33 / 36
最終章
ep.32 手紙
しおりを挟む
「ねえ、コニー。三年生の教科書、もう買った?」
制服のリボンを結びながら、鏡越しにニコラが言った。
コンスタンシアは、窓の外を見ていた。
春に近づく陽光。彼と出会ったあの季節が、また巡ってくる。
「まだ、かな」
コンスタンシアは、まだどこか上の空で答えた。
「一緒に買いに行こうよ。中庭で販売会やってるって」
ニコラが振り返った。
「コニー、聞いてる?」
「行く! 行くよ! どこでやってるんだっけ?」
ニコラは呆れたように腰に手を当てた。
「中庭だよ! さっき言ったのに! ……また考え事してたの?」
「……うん。でも、いいよ。行こ!」
コンスタンシアは勢いよくベッドから立ち上がる。
けれど、まだ寝間着を着ていたことを思い出した。
中庭は人でごった返していた。
目当ての教本を探しているうちに、ニコラともはぐれてしまった。
仕方なく中庭の隅にある植え込みのそばへ移動し、ニコラの姿を探した。
「……それで、カルダ先生が――」
そのとき、どこからか聞こえてきた噂が、コンスタンシアの注意を強く引いた。
カルダ先生って、あのときの――?
コンスタンシアは思わず耳を澄ませた。
先生たちが柱の反対側で話しているようだった。
「ああ、彼か。あの戦術科のギルバート――」
心臓が跳ねた。
ギルバートって、言った?
「今は中央機構で保護されているらしい」
嘘。彼は生きてるの……?
コンスタンシアが柱を回りこもうと足を踏み出したとき、誰かがその腕を掴んだ。
「見つけた! 探したよ!」
ニコラだった。
「どうしたの?」
「彼が、生きてるって……」
ニコラの瞬きが止まる。
「え!」
「ねえ、今の先生たち、知ってる?」
コンスタンシアは、歩き去ろうとしている二人の先生の姿を目で追った。
「あ、右はうちのクラブの顧問だよ! なんで?」
「それなら――」
◇◆◇
カルダは執務卓の引き出しから、一枚の封筒を取り出した。
法廷の召喚状。
同じものがフィニアスにも届いているはずだ。
あの人は、なんと証言するだろうか。
自分は、それに従うべきだろうか。
『お前は、正しいことにその能力を活かせるはずだ』
師の教えでもあるこの言葉を、ヴィンセントに告げたのは自分だった。
『僕は、そのつもりです。だから、先輩が本当に悪い人だったのかを、知りたいんです。先輩は、僕を助けてくれたから』
自分が通してきたのは、師の理念を守るための“正解”でしかない。
彼らに対して行ってきたことは、真実に“正しいこと”だったと言えるのだろうか?
――自分は、正義の名の下に、魔法よりも恐ろしい力を彼らに対して振るっていたのではなかったか。
◆◇◆
定期面談から戻ると、ギルバートの簡素なベッドに封筒が置いてあった。
それは、何度目かに見る審問会の召喚状。
その下に、見慣れないもう一枚の封筒があった。
ギルバートは息を詰め、それをそっと拾い上げた。
封筒に差出人の名はない。けれど、薄く色のついたそれは――。
慎重に封を切る。
『ギルバート先輩へ』
丸みを帯びた文字。
視線が、無意識に差出人の名前を探す。
二枚目の便箋の最後に、その名があった。
――コンスタンシア。
なぜ。どうやって。
見たいけれど、見たくない。その恐怖心がどこから来るのか、彼自身がわかってはいなかった。
『あなたが生きていると聞いて、どうしても伝えたくて、この手紙を書きます』
書き出しは、あまりにも彼女らしかった。
その素直さが変わっていなくて、彼はなぜか微笑んでいた。
『わたしは、あなたの隣にいられて、嬉しかった。
あなたが笑ってくれた日を、わたしはずっと忘れていません。
どうか、痛みが少しでもやわらいでいますように。
どうか、あなたが、あなた自身を嫌いになっていませんように。
本当は、少し怖いです。この手紙が、あなたに届かないかもしれない。
届いても、もうあなたがわたしを思い出したくないかもしれない。
それでも、待っています。
いつまでも、とは言いません。でも、しばらくの間だけでも。
コンスタンシア』
ギルバートは手紙を手にしたまま、ベッドの縁に座り込んだ。
しばらく、そのまま動けなかった。
何度も、その文字を読み返す。
――彼女は、覚えていてくれたのだ。
彼女がまだ待っていてくれているのに、折れるわけにはいかない。
枕元には、封筒と便箋、そしてペンが控えめに置かれていた。
この手紙を届けた誰かが、返すことを許してくれたのだろう。
一度は、ペンを手に取ろうとした。
けれど、数行と書かないうちに、手を止めた。
「戻る」と書けば、彼女はそれを信じてしまう。
審問は続いている。彼はまだ、確実に戻れる保証を持っていなかった。
今度こそ、彼女を裏切りたくない。
カルダとフィニアスに、法廷で会う日は近い。
そこで、一つの結論が出るだろう。
制服のリボンを結びながら、鏡越しにニコラが言った。
コンスタンシアは、窓の外を見ていた。
春に近づく陽光。彼と出会ったあの季節が、また巡ってくる。
「まだ、かな」
コンスタンシアは、まだどこか上の空で答えた。
「一緒に買いに行こうよ。中庭で販売会やってるって」
ニコラが振り返った。
「コニー、聞いてる?」
「行く! 行くよ! どこでやってるんだっけ?」
ニコラは呆れたように腰に手を当てた。
「中庭だよ! さっき言ったのに! ……また考え事してたの?」
「……うん。でも、いいよ。行こ!」
コンスタンシアは勢いよくベッドから立ち上がる。
けれど、まだ寝間着を着ていたことを思い出した。
中庭は人でごった返していた。
目当ての教本を探しているうちに、ニコラともはぐれてしまった。
仕方なく中庭の隅にある植え込みのそばへ移動し、ニコラの姿を探した。
「……それで、カルダ先生が――」
そのとき、どこからか聞こえてきた噂が、コンスタンシアの注意を強く引いた。
カルダ先生って、あのときの――?
コンスタンシアは思わず耳を澄ませた。
先生たちが柱の反対側で話しているようだった。
「ああ、彼か。あの戦術科のギルバート――」
心臓が跳ねた。
ギルバートって、言った?
「今は中央機構で保護されているらしい」
嘘。彼は生きてるの……?
コンスタンシアが柱を回りこもうと足を踏み出したとき、誰かがその腕を掴んだ。
「見つけた! 探したよ!」
ニコラだった。
「どうしたの?」
「彼が、生きてるって……」
ニコラの瞬きが止まる。
「え!」
「ねえ、今の先生たち、知ってる?」
コンスタンシアは、歩き去ろうとしている二人の先生の姿を目で追った。
「あ、右はうちのクラブの顧問だよ! なんで?」
「それなら――」
◇◆◇
カルダは執務卓の引き出しから、一枚の封筒を取り出した。
法廷の召喚状。
同じものがフィニアスにも届いているはずだ。
あの人は、なんと証言するだろうか。
自分は、それに従うべきだろうか。
『お前は、正しいことにその能力を活かせるはずだ』
師の教えでもあるこの言葉を、ヴィンセントに告げたのは自分だった。
『僕は、そのつもりです。だから、先輩が本当に悪い人だったのかを、知りたいんです。先輩は、僕を助けてくれたから』
自分が通してきたのは、師の理念を守るための“正解”でしかない。
彼らに対して行ってきたことは、真実に“正しいこと”だったと言えるのだろうか?
――自分は、正義の名の下に、魔法よりも恐ろしい力を彼らに対して振るっていたのではなかったか。
◆◇◆
定期面談から戻ると、ギルバートの簡素なベッドに封筒が置いてあった。
それは、何度目かに見る審問会の召喚状。
その下に、見慣れないもう一枚の封筒があった。
ギルバートは息を詰め、それをそっと拾い上げた。
封筒に差出人の名はない。けれど、薄く色のついたそれは――。
慎重に封を切る。
『ギルバート先輩へ』
丸みを帯びた文字。
視線が、無意識に差出人の名前を探す。
二枚目の便箋の最後に、その名があった。
――コンスタンシア。
なぜ。どうやって。
見たいけれど、見たくない。その恐怖心がどこから来るのか、彼自身がわかってはいなかった。
『あなたが生きていると聞いて、どうしても伝えたくて、この手紙を書きます』
書き出しは、あまりにも彼女らしかった。
その素直さが変わっていなくて、彼はなぜか微笑んでいた。
『わたしは、あなたの隣にいられて、嬉しかった。
あなたが笑ってくれた日を、わたしはずっと忘れていません。
どうか、痛みが少しでもやわらいでいますように。
どうか、あなたが、あなた自身を嫌いになっていませんように。
本当は、少し怖いです。この手紙が、あなたに届かないかもしれない。
届いても、もうあなたがわたしを思い出したくないかもしれない。
それでも、待っています。
いつまでも、とは言いません。でも、しばらくの間だけでも。
コンスタンシア』
ギルバートは手紙を手にしたまま、ベッドの縁に座り込んだ。
しばらく、そのまま動けなかった。
何度も、その文字を読み返す。
――彼女は、覚えていてくれたのだ。
彼女がまだ待っていてくれているのに、折れるわけにはいかない。
枕元には、封筒と便箋、そしてペンが控えめに置かれていた。
この手紙を届けた誰かが、返すことを許してくれたのだろう。
一度は、ペンを手に取ろうとした。
けれど、数行と書かないうちに、手を止めた。
「戻る」と書けば、彼女はそれを信じてしまう。
審問は続いている。彼はまだ、確実に戻れる保証を持っていなかった。
今度こそ、彼女を裏切りたくない。
カルダとフィニアスに、法廷で会う日は近い。
そこで、一つの結論が出るだろう。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
悪女の最後の手紙
新川 さとし
恋愛
王国を揺るがす地震が続く中、王子の隣に立っていたのは、婚約者ではなかった。
人々から「悪女」と呼ばれた、ひとりの少女。
彼女は笑い、奪い、好き勝手に振る舞っているように見えた。
婚約者である令嬢は、ただ黙って、その光景を見つめるしかなかった。
理由も知らされないまま、少しずつ立場を奪われ、周囲の視線と噂に耐えながら。
やがて地震は収まり、王国には安堵が訪れる。
――その直後、一通の手紙が届く。
それは、世界の見え方を、静かに反転させる手紙だった。
悪女と呼ばれた少女が、誰にも知られぬまま選び取った「最後の選択」を描いた物語。
表紙の作成と、文章の校正にAIを利用しています。
愛を忘れた令嬢が平民に扮した公爵子息様に娶られる話
rifa
恋愛
今まで虐げられ続けて育ち、愛を忘れてしまった男爵令嬢のミレー。
彼女の義妹・アリサは、社交パーティーで出会ったオリヴァーという公爵家の息子に魅了され、ミレーという義姉がいることを一層よく思わないようになる。
そこでミレーを暴漢に襲わせ、あわよくば亡き者にしようと企んでいたが、それを下町に住むグランという青年に助けられ失敗し、ミレーはグランの家で保護され、そのまま一緒に暮らすようになる。
そしてそのグランこそがアリサが結婚を望んだオリヴァーであり、ミレーと婚約することになる男性だった。
やがてグランが実は公爵家の人間であったと知ったミレーは、公爵家でオリヴァーの婚約者として暮らすことになる。
だが、ミレーを虐げ傷つけてきたアリサたちを許しはしないと、オリヴァーは密かに仕返しを目論んでいた。
※アリサは最後痛い目を見るので、アリサのファンは閲覧をオススメしません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる