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穏やかな幻想の底で-2
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_____ミナトとR/Fの出会いは、アニメのような出来事だった。
当時、大学2年生の彼は友人の家で誕生日を祝いに知り合いと一緒に港区に向かっていた。その途中、駅から出た直後に近くを通過していた車両が爆発。コンテナは無事だったものの、R/F隊員2名は帰らぬ人に。
友人と行動していたミナトだったが、衝撃で開いたコンテナには二足歩行のメカがあったとなれば無理矢理起動して自分以外の逃げ道を確保すると同時に時間稼ぎも出来ると考えた。少し遠くに、おそらく爆発させた原因であろう三つの首持ちの犬がいる。
『おいミナト!?マジで動かすのかよ!』
仕様書もご丁寧に中に入れてくれたおかげで、その日本語を読んでスイッチを入れたりしたミナトは友人の疑問にうんざりしながらも返事をする。
『目立つものが無ければどこ向いて襲ってくるか分からないからな。お前は避難誘導をしてくれ、そっち向いてもこれならすぐ邪魔できる』
『友人を見捨てろってのかよ!?』
彼の友達は友情を軽んじない人間らしいが、それがやりたいことを遮ることにもなってしまったミナトは困惑しつつも人型兵器の起動に成功した。
《タイラント・ゼロ2号機、非常用動作で起動しました。Iジェネレータではなく、バッテリーでの稼働となります。起動した人は臨時パイロットとして登録されます、名前をどうぞ》
『七条ミナト、20の男だ。今、夢遊者らしきものが居てそいつの攻撃で所有・運搬を担当したR/F職員が焼死した』
《周辺スキャン終了、該当職員の死亡を確認。Iジェネレータ反応なし、こちらも焼失しております》
『つまるところピンチだな。急いで操縦してあいつを海に叩き落とす、できるな?』
《作戦検証中……問題なし》
起動して、状況把握を行なって次やる行動まで決めたミナト。あまりにスムーズに事が進んで、口開けてこっちを見ていた友人に彼は頼みをする。
『早く避難遅れたやつ見つけて誘導しろ』
『いくらAIが居るからって、お前に出来るのか!?そもそも生きて帰ってこないと困る!』
『今日のお誕生日パーティーは尽きない話題を持っていく、早くしろ』
どうしても心配から来て離れない友人に、ミナトは若干声を荒げる。
『いいか、お前も話題を持っていくことになるんだぞ。人を救った英雄として警察に褒められる仕事が残ってるんだからな』
『てめえが一番美味しいところ持っていくんじゃねえか!』
『言っておくが人が持つ1番の価値は命だ。他の動物も同じだが、命を奪う者より命を救う者が尊ばれるべきだろう?
分かったら行け。俺はR/Fにも拘束されるだろうが、お前に綺麗な役を渡せるなら十分だ!』
絶対死ぬなよ!と念を押されて、改めて気を引き締めたミナトは友人が道を走って行くのを確認してからSIFを立ち上がらせた。寝そべってた状態から起き上がらせたのだ、身体の角度が90度、上昇と一緒に変わったので少し視界が揺れる。
『あれが俗に言うケロベロスか。ともかく誘導したいが、武器がないと来た』
起き上がってモニターを確認すると周辺にも武器が無い。
《グルラアアアアアア》
そして相手は、こちらに対して手抜きをする理由もない。咆哮をして、ミナトのSIFに対して突進攻撃を仕掛けてきた。
この手のロボット物は何度も見た!とペダルを踏みコントローラーを操作して、ミナトは後ろに飛び退く。無論追い抜かれては誘導にならないので、相手が止まるタイミングを見計らって突進の先にまた着地。
『無ければ困るが、こんなタイミングで味わっては科学と言う学問に頬を綻ばせる余裕がない。これが慣性というものか』
《ミナトさん、敵が此方に向かって準備をしているようです》
了解した、と今度は等間隔になるように後ろに下がり続ける。幾ら犬とは言えど巨体である以上はその重さに走るスピードは上がらない、そうするとSIFの方がスラスターもあるために安易に詰める事はできない。
そうしてビルを抜けて、港に近くなり倉庫の群れに入った一機と一匹。積んであったコンテナや鉄骨は少し落としたものの、もう仕事はしてないのか静まり返り人がいないのが吉となって、初めての操縦を緊急事態で行わなければならないミナトでも気をつける事が減って着実に作戦を進められている。
しかし、幾らなんでもケルベロスと名前を付いているなら突進一つが知能じゃ無い。画面に捉えてる首が多い犬は、脚を前に伸ばして爪を出し速度を落とそうとしていた。
《温度上昇!何かする予定です!》
『地獄の番犬が突進だけじゃ拍子抜けだな、飛んで後ろに回る!』
遠距離攻撃が来ない事に彼は違和感を感じていたが、やはり相手は当たらないタイミングで撃つ気はなかったのだろう。
しかしミナトは別に何が飛んでこようと気にしてはなかった。ビームを吐くにしろ火炎放射をやってこようにしろ、相手の首は三つあっても四つ脚で動くのが前提の生き物の場合、首の曲がり方と身体の動きから射角が言うほど広くないと思っていたからだ。
急いでブースターを吹かせて、上に飛びつつ後ろを向きながら着地するSIF。地面に降りた瞬間に、警報が鳴った。
《異常発生:脚部電装が破損、制御が出来ません》
『脚が動かなくなっただけか、スラスターは!?』
《内容:電圧レギュレータの破損により出力が不安定になっています。安全性のため、他コントロールも停止しました》
『無理矢理動かす!マニュアルに切り替えるぞ!』
起動する時にも読んだマニュアルの通りに、ペダル近くにあった非常用レバーを下げる。
《システムマニュアル、AIによるオフにします》
『どうせ操作はあと一回だけだ、サポートがなくても推力上げれば!』
少しの操作をしてる間に火炎放射を撃ち終わってこちらを向こうとしたケルベロス。だが、ミナトがそれを見て震える前にSIFはケルベロスに向かって突撃開始。
相手は構え耐えようとしたが、既にアクセル全開で飛んだSIFの対応には到底間に合う筈はなかった。
『沈め、海の底へッ!』
もう一押し、とミナトは操縦桿を前に倒してケルベロスにパンチをした。無論、鉄の塊が猛スピードで勢いの乗ったパンチをしようものなら破壊力と衝撃は十全。しっかり構えて防御の姿勢、これを取れていない相手は思い切り吹っ飛んだ。骨も砕け、勢いがありすぎて身体の一部が飛び、軽くなった本体はそのまま倉庫の上を飛んで、東京湾へと落ちていく。
ミナトもパンチした腕を引っ込めて、少し胸を張るような姿勢に変更しながら減速。慌てずに操縦桿をゆっくり後ろへ倒しつつ調整して、海へダイブする15mほど手前で直立状態で停止した。
「あの巨体だ、もうこっちへは浮かんで来れないだろうよ」
彼は少し壊れた倉庫街とその奥に見えるまだ消えてない赤い火が灯ってるビル街を、コクピットを開けて、SIFの肩に登ってから見ていた。
それから十分も経たずにR/Fの隊が到着したが、彼は一時間経った気に……それくらいに呆然と長く感じたのは、おそらく生きる為の熱に初めて浮かされたからだろう_____
朝食を摂る中で、こんな内容をざっくりミナトはルミに話した。
「結局あの後、タイラント共々運ばれた。俺は誕生日パーティーに出席できなかった挙句、R/Fに所属する羽目になった」
不本意だったんですか?と聞くルミに、彼は頷く。
「判断下した奴を祟ってやろうと思ったな……俺の将来の夢は図書館の司書で、その為に勉強してた。大学では、それなりに同志が出来たんだよ。祝うパーティに出れなかっただけでも恨み言は10は出るさ」
ただ、その判断が不当とするのは早計でもあった。
今はもう当たり前にいるSIFだが、そもそも当時はIFそのものが作り始められた時期で、実験機をようやく完成した矢先の出来事かつ乗ったのが一般人。要は軍の機密を躊躇なく乗り回した挙句、それで交戦したとくれば条件無しで解放することはできなかった。
しかし、彼が奪取目的ではなく市民を守る為に使い、運搬担当のR/F隊員が一人残らず死んでしまった状態で“囮をする”為に乗ったのであれば、責任を問い難いのも確か。
「で、俺はIFの交戦経験持ちのテストパイロットとしてR/F第12大隊開発チームに入ることと条件に一般社会への復帰を許された。乗った感想も人に言えないからな、脚の電装が壊れて死にかけたの一言も情報漏洩になる段階だった……英雄譚も語れないとなれば、遅れて祝った友人への埋め合わせも楽じゃない」
あの時の苦悩はすごかった、とミナトは語る。
結局、本来の大学生はインターンで良い結果を求めて頑張る時期に彼はそれに加えてR/Fのテストパイロットを務めて、過労死寸前だったとぼやく彼。
「それでも、今はR/Fの隊員をやってるじゃないですか。何故?」
「俺は当時の上司に『ぜってー人型マシンが安定しねえからこの計画頓挫したらお金払わせるからな!』って吹っかけた。負けたらテストパイロット続ける、という条件付きでな。その結果、ルミなら分かるだろ?」
あらすじで行った通り、Iジェネレータは人型機械の駆動とかなり相性が良かった。戦車型や四脚機械が台頭したら多額の金を貰ってR/Fを止めるというミナトの策略は、深海の泡の如く、儚く消えた。
「結局あの中でIFの操縦に一番向いてたのが俺のせいで、R/Fだけじゃなくて国防省からもお金払うからやめないでって言われた時には殴り倒してやろうと思った。人が成り行きで命を掛けさせられて、それを金だけでカバーできると思うなよ」
幸い、大学の仲間は誰一人欠けることなく今も仲良く出来ている。が、別に好きで命を賭けている訳ではない。実際その初戦闘のあと、IFを使った出撃は何度かあった。
「少年の頃、雨の日にある作品を見た。その主人公が『軍人が暇なのは良いことさ』と言った意味を体感するとは思わなかった。本来は分かることがなくて良い人生を送って、普通に働いて結婚をして、幸せに死ぬ予定だったんだがな」
しかし、と今度は何かを肯定しようとミナトは食べ進めていたローストビーフ最後の一切れを食べて飲み込んでから、話を続ける。
「ただ、どんなに喚いたところでIFを上手く使えるのは俺なんだ。社会の存続のために手放したくないって気持ちもすごく良く分かるんだよ、だがそれ以外にも一つ……理由がある」
改めて口にしたら、英雄譚ではなく生死を彷徨った悍ましい体験に他ならない。そう思うと、今自分が何故R/Fで戦い続けてるのかと言う理由がはっきりした。
「俺は今も生きてるからあの話は英雄譚として語れるが、もし死んだら何もならないだろうしそれに加えて周りの人も悲しませる。それに生きてたとて、俺みたいに目指しもしなかった未来に拘束されることも全然ありうる。
だから、今はまだ働き続けようって思うんだ。ただSIFからMIFと兵器も多様化するし、結局特別手当も嵩んで生涯賃金の10倍以上は貯金があるから今度大きな事件に巻き込まれたら退職予定だよ」
水を飲み干して、彼は自分の話を締めた。
「今度、ですか?この任務ではなくて?」
「島根のメンバーが手抜きしてるとは到底思えないからな。仮に手を抜いても自衛隊がいるんだ、あくまで監査・抜き打ち捜査で終わるだろうな」
そうですね。と、チキンステーキの最後の一切れをレモンと一緒にフォークに刺して食べたルミ。
互いに食べ終わったことを確認して、ご馳走様と挨拶。二人でホテルの外に出て、分かれる前のちょっとした話をする。
「そう言えば、これから色々歩き回るんですよね?このホテルから南に1km歩いた先に喫茶店があるんです、疲れたらそこのプリンケーキを食べてみてください。元気出ますよ」
「なるほど、それは良いこと聞いた。ありがとう、みんなが作り上げた治安に感謝しながらおやつに食いに行こう。
ありがとう、朝飯や会議に付き合ってくれて。君の上司にも、大変助かりましたと伝えてくれ」
「了解です!では、お気をつけて」
「君もね」
そうしてお互いに別々の方向へ歩き出した。ルミは通常業務に戻るだろうし、ミナトは隊長の陸田が今頃書類仕事やってるんだろうなと想いを馳せながら、出雲の街を出歩く。
太陽が輝きながら、風が吹き抜くビル街を歩き続けるミナト。どこを見ても頑張ってるサラリーマンや、色々見て回ってる観光客で溢れかえっているようだ。ああ、平和だ。あわよくば自分が給料泥棒で済む世界になって安定してくれ、そう願わずにいられないほどの理想の景色が彼の前に広がっていた。
当時、大学2年生の彼は友人の家で誕生日を祝いに知り合いと一緒に港区に向かっていた。その途中、駅から出た直後に近くを通過していた車両が爆発。コンテナは無事だったものの、R/F隊員2名は帰らぬ人に。
友人と行動していたミナトだったが、衝撃で開いたコンテナには二足歩行のメカがあったとなれば無理矢理起動して自分以外の逃げ道を確保すると同時に時間稼ぎも出来ると考えた。少し遠くに、おそらく爆発させた原因であろう三つの首持ちの犬がいる。
『おいミナト!?マジで動かすのかよ!』
仕様書もご丁寧に中に入れてくれたおかげで、その日本語を読んでスイッチを入れたりしたミナトは友人の疑問にうんざりしながらも返事をする。
『目立つものが無ければどこ向いて襲ってくるか分からないからな。お前は避難誘導をしてくれ、そっち向いてもこれならすぐ邪魔できる』
『友人を見捨てろってのかよ!?』
彼の友達は友情を軽んじない人間らしいが、それがやりたいことを遮ることにもなってしまったミナトは困惑しつつも人型兵器の起動に成功した。
《タイラント・ゼロ2号機、非常用動作で起動しました。Iジェネレータではなく、バッテリーでの稼働となります。起動した人は臨時パイロットとして登録されます、名前をどうぞ》
『七条ミナト、20の男だ。今、夢遊者らしきものが居てそいつの攻撃で所有・運搬を担当したR/F職員が焼死した』
《周辺スキャン終了、該当職員の死亡を確認。Iジェネレータ反応なし、こちらも焼失しております》
『つまるところピンチだな。急いで操縦してあいつを海に叩き落とす、できるな?』
《作戦検証中……問題なし》
起動して、状況把握を行なって次やる行動まで決めたミナト。あまりにスムーズに事が進んで、口開けてこっちを見ていた友人に彼は頼みをする。
『早く避難遅れたやつ見つけて誘導しろ』
『いくらAIが居るからって、お前に出来るのか!?そもそも生きて帰ってこないと困る!』
『今日のお誕生日パーティーは尽きない話題を持っていく、早くしろ』
どうしても心配から来て離れない友人に、ミナトは若干声を荒げる。
『いいか、お前も話題を持っていくことになるんだぞ。人を救った英雄として警察に褒められる仕事が残ってるんだからな』
『てめえが一番美味しいところ持っていくんじゃねえか!』
『言っておくが人が持つ1番の価値は命だ。他の動物も同じだが、命を奪う者より命を救う者が尊ばれるべきだろう?
分かったら行け。俺はR/Fにも拘束されるだろうが、お前に綺麗な役を渡せるなら十分だ!』
絶対死ぬなよ!と念を押されて、改めて気を引き締めたミナトは友人が道を走って行くのを確認してからSIFを立ち上がらせた。寝そべってた状態から起き上がらせたのだ、身体の角度が90度、上昇と一緒に変わったので少し視界が揺れる。
『あれが俗に言うケロベロスか。ともかく誘導したいが、武器がないと来た』
起き上がってモニターを確認すると周辺にも武器が無い。
《グルラアアアアアア》
そして相手は、こちらに対して手抜きをする理由もない。咆哮をして、ミナトのSIFに対して突進攻撃を仕掛けてきた。
この手のロボット物は何度も見た!とペダルを踏みコントローラーを操作して、ミナトは後ろに飛び退く。無論追い抜かれては誘導にならないので、相手が止まるタイミングを見計らって突進の先にまた着地。
『無ければ困るが、こんなタイミングで味わっては科学と言う学問に頬を綻ばせる余裕がない。これが慣性というものか』
《ミナトさん、敵が此方に向かって準備をしているようです》
了解した、と今度は等間隔になるように後ろに下がり続ける。幾ら犬とは言えど巨体である以上はその重さに走るスピードは上がらない、そうするとSIFの方がスラスターもあるために安易に詰める事はできない。
そうしてビルを抜けて、港に近くなり倉庫の群れに入った一機と一匹。積んであったコンテナや鉄骨は少し落としたものの、もう仕事はしてないのか静まり返り人がいないのが吉となって、初めての操縦を緊急事態で行わなければならないミナトでも気をつける事が減って着実に作戦を進められている。
しかし、幾らなんでもケルベロスと名前を付いているなら突進一つが知能じゃ無い。画面に捉えてる首が多い犬は、脚を前に伸ばして爪を出し速度を落とそうとしていた。
《温度上昇!何かする予定です!》
『地獄の番犬が突進だけじゃ拍子抜けだな、飛んで後ろに回る!』
遠距離攻撃が来ない事に彼は違和感を感じていたが、やはり相手は当たらないタイミングで撃つ気はなかったのだろう。
しかしミナトは別に何が飛んでこようと気にしてはなかった。ビームを吐くにしろ火炎放射をやってこようにしろ、相手の首は三つあっても四つ脚で動くのが前提の生き物の場合、首の曲がり方と身体の動きから射角が言うほど広くないと思っていたからだ。
急いでブースターを吹かせて、上に飛びつつ後ろを向きながら着地するSIF。地面に降りた瞬間に、警報が鳴った。
《異常発生:脚部電装が破損、制御が出来ません》
『脚が動かなくなっただけか、スラスターは!?』
《内容:電圧レギュレータの破損により出力が不安定になっています。安全性のため、他コントロールも停止しました》
『無理矢理動かす!マニュアルに切り替えるぞ!』
起動する時にも読んだマニュアルの通りに、ペダル近くにあった非常用レバーを下げる。
《システムマニュアル、AIによるオフにします》
『どうせ操作はあと一回だけだ、サポートがなくても推力上げれば!』
少しの操作をしてる間に火炎放射を撃ち終わってこちらを向こうとしたケルベロス。だが、ミナトがそれを見て震える前にSIFはケルベロスに向かって突撃開始。
相手は構え耐えようとしたが、既にアクセル全開で飛んだSIFの対応には到底間に合う筈はなかった。
『沈め、海の底へッ!』
もう一押し、とミナトは操縦桿を前に倒してケルベロスにパンチをした。無論、鉄の塊が猛スピードで勢いの乗ったパンチをしようものなら破壊力と衝撃は十全。しっかり構えて防御の姿勢、これを取れていない相手は思い切り吹っ飛んだ。骨も砕け、勢いがありすぎて身体の一部が飛び、軽くなった本体はそのまま倉庫の上を飛んで、東京湾へと落ちていく。
ミナトもパンチした腕を引っ込めて、少し胸を張るような姿勢に変更しながら減速。慌てずに操縦桿をゆっくり後ろへ倒しつつ調整して、海へダイブする15mほど手前で直立状態で停止した。
「あの巨体だ、もうこっちへは浮かんで来れないだろうよ」
彼は少し壊れた倉庫街とその奥に見えるまだ消えてない赤い火が灯ってるビル街を、コクピットを開けて、SIFの肩に登ってから見ていた。
それから十分も経たずにR/Fの隊が到着したが、彼は一時間経った気に……それくらいに呆然と長く感じたのは、おそらく生きる為の熱に初めて浮かされたからだろう_____
朝食を摂る中で、こんな内容をざっくりミナトはルミに話した。
「結局あの後、タイラント共々運ばれた。俺は誕生日パーティーに出席できなかった挙句、R/Fに所属する羽目になった」
不本意だったんですか?と聞くルミに、彼は頷く。
「判断下した奴を祟ってやろうと思ったな……俺の将来の夢は図書館の司書で、その為に勉強してた。大学では、それなりに同志が出来たんだよ。祝うパーティに出れなかっただけでも恨み言は10は出るさ」
ただ、その判断が不当とするのは早計でもあった。
今はもう当たり前にいるSIFだが、そもそも当時はIFそのものが作り始められた時期で、実験機をようやく完成した矢先の出来事かつ乗ったのが一般人。要は軍の機密を躊躇なく乗り回した挙句、それで交戦したとくれば条件無しで解放することはできなかった。
しかし、彼が奪取目的ではなく市民を守る為に使い、運搬担当のR/F隊員が一人残らず死んでしまった状態で“囮をする”為に乗ったのであれば、責任を問い難いのも確か。
「で、俺はIFの交戦経験持ちのテストパイロットとしてR/F第12大隊開発チームに入ることと条件に一般社会への復帰を許された。乗った感想も人に言えないからな、脚の電装が壊れて死にかけたの一言も情報漏洩になる段階だった……英雄譚も語れないとなれば、遅れて祝った友人への埋め合わせも楽じゃない」
あの時の苦悩はすごかった、とミナトは語る。
結局、本来の大学生はインターンで良い結果を求めて頑張る時期に彼はそれに加えてR/Fのテストパイロットを務めて、過労死寸前だったとぼやく彼。
「それでも、今はR/Fの隊員をやってるじゃないですか。何故?」
「俺は当時の上司に『ぜってー人型マシンが安定しねえからこの計画頓挫したらお金払わせるからな!』って吹っかけた。負けたらテストパイロット続ける、という条件付きでな。その結果、ルミなら分かるだろ?」
あらすじで行った通り、Iジェネレータは人型機械の駆動とかなり相性が良かった。戦車型や四脚機械が台頭したら多額の金を貰ってR/Fを止めるというミナトの策略は、深海の泡の如く、儚く消えた。
「結局あの中でIFの操縦に一番向いてたのが俺のせいで、R/Fだけじゃなくて国防省からもお金払うからやめないでって言われた時には殴り倒してやろうと思った。人が成り行きで命を掛けさせられて、それを金だけでカバーできると思うなよ」
幸い、大学の仲間は誰一人欠けることなく今も仲良く出来ている。が、別に好きで命を賭けている訳ではない。実際その初戦闘のあと、IFを使った出撃は何度かあった。
「少年の頃、雨の日にある作品を見た。その主人公が『軍人が暇なのは良いことさ』と言った意味を体感するとは思わなかった。本来は分かることがなくて良い人生を送って、普通に働いて結婚をして、幸せに死ぬ予定だったんだがな」
しかし、と今度は何かを肯定しようとミナトは食べ進めていたローストビーフ最後の一切れを食べて飲み込んでから、話を続ける。
「ただ、どんなに喚いたところでIFを上手く使えるのは俺なんだ。社会の存続のために手放したくないって気持ちもすごく良く分かるんだよ、だがそれ以外にも一つ……理由がある」
改めて口にしたら、英雄譚ではなく生死を彷徨った悍ましい体験に他ならない。そう思うと、今自分が何故R/Fで戦い続けてるのかと言う理由がはっきりした。
「俺は今も生きてるからあの話は英雄譚として語れるが、もし死んだら何もならないだろうしそれに加えて周りの人も悲しませる。それに生きてたとて、俺みたいに目指しもしなかった未来に拘束されることも全然ありうる。
だから、今はまだ働き続けようって思うんだ。ただSIFからMIFと兵器も多様化するし、結局特別手当も嵩んで生涯賃金の10倍以上は貯金があるから今度大きな事件に巻き込まれたら退職予定だよ」
水を飲み干して、彼は自分の話を締めた。
「今度、ですか?この任務ではなくて?」
「島根のメンバーが手抜きしてるとは到底思えないからな。仮に手を抜いても自衛隊がいるんだ、あくまで監査・抜き打ち捜査で終わるだろうな」
そうですね。と、チキンステーキの最後の一切れをレモンと一緒にフォークに刺して食べたルミ。
互いに食べ終わったことを確認して、ご馳走様と挨拶。二人でホテルの外に出て、分かれる前のちょっとした話をする。
「そう言えば、これから色々歩き回るんですよね?このホテルから南に1km歩いた先に喫茶店があるんです、疲れたらそこのプリンケーキを食べてみてください。元気出ますよ」
「なるほど、それは良いこと聞いた。ありがとう、みんなが作り上げた治安に感謝しながらおやつに食いに行こう。
ありがとう、朝飯や会議に付き合ってくれて。君の上司にも、大変助かりましたと伝えてくれ」
「了解です!では、お気をつけて」
「君もね」
そうしてお互いに別々の方向へ歩き出した。ルミは通常業務に戻るだろうし、ミナトは隊長の陸田が今頃書類仕事やってるんだろうなと想いを馳せながら、出雲の街を出歩く。
太陽が輝きながら、風が吹き抜くビル街を歩き続けるミナト。どこを見ても頑張ってるサラリーマンや、色々見て回ってる観光客で溢れかえっているようだ。ああ、平和だ。あわよくば自分が給料泥棒で済む世界になって安定してくれ、そう願わずにいられないほどの理想の景色が彼の前に広がっていた。
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