掃除屋(暗殺者)のわたしが生き返ったら、部屋の掃除をしろと言われました

もさく ごろう

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第三十六話 黙っていたこと

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「そろそろ来ると思うんだよなー」

 昼食を食べ終えて、台所のテーブルで一服していると、ハシルヒメが突然そう言いだした。

 珠は何のことかわからなかったので、自分に話しかけたわけではないのだと思い、近くに座るハバキに目を向ける。だがハバキもなんのことかわからないようで、首を傾けた。

「なにが来るって?」

 珠が訊ねると、ハシルヒメは目を逸らしてから答えた。

「翠羽だよ」

「翠羽さん? また何か仕事頼んだの?」

「いや、珠ちんを迎えにくる」

「ん?」

 珠は飲もうとしてたお茶を置いた。

「なにも聞いてないんだけど?」

「やべぇ! 怒られる!」

 ハシルヒメは椅子から降りて、背もたれに隠れた。

 珠も立ち上がり、ハシルヒメの首根っこをつかんだ。

「怒るかどうかは聞いてから決めるから、早く説明して!」

「もう怒ってる! 怒ってるじゃん!」

「説明しないともっと怒る!」

「わかった! わかったから落ち着いてー!」

 逃げようとするハシルヒメを、珠は引っ張り上げて椅子に座らせた。

「これで落ち着いて聞ける」

 珠は顔を近づけ、ハシルヒメが重心を前に出せないようにして、立ち上がれなくした。

 ハシルヒメはのけぞるように背もたれに体を押し付けている。

「わたしは落ち着かないんだけど!」

 ハシルヒメは両手を伸ばして珠の肩を押した。珠がそれに抗わずに腕の長さだけ離れると、ハシルヒメは深呼吸した。

「えっと、落ち着いて聞いてね? 別に新しく何か約束したわけじゃなくて、もともと貸すの一回って約束じゃなかった……んだよね」

「なんで黙ってたの?」

 そう詰められて、ハシルヒメは顔を逸らした。

「いや、だって……珠ちん怒るじゃん」

「ギリギリで言ったら怒られないと思ったの?」

「その……怒る暇もなく送り出せば、帰って来たときには機嫌直ってるかもしれないとか……思っちゃったりして?」

「思うな! それで? 翠羽さんはいつ来るの?」

 ハシルヒメが目をつぶった。

「えっと……もう参道を車が走ってるから、たぶんそれ」

「え?」

 珠は思わず参道の方向を見たが、窓があるわけではないので様子はわからない。だが様子を確認しなくても、翠羽が着くまで時間がないのはわかっている。

「着替える時間ないじゃん!」

 珠は急いで部屋に戻ろうとするとしたが、それは叶わなかった。ハシルヒメが両手で珠の腕を掴み、怪訝な目で睨んでいる。

「ちょ! ハシルヒメ! 時間が……!」

「着替えるってなにさ? 珠ちんにはそれ以外の服あげてないよね? わざわざ着替えなくてよくない?」

 珠は言葉に詰まった。翠羽に買ってもらった服はハシルヒメにバレないよう持ち帰り、屋根裏に隠して内緒にしていたのだ。

 だがその服は『巫女服で仕事に行かなくていいように』と買ってもらったもの。翠羽の仕事に行くのに、着替えないわけにはいかない。

「えっと……実はね」

 いずれバレることだと、珠は覚悟を決めた。

「内緒にしてたんだけど、前に翠羽さんの仕事に行ったときに、巫女服だと混乱されるからって服を買ってもらったの。だからそれに着替えようと思って」

 誠実に答えたつもりだったが、ハシルヒメの目はご機嫌斜めだ。

「本当かなー? 内緒にしてたの怪しくない?」

「怪しくないって! 内緒にしてたのは確かに悪かったけど、それはわたしが服を買ってもらったって知ったら、ハシルヒメが翠羽さんに『自分にも買え』とか言うかもしれないと思ったからで」

「そんなことするわけないじゃん! 仕事用の服ってことはツナギとかでしょ? わたしだってそんなのいらないし」

(確かにツナギだったら、隠さずに言えたかも……)

 珠が何も言わずに心の中で貰った服を思い出していると、ハシルヒメが眉をひそめた。

「うん? もしかして違うの? ちょっと見してよ」

「あぁ、うん」

 珠はハシルヒメに手を握られたまま、部屋へと移動した。そして押し入れから屋根裏へと入り、服の入った袋を持って降りてハシルヒメに渡す。五セット入っているので、ハシルヒメが抱えるほどの大きさだ。

「結構大きいじゃん。どれどれ?」

 ハシルヒメは袋を畳に置いて開くと、すぐに顔をこわばらせた。

「え? ん? え?」

 困惑の声を上げながら開いたのは、珠が病院に着ていったシャツだった。襟の近くに目立たない装飾がされているが、シンプルな白シャツだ。

 ハシルヒメはそれを持ち上げ、珠の体にあてがうようにした。

「普通にかわいい服じゃん! 絶対掃除に着ていく服じゃないよ!」

 ハシルヒメはシャツを几帳面にたたんでちゃぶ台の上に置き、袋から別の服を取り出した。

 それは短めの軽いスカートだった。試着でしか着ていないが、珠が一番恥ずかしいと思ったスカートだ。

 ハシルヒメはそれを珠の方に向けて、顔を真っ赤にした。

「こ、こんな短いスカート! うちの子に何させようとしてるの!」

 そのスカートをシャツの上に置き、さらに袋の中を覗いた。

「うわ! ドエロいパンティまである!」

「ドエロくない! 普通でしょ! 普通のスポーツタイプの下着! っていうかノーパンで仕事させてるハシルヒメが言えたことじゃないでしょ」

「全然違う! 袴だったら間違っても見えないでしょ! こんなヒラヒラのスカートじゃちょっとしたことで見えちゃうじゃん! エッチな目的で着せてるとしか思えないよ!」

「いや、たしかにわたしもそのスカートは恥ずかしいけど……大人しめの服もあるから、それだったらいいでしょ?」

 ハシルヒメは口をへの字に曲げ、眉間にしわを寄せた。そして袋の中をもう一度確認する。

「でも、かわいい服なんでしょ?」

「うん、まぁ。そうだね」

「掃除しに行くのにオシャレしなくたっていいじゃん」

「そんなの、翠羽さんが選んだ服がそういうのなんだから、仕方ないでしょ。神社にいるときはハシルヒメが選んだ服を着てるんだから、それと同じだって」

「え……」

 ハシルヒメは少し黙って頬を赤く染めた。

「そ、そうなんだけど、ちょっと違うの」

 珠は首を傾げた。

「なにをそんなに――」

「ハシルヒメさま?」

 廊下にハバキがいた。その後ろにはシルバーブロンドの髪とローズクォーツの瞳を持つスタイルのいい美女が立っている。

「翠羽さまがいらっしゃいましたが――」

 服を広げているハシルヒメと、それと向き合う珠。その光景を見て何を思ったのか、ハバキは振り向いてシルバーブロンドの美女――翠羽を見上げた。

「取り込み中のようなので、少し見守りましょう。きっといいものが見れます」

「見守らなくていいって! ちょっとどいて!」

 ハシルヒメがハバキを押しのけ、翠羽の前に立った。

「ねぇ翠羽。ちょっと話があるんだけど」

「あら?」

 翠羽は頬に右手を当てて、左腕の時計を確認した。

「困ったわね。今日の現場まであまり時間がないの。お話ししている時間は――」

 翠羽は何かに気付いたように、両手を胸の前で合わせて、小さく音を鳴らし微笑んだ。

「そうだわ。今日は大きな車で来たから、せっかくだしみんなで行きましょうか? そうしたら車でゆっくり話せるわ」

「なっ! そんなの……!」

 ハシルヒメが珠を見た。珠は首を横に振る。

「翠羽さんに迷惑かけちゃダメだって。話はわたしが戻ってきてから聞くから――」

 ハシルヒメは開いた手を向けてきたので、珠は思わず声を止めた。

 ハシルヒメは翠羽へと視線を戻す。

「わかった。ついていくよ。珠ちんを一人にはさせない!」

 ハシルヒメは握った両手を胸のあたりまで持ち上げて、小さくファイティングポーズを取った。

 近くでハバキが手を上げる。

「はい! ハバキも! ハバキも行きたいです!」

 珠は深く溜息をついた。
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