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第九話 翠羽と巫女服
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ハシルヒメが翠羽を最初に連れて行った場所は社務所だった。
「これがうちの制服だから、作業に入る前に着替えてね」
ハシルヒメが翠羽に渡したのは、珠が着ているのと同じ巫女装束だった。
「いや、何渡してるの。翠羽さん。無理して着替えなくていいよ」
「いえ、場所に合わせた格好というのは大切だと思うの。そういうこだわりを持っているのはとても素敵だと思うわ」
「へへ。いやーさすが。わかる人は違うね。ささ、奥に部屋があるからそこで着替えて」
ハシルヒメは珠が寝るのに使っていた部屋に翠羽を誘導した。そして着替えが終わるのを待つために、社務所へと向かう。
珠は歩きながら自分の着ている巫女服をつまんだ。
「ねぇハシルヒメ。この服ってそんなこだわりがあったの?」
「うん? わたしとしてはただの趣味だよ。かわいいじゃん」
珠は静かに立ち止まった。
「ちょっと翠羽さんに伝えてくるね」
「あぁ、待って待って!」
ハシルヒメがすがるようにしがみついた。
「ほ、ほら。神社での礼装って神さまのためにあるわけじゃん。だったらわたしが喜ぶってだけでいいと思わない?」
「そういえばあんた神さまなんだよね。でも作業しやすい格好とかあるかもしれないし、無理強いはよくないと思う」
「でも翠羽はどう考えても作業できそうにない格好で来てたじゃん」
「あれもハシルヒメのリクエストなんじゃないの?」
ハシルヒメは珠から離れると、手を顔の前でパタパタと振った。
「いやいや、さすがにそこまでリクエストしないよ。こっちについたら着替えてもらうとは伝えておいたけど」
「じゃあどうせ着替えるからって、バカンスにでも来るような格好で来たってこと? さすがにプロでそれはないでしょ。わたしは相手を油断させるために学校の制服で仕事することもあったけど……」
「つまり、わたしを油断させるためにあの格好で来たってこと?」
二人並んで考え込みながら社務所に入ると、突然ハバキがハシルヒメに向かって駆け寄ってきた。
「そうです! そうに違いありません! ハシルヒメさまを油断させて近づき、掃除機の便利さを刷り込んで箒の使えない体にしようとしているに違いないです!」
「聞こえてたの? そんなバカなことあるわけないでしょ」
珠は勢いに押され、少し距離を取った。逆にハシルヒメはノリノリでハバキに抱き着いた。ハシルヒメの方が少し背が低いので、見上げるような形になる。
「ごめんよハバっち! もしかしたらわたしは誘惑に勝てないかもしれない! でもハバっちのことは忘れないからね!」
「ハシルヒメさま……!」
ハバキもギュッと抱き返す。
そんな様子を冷めた目で見ていたのが珠だった。
「ハシルヒメは自分で掃除しないでしょ。わたしのために掃除機買ってくれんの?」
「うんにゃ。買わないけど」
「ハシルヒメさま大好きです!」
ハバキはハシルヒメの頭に頬ずりした。
「あぁもう。勝手にしてよ」
珠が深く溜息をつくと、ちょうど社務所のドアが開いた。
「初めて着るのだけれど、こんな感じでよろしいかしら?」
姿を現した翠羽はきっちりと巫女服を着こんでいた。少なくとも珠の目からはおかしなところは見当たらない。
「おぉー! いいね!」
ハシルヒメがハバキを突き飛ばして翠羽へと駆け寄った。
「珠ちんみたいに日本人らしさで似合ってるわけじゃないけど、現実離れしたルックスがそれはそれでマッチしてる!」
「あ、ありがとう。着方は間違ってないってことでいいのよね?」
翠羽は不安そうにローズクォーツのような瞳を珠に向けた。
珠が首をかしげて返そうとすると、ハバキがハシルヒメと翠羽の間に飛び込んだ。
「ダメです! ハシルヒメさま!」
ハバキの両手には箒が握られている。
「あら、その箒……」
翠羽はその箒に手を伸ばした。
「神社の掃除に使っている箒かしら? やっぱり神社の掃除は巫女さんの服に竹箒よね。風情があって素敵」
翠羽は大きい方の箒を手に取った。ハバキは頬を紅潮させ、潤んだ目でその様子を見つめる。少し表情がほころんだ。
翠羽は優しく抱き上げるように箒を持ち上げ、全体を見た。
「これは買ってきたままで使ってるのかしら? 穂先を切りそろえてあげると使いやすくなるわよ。トラックにハサミがあるから、後で揃えてあげる」
「大好きです翠羽さま!」
ハバキが翠羽に抱き着いた。
(箒とかにも詳しいんだ。美人さんだし、ハシルヒメが生き返らせたかったのって、翠羽さんみたいな人なんだろうな)
珠がそんなことを思っていると、ハシルヒメが顔を覗き込んできた。
「大丈夫だよ。わたしは珠ちんが来てくれてよかったと思ってるからね」
ハシルヒメが歯を見せてイタズラっぽく笑った。
「別に。知らないよそんなの」
珠は顔をそっぽに向けた。
「これがうちの制服だから、作業に入る前に着替えてね」
ハシルヒメが翠羽に渡したのは、珠が着ているのと同じ巫女装束だった。
「いや、何渡してるの。翠羽さん。無理して着替えなくていいよ」
「いえ、場所に合わせた格好というのは大切だと思うの。そういうこだわりを持っているのはとても素敵だと思うわ」
「へへ。いやーさすが。わかる人は違うね。ささ、奥に部屋があるからそこで着替えて」
ハシルヒメは珠が寝るのに使っていた部屋に翠羽を誘導した。そして着替えが終わるのを待つために、社務所へと向かう。
珠は歩きながら自分の着ている巫女服をつまんだ。
「ねぇハシルヒメ。この服ってそんなこだわりがあったの?」
「うん? わたしとしてはただの趣味だよ。かわいいじゃん」
珠は静かに立ち止まった。
「ちょっと翠羽さんに伝えてくるね」
「あぁ、待って待って!」
ハシルヒメがすがるようにしがみついた。
「ほ、ほら。神社での礼装って神さまのためにあるわけじゃん。だったらわたしが喜ぶってだけでいいと思わない?」
「そういえばあんた神さまなんだよね。でも作業しやすい格好とかあるかもしれないし、無理強いはよくないと思う」
「でも翠羽はどう考えても作業できそうにない格好で来てたじゃん」
「あれもハシルヒメのリクエストなんじゃないの?」
ハシルヒメは珠から離れると、手を顔の前でパタパタと振った。
「いやいや、さすがにそこまでリクエストしないよ。こっちについたら着替えてもらうとは伝えておいたけど」
「じゃあどうせ着替えるからって、バカンスにでも来るような格好で来たってこと? さすがにプロでそれはないでしょ。わたしは相手を油断させるために学校の制服で仕事することもあったけど……」
「つまり、わたしを油断させるためにあの格好で来たってこと?」
二人並んで考え込みながら社務所に入ると、突然ハバキがハシルヒメに向かって駆け寄ってきた。
「そうです! そうに違いありません! ハシルヒメさまを油断させて近づき、掃除機の便利さを刷り込んで箒の使えない体にしようとしているに違いないです!」
「聞こえてたの? そんなバカなことあるわけないでしょ」
珠は勢いに押され、少し距離を取った。逆にハシルヒメはノリノリでハバキに抱き着いた。ハシルヒメの方が少し背が低いので、見上げるような形になる。
「ごめんよハバっち! もしかしたらわたしは誘惑に勝てないかもしれない! でもハバっちのことは忘れないからね!」
「ハシルヒメさま……!」
ハバキもギュッと抱き返す。
そんな様子を冷めた目で見ていたのが珠だった。
「ハシルヒメは自分で掃除しないでしょ。わたしのために掃除機買ってくれんの?」
「うんにゃ。買わないけど」
「ハシルヒメさま大好きです!」
ハバキはハシルヒメの頭に頬ずりした。
「あぁもう。勝手にしてよ」
珠が深く溜息をつくと、ちょうど社務所のドアが開いた。
「初めて着るのだけれど、こんな感じでよろしいかしら?」
姿を現した翠羽はきっちりと巫女服を着こんでいた。少なくとも珠の目からはおかしなところは見当たらない。
「おぉー! いいね!」
ハシルヒメがハバキを突き飛ばして翠羽へと駆け寄った。
「珠ちんみたいに日本人らしさで似合ってるわけじゃないけど、現実離れしたルックスがそれはそれでマッチしてる!」
「あ、ありがとう。着方は間違ってないってことでいいのよね?」
翠羽は不安そうにローズクォーツのような瞳を珠に向けた。
珠が首をかしげて返そうとすると、ハバキがハシルヒメと翠羽の間に飛び込んだ。
「ダメです! ハシルヒメさま!」
ハバキの両手には箒が握られている。
「あら、その箒……」
翠羽はその箒に手を伸ばした。
「神社の掃除に使っている箒かしら? やっぱり神社の掃除は巫女さんの服に竹箒よね。風情があって素敵」
翠羽は大きい方の箒を手に取った。ハバキは頬を紅潮させ、潤んだ目でその様子を見つめる。少し表情がほころんだ。
翠羽は優しく抱き上げるように箒を持ち上げ、全体を見た。
「これは買ってきたままで使ってるのかしら? 穂先を切りそろえてあげると使いやすくなるわよ。トラックにハサミがあるから、後で揃えてあげる」
「大好きです翠羽さま!」
ハバキが翠羽に抱き着いた。
(箒とかにも詳しいんだ。美人さんだし、ハシルヒメが生き返らせたかったのって、翠羽さんみたいな人なんだろうな)
珠がそんなことを思っていると、ハシルヒメが顔を覗き込んできた。
「大丈夫だよ。わたしは珠ちんが来てくれてよかったと思ってるからね」
ハシルヒメが歯を見せてイタズラっぽく笑った。
「別に。知らないよそんなの」
珠は顔をそっぽに向けた。
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