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第二十四話 人のいない手術室
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パーマキャップのような不織布の帽子をかぶり、腕を通してエプロンのように身に着けるガウンを着た。ガウンは薄いプラスチック性で、体の前面と腕を完全に覆っているので存在感が強い。もし長靴とゴムの手袋をつけたら、ホラー映画に出てくる肉屋のような姿になるだろう。
(似たような格好はしたことあるけど。あの時はエプロンとかを処分するの大変だったなぁ)
前の仕事を思いだしながら鏡を見ていると、すでにガウンも手袋も着用した翠羽がブルベリー色の手袋を持って横に並んだ。
「手袋は二枚重ねで着けるの。これはインナー用の手袋よ。間違えやすいのだけれど、ガウンを手袋に入れるように着けるの。着ける前にアルコールで消毒してね」
ジェルのアルコールで消毒した後に手渡された手袋は薄手で、手に持っただけで使い捨てだとわかった。手首の部分が細く、着けやすいとは言えなかったが、そこを抜けてしまえば簡単に手にフィットした。手袋の口部分はだいぶ長く、肘までは届かなかったものの、その半分くらいまではある。
「それで、これがアウター用の手袋よ」
次に渡されたのはラベンダー色の手袋だった。今着けている手袋より一回り大きかったが、口の部分は短く手首までしかない。
手袋の上に手袋をつけるというのは初めての感覚で、痺れた手に触れているみたいで気持ちが悪かった。
「あとはシューズカバーをつけたら完成ね」
ヘアキャップを小さくしたような物が二つ用意された。手袋と違って、見ただけでは着け方がわからない。
「靴の底を覆うようにつけるのよ。緩んでいると滑りやすいから、ピンと張るようにね」
「こう?」
つま先にひっかけるようにして、靴底を通してかかとへとひっかける。すると靴の下半分がカバーに包まれた。
「そうね。上手よ」
「準備できたようだな」
奥の扉に寄りかかっていた刺美が珠たちへと一歩寄った。刺美は緑の服に着替えてはいたが、ガウンは身に着けておらず、帽子とマスクだけ着けている。
翠羽が頷いた。
「ええ。もう大丈夫よ」
「ではこちらへ」
刺美が寄りかかっていた扉を開く。扉を抜けると、先ほどの自動ドアを抜けた先の廊下に出た。
「自動ドアを通るわけじゃないんだ」
珠が訊ねると、刺美は顔だけで振り向いて答えた。
「あそこは患者を通すための場所だ。関係者もそこからの出入りを禁止している。衛生管理の都合でもあるが、急患を運び込むときに邪魔になるのを避けるためだ」
少し進むと、右の壁にガラスの自動ドアがついていた。廊下の幅の二倍ほどあり、かなり広い。
「この先が儀式の間――もとい手術室だ。さぁ、覚悟はいいかね?」
「もう。そうやって脅かさないの。大丈夫よ。そんなに怖い場所じゃないから」
珠に向けられた翠羽の顔は目だけしか見えていなかったが、それだけでも笑いかけているのがわかった。
珠も笑顔で返したが、それが伝わっているのかはわからない。
(いや、前の仕事のことがバレないように、ここは怖がっているフリをした方がいいか)
とりあえず震えてみたが、すでに翠羽の目は前に向けられていた。
「あ……」
珠は思わず翠羽の服を後ろからつまんでしまった。
「あら?」
狙ったわけではないが翠羽が振り向いたので、ここぞとばかりに珠は上目遣いで見つめた。
翠羽は驚いたように目を見開いたあと、珠の手を握った。
ゴム手袋二枚越しの手はとてもゴワゴワしていてとても固く、体温も伝わってこなかったが、なぜか温かいように感じた。
「一緒にいるから大丈夫よ」
翠羽の優しい言葉に、珠はマスクの下で笑みを浮かべた。
自動ドアの先は広い廊下と、左右に二人が並んで歩ける程度の廊下が伸びている十字路のような構造になっていた。真っすぐのびる廊下の左右の壁には小窓のついた大きな金属の扉が一枚ずつついている。突き当りはガラスの扉になっていて、ステンレスの大きな流しがあるのが見えた。
他のスタッフの姿は見えない。
「他に誰もいないの?」
「ああ。わたしは基本的に他の病院に出向いて診療や手術していることが多いんだ。ここを使うのは週に一回程度だ。だから常駐のスタッフはいないし、手術が終わればすぐに帰らせている。それが最高のパフォーマンスを作り出すための、わたしの戦略だ」
刺美の言葉を受けて、翠羽が珠の顔を見る。
「わたしたち清掃員からするととてもありがたいのよ? 清掃中に人の出入りがあると、とてもやりずらいの。だから清掃場所で仕事している人たちの仕事内容やルーティンなんかを把握するのも大事な仕事だったりするくらいなんだから」
「なるほど。それはわかるかも」
珠は『よく人が来ないように工作してから仕事してたなぁ』と前の仕事のことを思いだした。もちろん、それと翠羽が言っていることは少し違っているのはわかっている。
先導していた刺美が右側の金属扉の前に立った。
「さて。こちらが今日儀式が行われた――いや、手術をした部屋だ。センサーに足をかざせば開くが、心の準備はできたかい?」
「ちょっと。怖がらせないでって言っているでしょう? 珠さん。身構えなくても大丈夫よ」
「う、うん」
珠はわざと大げさに首を縦に振った。手術室の中を見たら、思いっきり悲鳴をあげてやろうと、強く思う。
「よし、では開くぞ」
刺美が足を軽く動かすと、金属の扉は横にスライドしていった。部屋の中から軽く風が吹く。マスクをしているおかげか、血の臭いはほとんど感じなかった。
床は青みがかった薄い灰色で、中央にベッドが置かれている。ベッドは柱のような金属の一本足だけで立っていた。そこに患者が寝ていたのだろうが、ぱっと見でわかる血液汚れはない。
むしろ綺麗に磨かれた床や、光沢を保っている機械類はとても清潔感があった。
「めっちゃ綺麗じゃん……」
珠は悲鳴を上げるどころか、そう呟いてしまっていた。
(似たような格好はしたことあるけど。あの時はエプロンとかを処分するの大変だったなぁ)
前の仕事を思いだしながら鏡を見ていると、すでにガウンも手袋も着用した翠羽がブルベリー色の手袋を持って横に並んだ。
「手袋は二枚重ねで着けるの。これはインナー用の手袋よ。間違えやすいのだけれど、ガウンを手袋に入れるように着けるの。着ける前にアルコールで消毒してね」
ジェルのアルコールで消毒した後に手渡された手袋は薄手で、手に持っただけで使い捨てだとわかった。手首の部分が細く、着けやすいとは言えなかったが、そこを抜けてしまえば簡単に手にフィットした。手袋の口部分はだいぶ長く、肘までは届かなかったものの、その半分くらいまではある。
「それで、これがアウター用の手袋よ」
次に渡されたのはラベンダー色の手袋だった。今着けている手袋より一回り大きかったが、口の部分は短く手首までしかない。
手袋の上に手袋をつけるというのは初めての感覚で、痺れた手に触れているみたいで気持ちが悪かった。
「あとはシューズカバーをつけたら完成ね」
ヘアキャップを小さくしたような物が二つ用意された。手袋と違って、見ただけでは着け方がわからない。
「靴の底を覆うようにつけるのよ。緩んでいると滑りやすいから、ピンと張るようにね」
「こう?」
つま先にひっかけるようにして、靴底を通してかかとへとひっかける。すると靴の下半分がカバーに包まれた。
「そうね。上手よ」
「準備できたようだな」
奥の扉に寄りかかっていた刺美が珠たちへと一歩寄った。刺美は緑の服に着替えてはいたが、ガウンは身に着けておらず、帽子とマスクだけ着けている。
翠羽が頷いた。
「ええ。もう大丈夫よ」
「ではこちらへ」
刺美が寄りかかっていた扉を開く。扉を抜けると、先ほどの自動ドアを抜けた先の廊下に出た。
「自動ドアを通るわけじゃないんだ」
珠が訊ねると、刺美は顔だけで振り向いて答えた。
「あそこは患者を通すための場所だ。関係者もそこからの出入りを禁止している。衛生管理の都合でもあるが、急患を運び込むときに邪魔になるのを避けるためだ」
少し進むと、右の壁にガラスの自動ドアがついていた。廊下の幅の二倍ほどあり、かなり広い。
「この先が儀式の間――もとい手術室だ。さぁ、覚悟はいいかね?」
「もう。そうやって脅かさないの。大丈夫よ。そんなに怖い場所じゃないから」
珠に向けられた翠羽の顔は目だけしか見えていなかったが、それだけでも笑いかけているのがわかった。
珠も笑顔で返したが、それが伝わっているのかはわからない。
(いや、前の仕事のことがバレないように、ここは怖がっているフリをした方がいいか)
とりあえず震えてみたが、すでに翠羽の目は前に向けられていた。
「あ……」
珠は思わず翠羽の服を後ろからつまんでしまった。
「あら?」
狙ったわけではないが翠羽が振り向いたので、ここぞとばかりに珠は上目遣いで見つめた。
翠羽は驚いたように目を見開いたあと、珠の手を握った。
ゴム手袋二枚越しの手はとてもゴワゴワしていてとても固く、体温も伝わってこなかったが、なぜか温かいように感じた。
「一緒にいるから大丈夫よ」
翠羽の優しい言葉に、珠はマスクの下で笑みを浮かべた。
自動ドアの先は広い廊下と、左右に二人が並んで歩ける程度の廊下が伸びている十字路のような構造になっていた。真っすぐのびる廊下の左右の壁には小窓のついた大きな金属の扉が一枚ずつついている。突き当りはガラスの扉になっていて、ステンレスの大きな流しがあるのが見えた。
他のスタッフの姿は見えない。
「他に誰もいないの?」
「ああ。わたしは基本的に他の病院に出向いて診療や手術していることが多いんだ。ここを使うのは週に一回程度だ。だから常駐のスタッフはいないし、手術が終わればすぐに帰らせている。それが最高のパフォーマンスを作り出すための、わたしの戦略だ」
刺美の言葉を受けて、翠羽が珠の顔を見る。
「わたしたち清掃員からするととてもありがたいのよ? 清掃中に人の出入りがあると、とてもやりずらいの。だから清掃場所で仕事している人たちの仕事内容やルーティンなんかを把握するのも大事な仕事だったりするくらいなんだから」
「なるほど。それはわかるかも」
珠は『よく人が来ないように工作してから仕事してたなぁ』と前の仕事のことを思いだした。もちろん、それと翠羽が言っていることは少し違っているのはわかっている。
先導していた刺美が右側の金属扉の前に立った。
「さて。こちらが今日儀式が行われた――いや、手術をした部屋だ。センサーに足をかざせば開くが、心の準備はできたかい?」
「ちょっと。怖がらせないでって言っているでしょう? 珠さん。身構えなくても大丈夫よ」
「う、うん」
珠はわざと大げさに首を縦に振った。手術室の中を見たら、思いっきり悲鳴をあげてやろうと、強く思う。
「よし、では開くぞ」
刺美が足を軽く動かすと、金属の扉は横にスライドしていった。部屋の中から軽く風が吹く。マスクをしているおかげか、血の臭いはほとんど感じなかった。
床は青みがかった薄い灰色で、中央にベッドが置かれている。ベッドは柱のような金属の一本足だけで立っていた。そこに患者が寝ていたのだろうが、ぱっと見でわかる血液汚れはない。
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「めっちゃ綺麗じゃん……」
珠は悲鳴を上げるどころか、そう呟いてしまっていた。
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