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第55話 『大丈夫、大丈夫っ!俺もつい最近仕事辞めて無職だからっ!』『いや、全然大丈夫じゃねー!』

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「……えっと、俺はいいかな? なんていうか無職だし」

『俺、無職だし』。金を引っ張ろうとする奴を引かせる最強のワードだ。
 そう言葉を発した瞬間、店員さんの一人が、『えっ、支払い大丈夫?』といった表情を浮かべた。

 いや、店員さんからそんな表情を引き出したい訳じゃない。
 俺がそんな感じの反応を引き出したいのは目の前にいる工藤だ。
 しかし、工藤に『俺、無職だし』は通じなかった。

「大丈夫、大丈夫っ! 俺もつい最近仕事辞めて無職だからっ!」
「いや、全然、大丈夫じゃねーっ」

 つい声を出してしまった。
 つーか、そんな事を大声で言うの止めてっ!
 店員さんがこっち見てるからっ! めっちゃ見てるからっ!!

「いやいやいやいや、全然、大丈夫だから!」
「いや、何を根拠にそんな事言ってるのっ!?」
「えっ? だって消費者金融から金借りて投資すれば投資額の三十パーセントも入ってくるんだぜ?」

 なっ、なんやて工藤?

 工藤、お前ポンジ・スキームにドン嵌りじゃねーか!
 さっきから発言がヤベーよ。
『そんな事もわからないの?』という工藤の目がめっちゃ痛い。
 店員さんもお客さんもめっちゃ俺達の事見てるよ!!
 こんなにお客さんの視線集めたの初めてだよっ!
 なにも発言せず黙っていると、工藤が解り易く言い直してくる。

「大丈夫だって、消費者金融から百万借りて投資すれば毎月三十万返ってくるからさっ!」

 いや、わかってるよっ!
 もう止めてっ!?
 お願いだから口にチャックして鍵かけてっ!!
 さっきから、本当にクズみたいな発言しかしてないからっ!
 消費者金融から金借りる無職って本当にヤバいからっ!!

 トンデモ発言を連発する工藤に開いた口が塞がらない。
 唖然とした表情を浮かべていると、工藤が心配そうな表情を浮かべてきた。

「おいおい、どうしたんだよ。なんだか顔色が悪いぞ。そんなに俺の話、難しかった?」

 いえ、この上なく解りやすい投資詐欺に引っかかってるなコイツと思ってます。

 とはいえ、スゲーな。
 ここまで堂々と『この話しって本当に儲かるんだよ? 話聞いてた? 頭大丈夫?』みたいな感じの視線を向けられると、詐欺だとわかっているのに本当かもと思えてくるから不思議だ。
 なんだか頭が痛くなってきた。

「……えっと、工藤はどの位の期間、ポンジ・ス……。いや、投資をやってるの?」
「ふふふっ、聞いて驚け! なんと、三カ月目だっ!」
「さ、三カ月目……」

 それってもうポンジ・スキーム末期じゃ……。

「ち、ちなみに支払日は? 次の支払日はいつなんだ?」
「うん? 今日だけど?」
「そっか、今日か……」

 確実に逃げてるな。
 もう百パーセント回収は不可能だろう。可哀相に。

「それじゃあ、今日、工藤の口座に支払いがあったらやって見ようかな?」
「本当かっ! まったく、高橋は昔っから心配性だな。それじゃあ、今から確認してくる。また連絡するなっ! 絶対に出てくれよ!」
「お、おう……」

 LINEを交換し、そう言い残すと、工藤はレシートを俺のテーブルに置き、珈琲店から出て行ってしまう。
 しかし、俺はなにも言わなかった。

「知らなかった。不幸な人を目の前にすると、人ってこんなにも優しくなれるんだな……」

 珈琲を飲み干した俺は、日本経済新聞を所定の場所に戻し、工藤のレシートを一緒にもってお会計をする。

「ご利用頂きありがとうございます! お会計は千六百円となります」
「支払いは電子マネーで」
「はい。電子マネーですね。レシートはいかが致しますか?」
「あっ、大丈夫です」

 そう返事をし、珈琲店を後にすると、スマートフォンからバイブ音が鳴った。
 画面を見ると、工藤からのLINEの様だ。
 バイブ音が鳴る度、工藤からLINEが送られてくる。

『今日の入金がない……』
『投資を任せた先輩と連絡が取れない……』
『どうしよう……』
『二百万円借りて、まだ百二十万しか回収してないのに……』

 工藤のLINEをブロックすると、俺は空を見上げる。

「ポンジ・スキームを信じ込み仕事を辞め、消費者金融から八十万円の借金を抱えた二十三歳。無職か……」

 消費者金融から二百万円借りて八十万円の損とか、俺が親なら泣いてるね。
 とはいえ、俺は工藤を助けない。

 だって工藤とは浅い付き合いだから。
 当然の如く、深い付き合いでも見捨てるを得ない案件だ。
 まあ同情はするけどね。

 ゆっくりとその場を後にすると、三十歩ほど歩いた所で、珈琲店に駆け込む工藤の姿が見えた。

 危なかった。すぐ逃げて正解だった様だ。
 正直、金の無心とかされても困る。

 心の中で合掌すると、俺はカンデオホテルに向けて歩き始めた。
 すると、一人の女性が声をかけてくる。

「すいませーん。もしよろしければ、近くで個展を開いているので見ていきませんか」
「いえ、忙しいんで……」

 そう律儀に断ったつもりだったが、回り道され道を塞がれる。

「まあまあ、そう言わずに、無料の展示会ですから。有名画家の絵も展示してあるんですよ?」

 今日は厄日だろうか?
 なんだかグイグイ来るな……。

「いえ、本当に急いでいるんで……」
「まあまあ、そう言わずに。お願いしますよ」

 すると今度はスーツ姿の男まで出てきた。
 なんだか笑顔が胡散臭い。

 俺はため息を吐くと、空を見上げた。
 今日は厄日だな。確定だ。

 というより、最近、もの凄く運が悪い気がしてならない。

「あー、ちょっと、予定確認して見るんで待って下さい」

 スマートフォンを取り出し、ヤギ座の今日の運勢を見て見ると、総合運が星一つだった。
 なんでも『今日はどこに行ってもトラブルに巻き込まれる一日。そんな時は、いっその事、トラブルに巻き込まれに行ってみては? もしかしたら素晴らしい一日になるかも!?』との事。何とも適当な占いである。
 ちなみにラッキーアイテムは『包丁』だった。
 そんなもん、どうしろというのだろうか?
 包丁で運命を切り開けとでも占いは言っているのだろうか?
 普通に逮捕案件の様な気がする。

 心の中で頭を抱えていると、笑顔の胡散臭いスーツ姿の男が声をかけてくる。

「……それでご予定はいかがでしょうか?」
「あー、はい。一時間後に待ち合わせなので、それに間に合うなら大丈夫です」

 もうどうとでもなれ。
 そんな気持ちで個展についていく事にした。

「ありがとうございます。それでは、中にご案内致します。足元にお気を付け下さい」

 そう言われ展示会場に足を踏み入れると、数人の男性が女性付き添いで絵を鑑賞していた。

「そういえば、お名前を聞いておりませんでしたね。私は当個展の支配人を務めております山田と申します。僭越ながらお名前を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」

 名前は個人情報である。
 迂闊に教える事はできない。

「田中です」

 今日の俺は田中太郎という事にしておこう。勿論偽名である。
 俺がそう名乗ると山田は胡散臭い笑みを浮かべた。

「田中様でございますね。いかがでしょう。田中様。当個展ではシルクスクリーンという技法で描かれた絵画を多く取り扱っております」
「シルクスクリーンですか?」
「はい。とても繊細な表現をする事のできる素晴らしい技法です。田中様はどの絵画がお好みですか?」
「そうですねー。ラッセンの絵とか好きですね。まあ、ここにはないみたいですけど」

 ここにあるのはマリリン・モンローの顔の絵やよくわからない風景画、奇抜な現代アートばかりだ。
 ぶっちゃけ、全然惹かれない。
 これなら、ジグソーパズルの方が興味がある。

 適当にそう答えると、山田は頬をひく付かせる。

「ラ、ラッセンですか……。いいですよね。ラッセン。残念ながら当個展では展示しておりませんが、他に気にいった絵はありますか?」
「気に入った絵ですか? うーん。そうですねー。葛飾北斎の波とかですかね?」

 またもやそう適当に答えると、山田の表情から一瞬、笑顔が消えた。
 視線を逸らし、もう一度見て見ると、満面の笑みに戻っている。

「またまた、田中様はご冗談を……。例えばです。例えばですよ? この中で一枚絵を選ぶとしたらどれがいいですか?」
「うーん。この中でですか?」

 仕方がなく適当な絵を指差すと、支配人の山田が笑みを浮かべる。

「流石は田中様です。この展示会場にある絵画の中でこれを選ぶとはセンスがあります! 実はこの画家の絵は最近、入手が大変困難になっている絵なんですよ」
「へえー。そうなんですか」

 スマートフォンを片手に時間を確認しながら聞いていると、支配人の山田の弁に熱が入っていく。

「この絵を購入する方は二十代が一番多く。田中様と同世代の方に人気がございます。当店のシルクスクリーンは、特別なコーティングをしているので、百年経ってもまったく経年劣化しない優れもの……」

 ふわぁ……。
 あ、欠伸が出た。
 この熱弁、まだ聞かなきゃいけないのだろうか?

 この中で一枚絵を選ぶとしたらとか言われたから選んだのに、このおっさんの熱弁、聞かなきゃ駄目なの?

 そんな事を考えながらぼんやり絵を眺める。

「……普通のシルクスクリーンは紙に印刷するのですが、この作品はキャンバスに直接印刷し、最後に画家本人が仕上げをするという、画家独自の手法を使った作品です」
「はあっ……」

 つまり写真の上に絵具を乗せただけの量産作品って事ね。
 はいはい。わかりました。もうお腹一杯です。

「しかも、この技法で作成する作品は枚数が決まっているので、世界で百枚しか売りに出されません。わかりますか? つまり、作品が売れるにつれその価値が上がっていくのです!」
「はあ……。そうなんですか。なんだかよくわかんないですけど、凄いですね」

 なんていうか、その熱意が本当に凄い。
 しかし退屈だ。興味のない絵画の話を熱弁されても本当に困る。
 投げやりにそう言うと支配人の山田がもの凄くいい笑顔を浮かべる。

「おお、わかって頂けましたかっ! それでは、こちらの席へどうぞ!」
「へっ?」

 そう言うと、ギャラリー奥の席に連れていかれ、興味も何もない絵画の本格的な説明が始まる。最終的には……。

「いやぁ~田中さんにはこの絵の本質がわかって頂けると思っておりました。値段については、百万円でいかがでしょうか? 本来、百五十万円する絵ですが、この絵の本質を理解して下さる田中さんに持って頂けるのであれば五十万円引きの百万円で構いません。分割払いですと月々、一万円程度でこの素晴らしい絵を購入することができます!」
「へえー、そうなんですか。大丈夫です。いりません」

 そう言って、立ち上がろうとすると、背後から男に両肩を抑えられ強制的に椅子に座らせられてしまう。
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