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第23話 弁護士事務所②

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 出来杉弁護士は委任契約書を確認すると、それをクリアファイルに収め、代わりに一枚の紙をテーブルに置いた。

「委任契約書の記入、ありがとうございました。事前に頂いていたデータから請求金額を算出致しましたが、こちらで如何でしょうか?」

 紙に書かれていたのは、三年分の推定残業代。そして、退職時に貰えるはずだった退職金五十万円。不当解雇による慰謝料百万円。合計一千万円と書いてある。

「ええっ!? こんなに請求できるんですか?」

 俺の二年分の年収じゃん!
 勿論、社会保険料や所得税、住民税控除前の年収である。

 唖然とした表情を浮かべながら紙を手に取ると、出来杉弁護士が苦笑いを浮かべながら呟く。

「ええ、改正労働基準法で、残業代を含む賃金に関する債権の時効期間が二年から『当分の間、三年間とする』ことになりました。その為、三年分の未払残業代と退職時に支払われる筈の五十万円、不当解雇による慰謝料百万円を加算した一千万円をアメイジング・コーポレーション㈱に対する請求額と致しました」
「い、一千万円ですか!?」

 如何でしょうかも、何もない。
 これは僥倖だ。

「この金額でお願いします!」

 まさか、労働基準法が改正されて債権の時効が二年から三年になっているとは思いもしなかった。しかも、不当解雇に対する慰謝料まで貰えるらしい。
 一千万円の請求か。石田管理本部長の頬が引き攣るのが目に浮かぶ。

「承知致しました。それでは、こちらの金額で内容証明郵便を送りたいと思います。ああ、それと高橋様はハローワークで失業保険の受給手続きをされておりますか?」

 えっ、失業保険の受給手続き?
 その日の内にしているけど……。

「はい。会社を辞めた日の内に手続きに行きましたけど、それが何か……?」
「そうですか……。高橋様は現在、ハローワークに自己都合退職での受給申請をしていると思われますが、今回のケースだと会社都合退職に変更する事が可能です。受給開始期間も大幅に短縮されますので、もしよろしければ、ハローワークへ再度、変更手続きに行かれてはと思いまして……」
「ええっ! そうな事ができるんですか!?」

 詳しい内容を聞いて見ると、不当解雇や連続する三ヶ月の期間で毎月四十五時間以上の残業を行っていたり、直近六ヶ月の間に一月百時間以上の残業があるケースは後からハローワークに申請する事で、自己都合から会社都合に変更する事ができるらしい。

 とてもいい事を聞いた。
 自己都合と会社都合とでは失業保険の受給開始が二ヶ月間違う。
 ありがたい話だ。後で変更手続きに行ってこよう。

「それと、これは今後の話となりますが、内容証明郵便と共に、弁護士が代理人として窓口になる事を相手側に知らせる書面、受任通知を送付します。もしかしたらアメイジング・コーポレーション㈱より高橋様に直接電話があるかもしれません。もし、電話があった場合、無視する様にして下さい。着信拒否設定にしてしまっても問題ありません」
「わかりました」

 なるほど、石田管理本部長なら鬼電してきそうだ。
 別に石田管理本部長と親しい訳でもないし、あちら側とは争う立場にある。積極的に関わりたい訳でもないし、さっさと着信拒否設定をしてしまおう。

「それでは、進展があったらまたこちらから連絡させて頂きます。証拠も揃ってますし、早ければ一週間、遅くとも三ヶ月以内には話が纏ると思います。もし不明な点等ございましたら、いつでも連絡して下さい」
「はい。わかりました」

 話を終えた俺は、出木杉弁護士に見送られ、弁護士事務所を後にする。

「ふう……」

 それにしても、弁護士って凄いな!
 まさか一千万円も請求する事ができるとは思いもしなかった。

 まあ請求金額の内、三割は成功報酬として弁護士に支払わなければならないし、実費も含めると手元に残るのは六百万程度だろうけど、十分だ!

 俺としては、不当解雇したアメイジング・コーポレーション㈱にダメージを与える事ができればそれでいい。
 なんだか楽しくなってきた。

 それによく考えて見れば、俺は本来貰える筈だった残業代と退職金を請求しているだけに過ぎない。悪いのはその支払いをしてこなかったアメイジング・コーポレーション㈱だ。
 従業員の正当な権利を蔑ろにし、食い物にする企業なんて滅べばいい。
 というより、それを良しとしている管理本部長なんて滅べばいい。

 そうだ。俺達は残業代を請求できる。その権利がある。
 今、求められているのは、新たな責任の時代だ。
 従業員を雇う企業は変化していく必要がある。

 よし。手始めに石田管理本部長とアメイジング・コーポレーション㈱の電話番号を着信拒否する所から始めよう。
 石田管理本部長は、西木社長の前と電話口だけでは声高に威勢のいい事を叫ぶからね!

 ノーストレス、ノーライフ。
 ストレスのない人生を送る為に着信拒否設定は大切だ。

 早速、着信拒否設定をした俺は、ハローワークに赴き、出木杉弁護士の助言通り、失業保険の受給手続きを終えるとカンデオホテルに戻る事にした。

「ふう。意外と時間がかかったな……」

 時計を見て見ると午後一時になっていた。
 さて、今日は何をしようかな?

「…………」

 特にやることもないし、とりあえず、DWにログインするか。
 冷蔵庫組が押し掛けてきた後、宿がどうなっているか気になるし……。

 俺はベッドの上で横になると「――コネクト『Different World』」と呟き、DWの世界へとログインする。

「うん? 何だこりゃ……」

 俺がログインした場所。
 そこは檻の中だった。

 おかしい。何がどうなっている?
 ここは宿の中じゃなかったのか??
 ……いや、間違いない。
 ここは、宿の中のようだ……。

 周囲を見渡すと、皆驚いた表情を浮かべている。

 おいおい。そんなに熱い視線を俺に送らないでくれよ。
 照れるだろ?

 っていうか、恥ずかしいからマジで止めて。
 檻に閉じ込められた俺を見ないで!
 つーか、何で俺がログアウトした場所に檻が置いてあるんだよ!

 これをここからどけない限り、俺はずっと檻の中にログインする羽目になるじゃねーか!
 今すぐどけろ!

 檻にしがみ付きながら心の中でそう叫んでいると、カマ口調で顔真っ青な顔をした禿げ頭なニューカマーが檻の外から話しかけてきた。

「おやおや、誰かと思えば、昨日、私達の目の前から突如として姿を消したお馬鹿さんではありませんか。なんで檻の中に入っているのですか? まあ、この檻はあなたを捕える為に拵えたものですので丁度良いには丁度良いのですが……」

 そう言うと、ガチャンという音と共に檻が閉まる。
 どうやらこの檻。反対側が開いていたらしい。

 この檻は箱罠と呼ばれる大型モンスターを捕える際のものだ。
 箱罠の中には、バナナが吊り下げられている。

「いや、アホか! バナナで俺の事を捕まえる気だったのお前達!? 気は確かか? 俺は畜生か何かかよ!?」

 吊り下げられたバナナを剥くと、バナナの果実部分を食べながら猛抗議する。
 そう言えば昼食がまだだったからね。
 丁度良いものが吊り下げられていたから食べただけだ。
 決して、バナナが食べたくて箱罠に引っかかった訳ではない。

「いや、現実に箱罠に捕えられているではありませんか……。バナナも食べているようですし……」
「まあ、そうなんだけどね……」

 それを言われると弱い。
 仕方がない。とりあえず、モブ・フェンリルバズーカで檻を吹っ飛ばして出るか。
 宿の中でバズーカを打つのは気が引けるが今は非常時。
 きっと許してくれるだろう。
 それにほら、この宿は俺がオーナーだしね。

 オーナーの言う事は絶対。従業員達はオーナーの命令を聞かなければならない。
 ……という事で、ぶっ放します。

 ぐぎゅるるるるっ。

「う、うぐっ!?」

 そうバズーカを構えると、急に腹が痛くなってきた。
 い、一体何が……。俺の腹に何が起こっている……。

 バズーカを下ろし腹を抱えると、冷蔵庫組のトップ、リフリ・ジレイターがいやらしさ全開の笑みを浮かべた。

「ふふふっ、ようやく効いてきたみたいですね……」
「お、お前っ……。一体何を……」

 俺の腹に何をしやがったんだ!?

「そんな事、決まっているではありませんか……。バナナに下剤を盛ったのですよ。あなたが逃げられない様、超強力な下剤をね……」
「な、何っ!?」

 な、なんて凶悪な事を考えるんだ!?
 今いる場所は檻の中。当然、トイレなんてある筈がない。
 ああ、視界に映るトイレのマークが遠い。遥か遠くに感じる。

 ぐぎゅるるるるっ。

「は、はうっ!?」

 き、急に波が来やがった!?
 だ、駄目だ。俺は人としての尊厳を捨てる訳には……。
 一点物のモブ・フェンリルスーツを汚す訳にもいかない。

 し、しかし、どうする……。
 迫り来る便意を前に動く事ができない。
 何より今は檻の中……。

 ぐっ、八方塞がりだ!

「ふふふっ、いい様ですね。お馬鹿さん。この私、リフリ・ジレイターに舐めた真似をするからそうなるんです。さて、私の条件を飲むならトイレに行かせてあげてもいいですよ? どうしますか?」

 リフリ・ジレイターは、クスクス笑いながらそんな事を言う。

「……じ、条件とは何だ!?」
「なあに、簡単な事です。あなたが私の部下から奪い取った物を全て返しなさい。あなたの全財産もです。そうしたら、トイレに行かせてあげますよ」
「な、なにぃぃぃぃ!?」

 な、なんて強欲な奴なんだ。
 宿のトイレを一回利用するだけなのに、全財産を要求してくるとは……。
 しかし、一刻の猶予もない。

 コクリと頷くと、リフリ・ジレイターは笑みを浮かべる。

「ふふふっ、最初から素直にそうしていれば、そんな目に遭わなかったものを……。ほら、これを使いなさい」
「……はっ?」

 そう言ってリフリ・ジレイターが檻の中に入れたのは、犬用のトイレトレーだった。

「モブ・フェンリルにはそれで十分でしょう? ほら、さっさとその犬用トイレトレーにしなさいよ! みんなであなたの醜態を嘲笑ってあげるわ!」

「な、なんだと……」

 みんなが見ている中で、粗相をしろと……。
 そういう事か?
 呆然とした表情を浮かべながらリフリ・ジレイターに視線を向ける。
 すると、リフリ・ジレイターは盛大な笑い声をあげた。

「あっはははは! どの道あなたは檻の中、ぶっちゃけ条件なんてどうでもいいのよ! そこで醜態を晒しなさい。クソ野郎」

 俺の頭の中で何かが弾ける音がする。

「は、計ったな! リフリ・ジレイターァァァァ!」

 そう声を荒げると、俺はメニューバーを開き、DWからログアウトした。
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