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第二十三話 入室のための儀式
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「ここには二つの手術室がある。使ったのはひとつだけだが、もう一つも簡単に掃除してもらう。翠羽には説明する必要はないだろうがな」
刺美に先導されて、車でも乗れそうな大きなエレベーターを使って上の階へとむかった。エレベーターは先ほどの真っ黒な部屋と違って病院らしい白い壁で、入ってきたのと反対側にも扉がある。
珠は横にいる翠羽へと目を向けた。
「使っていなくても、掃除する必要があるの?」
「そうね。普通のお部屋とかなら、逆に汚してしまう可能性があるから、綺麗なら無暗に掃除しない方が良かったりするのだけれど、手術室のような一定以上の清潔を保たないといけないところは、使っていなくても定期的に清掃に入るの」
エレベーターが停まり、乗るのに使ったのと同じ扉が開いた。降りた先の廊下も白い壁だ。かなり広く、ここも車が通れそうだった。
刺美は左へと向かった。その先の廊下の途中に自動ドアがある。刺美が前に立っても、その自動ドアは開かない。
「さて。この自動ドアの先には選ばれたものしか入れない。この意味がわかるかな?」
「帰れってこと」
珠が振り返ると、刺美が早足で二歩進んで珠の肩に手を置いた。
「おっとすまない。意地悪しすぎたね。翠羽もそんな目でわたしを見ないでくれ」
翠羽は睨むように細めていた目をぱっと開いた。
「あらやだ。わたしどんな目をしていたかしら?」
「いや、なんでもない。わたしが気をつけよう」
刺美は胸ポケットからカードを取り出し、自動ドアではなく、その横の壁にある扉のドアノブ近くに押し当てた。
電子音が鳴り、それを追うように機械的な開錠音が聞こえる。
刺美がドアを開いた。
「ここは更衣室さ。ここでしかるべき格好に着替えてもらう。選ばれた者しか入れないというのはそういうことさ」
「あ、そうか。手術室だから。でも着替えなんて持ってきてないよ」
珠を連れてきた翠羽も完全に手ぶらだ。翠羽は珠に笑いかけた。
「作業着も掃除道具の一つだから、ここに置かせてもらっているの。心配しなくて大丈夫よ」
翠羽の手が背中に置かれ、刺美が開いたままにしている扉へと誘導される。
中はロッカーが十個ほど、背中合わせに置かれた部屋だった。ロッカーの前には長椅子が置かれており、それでも窮屈に感じないくらいの広さがある。
刺美がロッカーの反対側に置かれた棚の前で屈みこんだ。
「手術室内ではそれぞれの役割が一目でわかるよう、服が色分けされている。わたしのような医師は黒……にしたかったのだが、血液との色調の関係で術衣が緑なので緑だ」
「色調?」
珠が首をかしげると、翠羽が人差し指を立てた。
「手術中は血液の赤を見続けることになるでしょう? その状態が続くと赤が見づらくなってくるらしいの。それを避けるために、赤の反対色の緑が視界に入るようにしているのよ」
「同じ理由で看護師は青だ。そして君たち清掃員は……」
刺美が立ち上がって、ビニールに包まれた明るい黄色の服を珠へと渡した。
「黄色だ。だがこの服は裾上げが必要なんでね。すぐには着れないから、今日はこっちで我慢してくれ」
刺美がもう一つ渡してきたのは、同じようなビニールに包まれた服だったが、色は白だ。
「使い捨てのツナギだ。外部の業者に入ってもらうときに使っているものだが、作業するのには問題ないだろう」
「内履きもないから、靴にはシューズカバーをつけましょう」
珠の両手は二つの服で埋まっているにも関わらず、翠羽は棚の下部分に置いてある箱から、ティッシュのように水色の布を二枚抜いて珠へと渡してきた。だがまだ止まらない。
「あとはヘアキャップとガウンを……」
「えっと、とりあえず一つずつ順番にでいい?」
翠羽の棚の上に伸ばしていた手を止め、珠へと向き直った。
「そうね。まとめて渡されても困るわよね。ごめんなさい。とりあえず黄色の服は、帰るときまでここに置いておきましょう」
翠羽は珠の手から黄色の服を受け取り、長椅子の上に置いた。
「それじゃあ最初にツナギを身に着けてましょう。特に難しいことはないわ。ジッパーが前になるように手足を通してから、ジッパーを上げるの。服の上から身に着けて大丈夫だけれど、スカートは邪魔になるから外してしまったほうがいいわね」
「わかった。着てみる」
珠はロッカーの反対側に回って、スカートを脱いだ。長椅子の上に軽くたたんで置いて、ビニールからツナギを取り出す。
ツナギは洋服屋でもらえる布のショッパーと同じような素材でできていて、分厚くないくせにゴワゴワしていた。だが透けたりはしなそうだ。
ジッパーを開いて両足を先に入れ、ジャケットを羽織るように両腕を通してツナギをまとう。少し大きめでぶかぶかのように感じたが、ジッパーを上げると動くのに邪魔にならない程度にはなった。
(これで大丈夫かな?)
脱いだスカートを持って戻ると、翠羽は黄色の半袖と長ズボンを身にまとっていた。
翠羽の視線が足元から珠の顔へと昇ってくる。
「ええ。大丈夫そうね。それじゃあこのマスクをつけて」
翠羽の持っているマスクには透明なプラ板がついていた。
「フェイスガードつきマスクよ。曇って見づらくなったりするから邪魔に感じるかもしれないけれど、廃液が跳ねたりして目に入ると危ないから我慢して頂戴」
「うん。大丈夫。ちゃんと身に着けるよ」
マスクを受け取り、つけようとしたが、耳掛けのゴムはついておらず、紐が四本付いているだけだった。
「えっと……?」
「ああ、ごめんなさいね。それは頭の後ろで紐を結んで固定するの。いくつか結び方はあるのだけれど、一番簡単なのは耳の上と下に紐を通して、首の上あたりで結ぶ方法ね」
「今回はわたしが結んであげよう」
刺美が珠の後ろに回り込んだが、珠は思わず身を引いて刺美を視界に入れた。前の仕事の癖だ。
「あ、いや違くて」
珠が言い訳をしようとすると、その前に刺美が何かに納得したようにうなずいた。
「おや、なるほど」
刺美は珠の手からマスクを取り、紐部分を持って正面から抱き着くように珠の頭の後ろへと手をまわす。
刺美の豊かな胸が珠の目の前に迫ってくる。
「ふぇ?」
珠が固まっていると紐が締められ、マスクが口元へと強く押し当てられた。
「少しきつく感じるかもしれないが、そういうものなので我慢してくれ。両手でマスクを覆うようにしてフィットさせるんだ」
「は、はぁ……」
言われるがままにマスクに手を当てると、首の後ろで紐が結ばれてよりマスクが締まるのがわかった。
「よし、これでいい」
そう言ってマスクから手を離した刺美は珠から離れずに、珠のおさげをすくうように持ち上げた。
「次はキャップを被るのだが、髪は全て中に入れないといけない。申し訳ないが、お下げは留めてもらいたい。髪ピンなら用意してあるぞ」
刺美が目を向けたのは部屋に備え付けられた流し台だった。水道が二つ付いており、広めの鏡がついており、二人なら並んで使える大きさだ。そこに湯呑のようなカップが置かれていて、黒の髪ピンがたくさん立てられていた。
そこからピンを四つ抜いたのは翠羽だった。
「勝手に髪を触ったら失礼よ。すぐに離れなさい。ごめんなさいね。不躾な人なのよ」
珠に髪ピンを渡しながらも、翠羽が目を向けていたのは刺美だった。手で払うようにしてどかそうとする。
「おっと、なんだい。仲良くしろと言ったのは翠羽じゃないか」
「距離感が極端なのよ。珠さんもびっくりするわよね?」
問いかけられて珠が目を向けたのは、翠羽の胸元だった。刺美ほどではないが、緩めの服でもわかるくらい膨らんでいる。
「翠羽さんにはわからないよ」
珠はささやかな自分の胸をそっと撫でた。
刺美に先導されて、車でも乗れそうな大きなエレベーターを使って上の階へとむかった。エレベーターは先ほどの真っ黒な部屋と違って病院らしい白い壁で、入ってきたのと反対側にも扉がある。
珠は横にいる翠羽へと目を向けた。
「使っていなくても、掃除する必要があるの?」
「そうね。普通のお部屋とかなら、逆に汚してしまう可能性があるから、綺麗なら無暗に掃除しない方が良かったりするのだけれど、手術室のような一定以上の清潔を保たないといけないところは、使っていなくても定期的に清掃に入るの」
エレベーターが停まり、乗るのに使ったのと同じ扉が開いた。降りた先の廊下も白い壁だ。かなり広く、ここも車が通れそうだった。
刺美は左へと向かった。その先の廊下の途中に自動ドアがある。刺美が前に立っても、その自動ドアは開かない。
「さて。この自動ドアの先には選ばれたものしか入れない。この意味がわかるかな?」
「帰れってこと」
珠が振り返ると、刺美が早足で二歩進んで珠の肩に手を置いた。
「おっとすまない。意地悪しすぎたね。翠羽もそんな目でわたしを見ないでくれ」
翠羽は睨むように細めていた目をぱっと開いた。
「あらやだ。わたしどんな目をしていたかしら?」
「いや、なんでもない。わたしが気をつけよう」
刺美は胸ポケットからカードを取り出し、自動ドアではなく、その横の壁にある扉のドアノブ近くに押し当てた。
電子音が鳴り、それを追うように機械的な開錠音が聞こえる。
刺美がドアを開いた。
「ここは更衣室さ。ここでしかるべき格好に着替えてもらう。選ばれた者しか入れないというのはそういうことさ」
「あ、そうか。手術室だから。でも着替えなんて持ってきてないよ」
珠を連れてきた翠羽も完全に手ぶらだ。翠羽は珠に笑いかけた。
「作業着も掃除道具の一つだから、ここに置かせてもらっているの。心配しなくて大丈夫よ」
翠羽の手が背中に置かれ、刺美が開いたままにしている扉へと誘導される。
中はロッカーが十個ほど、背中合わせに置かれた部屋だった。ロッカーの前には長椅子が置かれており、それでも窮屈に感じないくらいの広さがある。
刺美がロッカーの反対側に置かれた棚の前で屈みこんだ。
「手術室内ではそれぞれの役割が一目でわかるよう、服が色分けされている。わたしのような医師は黒……にしたかったのだが、血液との色調の関係で術衣が緑なので緑だ」
「色調?」
珠が首をかしげると、翠羽が人差し指を立てた。
「手術中は血液の赤を見続けることになるでしょう? その状態が続くと赤が見づらくなってくるらしいの。それを避けるために、赤の反対色の緑が視界に入るようにしているのよ」
「同じ理由で看護師は青だ。そして君たち清掃員は……」
刺美が立ち上がって、ビニールに包まれた明るい黄色の服を珠へと渡した。
「黄色だ。だがこの服は裾上げが必要なんでね。すぐには着れないから、今日はこっちで我慢してくれ」
刺美がもう一つ渡してきたのは、同じようなビニールに包まれた服だったが、色は白だ。
「使い捨てのツナギだ。外部の業者に入ってもらうときに使っているものだが、作業するのには問題ないだろう」
「内履きもないから、靴にはシューズカバーをつけましょう」
珠の両手は二つの服で埋まっているにも関わらず、翠羽は棚の下部分に置いてある箱から、ティッシュのように水色の布を二枚抜いて珠へと渡してきた。だがまだ止まらない。
「あとはヘアキャップとガウンを……」
「えっと、とりあえず一つずつ順番にでいい?」
翠羽の棚の上に伸ばしていた手を止め、珠へと向き直った。
「そうね。まとめて渡されても困るわよね。ごめんなさい。とりあえず黄色の服は、帰るときまでここに置いておきましょう」
翠羽は珠の手から黄色の服を受け取り、長椅子の上に置いた。
「それじゃあ最初にツナギを身に着けてましょう。特に難しいことはないわ。ジッパーが前になるように手足を通してから、ジッパーを上げるの。服の上から身に着けて大丈夫だけれど、スカートは邪魔になるから外してしまったほうがいいわね」
「わかった。着てみる」
珠はロッカーの反対側に回って、スカートを脱いだ。長椅子の上に軽くたたんで置いて、ビニールからツナギを取り出す。
ツナギは洋服屋でもらえる布のショッパーと同じような素材でできていて、分厚くないくせにゴワゴワしていた。だが透けたりはしなそうだ。
ジッパーを開いて両足を先に入れ、ジャケットを羽織るように両腕を通してツナギをまとう。少し大きめでぶかぶかのように感じたが、ジッパーを上げると動くのに邪魔にならない程度にはなった。
(これで大丈夫かな?)
脱いだスカートを持って戻ると、翠羽は黄色の半袖と長ズボンを身にまとっていた。
翠羽の視線が足元から珠の顔へと昇ってくる。
「ええ。大丈夫そうね。それじゃあこのマスクをつけて」
翠羽の持っているマスクには透明なプラ板がついていた。
「フェイスガードつきマスクよ。曇って見づらくなったりするから邪魔に感じるかもしれないけれど、廃液が跳ねたりして目に入ると危ないから我慢して頂戴」
「うん。大丈夫。ちゃんと身に着けるよ」
マスクを受け取り、つけようとしたが、耳掛けのゴムはついておらず、紐が四本付いているだけだった。
「えっと……?」
「ああ、ごめんなさいね。それは頭の後ろで紐を結んで固定するの。いくつか結び方はあるのだけれど、一番簡単なのは耳の上と下に紐を通して、首の上あたりで結ぶ方法ね」
「今回はわたしが結んであげよう」
刺美が珠の後ろに回り込んだが、珠は思わず身を引いて刺美を視界に入れた。前の仕事の癖だ。
「あ、いや違くて」
珠が言い訳をしようとすると、その前に刺美が何かに納得したようにうなずいた。
「おや、なるほど」
刺美は珠の手からマスクを取り、紐部分を持って正面から抱き着くように珠の頭の後ろへと手をまわす。
刺美の豊かな胸が珠の目の前に迫ってくる。
「ふぇ?」
珠が固まっていると紐が締められ、マスクが口元へと強く押し当てられた。
「少しきつく感じるかもしれないが、そういうものなので我慢してくれ。両手でマスクを覆うようにしてフィットさせるんだ」
「は、はぁ……」
言われるがままにマスクに手を当てると、首の後ろで紐が結ばれてよりマスクが締まるのがわかった。
「よし、これでいい」
そう言ってマスクから手を離した刺美は珠から離れずに、珠のおさげをすくうように持ち上げた。
「次はキャップを被るのだが、髪は全て中に入れないといけない。申し訳ないが、お下げは留めてもらいたい。髪ピンなら用意してあるぞ」
刺美が目を向けたのは部屋に備え付けられた流し台だった。水道が二つ付いており、広めの鏡がついており、二人なら並んで使える大きさだ。そこに湯呑のようなカップが置かれていて、黒の髪ピンがたくさん立てられていた。
そこからピンを四つ抜いたのは翠羽だった。
「勝手に髪を触ったら失礼よ。すぐに離れなさい。ごめんなさいね。不躾な人なのよ」
珠に髪ピンを渡しながらも、翠羽が目を向けていたのは刺美だった。手で払うようにしてどかそうとする。
「おっと、なんだい。仲良くしろと言ったのは翠羽じゃないか」
「距離感が極端なのよ。珠さんもびっくりするわよね?」
問いかけられて珠が目を向けたのは、翠羽の胸元だった。刺美ほどではないが、緩めの服でもわかるくらい膨らんでいる。
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