掃除屋(暗殺者)のわたしが生き返ったら、部屋の掃除をしろと言われました

もさく ごろう

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第五話 掃除屋のいいところ

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 掃除したばかりの廊下を抜けて社務所に入ると、そこは事務所のようになっていた。電気は消えていて真っ暗だ。灯りをつけて奥の木のドアを開けるとそこも暗かったが、台所なのはわかった。

 ハシルヒメの姿はない。

(一つじゃなくて、いくつか心当たりを聞いておけばよかった)

 箒も置いてきてしまったので、近くにハバキはいない。珠はついさっき桜雷神社に来たばかりなので、トイレの場所すらわからなかった。

(探索も兼ねて、ハシルヒメを探してみるか)

 灯りを消して拝殿へと戻った。拝殿は中央に半土間の広間があり、そこに賽銭箱と祭壇が置かれている。祭壇は中央が空いていて、その先の廊下が見えるようになっていた。廊下の奥に本殿がある。

 珠が目覚めた出口のない部屋はその本殿――ではなく、ハシルヒメが作り出した特別な神域らしい。けれど出入口は本殿の扉だった。

(廊下はずっとわたしが掃除してたし、本殿には戻っていないはず。廊下で繋がっていない建物が他にあるのかな)

 足を覆うタイプの樹脂製サンダルが土間部分に置いてあったので、それを履いて外に出た。

 神社内の灯篭に火は入っておらず、敷地内に灯りといえるものは見えなかった。けれど敷地を挟んでいる大きな道路の街灯が明るかったので、歩くのに困るほど暗くはない。

 拝殿の正面には珠が手を伸ばしたくらいの高さの舞台があった。屋根のついた立派な舞台で、広さはバドミントンのコートくらいだろうか。

 その奥には石畳の参道が伸びていた。両脇の三車線ある道路と同じくらいの広さがある。参道に入るところに、大き目の車がちょうど通れるくらいの鳥居があった。鳥居としてはそれなりの大きさなのだが、広い参道の中央に立っているせいで小さく見える。

「こんなところに座りこまないでよ!」

(ハシルヒメの声……?)

 参道の方から聞こえた。明らかに珠に向けられたものではない。

(誰か来ている? 怒ってるみたいだけど)

 夜目に自信のある珠にも、ハシルヒメの姿は見えない。よほど大きな声だったのか、すぐ近くにはいないらしい。

 珠は鳥居をくぐって参道を進んだ。

(うん? あれかな?)

 少し歩いたところで白い服が参道の右端に見えた。腰に手を当てて立っている。

 近くに別の白い影も二つあった。それは座っている。

「ここは酒盛りする場所じゃないの! 他の場所でやってよ!」

「知らねぇよ。文句があるなら近くに居酒屋でも作りな」

 わめいている二人つの影は、ワイシャツ姿の中年の男たちだった。鞄のような物を尻に敷いて、座り込んで缶飲料をあおっている。酔っぱらっているのか、ずいぶんと無茶苦茶なことを言っていた。

「飲みたければ家で飲みなよ! ここじゃなくてもいいでしょ!」

「コンビニの前だと店員がうるせぇし、他の客も面倒なんだよ。ここなら人も来ねぇし迷惑もくそもねぇだろ」

「ゴミとか放って帰るでしょ! それに、あなたたちみたいなのがいると、この道を通りたい人がいても怖くて通れないの!」

「だ・か・ら! ここを通る奴なんていないって。それにどうせ、もうすぐ無くなくなる神社だろ」

 男の一人が立ち上がった。そこまで大柄ではなかったが、ハシルヒメが小柄な少女なため体格の差は大きい。

「な、なにさ」

「あんたは義務感で俺らに注意してるかもしれないが、本当は怖かったりすんじゃねぇのか?」

「ああ、たしかにな。通行人が怖がるって言ってたもんな。そいつはそこらの通行人よりちゃっちいじゃん」

 もう一人の男も立ち上がり、右手でグーを作ってそれを逆の手の平で包んだ。拳を鳴らそうとしたのかもしれないが、それは聞こえない。

「な、何するつもり!」

「義務感より恐怖感の方が強くなるようにするだけだ。場合によっちゃ痛い目に会うかもなぁ!」

 男が腕を振り上げた。ハシルヒメが身をかがめたので、珠はその上を飛び越える。そして珠は男の頬をめがけて膝を入れた。

 頬を狙ったのには理由がある。出血が多くなる場所だからだ。狙い通り、男の口からはトマトを絞ったかのように血が流れ出た。

 男は自らの血で汚れた石畳を見て、自分の口に触れる。そして真っ赤に染まった手を見て顔を青ざめた。

「血は過酸化水素で落ちる。脂も多そうだから、お湯とアルコールでの脱脂も必要そう」

 珠が呟くと、男たちはこぶしを握って身構えた。

「て、てめぇ……何を言ってやがる……!」

 男の声は震えていた。珠は構わず右手で男の胸倉をつかんだ。

「終わった後の掃除の手順を確認してたの。普通の掃除はよくわからないけど、血の処理に限っては詳しいからさ」

 珠は男の左の頬を殴った。男の口から、さらに血があふれ出る。

「神社の掃除を頼まれてるから、ゴミの片付けをする。依頼したのは――」

 珠は背後を左手の親指で指さした。目を向けたりはしなかったが、そこにはハシルヒメがいる。

「こいつね。わたしを止められるのは依頼主だけ。もし嫌なら、お願いでもしてみたら?」

「た、助けろ……!」

 殴られた男が助けを求めたのはハシルヒメではなく、男の後ろに立っていたはずの、もう一人の男だ。その男は尻餅をついていて、参道でぬらぬらと光る血を、開ききった瞳孔でじっと見つめていた。

 男は目を覚ましたように顔を上げたが、目に移ったのは珠の冷ややかな瞳だった。

「お、俺は関係ねぇ……ですから」

 尻をついたまま後ろへと下がっていく。珠はその男の上に、手元の男を投げるように倒した。

 二人の男が情けない悲鳴を上げる。

 珠は大きく踏み込んで、上から二人を覗き込むようにした。

「どっちも変わらないゴミに見えるけど? そのへんどう思う?」

 珠が聞いたのは後ろにいるハシルヒメだ。ハシルヒメは何かに気付いたかのように開いた手の平に握った手を下ろす。

「わたしは墓穴……おっと、間違えた。ゴミを捨てる穴を掘ってくるね」

 ハシルヒメは悪い笑顔を作った。似合わな過ぎて珠には間抜けに見えたが、男たちにはそう見えなかったようで震えあがっている。

 ハシルヒメは参道脇のちょっとした森に入っていった。

(いや、止めて欲しかったんだけど……)

 このままでは本当に男たちの命を取るみたいではないか。そこまでする必要がないように、わざと血を見せて、男たちにわかりやすく恐怖を与えたのだ。

(こんだけ怖がらせとけば、ハシルヒメに『二度とやるなよ』って言ってもらって帰らせれば、もう来ないと思うんだけど)

 しばらく待ってもハシルヒメが戻ってくる気配はない。

「あ、あの……」

 口の周りを血で汚した男が這うように珠の前に来て、そのまま震えながら頭を地面につけた。

「す、すいませんでした! 二度とやらないので命だけは……!」

「知らないよ」

 面倒なので帰らせたかったが、甘い態度をとって恐怖心が和らぐのは避けたかった。

「そろそろ捨てる穴ができたかな」

 珠はそのまま男たちを置いて、ハシルヒメの消えた森へと入った。すぐ近くの木の陰に、様子をうかがうハシルヒメの姿がある。

 珠はハシルヒメに近寄り、声を潜めた。

「ねぇ。面倒だから、適当に許して帰らせちゃってよ」

「え? 思いっきり怖い思いをさせて金品を巻き上げるんだよね?」

「ん? いや……」

 神さまらしからぬ言葉に、珠は言葉を失った。

「あれ? 珠ちんは優しいから、この場で金品を巻き上げようとしたんだよね? わたしは二人が暴れたら示談金を取れるかなって思ってたんだけど、一回裁判所を通すから、あの二人に社会的なダメージが入っちゃうもんね」

「なにそのお金を取る前提の考え方。正直怖いんだけど」

「いやいや、お金は大事だよ。取れるとこでは取ってかないと。てかお金取るとか考えずに出て来たんなら珠ちん優しすぎでしょ」

「その珠ちんっていうのやめろ……! てか問答無用で人を蹴とばしたわたしを優しいとか、あんた本当に神さまなの?」

 ハシルヒメはきょとんとした。

「え? だってわたしを助けるためだけに蹴っ飛ばしたんでしょ? 誰でも『優しい』っていうと思うけど」

「なっ! ちがっ! あれはただムカついただけで……!」

 声が大きくなっていることに気付いて、珠は自分の口を押さえて参道に目を向けた。男たちの姿はすでにない。

 ハシルヒメが背中に腕をまわして、寄りかかるように肩を組んできた。

「あーあ。逃げられちゃったね。残念。まーでも、珠ちんのいいとこ見れたからよしとしちゃおう。今夜はごちそうを作っちゃうぞ」

 顔の近くでサムズアップしたハシルヒメを、珠は振り払った。

「うっさい! あんたのほどこしなんか――」

 珠のお腹がうなるように鳴り、言葉をさえぎった。顔を真っ赤にした珠の頭をハシルヒメが撫でる。

「おーよちよち。お腹いっぱいにして機嫌なおしましょうね」

「腹いっぱいになったら覚えときなよ」

 珠がどんなに強く睨みつけても、ハシルヒメはほがらかに笑っていた。
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