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2巻
2-2
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2 アンドラ迷宮攻略
俺、佐藤悠斗が目覚めた時には、時計は七時を表示していた。
宿が備え付けてくれているポーション入りの風呂に浸かり、部屋で食事を済ませゴロゴロしていると、ドアをノックする音が聞こえてくる。
こんな朝早くに誰だろうか?
「はーい。ちょっと待ってくださいね」
部屋のドアを開けた先にいたのは、『私の宿屋』の受付の女性だった。
直接部屋まで来るなんて珍しいな。
「いま、受付に悠斗様に会いたいと冒険者ギルドのギルドマスターが来ているのですが、いかがなさいますか?」
いったい、ギルドマスターが俺になんの用だろうか。
「わかりました。すぐに受付に向かいます」
俺の返事を聞いた受付の女性は、にこやかな笑みを浮かべ去っていく。
「はい、お願いしますね。それでは、私はこれで失礼いたします」
部屋で服を着替えた後、早速受付に向かう。
「君が悠斗君かい?」
声のする方に視線を向けると、髭の似合うダンディなおじ様が立っていた。
この人がギルドマスターなのだろうか?
「はい、佐藤悠斗と申します。あなたは、冒険者ギルドのギルドマスターでしょうか?」
「ああ、俺が冒険者ギルドのギルドマスター、モルトバだ。よろしくな」
モルトバさんはそう答え、俺をロビーにある席に招く。
そして席に着き、周囲に聞かれないよう少し声を潜めながら俺に用件を話してくれた。
「実は君にお願いがあってね。貴族街にいるカルミネ盗賊団の捕縛を手伝ってほしいんだ」
「えーっと、俺はFランク冒険者ですけどいいんですか? 普通、そういう依頼って上のランクの冒険者に出すものじゃ……」
少なくともFランク冒険者に依頼する内容ではない気がする。
「そうなんだが……実は今、冒険者が出払っていてね。ほら、アゾレス王国の騎士が冒険者を片っ端から王城に連れていくというのがあっただろう? あれのせいで冒険者がギルドに寄り付かなくなってしまったんだ」
あぁ、俺が名もなき迷宮を攻略して迷宮そのものの機能を停止させてしまった時に、その犯人捜しのために騎士の調査が行われてたな。あの時に結構な数の冒険者が連れ去られた記憶はたしかにある。
「俺がその時いた商業ギルドは断っていましたが、冒険者ギルドは断われなかったんですね」
その言葉に、モルトバさんはやや苦い顔をしながら補足を入れた。
「ああ、うちの場合はバンデットが、俺がいない間に騎士達を勝手にギルドに通しちまったからな」
カルミネ盗賊団を逃がしたという話を聞いた時も思ったが、あまり優秀じゃないのかもしれないな、バンデットさん。
「君は、以前にも盗賊団を捕まえているし、昨日も二人の団員を捕縛したそうじゃないか。力を貸してくれないか?」
うーん。気が進まない。
昨日のように、相手から襲ってくるのを倒したり、尋問に協力したりするならともかく、わざわざアジトまで行って捕縛するというのは、かなり疲れそうだ。
正直言って、貴族に対するイメージもあまりよくないし……
返答に窮していると、ギルドマスターが視線を鋭くした。
「もちろん、報酬は約束しよう! なんと金貨五枚だ! どうだ? Fランク冒険者の一日の稼ぎとしてはかなり高い方だと思うのだが……」
「金貨五枚ですか……」
安い、報酬があまりに安すぎる。
たしかに元いた世界で一日五万円の稼ぎと考えれば高いのかもしれない。
しかし以前、カルミネ盗賊団を捕まえた時に、白金貨五十枚の報酬が出たことを考えると、あまりに少ない。
アジトに出向いて捕縛する以上、命の危険もないとは言い切れないのに、だ。
俺がFランク冒険者だからといって甘く見過ぎじゃないだろうか。
そう思いつつ尋ねてみる。
「ちなみに、何人の冒険者が今回の依頼に参加するんですか?」
「今集まっているだけで五人だ」
たったの五人!?
「ち、ちなみに、その方々のランクはなんでしょうか?」
「F~Dランクと言ったところだな」
それなりに規模の大きい盗賊団をF~Dランクの冒険者五人で捕まえるなんて、無茶もいいところだ。
まあ、俺の場合は『影魔法』を使えば簡単に捕まえられるけど、あまり人前で使いたくないし。これは断わったほうがいいだろう……
「すみませんが、僕は不参加とさせてください」
俺がそう言うと、ギルドマスターは驚いた表情で聞き返してきた。
「なにっ? 君はギルドマスターである俺の頼みを断るのか?」
どうやら、俺のこの返事は想定外だったらしい。
「はい。正直なところ割に合わないですし……」
「そうか、それなら仕方がない。断るなら、昨日、君が捕まえたカルミネ盗賊団二人の報酬を渡せなくなるがそれでもいいのか?」
そういえば、盗賊団の二人はそのままギルドに置いてきたんだった。
前回も捕縛報酬が出たけど、今回もあるのか。
昨日は受付嬢もどこかに行ってしまっていたし、正直存在を忘れていた。
「お言葉ですが、この依頼を断ることによって昨日の捕縛報酬が貰えなくなる理由が分かりません」
「ギルドマスターからの依頼を断るというのはそういうことだ。冒険者ギルドからの報酬の有無を決めるのは俺だ。俺が渡さないと言えばそれがルールだ」
なんて傲慢な回答だろうか。「俺がルールだ」って、理不尽すぎるだろう。
まあいいか。そんな人のために働く気もしないし、報酬に頼らなければいけないほど困窮しているわけでもない。
「わかりました。昨日捕まえた二人の報酬はいりません。そのうえで、今回の依頼については改めてお断りさせていただきます」
「……そうか。俺の依頼を断ったのを後悔しないことだ」
そう言うと、ギルドマスターはその場から去っていった。
「悠斗様、断ってしまって大丈夫なのですか?」
モルトバさんと入れ替わるように『私の宿屋』の受付の女性がやってきた。偶然通りかかった時に、俺が断わったところを聞かれていたらしい。
「はい。依頼内容と報酬が釣り合っていませんでしたので、仕方がありません」
「そうですか。ギルドマスターと揉めた冒険者が、ギルドを辞めることになったという噂を聞いたことがあったため心配になってしまいまして……」
「気にかけていただきありがとうございます」
俺の言葉を聞くと、女性は一礼した後受付に戻っていった。
やれやれ、朝から嫌なことがあった。
今日は気分転換に、アンドラ迷宮の攻略を進めることにしよう。昨日の感じからして、マデイラ大迷宮と同じく比較的簡単に攻略できそうだ。
そんなことを考えながら部屋に戻った俺は、準備を整えた後、影の中を通って好きな場所に移動できる『影転移』でアンドラ迷宮の近くへやってきた。
入口付近にいる兵士に昨日と同じくギルドカードを提示し、そのまま中へ入る。
そして再び『影転移』を使い十一階層まで行くと、すぐに『召喚』スキル用のバインダーを出現させた。
そしてそのまま『天』のカードを取り出し、カマエルさんを召喚する。
このスキルは対象が宿っているカードを取り出すことで、任意の天使や神などを呼び出せるというものだ。
この先どんな敵が出てくるか分からないし、カマエルさんがいれば心強い。
「悠斗様、お久しぶりですね」
「久しぶり! 早速だけど、また迷宮攻略を手伝ってくれない?」
「ええ、それは構いませんが……ここはどこでしょうか?」
「ここは、アンドラ迷宮の十一階層だよ」
「アンドラ迷宮……あぁ、アゾレス王国にある塔型の迷宮ですか……」
「試しに潜ってみた感じだと、難易度はマデイラ大迷宮と同じくらいっぽいよ」
周囲を見回すカマエルさんを促し、俺達はゆっくり歩きながら草原フィールドを進んでいく。
『影探知』してみると、多くの人影が確認できた。どうやら十一階層は相当多くの冒険者が狩りに来ているらしい。
「カマエルさん、ここは冒険者が多いみたい。冒険者を避けながら進むね」
俺は『影探知』で人の反応がある位置を通らないように進んでいく。
時折モンスターの反応もあるのだが、すぐに他の冒険者が倒していた。
まるでただ草原を散歩しているような気分である。
冒険者を避けながら歩いたので時間はかかったが、モンスターに鉢合わせすることなく二十階層のボス部屋に到着した。
扉を開けてボス部屋の中央まで進んだところで、魔法陣が光り出し、体長三メートルのミノタウルスと十数体のクリムゾンブルが現れる。
「ブモオォォォォ!」
俺は『影縛』でミノタウルス達をいつも通り動けなくした後、『影収納』で次々と処分していく。
「カマエルさん、そっちのミノタウルスに『断罪』使って!」
俺の手が及ばない範囲のモンスターは、カマエルさんに頼んで剣と『断罪』で対処してもらった。
以前マデイラ大迷宮を探索した際、素材ごと『断罪』で消滅させてしまった事があったので、俺が指示したとき以外は控えるようにしてもらっている。
カマエルさんが倒してくれた数体のモンスターを『影収納』に収めながら、俺は声をかける。
「ふう。終わったよ、カマエルさん」
「お疲れ様です。それにしても悠斗様の『影魔法』は万能ですね」
カマエルさんは腕を組むと、感心したように『影魔法』をそう評価する。
「そうでもないよ。『影魔法』はそこまで万能じゃないし、一緒に転移してきた不良の一人の愛堕夢が持つユニークスキル『光魔法』とは相性が悪いと思う」
「それでも悠斗様なら何とかできそうな気はしますが……おや、魔法陣が光り出しましたね。先に進みましょう」
カマエルさんの言葉に従って、俺達は白く光る魔法陣に乗り、二十一階層に進んでいく。
次のフィールドは森のようだ。
早速『影探知』を使ってみると、至るところにモンスターが棲息していることが確認できた。
俺は、遭遇したモンスターを影に沈めながらカマエルさんに問いかける。
「カマエルさん、もし知っていたら教えてほしいんだけど……」
「はい。なんでしょうか?」
「そもそも迷宮ってなんなのかな? このアンドラ迷宮を見ていると、迷宮ごとにコンセプトがあるのかなって感じがして、少し気になってさ」
最初のボスがオークで、先ほどのボスはミノタウロスだった。この世界では、元の世界の豚肉や牛肉と同じように食べられているものだ。
それらを踏まえると、この迷宮は食料確保のために造られたように感じる。
そんな俺の疑問に、カマエルさんは答えてくれた。
「そうですね。迷宮が迷宮核から生み出されることは悠斗様もご存知かと思いますが、正確には魔力溜まりと呼ばれるスポットに迷宮核がある時に発生します。大抵の場合、長い年月を経て魔石が迷宮核となったものが偶然魔力溜まりにあった時に迷宮が生まれるのですが……人間が自ら迷宮核を設置することで能動的に作成することができます。おそらくここは後者の形で発生したと思われます。私の予想では、アゾレス王国の建国者が作成したものでしょう」
「迷宮って人為的に作成できるんだ……」
「悠斗様が気付かれたように何らかのコンセプトがあると感じた場合は、大抵人為的に作られています。迷宮核を置いた人がどういう内容にするか決めますので」
カマエルさんと話しながら三十階層に向かっている間も、ビッグベアーやロックバードなどのモンスターがひっきりなしに襲いかかってくる。
もちろん、向かってくるモンスターはすべて影の中に沈めているが、どのモンスターの肉も『私の宿屋』のメニューや屋台にあった気がする。
この迷宮は畜産をコンセプトにしたという予想に、より信憑性が増した。
「そういえば、このアゾレス王国にはもう一つ、『ボスニア迷宮』っていうアンデッドモンスターの巣窟のような迷宮があるみたいなんだけど、その迷宮も誰かが作ったものなのかな?」
「そちらは直接見たことがないので何とも言えませんね……それにもし人為的だとするなら、なんの理由でアンデッドモンスターの出現する迷宮を作ったのか不思議ですし……」
たしかに、カマエルさんの言う通りだ。ますますあの迷宮の正体が気になってしまった。
「さて、もう三十階層に着いたみたいですよ」
カマエルさんと話しているうちに、いつの間にか三つ目のボス部屋の前にいた。
ここのボスモンスターは『コカトリス』。
ニワトリの頭部に竜の翼、蛇の尾に黄色い羽毛を持つモンスターで、その吐息に触れた者を石に変えてしまうといわれている、かなり希少な存在らしい。
冒険者ギルドから聞いた情報によれば、どの冒険者もこいつに苦戦して、攻略が止まっているとのことだ。現にアゾレス王国の冒険者ギルドでは、このコカトリスに手足を石化させられギルドを引退した高ランク冒険者が数多くいるそうだ。
しかしその一方で、肉や血液には、石化を解く効果がある。
コカトリスの吐息により石化した冒険者を助けるため、討伐に挑み、挑んだ者が石化する負のスパイラルまで起こっているという。
俺もコカトリスの吐息に触れ、石化しないように気を付けよう。
「それじゃあ、行こうか」
中に入ると、ボス部屋の中央にある魔法陣から、体長三メートルを超える五体のコカトリスと十数体のロックバードが現れる。
あれがコカトリスか……予想以上に大きいな。ロックバード達を相手にしながら戦うのは、たしかに難しそうだ。
「カマエルさん、ロックバードの相手は任せてもいいかな?」
「かしこまりました。悠斗様はコカトリスの素材を獲得することに専念してくださいませ」
そうしてカマエルさんは、すべてのロックバードを引き付けるよう群れに突っ込む。
五体のコカトリスは残った俺を視界に捉えると、口から煙のようなものを吐き出しながら突進してきた。
おそらく、あの煙に石化効果があるのだろう。
つまり、煙に触れなければ問題ないというわけだ。
まずは物理攻撃や魔法攻撃を無効化する『影纏』を使い、煙をいなす。
全方位からの煙を防ぐと、隙のできたコカトリスに向かってすぐさま『影縛』を発動した。
あとはいつも通りに動けなくなったところを『影収納』に沈めていく。
「ふう。無事捕獲できたよ、カマエルさん」
俺の言葉に反応し、ロックバードの群れを倒し終えたカマエルさんがこちらへ向かってきた。
「こちらも片付けましたよ。それにしてもコカトリスでさえもあっさり片付けるとは、本当に無敵といってもいいのでは!?」
カマエルさんは目を丸くしていた。
「そんなことないよ、ロックバードをカマエルさんが抑えてくれたおかげだしね。全部一斉に来られたら危なかったよ……あっ、魔法陣が光り出したよ! 次の階層へ向かおう!」
「そうですね。それでは、次の階層に参りましょう」
そう言って俺達は三十一階層へ続く魔法陣へ足を運んだ。
ここから先は未知の階層だ。気を引き締めなければ……
魔法陣の上に乗ると、景色が変わる。
どうやら三十一階層から四十階層までのフィールドは放牧地のようだ。
どこを見てものんびりした雰囲気で、馬型モンスターや羊型モンスターがのんびりと草を食んでいた。
「なんだか、もの凄くのどかな光景だね……」
「ええ、そうですね……とはいえ念のため、悠斗様の『影探知』で辺りの様子を窺いながら次の階層に向かいましょう」
「うん。もちろん」
カマエルさんにそう言われ『影探知』を発動するが、隠れているモンスターは確認できなかった。
「おや、珍しい。あれはユニコーンにバイコーンではありませんか?」
すると、カマエルさんは前方を見ながら声を上げた。
たしかユニコーンは一角の馬型モンスターで、バイコーンは二本角の馬型モンスターだったはずだ。
見てみると、白馬のユニコーンと黒馬のバイコーンが揃って警戒心なく、水辺で水を飲んだり牧草を食べたりしていた。
人が来たことのない階層のためか、モンスター達に警戒心がまったくない。
そう考えていると、カマエルさんが説明を続ける。
「ユニコーンとバイコーンはこの世界でも珍しいモンスターですからね。生きたまま捕獲しても買い手がつくかもしれません。素材にしても、角はもちろん、どれもかなりの高値が付くのではないでしょうか? せっかくなので捕獲していきましょう」
カマエルさんの言葉に従い、俺は早速、ユニコーンとバイコーンの方に影を伸ばす。
素材だけが欲しい時は、真空状態の『影収納』に放り込めばよかったが、生け捕りがいいとなれば、その手は使えない。
酸素ありで作った『影収納』にユニコーンとバイコーンを沈めた。
周辺のユニコーン達をあらかた捕まえ終えた俺は、カマエルさんと話しながら四十階層に向かう。
「それにしても、この階層のモンスター、全然、襲いかかってこないね?」
「ええ、ここまで見たどのモンスターも警戒心が皆無ですね。こんなのどかなところだとは思いませんでした」
捕まえる時にほぼ真横を通っても、まったく反応しないのである。
無抵抗に影に沈んでいくユニコーンとバイコーンの姿に少し心が痛んだが、いつ素材が手に入るか分からない以上、ここでできる限り捕まえておきたい。
そう思いながら四十階層に到着すると、魔法陣から体長二メートルを超えるゴールドシープと十数体のシルバーシープが現れた。文字通り、金色の羊のモンスターと銀色の羊のモンスターだ。
「おお、これまた珍しい。ゴールドシープとシルバーシープですか」
「毛がとても綺麗だね」
このゴールドシープとシルバーシープからは、金や銀の羊毛を採取することができる。
しかも、ボスモンスターにもかかわらず、とても大人しい性格らしい。
召喚されてすぐ、ボス部屋の隅にある水辺へと水を飲みに行ってしまった。
新しいパターンだな。
しかし、大人しくともこの階層のボスモンスターである。倒さなければ次の階層に向かうための魔法陣が起動しない。
俺は、『影収納』にゴールドシープとシルバーシープを沈めていく。
「「「メッ! メェェェェ!」」」
ゴールドシープとシルバーシープの悲痛な叫びが耳に入り、なんだか悪いことをしているような気分になってきた。
結局一度も攻撃されることなく捕獲を終えると、四十一階層へと続く魔法陣が輝き出す。
横を見ると、カマエルさんも落ち込んだ表情をしていた。
戦わずにただ叫び声を上げる羊達の姿を見て、辛くなってしまったようだ。
俺は、カマエルさんの背中を押しながら魔法陣に足を乗せると、次の階層に移動したのだった。
「うわぁ~、これまた穏やかそうな光景が広がっているね!」
目の前にあるのは、大きな湖に橋が一本架かっているだけの光景だった。
もしここが迷宮でなければ、のんびり釣りでもしたい気分だ。釣れるのはモンスターなのだろうけど……
「それでは、参りましょうか」
「うん」
そう言うと俺はカマエルさんの後ろについて、橋の上を渡っていく。
途中、水面を見てみると、様々な大きさの魚影が目に入った。
橋の中心部を渡る頃には、鮫のように背鰭を水面から出しながら回遊する魚もちらほら見え始めた。
しかし、不思議なことに一向に襲ってこない。
ここは本当に迷宮なのだろうか。
何がいるのだろうかと思い、試しに一階層で倒したウルフを『影収納』から取り出し、湖に投げ込んでみた。
すると、ウルフを放った場所を中心に、黒い影が無数に集まり始める。
「カマエルさん、なんだかこれヤバくない?」
「そ、そうですね。少しここを離れましょう。というより、悠斗様。なんでウルフを湖に放ったんですか!」
「き、気になっちゃったから仕方がないじゃん」
危険を察知した俺達が、ウルフを放った場所から数十メートル距離をとると、湖からバシャバシャという音が聞こえてくる。
時間が経つにつれて、その音がだんだんと大きくなっていったかと思えば、水面から無数の魚系モンスターが顔を出し、口を大きく開けウルフに噛みつき始めていた。
急に湧いた魚の群れに俺達が驚いているうちに、湖面の一部に真っ赤な血が広がり、静かになった。
「「…………」」
う、うん。橋から落ちない限りは襲いかかってくることはなさそうだ。
「悠斗様。思い付きで行動するのは止めてください」
俺が納得している横で、カマエルさんはいきなり魚が集まったことにかなり焦ったようだ。
珍しく険しい顔をしていた。
「わっ、わかったよ。カマエルさん、次から気を付けるね」
いつもと違うカマエルさんの様子に少し反省した俺は、頭を下げた。
湖のモンスターの脅威がある程度分かったところで、そのまま橋を進む。
それから歩くことしばし……
「さっきのカマエルさんの話だと、ここは魚を確保するための層だったってことなのかな……あっ、ボス部屋が見えてきたよ」
「終わってみれば湖にかけられた橋を渡るだけの階層でしたね」
俺達がボス部屋に入ると、五十階層の魔法陣から、体長二十メートルを超える翼の生えた巨大魚が出現した。
すかさずカマエルさんが説明してくれる。
「あれはおそらく『世界魚バハムート』というモンスターですね」
「あれがバハムートなんだ! ゲームじゃドラゴンの姿で出てくることが多かったから、少し意外だったよ」
俺が素直な感想を述べていると、バハムートが咆哮を上げ、こちらに向かってくる。
予想以上にスピードが速いこともあり、『影縛』も狙いが定まらない。
カマエルさんも空中からバハムートの動きを止めようと攻撃しているが、弾かれていた。
そうこうしているうちに、接近してきたバハムートがブレスを放とうと準備する。
俺、佐藤悠斗が目覚めた時には、時計は七時を表示していた。
宿が備え付けてくれているポーション入りの風呂に浸かり、部屋で食事を済ませゴロゴロしていると、ドアをノックする音が聞こえてくる。
こんな朝早くに誰だろうか?
「はーい。ちょっと待ってくださいね」
部屋のドアを開けた先にいたのは、『私の宿屋』の受付の女性だった。
直接部屋まで来るなんて珍しいな。
「いま、受付に悠斗様に会いたいと冒険者ギルドのギルドマスターが来ているのですが、いかがなさいますか?」
いったい、ギルドマスターが俺になんの用だろうか。
「わかりました。すぐに受付に向かいます」
俺の返事を聞いた受付の女性は、にこやかな笑みを浮かべ去っていく。
「はい、お願いしますね。それでは、私はこれで失礼いたします」
部屋で服を着替えた後、早速受付に向かう。
「君が悠斗君かい?」
声のする方に視線を向けると、髭の似合うダンディなおじ様が立っていた。
この人がギルドマスターなのだろうか?
「はい、佐藤悠斗と申します。あなたは、冒険者ギルドのギルドマスターでしょうか?」
「ああ、俺が冒険者ギルドのギルドマスター、モルトバだ。よろしくな」
モルトバさんはそう答え、俺をロビーにある席に招く。
そして席に着き、周囲に聞かれないよう少し声を潜めながら俺に用件を話してくれた。
「実は君にお願いがあってね。貴族街にいるカルミネ盗賊団の捕縛を手伝ってほしいんだ」
「えーっと、俺はFランク冒険者ですけどいいんですか? 普通、そういう依頼って上のランクの冒険者に出すものじゃ……」
少なくともFランク冒険者に依頼する内容ではない気がする。
「そうなんだが……実は今、冒険者が出払っていてね。ほら、アゾレス王国の騎士が冒険者を片っ端から王城に連れていくというのがあっただろう? あれのせいで冒険者がギルドに寄り付かなくなってしまったんだ」
あぁ、俺が名もなき迷宮を攻略して迷宮そのものの機能を停止させてしまった時に、その犯人捜しのために騎士の調査が行われてたな。あの時に結構な数の冒険者が連れ去られた記憶はたしかにある。
「俺がその時いた商業ギルドは断っていましたが、冒険者ギルドは断われなかったんですね」
その言葉に、モルトバさんはやや苦い顔をしながら補足を入れた。
「ああ、うちの場合はバンデットが、俺がいない間に騎士達を勝手にギルドに通しちまったからな」
カルミネ盗賊団を逃がしたという話を聞いた時も思ったが、あまり優秀じゃないのかもしれないな、バンデットさん。
「君は、以前にも盗賊団を捕まえているし、昨日も二人の団員を捕縛したそうじゃないか。力を貸してくれないか?」
うーん。気が進まない。
昨日のように、相手から襲ってくるのを倒したり、尋問に協力したりするならともかく、わざわざアジトまで行って捕縛するというのは、かなり疲れそうだ。
正直言って、貴族に対するイメージもあまりよくないし……
返答に窮していると、ギルドマスターが視線を鋭くした。
「もちろん、報酬は約束しよう! なんと金貨五枚だ! どうだ? Fランク冒険者の一日の稼ぎとしてはかなり高い方だと思うのだが……」
「金貨五枚ですか……」
安い、報酬があまりに安すぎる。
たしかに元いた世界で一日五万円の稼ぎと考えれば高いのかもしれない。
しかし以前、カルミネ盗賊団を捕まえた時に、白金貨五十枚の報酬が出たことを考えると、あまりに少ない。
アジトに出向いて捕縛する以上、命の危険もないとは言い切れないのに、だ。
俺がFランク冒険者だからといって甘く見過ぎじゃないだろうか。
そう思いつつ尋ねてみる。
「ちなみに、何人の冒険者が今回の依頼に参加するんですか?」
「今集まっているだけで五人だ」
たったの五人!?
「ち、ちなみに、その方々のランクはなんでしょうか?」
「F~Dランクと言ったところだな」
それなりに規模の大きい盗賊団をF~Dランクの冒険者五人で捕まえるなんて、無茶もいいところだ。
まあ、俺の場合は『影魔法』を使えば簡単に捕まえられるけど、あまり人前で使いたくないし。これは断わったほうがいいだろう……
「すみませんが、僕は不参加とさせてください」
俺がそう言うと、ギルドマスターは驚いた表情で聞き返してきた。
「なにっ? 君はギルドマスターである俺の頼みを断るのか?」
どうやら、俺のこの返事は想定外だったらしい。
「はい。正直なところ割に合わないですし……」
「そうか、それなら仕方がない。断るなら、昨日、君が捕まえたカルミネ盗賊団二人の報酬を渡せなくなるがそれでもいいのか?」
そういえば、盗賊団の二人はそのままギルドに置いてきたんだった。
前回も捕縛報酬が出たけど、今回もあるのか。
昨日は受付嬢もどこかに行ってしまっていたし、正直存在を忘れていた。
「お言葉ですが、この依頼を断ることによって昨日の捕縛報酬が貰えなくなる理由が分かりません」
「ギルドマスターからの依頼を断るというのはそういうことだ。冒険者ギルドからの報酬の有無を決めるのは俺だ。俺が渡さないと言えばそれがルールだ」
なんて傲慢な回答だろうか。「俺がルールだ」って、理不尽すぎるだろう。
まあいいか。そんな人のために働く気もしないし、報酬に頼らなければいけないほど困窮しているわけでもない。
「わかりました。昨日捕まえた二人の報酬はいりません。そのうえで、今回の依頼については改めてお断りさせていただきます」
「……そうか。俺の依頼を断ったのを後悔しないことだ」
そう言うと、ギルドマスターはその場から去っていった。
「悠斗様、断ってしまって大丈夫なのですか?」
モルトバさんと入れ替わるように『私の宿屋』の受付の女性がやってきた。偶然通りかかった時に、俺が断わったところを聞かれていたらしい。
「はい。依頼内容と報酬が釣り合っていませんでしたので、仕方がありません」
「そうですか。ギルドマスターと揉めた冒険者が、ギルドを辞めることになったという噂を聞いたことがあったため心配になってしまいまして……」
「気にかけていただきありがとうございます」
俺の言葉を聞くと、女性は一礼した後受付に戻っていった。
やれやれ、朝から嫌なことがあった。
今日は気分転換に、アンドラ迷宮の攻略を進めることにしよう。昨日の感じからして、マデイラ大迷宮と同じく比較的簡単に攻略できそうだ。
そんなことを考えながら部屋に戻った俺は、準備を整えた後、影の中を通って好きな場所に移動できる『影転移』でアンドラ迷宮の近くへやってきた。
入口付近にいる兵士に昨日と同じくギルドカードを提示し、そのまま中へ入る。
そして再び『影転移』を使い十一階層まで行くと、すぐに『召喚』スキル用のバインダーを出現させた。
そしてそのまま『天』のカードを取り出し、カマエルさんを召喚する。
このスキルは対象が宿っているカードを取り出すことで、任意の天使や神などを呼び出せるというものだ。
この先どんな敵が出てくるか分からないし、カマエルさんがいれば心強い。
「悠斗様、お久しぶりですね」
「久しぶり! 早速だけど、また迷宮攻略を手伝ってくれない?」
「ええ、それは構いませんが……ここはどこでしょうか?」
「ここは、アンドラ迷宮の十一階層だよ」
「アンドラ迷宮……あぁ、アゾレス王国にある塔型の迷宮ですか……」
「試しに潜ってみた感じだと、難易度はマデイラ大迷宮と同じくらいっぽいよ」
周囲を見回すカマエルさんを促し、俺達はゆっくり歩きながら草原フィールドを進んでいく。
『影探知』してみると、多くの人影が確認できた。どうやら十一階層は相当多くの冒険者が狩りに来ているらしい。
「カマエルさん、ここは冒険者が多いみたい。冒険者を避けながら進むね」
俺は『影探知』で人の反応がある位置を通らないように進んでいく。
時折モンスターの反応もあるのだが、すぐに他の冒険者が倒していた。
まるでただ草原を散歩しているような気分である。
冒険者を避けながら歩いたので時間はかかったが、モンスターに鉢合わせすることなく二十階層のボス部屋に到着した。
扉を開けてボス部屋の中央まで進んだところで、魔法陣が光り出し、体長三メートルのミノタウルスと十数体のクリムゾンブルが現れる。
「ブモオォォォォ!」
俺は『影縛』でミノタウルス達をいつも通り動けなくした後、『影収納』で次々と処分していく。
「カマエルさん、そっちのミノタウルスに『断罪』使って!」
俺の手が及ばない範囲のモンスターは、カマエルさんに頼んで剣と『断罪』で対処してもらった。
以前マデイラ大迷宮を探索した際、素材ごと『断罪』で消滅させてしまった事があったので、俺が指示したとき以外は控えるようにしてもらっている。
カマエルさんが倒してくれた数体のモンスターを『影収納』に収めながら、俺は声をかける。
「ふう。終わったよ、カマエルさん」
「お疲れ様です。それにしても悠斗様の『影魔法』は万能ですね」
カマエルさんは腕を組むと、感心したように『影魔法』をそう評価する。
「そうでもないよ。『影魔法』はそこまで万能じゃないし、一緒に転移してきた不良の一人の愛堕夢が持つユニークスキル『光魔法』とは相性が悪いと思う」
「それでも悠斗様なら何とかできそうな気はしますが……おや、魔法陣が光り出しましたね。先に進みましょう」
カマエルさんの言葉に従って、俺達は白く光る魔法陣に乗り、二十一階層に進んでいく。
次のフィールドは森のようだ。
早速『影探知』を使ってみると、至るところにモンスターが棲息していることが確認できた。
俺は、遭遇したモンスターを影に沈めながらカマエルさんに問いかける。
「カマエルさん、もし知っていたら教えてほしいんだけど……」
「はい。なんでしょうか?」
「そもそも迷宮ってなんなのかな? このアンドラ迷宮を見ていると、迷宮ごとにコンセプトがあるのかなって感じがして、少し気になってさ」
最初のボスがオークで、先ほどのボスはミノタウロスだった。この世界では、元の世界の豚肉や牛肉と同じように食べられているものだ。
それらを踏まえると、この迷宮は食料確保のために造られたように感じる。
そんな俺の疑問に、カマエルさんは答えてくれた。
「そうですね。迷宮が迷宮核から生み出されることは悠斗様もご存知かと思いますが、正確には魔力溜まりと呼ばれるスポットに迷宮核がある時に発生します。大抵の場合、長い年月を経て魔石が迷宮核となったものが偶然魔力溜まりにあった時に迷宮が生まれるのですが……人間が自ら迷宮核を設置することで能動的に作成することができます。おそらくここは後者の形で発生したと思われます。私の予想では、アゾレス王国の建国者が作成したものでしょう」
「迷宮って人為的に作成できるんだ……」
「悠斗様が気付かれたように何らかのコンセプトがあると感じた場合は、大抵人為的に作られています。迷宮核を置いた人がどういう内容にするか決めますので」
カマエルさんと話しながら三十階層に向かっている間も、ビッグベアーやロックバードなどのモンスターがひっきりなしに襲いかかってくる。
もちろん、向かってくるモンスターはすべて影の中に沈めているが、どのモンスターの肉も『私の宿屋』のメニューや屋台にあった気がする。
この迷宮は畜産をコンセプトにしたという予想に、より信憑性が増した。
「そういえば、このアゾレス王国にはもう一つ、『ボスニア迷宮』っていうアンデッドモンスターの巣窟のような迷宮があるみたいなんだけど、その迷宮も誰かが作ったものなのかな?」
「そちらは直接見たことがないので何とも言えませんね……それにもし人為的だとするなら、なんの理由でアンデッドモンスターの出現する迷宮を作ったのか不思議ですし……」
たしかに、カマエルさんの言う通りだ。ますますあの迷宮の正体が気になってしまった。
「さて、もう三十階層に着いたみたいですよ」
カマエルさんと話しているうちに、いつの間にか三つ目のボス部屋の前にいた。
ここのボスモンスターは『コカトリス』。
ニワトリの頭部に竜の翼、蛇の尾に黄色い羽毛を持つモンスターで、その吐息に触れた者を石に変えてしまうといわれている、かなり希少な存在らしい。
冒険者ギルドから聞いた情報によれば、どの冒険者もこいつに苦戦して、攻略が止まっているとのことだ。現にアゾレス王国の冒険者ギルドでは、このコカトリスに手足を石化させられギルドを引退した高ランク冒険者が数多くいるそうだ。
しかしその一方で、肉や血液には、石化を解く効果がある。
コカトリスの吐息により石化した冒険者を助けるため、討伐に挑み、挑んだ者が石化する負のスパイラルまで起こっているという。
俺もコカトリスの吐息に触れ、石化しないように気を付けよう。
「それじゃあ、行こうか」
中に入ると、ボス部屋の中央にある魔法陣から、体長三メートルを超える五体のコカトリスと十数体のロックバードが現れる。
あれがコカトリスか……予想以上に大きいな。ロックバード達を相手にしながら戦うのは、たしかに難しそうだ。
「カマエルさん、ロックバードの相手は任せてもいいかな?」
「かしこまりました。悠斗様はコカトリスの素材を獲得することに専念してくださいませ」
そうしてカマエルさんは、すべてのロックバードを引き付けるよう群れに突っ込む。
五体のコカトリスは残った俺を視界に捉えると、口から煙のようなものを吐き出しながら突進してきた。
おそらく、あの煙に石化効果があるのだろう。
つまり、煙に触れなければ問題ないというわけだ。
まずは物理攻撃や魔法攻撃を無効化する『影纏』を使い、煙をいなす。
全方位からの煙を防ぐと、隙のできたコカトリスに向かってすぐさま『影縛』を発動した。
あとはいつも通りに動けなくなったところを『影収納』に沈めていく。
「ふう。無事捕獲できたよ、カマエルさん」
俺の言葉に反応し、ロックバードの群れを倒し終えたカマエルさんがこちらへ向かってきた。
「こちらも片付けましたよ。それにしてもコカトリスでさえもあっさり片付けるとは、本当に無敵といってもいいのでは!?」
カマエルさんは目を丸くしていた。
「そんなことないよ、ロックバードをカマエルさんが抑えてくれたおかげだしね。全部一斉に来られたら危なかったよ……あっ、魔法陣が光り出したよ! 次の階層へ向かおう!」
「そうですね。それでは、次の階層に参りましょう」
そう言って俺達は三十一階層へ続く魔法陣へ足を運んだ。
ここから先は未知の階層だ。気を引き締めなければ……
魔法陣の上に乗ると、景色が変わる。
どうやら三十一階層から四十階層までのフィールドは放牧地のようだ。
どこを見てものんびりした雰囲気で、馬型モンスターや羊型モンスターがのんびりと草を食んでいた。
「なんだか、もの凄くのどかな光景だね……」
「ええ、そうですね……とはいえ念のため、悠斗様の『影探知』で辺りの様子を窺いながら次の階層に向かいましょう」
「うん。もちろん」
カマエルさんにそう言われ『影探知』を発動するが、隠れているモンスターは確認できなかった。
「おや、珍しい。あれはユニコーンにバイコーンではありませんか?」
すると、カマエルさんは前方を見ながら声を上げた。
たしかユニコーンは一角の馬型モンスターで、バイコーンは二本角の馬型モンスターだったはずだ。
見てみると、白馬のユニコーンと黒馬のバイコーンが揃って警戒心なく、水辺で水を飲んだり牧草を食べたりしていた。
人が来たことのない階層のためか、モンスター達に警戒心がまったくない。
そう考えていると、カマエルさんが説明を続ける。
「ユニコーンとバイコーンはこの世界でも珍しいモンスターですからね。生きたまま捕獲しても買い手がつくかもしれません。素材にしても、角はもちろん、どれもかなりの高値が付くのではないでしょうか? せっかくなので捕獲していきましょう」
カマエルさんの言葉に従い、俺は早速、ユニコーンとバイコーンの方に影を伸ばす。
素材だけが欲しい時は、真空状態の『影収納』に放り込めばよかったが、生け捕りがいいとなれば、その手は使えない。
酸素ありで作った『影収納』にユニコーンとバイコーンを沈めた。
周辺のユニコーン達をあらかた捕まえ終えた俺は、カマエルさんと話しながら四十階層に向かう。
「それにしても、この階層のモンスター、全然、襲いかかってこないね?」
「ええ、ここまで見たどのモンスターも警戒心が皆無ですね。こんなのどかなところだとは思いませんでした」
捕まえる時にほぼ真横を通っても、まったく反応しないのである。
無抵抗に影に沈んでいくユニコーンとバイコーンの姿に少し心が痛んだが、いつ素材が手に入るか分からない以上、ここでできる限り捕まえておきたい。
そう思いながら四十階層に到着すると、魔法陣から体長二メートルを超えるゴールドシープと十数体のシルバーシープが現れた。文字通り、金色の羊のモンスターと銀色の羊のモンスターだ。
「おお、これまた珍しい。ゴールドシープとシルバーシープですか」
「毛がとても綺麗だね」
このゴールドシープとシルバーシープからは、金や銀の羊毛を採取することができる。
しかも、ボスモンスターにもかかわらず、とても大人しい性格らしい。
召喚されてすぐ、ボス部屋の隅にある水辺へと水を飲みに行ってしまった。
新しいパターンだな。
しかし、大人しくともこの階層のボスモンスターである。倒さなければ次の階層に向かうための魔法陣が起動しない。
俺は、『影収納』にゴールドシープとシルバーシープを沈めていく。
「「「メッ! メェェェェ!」」」
ゴールドシープとシルバーシープの悲痛な叫びが耳に入り、なんだか悪いことをしているような気分になってきた。
結局一度も攻撃されることなく捕獲を終えると、四十一階層へと続く魔法陣が輝き出す。
横を見ると、カマエルさんも落ち込んだ表情をしていた。
戦わずにただ叫び声を上げる羊達の姿を見て、辛くなってしまったようだ。
俺は、カマエルさんの背中を押しながら魔法陣に足を乗せると、次の階層に移動したのだった。
「うわぁ~、これまた穏やかそうな光景が広がっているね!」
目の前にあるのは、大きな湖に橋が一本架かっているだけの光景だった。
もしここが迷宮でなければ、のんびり釣りでもしたい気分だ。釣れるのはモンスターなのだろうけど……
「それでは、参りましょうか」
「うん」
そう言うと俺はカマエルさんの後ろについて、橋の上を渡っていく。
途中、水面を見てみると、様々な大きさの魚影が目に入った。
橋の中心部を渡る頃には、鮫のように背鰭を水面から出しながら回遊する魚もちらほら見え始めた。
しかし、不思議なことに一向に襲ってこない。
ここは本当に迷宮なのだろうか。
何がいるのだろうかと思い、試しに一階層で倒したウルフを『影収納』から取り出し、湖に投げ込んでみた。
すると、ウルフを放った場所を中心に、黒い影が無数に集まり始める。
「カマエルさん、なんだかこれヤバくない?」
「そ、そうですね。少しここを離れましょう。というより、悠斗様。なんでウルフを湖に放ったんですか!」
「き、気になっちゃったから仕方がないじゃん」
危険を察知した俺達が、ウルフを放った場所から数十メートル距離をとると、湖からバシャバシャという音が聞こえてくる。
時間が経つにつれて、その音がだんだんと大きくなっていったかと思えば、水面から無数の魚系モンスターが顔を出し、口を大きく開けウルフに噛みつき始めていた。
急に湧いた魚の群れに俺達が驚いているうちに、湖面の一部に真っ赤な血が広がり、静かになった。
「「…………」」
う、うん。橋から落ちない限りは襲いかかってくることはなさそうだ。
「悠斗様。思い付きで行動するのは止めてください」
俺が納得している横で、カマエルさんはいきなり魚が集まったことにかなり焦ったようだ。
珍しく険しい顔をしていた。
「わっ、わかったよ。カマエルさん、次から気を付けるね」
いつもと違うカマエルさんの様子に少し反省した俺は、頭を下げた。
湖のモンスターの脅威がある程度分かったところで、そのまま橋を進む。
それから歩くことしばし……
「さっきのカマエルさんの話だと、ここは魚を確保するための層だったってことなのかな……あっ、ボス部屋が見えてきたよ」
「終わってみれば湖にかけられた橋を渡るだけの階層でしたね」
俺達がボス部屋に入ると、五十階層の魔法陣から、体長二十メートルを超える翼の生えた巨大魚が出現した。
すかさずカマエルさんが説明してくれる。
「あれはおそらく『世界魚バハムート』というモンスターですね」
「あれがバハムートなんだ! ゲームじゃドラゴンの姿で出てくることが多かったから、少し意外だったよ」
俺が素直な感想を述べていると、バハムートが咆哮を上げ、こちらに向かってくる。
予想以上にスピードが速いこともあり、『影縛』も狙いが定まらない。
カマエルさんも空中からバハムートの動きを止めようと攻撃しているが、弾かれていた。
そうこうしているうちに、接近してきたバハムートがブレスを放とうと準備する。
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