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第69話 拝啓クソ兄貴様 働きやがれ、いやマジで④

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 クソ兄貴が受領書にサインすると、自称、クソ兄貴の結婚相手、福田ミキがペンを持ち疑問の声を上げる。

「……えっと、翔君。私もこの受領書にサインしなきゃいけないのぉ?」

 今更、何を言っているのだろう。この女は?

「はい。この受領書はご祝儀を受け取った事を証明する物ですから。ないとは思いますが、ご祝儀を渡した後、受け取っていないと言われても困りますので……」

 クソ兄貴に視線を向けながらそう言うと、クソ兄貴は視線を逸らした。

「……そう。まあいいわ」

 そう呟くと、福田ミキは受領書の内容を碌に確認もせずにサインする。

「これでいいかしら?」
「はい。ありがとうございます」

 それにしても……。
 受領書とはいえ、ちゃんと内容を確認せずサインするなんて不用意極まりない。
 そんなんじゃ騙されちゃうぞ?
 俺に……。

 受領書を受け取りサインを確認すると、そこには『福田ミキ』ではなく『噴《・》田キ』と書かれていた。

「…………」

 この女、小癪な真似を……。

 ――まあいい。課金アイテム『契約書』にとって重要なのは、本人が直接『契約書』にサインする事。それが偽名であろうとなかろうと本人が直接サインしたのであれば問題ない。

 偽名である事に触れず笑顔を浮かべると、受領書の副本をクソ兄貴に渡し、原本をアイテムストレージにしまった。

「……確かに受領書を頂きました。それでは、兄貴、ミキさん。ご結婚おめでとうございます」

 そう言って、百万円の入った封筒を渡すと、クソ兄貴が大喜びでそれを受け取った。

「おお、サンキュー! 助かるよ!」
「ええ、本当にありがとうございます。これは結婚式の資金に活用させて頂きますわぁ」

 よく言う。クソ兄貴と結婚するつもりもないくせに……。
 噴田なんて名字ある筈ないだろ。誰だ。噴田シキって!?
 ……まあいい。これで確定した。

「ええ、ぜひそのお金は結婚資金に充てて下さい。それじゃあ、俺はこれで……」

「ああ、俺達の結婚式には絶対来てくれよ」
「ええ、日取りが決まったら真っ先に連絡しますわぁ」

「はい。楽しみにしていますね」

 そう言って、部屋の扉を閉じると笑みを浮かべる。

 計画通り……。

 二人ともご祝儀の百万円を受け取り、浮かれた表情を浮かべたまま歌い始めた。

 今回、受領書に一文字二ミリの大きさで二人別々に設定した罰則が発動する条件はとても簡単だ。
 一つは福田ミキが、俺から受け取ったご祝儀百万円を持ち逃げしようとする事。
 結婚しないので返還します。というのであれば、この罰則は適用されない。

 ……まあでも、それは無理だろうなと思う。

 だって、いくら受領書とはいえ、誰にでもわかる様な偽名を書く女である。
 これなら百パーセント持ち逃げしてくれそうだ。
 まあ、逃がさないけど……。

 そしてクソ兄貴は言わずもがなだ。
 こいつの借金癖は病気の域に達している。
 クソ兄貴が借金依存症と診断されても俺は何も動じない。
 お金を借りたら返さなければならないという誰もがわかりきった事を理解できない人間。それがクソ兄貴だ。
 それこそ課金アイテム『契約書』で強制的な枷を嵌めない限り治らない。

 だからこそクソ兄貴個人を対象とした罰則を設けた。
 その罰則の発動条件はズバリ、『睡眠をとる事』。
 理不尽極まりない条件とは思うが、俺や両親からして見れば既に十分過ぎるほど更生の機会を与えている。
 これだけ時間を上げても更生できなかったんだ。もう普通の方法で更生するのは不可能だろう。だからこそ最初から契約書で縛ろうと決めていた。
 発動条件を『睡眠をとる事』にしてあげたのは恩情である。
 最後の一日を彼女と共に楽しく過ごして欲しい。

 寝て起きた時から更生生活スタート。クソ兄貴のクズ友である工藤と同様に真面目に働いて貰う予定である。工藤と違う点はそれが一生涯続くこと……。

 クソ兄貴のお陰で両親の老後生活は座礁に乗り上げ、数年分の貯金が一瞬にして消えた。クソ兄貴にもその気持ちを味わってもらうべく、俺達が返済した借金を含むすべての借金を利子込みで完済してもらう。
 なお借金完済後は両親の老後の面倒をそのまま見てもらう予定だ。
 自分が両親にやった様に扶養する側の大変さを味わうがいい。
 両親の死後は好きに生活するといいさ。少なくとも、それまでの間は契約書の管理下に置かせてもらう。
 ちなみに、あの女がご祝儀を持ち逃げしようとした場合、クソ兄貴と同様の生活を送ってもらう予定だ。

 結婚したくもない男との結婚。さぞかし嘆き苦しむことだろう。ついでに言えばクソ兄貴が高収入だと思っているなら大間違いである。あいつは無職。楽しい楽しい仮面夫婦生活を送った上で、熟年離婚でもするといい。
 七十歳位までは強制的にクソ兄貴と結婚してもらうが、その後の生き方に関しては関知しない。

 クソ兄貴を騙して金を盗み取ろうとしたクソ女の事だ。詐欺は騙される方が悪いと思っているんだろ?
 残念だったな。騙される方が悪いんじゃなくて、騙す方が悪いんだよ!
 当たり前の事だろっ!

 クソ兄貴は入眠して朝起きた時から真人間。
 クソ女は、ご祝儀を持ち逃げされたと契約書に判断された時から真人間だ。

 導いてやるよ。この俺が……。
 真人間へと至る道へ。

 最低限の生活は保障してやる。ただし、それ以外の事は一切無視だ。

 ――頑張れよ。人生を賭けて。

 お前が大学を留年した揚句、大学に除籍され、反発心から実家に戻ってこなかった事による損失。そのすべてをクソ兄貴にはあがなってもらう。
 ただ、俺も鬼じゃない。

「今日一日を存分に楽しむといい……。自由に謳歌できる最後の一日をなぁ……」

 そう呟きながらエレベーターのボタンを押すと、俺は笑みを浮かべた。

 ◇◆◇

「いやぁー。楽しかったなぁ!」
「そうね。それじゃあ、そのご祝儀を共同口座に振り込みに行きましょうか」
「ああ、そうだな」

 一時間ほどカラオケ館でカラオケを楽しみ外に出ると、陽一さんの腕を抱きながらみずほ銀行へと向かう事にした。
 腕を組む。たったそれだけの事で、ご祝儀の百万円が手に入ると思えば安いものだ。それに、この男とは、金が振り込まれ次第別れる予定。

「ミキちゃん。今日は楽しかったかな?」
「ええ、今日はとっても楽しかったです。流石は陽一さんですわぁ」

 こんな馬鹿な会話をするのも今日で、最後。

「それじゃあ、ご祝儀を預け入れますね」

 みずほ銀行へ来た私は、陽一さんからご祝儀を受け取ると、それをそのまま共同口座へと降り込んでいく。

「うふふっ、これで結婚資金が貯まりましたぁ。来月、一緒に結婚式場の視察に行きましょうねぇ♪」
「ああ、そうだね。いやぁー。ついに俺も結婚かぁ~あははははっ!」
「私も陽一さんと結婚する事ができるの、楽しみですわぁ」
「いやぁ、参っちゃうなぁー!」

 いやぁ、ホント、参っちゃうわぁ……。
 だって、私、あなたと結婚したくないんですもの……。

 年収一千万円なのは魅力的だけれども、オラオラ系の男はねぇ……。
 いくら年収が高くとも結婚相手として不適格。

 自尊心ばかり強く自分勝手で相手の気持ちを理解できない。
 そんな男に私の気持ちは理解できないわぁ。

「それじゃあ、私はこれで……」

 そう言って、陽一と別れようとする。
 その瞬間、頭の中で『ビー! ビー!』と警告音が鳴り響く。

「えっ?」
「うん? どうかしたの?」

「い、いえ、なんでもないわ……」

 どういう事?
 陽一さんにはこの音が聞こえていないの?

 一向に鳴り止む事のない警告音に顔を顰めていると、視界にまるでゲームの様なウインドウが開き、文字が表示される。

『プレイヤー名、噴田シキが契約条項を破りました。これよりプレイヤー名、噴田シキに罰則を課します』

 は、はあっ!? だ、誰よそれっ!?
 それに、これは一体どういう事っ!?

 気付けば私は陽一さんの手を取っていた。

「へっ?」

 私の心の声と陽一さんの声がリンクする。

 な、なんで私は陽一さんの手を取って……。

 手を放そうとするも、身体の自由が利かなくなる。

『ちょっと、私の手を離しなさいよ』と言いたくても上手く言葉が出てこない。
 代わりに出てきた言葉は、今、私が考えている言葉と真逆の言葉だった。

「……陽一さん、これから婚約指輪を選びに行かない?」
「えっ?」
「だって、ほら、私達、結婚するじゃない? 来月結婚するのにもう時間も迫っているし、両家の顔合わせもしなくちゃいけないと思うのよね」

 な、何を言っているの、私?
 考えてもない事が口からペラペラと出てくる。

 すると、陽一が苦そうな表情を浮かべた。

「あー、実はさ。すごく言いにくいんだけど、俺、無職なんだよね? だから、結婚指輪は……」

 は、はあっ?
 あ、あなた……。年収一千万円以上の男性が集まる婚活パーティーにいたじゃない。それは一体どういう……。
 っていうか、なんで今、それをカミングアウトしたの?

 唖然とした表情を浮かべようにも、上手く表情を作る事ができない。

「……ミキはさ、そんな俺でも結婚してくれる?」

 い、いや、冗談じゃないわよっ!
 完全に泥船じゃない。誰があんたなんかと……。

 しかし、次に私の口から出てきた言葉は真逆のものだった。

「ええ、もちろんよ。私、素直な陽一さんの心に惹かれたんですもの。婚約指輪や結婚指輪はネットで売ってる一個五百円位の激安指輪で大丈夫。いまは格安で結婚式もできる見たいだし、ご祝儀で十分賄えるわ。地味婚でも構わない。それに私、あなたには言ってなかったけど、貯金がかなりあるの、あなたが無職でも十分養う事ができるわ」

 せ、折角、馬鹿な男共を騙して貯めた貯金をヒモ男を養う為に使うだなんて嫌ああああっ!
 止まって、私の口!
 もう何も喋らないでっ!

 すると、感極まった陽一が両手で私の手を取る。

「ミキ。お前、俺の事をそんなに思って……」

 いや、ただのカモ以外、なんの感情も抱いていないからっ!

「……陽一さん」

 せめて、あなた働いてぇぇぇぇ!

 この後、私は陽一さんとの婚約に向けて本格的に動き始める事になった。
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