掃除屋(暗殺者)のわたしが生き返ったら、部屋の掃除をしろと言われました

もさく ごろう

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第一話 生き返った掃除屋

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 鮎返あゆかえり たまは命を落とした。

 依頼を受けて暗殺をする、いわゆる掃除屋をしていた珠は、いつかこういう日が来るのはわかっていた。

(覚悟はできていた。そのはずなのに、なんでだろう?)

 全身を包み込む暗闇が永遠に続くと思うと、一気に怖くなってきた。目を開いても手を伸ばしても、その暗闇は淀むことすらしない。

 眠気に近い感覚が思考を麻痺させていく。心地よい安息ではない。吐き気を催すほど不快だったが、抗うことはできなかった。

(何もなかったかのように、目が覚めたらいいのに)

 そう思いながら、決して夢を見ることのできない眠りについた。


~~~~~~~~~~~~~~~


 珠が目を覚ましたとき、最初に見えたのはやたらと高い天井だった。細い梁が碁盤目状に細かく組まれており、その間を木の板が埋めている。

「やった! かわいい女の子出てきた! これで、この神社も綺麗になる!」

 女の子の明るい声がすぐ近くから聞こえてきて、天井をさえぎるように少女の顔が珠を覗き込んできた。逆光だったが、長い髪と大きな瞳だけはうっすらと見えた。

 珠は上半身を動かさないように気をつけて、膝を少女のあごに向けて蹴り上げた。少女の注意が珠の顔に向けられているのを利用した、死角からの攻撃だ。

「お……?」

 少女は避けることなく、膝を顔の下半分で受け止めた。珠の目算では、少女は何をされたのか気づくことなく意識が飛ぶはずだ。

 珠は身をひるがえして、倒れてくるはずの少女の体を避けた。だが起き上がった珠の目には、しゃがんだままの少女の姿が映った。

「いったぁ! 危ないじゃん! なにするの!」

 少女は蹴られたあごのあたりをさするだけで、元気そうに立ち上がった。十分な手ごたえがあったので、珠が失敗したわけではない。

「何者……」

 珠が呟くと、少女は両手を腰に当てて仁王立ちした。

「わたしはミチツナグハシルヒメ。この桜雷神社の主祭神よ」

「神……?」

 目の前の少女は女子中学生にしか見えない。横一直線に切り揃えられた前髪と、大きな前掛けのついた和装で無理やり神様感を出しているのが余計に胡散臭い。

 どこかの宗教団体に監禁されてしまったのかと、珠は深く身構えた。

「ああちょっと! そんな格好で足を開いちゃダメだって!」

 神を名乗る少女は右腕で目を覆って、左腕で横を指さした。その先を見てみると祭壇のようなものがあり、そこに大きめの丸い鏡が祀られている。

 そこには細身で少しだけ筋肉質な女子高生が映っていた。何も身に着けていないのに、珠のトレードマークである太めの三つ編みおさげだけが、いつも通りだった。

「な、なんでこんな……!」

 思わず両腕で体を隠した。

「こ、これくらいで機能不全になるわたしじゃない……」

 そのまま神を名乗る少女と向き直った。今のままでも蹴り飛ばすことくらいはできる。

「いやいや、体真っ赤になってるじゃん! ほら、これ着て」

 いつの間にか少女の手元には、たたまれた服があった。それを受け取るには少女に近寄らなければならない。

 ためらっていると、少女がチッチッチと舌を鳴らしながら、指で手招きした。

「ほーら。よしよし。こっちおいでー」

「わたしは猫じゃない」

「だって取りに来てくれないんだもん。ほら、ほら」

 服を押し出すようにしながら、少しずつ近寄ってくる。

「いい。動くな。わたしが取るからそのままでいろ」

「はいはい」

 少女は服を差し出したまま立ち止まった。珠は手を思いっきり伸ばして、後ろに飛び下がりながら服を奪う。

 十分な距離を取って広げてみるとそれは和装だった。朱色の袴が見えたので、詳しくない珠にも巫女装束だとわかった

「どうしてこんな服を……」

 正しい着用方法はわからなかったが、とりあえず袴をはいて、旅館の浴衣の要領で上を纏う。

 少女は腕を組んで頷いた。

「着方は後で覚えてもらうとして、これで今日から働いてもらえるね」

「は? 何を言っているの。わたしがあんたのために働く理由がない」

「理由ならあるでしょ。あなたを生き返らせたのはわたしなんだよ?」

「いや、何を言って……」

 珠は自分が命を落としたのを覚えていた。夢か何かだと思い込もうとしていたが、目の前の少女の言葉でそれが揺らぐ。

「はい、これ」

 少女は竹ぼうきを珠へと渡した。

「これは……?」

「お掃除お願いね。掃除屋さんなんでしょ?」

「掃除屋は掃除屋でも、そんな一般的な掃除屋じゃない」

「え? そうなの?」

 神を名乗る少女は首を傾けた。
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