生たちが探してる。……僕たちにも、寮に戻ってきたら知らせるようにって』
ヴィンセントが『だから、君も』と言いかけて、やめた。
『僕は先輩を信じたい。でも……先生と、揉めてたみたいだから……。君は、先輩と関わらなかったことにしたほうが……いいかも』
コンスタンシアは、すぐには言葉が出なかった。
やがて、ヴィンセントの伏せた視線から、その言葉の意味を理解した。
彼は何かに巻き込まれたのではなく、自分から学園を去ったと思われているのだ。
最後に会った日の、困惑したようなギルバートの表情を思い出す。
けれど——学園を去るつもりなら、明日の約束に、あんな優しい声で「わかった」なんて言うだろうか。
コンスタンシアは、唇を引き結んだ。
『……もし、先輩が帰ってきたら、わたしにも教えてください。中等部二年生の、コンスタンシアです』
冷たい風が頬をかすめ、コンスタンシアは、はっと我に返った。
寒さに身震いして、ポケットに手を押し込むと、クッキーの包みが乾いた音を立てた。
そうでなくても——半年前に彼が寮の仲間と何があったかを聞いてしまった。
『あの人は、危ない人だよ。憧れとか、そういうの、あの人には通じないよ』
あのとき、レイチェル先輩が伝えたかったことは、こういうことだったのだろうか?
◇◆◇
柔らかい毛の感触。ギルバートが目を開けると、そこは赤い絨毯の敷き詰められた部屋だった。
静寂と、かすかな香の匂い。
メリエルの書斎だ。
転位が成功したのだ。
ギルバートは身体を起こし、光沢を帯びた黒い机に駆け寄った。
一歩を踏み出すたびに、息が漏れる。
時間の猶予はない。
机の上や引き出しの中に積まれた書類の山を掻き分ける。
「……これか」
革紐で綴じられた、厚みのある紙束。
ぱらぱらと紙をめくると、そこには魔力を持つ子供たちの名前と、能力、そして居場所が記されていた。
『やり遂げれば……俺から師匠に交渉してやろう。誰も文句が言えぬほど、やり遂げればな』
カルダの言葉をもう一度噛み締める。
ギルバートは“仕入れリスト”を手に、もう片方の手で胸の呪印に触れた。
——学園に戻る、緊急脱出の鍵だ。
ギルバートの身体は、冷たい石床に放り出された。
手足の感覚がなく、吐き気がこみ上げる。
メリエルの書斎と学園の二つの結界を無理に抜けたせいだ。
「いたぞ!」
「その場に伏せろ!」
ギルバートは意識の狭間で、押し寄せる硬い足音を聞いた。
霞む視界には、軍靴だけが揺れて見える。
目だけで見上げた先に、魔導警察の後ろで腕を組んだカルダがいた。
「……カ、ルダ」
ギルバートは手にした名簿を差し出す。
その手を、誰かが掴んだ。
「市街地での大規模魔法行使、および破壊の容疑で、身柄を拘束する」
腕を一気に後ろ手に捻り上げられた。
骨が軋み、呻きとともに肺から空気が押し出される。
「《角蜘蛛》の刺青を確認」
冷たく言い切る声に、ギルバートは唇を開いた。
違う、と言いたかった。けれど、息が漏れるばかりで声にならない。
ギルバートの視線の先で、カルダが何も言わずに目を逸らした。
「魔力封じを」
手首に冷たいものが触れる。
その瞬間、朦朧とした意識が、もう一段深くに落ちるような感覚に襲われた。
「や、めろ……」
「口を塞げ。詠唱させるな」
ギルバートの口に荒々しく布が押し込まれた。
「……っ」
息が詰まる。魔力封じで拘束された震える指先が、虚空を掴んだ。
「抵抗なし。搬送する」
腕を引き上げられた衝撃で、視界が赤く弾けた。
ギルバートは、そのまま意識の底へ、静かに沈んでいった。
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