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びーぜろ

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第156話 その頃のアメイジング・コーポレーション(代表取締役社長解任)③

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「な、なんだこれはぁぁぁぁ!?」

 社長室で契約書を改めて見たボクこと西木は驚愕の表情を浮かべ叫び声を上げた。
 ボクが三十億円もの金額を振り込んで買収した新設会社の内訳。

「ふ、ふざけるなっ! ふざけるんじゃないっ!?」

 内容をじっくり見たボクは、あまりの理不尽さに体が震え契約書を握り潰す。

「不採算部門ばかりじゃないかっ!? こんなクソみたいな部門、なんで三十億円もかけて買収しなきゃいけないんだっ!」

 しかも、念書を見て見れば、ボクの私財を投げ売り会社を存続させなければならないとも書いてある。
 これでは詐欺ではないか。そんな事が許される筈がないっ!

 はっ!? これが今話題のM&A詐欺という奴かっ!!
 お、おのれっ……。この会社の元代表取締役社長であったボクにすべての負債を背負わせるとは……。誰がこの会社の事をこれまで守ってきてやったと思っているんだっ! 契約したばかりだが今すぐにでも訴えてやるっ!

「い、いや、それよりも……銀行の入金手続きをストップさせる方が先だっ!」

 電話を取ると、ボクが普段使っているメイン銀行の落合部長に電話をかける。

「ああ、もしもし、アメイジング・コーポレーションの西木だが、実は落合部長に至急頼みたい事があるんだ。聞いてくれるね? うむ。実は先程、三十億円もの大金を間違えて私の会社に振り込んでしまったんだ。なんとかならないかね? うん? 振り込んでしまったのであれば難しい? だから君の力でなんとかできないかと聞いているんじゃないかっ! えっ? 私の会社に三十億円振り込まれたのであれば、それをそのまま返金して貰えばいいじゃないかって? それができれば苦労しないよっ! もういいっ!」

 ボクは電話を切ると、叩き付けるように受話器を置く。

 まったく以って使えない銀行だ。
 振込処理をしたのは、つい先ほどなんだぞ?
 にも拘らず、ボクのお願いを断るとはっ……。
 できるだろっ! その位の事っ!
 しかも、会社に返金して貰えばいいじゃないかって?
 それができないから、そう言っているんだ!

「……いや、待てよ?」

 取締役会が開催されている今であれば何とかなるか?
 今であれば、まだ代表取締役社長を解任されてしまった事が、社員に伝わっていない筈……。
 再度、電話を取ると、ボクは内線で経理部の牧原部長を社長室に呼ぶ事にした。

「……西木だが、すぐに社長室に来てくれないか?」
『は、はい。わかりました』

 そう言って快く引き受けてくれる、牧原君。
 運が向いてきた。そうだっ! ボクは間違えて三十億円もの金をアメイジング・コーポレーションに振り込んでしまったのだっ!
 ボクは被害者。間違えて振り込んでしまった三十億円を返して貰うだけだ。
 取締役会が終わっていない今なら、まだ誰にもバレる事なく返金対応してくれる筈。

 しばらく待っていると、憔悴しきった顔の牧原部長が社長室に入ってきた。

「し、社長……。御用というのは……」

 決算業務に追われ、この一ヶ月間休みなく終電まで頑張ってくれているのだろう。
 今にも倒れそうな顔色をしている。しかし、今、そんな事はどうでもいい。
 取締役会が終わるまでに三十億円を取り戻さないと、ボクの人生は終わりだ。
 三十億円出金する事で牧原部長が割を食うかもしれないが、これも仕方のない事。ボクは心を鬼にして用件を伝える。

「……いやね。実は間違って三十億円もの金をアメイジング・コーポレーションに振り込んでしまったんだ。牧原君。忙しいとは思うが、返金手続きをしてくれないだろうか?」
「さ、三十億円ですかっ!? それは大変ですねっ!」
「そう。大変なのだ。だからこそ、今すぐに対応して欲しい」

 できれば取締役会が終わる前に……。

「わかりました。すぐに対応致します。しかし、社内手続き上、石田管理本部長の押印無くして振り込む事はできないので、申し訳ございませんが、取締役会が終わった後に振り込むという事でどうか……」
「それじゃあ、遅いんだよっ!!」

 ボクの声に怯える牧原部長。

「い、いえ、遅いと言われましても、社内のルール上、管理本部長の承認を得てから送金手続きを行うこととされておりますので……」
「ふざけた事を言うんじゃないよっ! 社内ルール? そんな事はどうでもいいだろうっ! この会社はボクのものだっ! ボクの三十億円が掛かっているんだぞっ! 君はボクの言う通り動いていればいいんだっ!」

 そう声を荒げると、牧原部長は憔悴しきった顔を浮かべる。

「……で、では、一筆。西木社長の権限で三十億円もの金を西木社長の口座に移そうとしたという念書を書いて頂けますか?」
「き、君という奴は……」

 元社長であるこのボクに念書を書けというのかっ!?
 そんなもの書ける訳がないだろうっ!
 ボクは自らの意思で三十億円を振り込めと言っているのだよっ!

「なんで社長であるボクがそんな事をしなければならないんだっ! ふざけるんじゃないよっ! 三十億円はねっ! ボクが振り込んだ金だっ! 騙されて振り込んだ金なのだっ! 返還されて然るべき金じゃないかっ! ふざけるんじゃないよっ!!」
「で、ですが……」
「ですがもクソもないよ! 君は何様のつもりだっ! ボクはこれまでこの会社の為に十分尽くしてきたじゃないかっ! こんなクソみたいな会社が未だ存続しているのもすべてボクのお蔭だっ! つべこべ言わず、三十億円を振り込めよっ! 取締役会が終わってからじゃ遅いんだっ!」
「で、ですが……」
「もういいっ! 君は出て行きたまえっ!」

 牧原部長にそう声を荒げ言うと、ボクはデスクに座りキーボードを叩く。

「に、西木社長っ! 何をなさっているのですっ!?」
「決まっているだろ! 会社の口座から三十億円をボクの口座に振り替えるのだよっ!」

 そして銀行のログインメニューから法人用のインターネットバンキングをクリックすると、振込・振替を選択し、自身の口座に三十億を入金処理をした。

「お、お止め下さいっ! 会社の口座から三十億円を個人口座に振り込むなんて、そんな事をしたらっ!」
「何を言っているんだ、君はっ! 馬鹿な事を言うんじゃないよっ! ボクは間違えて振り込んでしまったと言っただろうがっ! だから、その返金手続きをしているだけの事じゃないかっ! どこぞのニュースでもあっただろっ! 市町村が誰かもわからない住民に臨時特別給付金を誤って振り込んでしまったケースがっ! それと同じだ! 誤って振り込んでしまった。だから、それを返金した。そこに何の問題があるっ! 滅多な事を言うんじゃないよっ! それにねっ! 君がボクの言う事を聞かないのが悪いんじゃないかっ! 取締役会が終わってからでは遅いとあれ程言って……」 

 そう牧原部長に怒声を浴びせ掛けていると「……ほう。何が遅いんですか?」と声がかかる。

「そんな事、決まっているだろっ! 取締役会が終わってしまえば、ボクの三十億円が……ああっ?」

 声の方向に視線を向けると、そこには取締役会に参加していた筈の水戸社長の姿があった。

「……み、水戸君」
「西木元社長の声はよく響きますな……。会議室まで聞こえてきましたよ。それで? 牧原部長を社長室に呼び付けて何をしているのです? まさか、会社のお金を横領しようとしていた訳ではありませんよね?」

 横領という言葉を聞き、ボクは慌てふためく。

「ち、違う。これは横領ではない! ただ、間違って振り込んでしまった三十億円を返してもらおうとしただけでっ……」

 しかし、水戸社長の質問は止まらない。
 心配そうな表情を浮かべ、ボケた老人でも見たかのような視線を向けてくる。

「おや? まさか、ボケてしまわれた訳ではないですよね? 西木元社長は先程、新設会社を三十億円で購入する契約書にサインし、入金を済ませたのではありませんか? 間違って振り込んでしまっただなんて、そんな事、ある筈がありません。安心して下さい。あなたは間違って三十億円を振り込んだのではありません。新設会社購入の対価として三十億円を振り込んだのです」
「違うっ! ボクは騙されたんだっ!」

 確かに、内容をよく確認もせずサインしてしまった。
 それに振込も終えてしまったが、これだけ大きい取引なんだ。『西木社長、契約書の内容を確認してからサインした方がよろしいのではありませんか?』と忠告があって然るべきだろう。
 それを怠っておきながら、何だっ!
 ボクの事をボケ老人扱いしてっ!!

 そうだっ!
 よく考えて見れば、新設分割は株主総会の決議事項だった筈っ!

「……そ、そうだ。思い出したぞっ! 会社の新設分割は株主総会の承認が必要だった筈だっ! 取締役会決議の決議は無効――」
「――無効にはなりません。何故なら、会社の新設分割により設立する子会社に継承させる資産の合計額が総資産の五分の一以下であれば株主総会決議を得る必要はないとされている為です」
「ううっ……」

 ぐうの音も出ない反論だ。
 どう言い訳をしてこの場を乗り切ろうと逡巡していると、水戸社長がポケットからスマートフォンを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。

「ああ、警察ですか? お忙しい所、すいません。すぐに来て頂けませんか? 三十億円の横領犯がここに……」
「み、水戸君っ! 君は、君はどこに電話しているのだねっ!」
「住所は東京都中央区……」

 警察に通報したであろう水戸社長にボクは慌てた表情を浮かべる。

「……目の前に三十億円もの金を横領している不届き者がいるのです。警察に通報するのは当然の事でしょう。ああ、安心して下さい。あなたは元社長の逮捕による当社の風評被害の事を考えているのかも知れませんが、すでに当社のイメージはズタズタです。そのイメージを払拭するべく、名を変え、近々、当社は友愛商事の百パーセント子会社になる予定です。ああ、安心して下さい。あなたの経営する新設会社で働く社員は知りませんが、これまでと変わらず、こちらで働いてくれる社員はちゃんと面倒を見るつもりですから」
「き、君にはこの会社を支えてきた経営者に対する畏敬の念は無いのかねっ!」
「……ありませんね。会議費・交際費を好き勝手に使い、自分の好き勝手に役員報酬を決め、自由気ままに過ごしてきたのです。もう十分、人生を謳歌したでしょう。……すいません。話が中断してしまいました、お手数をおかけしますが、横領犯を捕まえに来て頂けますか? はい。よろしくお願い致します」
「まったくっ! 冗談じゃないよっ!」
「どちらに行かれるのですか?」

 逃走しようとすると、水戸社長がボクの道を塞ぐ。

「ボ、ボクは何も悪い事をしていないっ! ボクを横領犯扱いし、警察に引き渡そうだなんて冗談じゃないっ! いいからそこをどけぇぇぇぇ!」
「……どきません。警察が来るまでの間、ここでお待ち頂きます」
「ふ、ふざけるなっ!」

 押し問答をしていると、暫くして警察官が社長室に入ってくる。

「警察だっ! 大人しくしろっ!」
「は、放せっ! ボクはこの会社の社長だぞっ!」
「黙りなさいっ! 話は署で聞くからっ!」
「煩いっ! ボクに触るなっ! 触るんじゃないっ!」

 すると、運悪くボクの拳が警察官の顔に当たってしまう。
 感情に任せ蹴り上げた足も、警察官の足に当たってしまった。
 拙いと思った時には遅かった。

「……公務執行妨害で逮捕する!」

 一人の警察官に取り押さえられ、もう一人の警察官が手錠を取り出すと、それをボクの両手に嵌めた。
 逮捕された事が信じられず、両手を見るとそこには手錠が嵌っている。

「ふ、ふざけるなああああっ……ああっ?」

 感情が高ぶり一頻り暴れると、急に視界が暗転する。
 次、目が覚めると、ボクは警察病院のベッドの上で寝かされていた。

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 2022年10月2日AM7時更新となります。
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