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第六話 みんなで食べたい朝ごはん
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味噌汁の香りで目が覚めた。朝はパンを食べることの多かった珠には初めての経験だ。
慣れない浴衣ははだけて、体はほとんど空気にさらされていた。けれど肌寒さは感じない。初夏は早朝が最も心地よい時間なのかもしれない。
体を起こすと、そこは畳に敷かれた布団の上だった。灯りはついていないが、閉じられた障子が朝日で大きな蛍光灯のようになっていて、寝起きにはまぶしいくらいだ。
(わかってたけど、夢じゃなかった)
珠は浴衣を羽織り直して障子を開けた。縁側があり、そのすぐ外が参道と同じような石畳になっている。さらにその先には木が植えられており、上から街灯が頭をのぞかせている。街灯が照らすのは神社の敷地ではなく、奥の道路だ。
(布団はどこに干せばいいんだろう)
珠は普段、ベッドで寝ていたが、起きたら掛け布団を干すのが習慣になっていた。干さないと夜に寝れないというほどではなかったが、天気がよかったので縁側の日が当たるところに掛け布団と敷布団を移動させた。
それが終わると珠は逆側のふすまを開けて、廊下を左へと進んだ。右側に見えた曇りガラスの戸を開けると、そこが台所になっている。
「おっはー珠ちん。ごはんもう少し待ってね」
ハシルヒメが鍋を火にかけながら、網で魚を焼いていた。アジの開きのようだ。ハシルヒメは昨日と同じ袴が太めの和装をしていたが、前掛けの代わりに金魚柄のエプロンをつけている。
集中しているのか、ハシルヒメは魚から目を離さない。
「珠ちんはやめてっていったじゃん。ねぇ、洗面所はどこ?」
「洗面所はないから、お風呂を使って。鏡もあったでしょ。これ櫛ね」
いつの間にかハシルヒメの手の中に、小さな木の櫛があった。弓なりの形をしていて、片面が全て歯になっている櫛だ。
「ありがとう」
こちらを見ないハシルヒメの手から櫛を受け取り、珠は台所の向かいにあるドアに入った。そこは脱衣所になっていて、その奥に風呂場がある。ただ鏡があるのは脱衣所でも風呂場でもなかった。
脱衣所と風呂場の間に謎の一室があり、そこに姿見のような鏡があるのだ。
珠は鏡の前に立ち、自分が寝ぼけた顔をしているのに気づいて風呂場へと向かった。
風呂場には洗い場などはなく、浴槽とそこに水を入れるための蛇口があるだけだ。昨日は洗面器で浴槽のお湯をすくって体を流した。
珠は洗面器に蛇口から水を注ぎ、その水で顔を洗った。髪が少し濡れたが、ドライヤーなどはないので乾かすことはできない。
鏡のある部屋に戻って、後ろでまとめてあった髪を解き、借りた櫛を通していく。櫛がいいのか、いつもよりも通りがいい。
髪がほぐれたら手癖で太めの三つ編みを編んでいく。これに時間はかからない。
三つ編みがいつも通りになると、やっと目が覚めた気分になる。
台所に戻ると、机の上に焼き魚と味噌汁。白米と漬物が二セット置かれていた。コンロ側にハシルヒメが座ってもう食べ始めている。
「おふぉふぁっふぁふぇ」
「食べながらしゃべらないでよ」
珠は向かい側に座った。
「ハバキは? 昨日の晩御飯のときもいなかったけど、もう食べたの?」
「……ん。ハバっちは食べなくても大丈夫みたいなんだよね。普通に食べようと思えば食べれるみたいだけど」
きちんと飲み込んでから、ハシルヒメは答えた。
「そうなの? 遠慮してるだけなんじゃない? ちょっと聞いてこようか」
珠が立ち上がると、ハシルヒメは机に突っ伏すように身を投げ出して珠の手をつかんだ。
「いいって、いいって。食べちゃいなよ」
「え? なんでそんな必死になって止めるの?」
「ひ、必死になんてなってないし……」
ハシルヒメが目をそらす。珠はハシルヒメの手を振り払った。
「あ、ちょっ……!」
ハシルヒメの声を無視して社務所を抜け、珠は廊下へと向かった。廊下の端に昨日、珠が置いたままに箒が寝かされている。
「ねぇ、起きてる?」
声をかけると、すぐに気配を近くに感じた。
「はいなのです。掃除の時間ですね」
「いや、それはまだなんだけど」
藁でできたすね当てが見えたので、珠は顔を上げる。
「これから朝ごはん食べるんだけど、あなたは食べないの?」
「箒は何も食べないです。ハバキは食べれるのですけど、まぁ、食べなくても大丈夫です」
「ふーん。あったかいお味噌汁とふわふわのお魚なんだけど、味噌汁の香りがしてるのわかる?」
そうささやきかけると、控え目な猫の鳴き声のような音が鳴った。ハバキのお腹の音だ。
「食べたいならそう言えばいいのに。ほら、行くよ」
珠は箒を二本とも持って、台所に戻った。台所ではハシルヒメが新しく魚を焼いている。
「なんだ。食べるって分かってたんじゃん。最初から用意しときなよ」
「なにも言わなければ食費が一人分浮いたのに……」
ぶつぶつ言いながらも、あっという間にもう一人分の朝ごはんが用意された。
全員が座るのを待ってから、珠はいただきますをしてから味噌汁をすすった。
「うま……! ダシの効き方がえげつない。悔しいけど、意外とハシルヒメってしっかりしてるよね。ちゃっかりしすぎてるのはどうかと思うけど」
「そうなのです。ハバキはハシルヒメさまのケチなところが大好きなのです」
「えへへー。そんなことは、あるかもしれないけどー!」
少し機嫌の悪かったハシルヒメだったが、二人に褒められて一瞬にしてご機嫌になった。
機嫌が悪いよりはいいだろうと、珠はさらに言葉を続ける。
「神社も埃っぽかったりはするけど、割と綺麗だったし。神社を掃除しろって言われたときは、ゴミ屋敷みたいなのを掃除させられるのかと――」
「ぶっ!」
突然ハシルヒメが味噌汁を吹き出したので、思わず珠も言葉を止めた。
「き、汚いって。どうした?」
「い、いや? なんでもないけど?」
明らかに目が泳いでいる。
「ゴミ屋敷……」
そう珠が呟くと、ハシルヒメの方がピクンと跳ねた。
「ねぇハシルヒメ。ご飯が終わったら神社を案内して欲しいんだけど。えっと……ハシルヒメの部屋とかかなぁ?」
ハシルヒメが首をブンブンと横に振る。
「そ、そんな! わたしの部屋なんて! 見ても面白くな――」
珠はハシルヒメの頭を鷲掴みにして横に振るのを止め、無理やり頷かせた。
慣れない浴衣ははだけて、体はほとんど空気にさらされていた。けれど肌寒さは感じない。初夏は早朝が最も心地よい時間なのかもしれない。
体を起こすと、そこは畳に敷かれた布団の上だった。灯りはついていないが、閉じられた障子が朝日で大きな蛍光灯のようになっていて、寝起きにはまぶしいくらいだ。
(わかってたけど、夢じゃなかった)
珠は浴衣を羽織り直して障子を開けた。縁側があり、そのすぐ外が参道と同じような石畳になっている。さらにその先には木が植えられており、上から街灯が頭をのぞかせている。街灯が照らすのは神社の敷地ではなく、奥の道路だ。
(布団はどこに干せばいいんだろう)
珠は普段、ベッドで寝ていたが、起きたら掛け布団を干すのが習慣になっていた。干さないと夜に寝れないというほどではなかったが、天気がよかったので縁側の日が当たるところに掛け布団と敷布団を移動させた。
それが終わると珠は逆側のふすまを開けて、廊下を左へと進んだ。右側に見えた曇りガラスの戸を開けると、そこが台所になっている。
「おっはー珠ちん。ごはんもう少し待ってね」
ハシルヒメが鍋を火にかけながら、網で魚を焼いていた。アジの開きのようだ。ハシルヒメは昨日と同じ袴が太めの和装をしていたが、前掛けの代わりに金魚柄のエプロンをつけている。
集中しているのか、ハシルヒメは魚から目を離さない。
「珠ちんはやめてっていったじゃん。ねぇ、洗面所はどこ?」
「洗面所はないから、お風呂を使って。鏡もあったでしょ。これ櫛ね」
いつの間にかハシルヒメの手の中に、小さな木の櫛があった。弓なりの形をしていて、片面が全て歯になっている櫛だ。
「ありがとう」
こちらを見ないハシルヒメの手から櫛を受け取り、珠は台所の向かいにあるドアに入った。そこは脱衣所になっていて、その奥に風呂場がある。ただ鏡があるのは脱衣所でも風呂場でもなかった。
脱衣所と風呂場の間に謎の一室があり、そこに姿見のような鏡があるのだ。
珠は鏡の前に立ち、自分が寝ぼけた顔をしているのに気づいて風呂場へと向かった。
風呂場には洗い場などはなく、浴槽とそこに水を入れるための蛇口があるだけだ。昨日は洗面器で浴槽のお湯をすくって体を流した。
珠は洗面器に蛇口から水を注ぎ、その水で顔を洗った。髪が少し濡れたが、ドライヤーなどはないので乾かすことはできない。
鏡のある部屋に戻って、後ろでまとめてあった髪を解き、借りた櫛を通していく。櫛がいいのか、いつもよりも通りがいい。
髪がほぐれたら手癖で太めの三つ編みを編んでいく。これに時間はかからない。
三つ編みがいつも通りになると、やっと目が覚めた気分になる。
台所に戻ると、机の上に焼き魚と味噌汁。白米と漬物が二セット置かれていた。コンロ側にハシルヒメが座ってもう食べ始めている。
「おふぉふぁっふぁふぇ」
「食べながらしゃべらないでよ」
珠は向かい側に座った。
「ハバキは? 昨日の晩御飯のときもいなかったけど、もう食べたの?」
「……ん。ハバっちは食べなくても大丈夫みたいなんだよね。普通に食べようと思えば食べれるみたいだけど」
きちんと飲み込んでから、ハシルヒメは答えた。
「そうなの? 遠慮してるだけなんじゃない? ちょっと聞いてこようか」
珠が立ち上がると、ハシルヒメは机に突っ伏すように身を投げ出して珠の手をつかんだ。
「いいって、いいって。食べちゃいなよ」
「え? なんでそんな必死になって止めるの?」
「ひ、必死になんてなってないし……」
ハシルヒメが目をそらす。珠はハシルヒメの手を振り払った。
「あ、ちょっ……!」
ハシルヒメの声を無視して社務所を抜け、珠は廊下へと向かった。廊下の端に昨日、珠が置いたままに箒が寝かされている。
「ねぇ、起きてる?」
声をかけると、すぐに気配を近くに感じた。
「はいなのです。掃除の時間ですね」
「いや、それはまだなんだけど」
藁でできたすね当てが見えたので、珠は顔を上げる。
「これから朝ごはん食べるんだけど、あなたは食べないの?」
「箒は何も食べないです。ハバキは食べれるのですけど、まぁ、食べなくても大丈夫です」
「ふーん。あったかいお味噌汁とふわふわのお魚なんだけど、味噌汁の香りがしてるのわかる?」
そうささやきかけると、控え目な猫の鳴き声のような音が鳴った。ハバキのお腹の音だ。
「食べたいならそう言えばいいのに。ほら、行くよ」
珠は箒を二本とも持って、台所に戻った。台所ではハシルヒメが新しく魚を焼いている。
「なんだ。食べるって分かってたんじゃん。最初から用意しときなよ」
「なにも言わなければ食費が一人分浮いたのに……」
ぶつぶつ言いながらも、あっという間にもう一人分の朝ごはんが用意された。
全員が座るのを待ってから、珠はいただきますをしてから味噌汁をすすった。
「うま……! ダシの効き方がえげつない。悔しいけど、意外とハシルヒメってしっかりしてるよね。ちゃっかりしすぎてるのはどうかと思うけど」
「そうなのです。ハバキはハシルヒメさまのケチなところが大好きなのです」
「えへへー。そんなことは、あるかもしれないけどー!」
少し機嫌の悪かったハシルヒメだったが、二人に褒められて一瞬にしてご機嫌になった。
機嫌が悪いよりはいいだろうと、珠はさらに言葉を続ける。
「神社も埃っぽかったりはするけど、割と綺麗だったし。神社を掃除しろって言われたときは、ゴミ屋敷みたいなのを掃除させられるのかと――」
「ぶっ!」
突然ハシルヒメが味噌汁を吹き出したので、思わず珠も言葉を止めた。
「き、汚いって。どうした?」
「い、いや? なんでもないけど?」
明らかに目が泳いでいる。
「ゴミ屋敷……」
そう珠が呟くと、ハシルヒメの方がピクンと跳ねた。
「ねぇハシルヒメ。ご飯が終わったら神社を案内して欲しいんだけど。えっと……ハシルヒメの部屋とかかなぁ?」
ハシルヒメが首をブンブンと横に振る。
「そ、そんな! わたしの部屋なんて! 見ても面白くな――」
珠はハシルヒメの頭を鷲掴みにして横に振るのを止め、無理やり頷かせた。
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